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『黒猫』と『ランドセル』と『(異)世界一のパン屋さん』  作者: SHIRA
第1部 感情を取り戻したお姫様
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認識疎外の男

「いいか? ノエル。この世界は前の世界と違って死が身近なんだ。医療は前の世界よりも優れてるっぽいけど、それ以上に人を壊す方法が豊富なんだ」

「マイルス。そんなことよりも急がないとまずそうです。ルテンの家の中で複数人の物音が聞こえてきます」

「マジか・・・友達と一緒にカードゲーム・・・って感じではなさそうだな」

「一刻を争います」


 血の臭いがするルテンの家の前。扉を蹴り開いて突入しようとする私を、マイルスは意外と大きなゴツゴツした手で肩を押さえて制止してきます。


「だからな、ノエル。馬鹿みたいに考え