【重力操作】のチュートリアル
私は今、この世界最大の物流の島・・・その名もブルーメ島という場所へ潜水艦で向かっています。
・・・正直もの凄く楽しみです。新作のパンの焼成中くらい楽しみです。世界一のパン屋さんになる以上、ここは絶対に避けては通れない場所ですからね。色々なものを見て吸収しないといけません!
私は「ふんっふん!」と鼻息荒く拳を握ります。すると、手首に嵌められている手枷がカチャリと小さな音を鳴らして、狭い牢屋の中に無骨な音を響かせました。
「おい!新入り! 何だその変わったリュックは?」
天井にある通気口から誰かの話し声が聴こえてきました。獣人の私じゃなければ聴こえない程度の音量です。
「これッスか? 拾いもんッスよ。すごいんスよ。この赤いリュック何をしても汚れないんスよ。丈夫だし、たくさん入るしお気に入りッス。・・・あと新入りじゃないッス」
「へぇ、そりゃすげぇな」
「あげないッスよ?」
「いらねーよ。明らかに女物じゃねーか。山吹? とかいう名前まで書いてあるし」
どうやら私のランドセルもこの潜水艦の何処かにあるらしいです。
・・・こんな感じで、牢屋の中というこの閉鎖空間でもここが潜水艦なのと行き先がブルーメ島ということが分かりました。ちなみに、ルテンが別の牢屋にいることも確認済みです。
ブルルッ
「ちょっとおしっこに・・・」
獣化・・・子猫の姿になって手枷を外して、牢屋の隙間から出て、重力操作で扉を開け、トイレを探して用を済ませ、また牢屋に戻って服を着て手枷を嵌めて獣人の姿に戻ります。ちなみに、被っていた帽子は脱いで床に置いてあります。
「ふぅ」
それにしてもこの牢屋、トイレが無ければ見張りもないし、食べ物を運んでくれる人もいない。・・・どういうことでしょう? 完全に放置されている気がします。忘れられてるとか・・・さすがにないですよね。
―――。
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
何時間経ったんでしょう。さすがに暇です。やることが無いです。どれくらいでそのブルーメ島という場所に着くのか分からないので、そのせいで余計に時間が長く感じます。
「くぁ~~~~っ」
軽く伸びをして、立ち上がります。褒美の確認でもしながら散歩しましょう。
私の褒美は3つ。
・完全記憶(光)
・重力操作(闇)
・大人になりたいです(闇)
【完全記憶】は試すまでも無く常に使用中みたいな感じです。【大人になりたいです】はよく分かりません。使い方も分かりませんし、使ったらどうなるかも分かりません。これは保留です。
【重力操作】これは今まで何度か使って何となくは分かってきました。
「んにゃ」
床に落ちている帽子を手に取って【重力操作】で重力の影響を受けないようにします。ての上に乗せている帽子に重さが無くなりました。ですが、手を放した瞬間に帽子は床に落ちていきます。・・・自分自身と身体に触れている物の重力の影響を操作する。これが【重力操作】の力です。
次に私は牢屋の鉄棒に片手を当てます。
ギギギ・・・・ぐにゃあ
鉄棒が横方向にぐにゃりと曲がって、天井と床にある鉄棒の接合部分が外れてカランカランと、私の足元に転がりました。
重力の強弱だけじゃなくて、方向を操作することも出来ます。
「ただ、限界もあるんですよね」
この牢屋の鉄棒程度なら操作出来ますが、私が乗り込んでいるこの潜水艦に影響を及ぼすことは出来ないです。
「限界を知る為にももっと色々と試さないといけないですね」
ぐぅぅぅ~~
お腹も空いてきちゃいました。何か食べ物もついでに探しましょう。
牢屋の部屋から普通に出て、潜水艦の中をテクテク歩いて行きます。
「これは出来る・・・これは出来ない・・・これは出来る」
廊下に置いてある物を片っ端から【重力操作】で潰して行きます。何となくですが限界も分かって来ました。あとは・・・。
「にゃっ」
自分自身に【重力操作】を使用します。足の裏が床からふわりと離れていき、長くてサラサラで結びにくい黒髪がふわっと逆立ちます。そしてその状態のまま平行移動して行きます。
「おお・・・おぉ・・・」
10cmくらいですが浮いて飛んでます!
ぐしゃ!・・・ガシャン!・・・ベコン!・・・「ひぃ!?」
浮きながら廊下にある鉄の箱やよくわからない機械などを手当たり次第に潰していると、曲がり角から人間が現れました。作業着を着ていて手にはモップを持っています。この潜水艦の清掃員ですかね?
「あの・・・」
「ば、化け物!!」
え!?化け物?!
バッと後ろを振り返りますが、そんな化け物と言われるような生物は見当たりません。私が潰してきたものが散乱しているくらいです。
「あの・・・あれ? いなくなってる」
食べ物がある場所と、私が今おかれている現状について聞きたかったんですけど、もう一度前を振り返ってみると居なくなっちゃいました。足音からしてまだ走ってどこかに向かってるみたいです。
「追い掛けないと・・・っと、いたた!」
浮きながら姿勢を保つ為に変な筋肉を使ったせいか、体の裏側の筋肉が悲鳴をあげました。
「うぅ・・・便利かと思ったけど、あんまり長続きはしないですね。・・・走った方が速いですし」
壁に寄りかかって少し休憩していると、私の猫耳がピコッと反応しました。「ぐすっ」と鼻をすする音が近くの扉の奥から聴こえてきます。
「ルテン!」
ダンッ
扉を思いっ切り開けようとしたけど、鍵がかかっていて開きませんでした。
「痛いです」
手首を痛めました。鍵は持ってませんし、探す手間も面倒です。破壊しましょう。
重厚そうな鉄の扉に、私の小さな手を当てます。この潜水艦を【重力操作】の影響下に置くことは出来ないですが、この扉程度ならギリいけます。体感ですが、私の体重の3倍くらいの物までなら【重力操作】の影響下におけるみたいです。
そして、この鉄の扉を【重力操作】で潰すことはギリ出来ないです。せいぜいが軋む程度でしょう。ですが、重力を横方向に操作して扉の金具を破壊して吹き飛ばすことは出来ます。
ガッコーン!!
「うおおっぉ!?」
吹き飛んでいった扉を踏んで、部屋の中へ入ります。見張りであろう男性が私を見て目を丸くしています。そして檻の奥で体操座りしているルテンも赤く泣きはらした目をまん丸にして私を見ています。
「じゅ、獣人!? しかも子供!? 何で・・・というか・・・敵?なのか!? その怪力は何なんだ!?」
椅子に座っていた見張りの男性が転がり落ちながら私を指差してきます。
・・・そういえば・・・私以外の生物に【重力操作】を試したこと無かったですね。
「お、おい・・・何だよそのアリの巣に水をかけようとしてる子供みたいな目は・・・!? く、来るな! 俺に近付くんじゃねぇ!」
ナイフを無造作に振り回す男性。檻の奥で心配そうにアワアワしているルテンを横目に、素早く躱して男性の首元に触れます。
「・・・」
何も起こりません。うーん・・・生き物だから効かないのか、この男性の体重が重量オーバーなのか。どっちもありえますね。私の体重は22㎏。【重力操作】の限界がその3倍だとしたら限界値は66㎏。男性の平均体重なんて知らないですけど、それ以上はあってもおかしくないです。
「別の人で試さないとですね」
さて、この男性はどうしましょうか・・・って・・・泡を吹いて気を失っちゃってます。情けない男の人ですね。
「ノ、ノエルちゃん!!」
「ルテン!!」
檻を挟んでひしっと抱き合う私達。ちょっと汗臭いです。ご飯だけじゃなくてシャワーも浴びたいですね。
「よかった!ノエルちゃん生きてたんだね! ・・・ボク、心配で心配で・・・あっ、そんなことよりも・・・ご、ごめんなさいっ・・・ボ、あっ、多分ボクのせいで・・・ボクが狙われてるから・・・ノエルちゃんまで巻き込んじゃって・・・・」
「そこまでです」
ルテンの震える唇を指でキュッと押さえて、黙らせます。
「まず私から1つ。何となく状況は把握してますが、この件でルテンが謝らなきゃならないことは一切ありません。それに、私はこの状況を悪い状況だとは思ってません」
「ふぇ・・・ふぇも・・・」
「でも・・・それでも、ルテンが気に病むと言うなら仕方ありません」
「へ?」
ルテンの唇からゆっくりと指を放します。そして両手を使って【重力操作】で檻の鉄棒を2本破壊します。それから汗でベッタリのルテンの手を引いて私は堂々と言い放ちます。
「犯人を探してルテンに謝らせてやりましょう!」
「えぇ!?」
―――。
ルテンを肩車して、潜水艦の中を走り回ります。
「全然人がいないね」
「そうですね。私が居た牢屋なんて見張りすら居なかったですよ」
「牢屋・・・ノエルちゃんってさ・・・」
「何ですか?」
「いや、えっと・・・」
ルテンが何か言おうと息を吸って・・・吞んだのが分かりました。そして、肩車されながら私の猫耳をモフモフと触ってきます。くすぐったいです。
「何か聞きたいことですか?」
「あ、あぁ・・・うん。ノエルちゃんって凄い力持ちだよね。鉄の扉を吹き飛ばしたり、檻の鉄棒を無理矢理破壊したり、今もノエルちゃんよりも大きいボクを肩車してるし・・・」
どれもこれも【重力操作】を使ってるんですけど、傍から見れば私ってそう見えるんですね。
さっきの男性には【重力操作】が効かなかったですが、ルテンにはしっかりと効きました。重量の問題だったみたいです。ルテンも私よりも歳上で大きいとはいえ、さすがに66㎏までは無かったみたいですね。
「その怪力って獣人だからなの? それともノエルちゃんの褒美なの?」
「【重力操作】っていう褒美ですよ」
「ほぇ~~・・・聞いたことないや」
それが聞きたかったことなんでしょうか? 別に言い淀むような内容ではないと思うんですけど、知りたいのなら教えましょう。もう家族ですしね。
「重力の影響を操れる力です。私自身と私の体に触れているものなら、物だろうと人間だろうと私の体重の3倍までの重さならそれに掛かる重力の強さと方向を自由に操ることが出来ます」
「・・・何となくしか分からないけど、すごい褒美だね。これから星も増えればもっと大規模なことが出来そうだし・・・ボクは【重力操作】なんて聞いたことないけど、きっと1級か2級くらいか・・・もしかしたら禁忌急の褒美だよ」
星? 1級? 禁忌級? ・・・知らない単語が一気に3つも出て来ました。
「ソレもっと詳しく・・・あっ」
「わぁ!? どうしたのノエルちゃん!? 急に立ち止まって」
「たくさんの足音と呼吸が近付いてきます」
今はゆっくりとお話をしている場合じゃないですね。
・・・さて、私の今の目的は誘拐犯に謝らせて、無事にブルーメ島という世界最大の物流の島へ行くことです。作戦なんて考えて無いですが、まぁ何とかなるでしょう。
読んでくださりありがとうございます。潜水艦でした。




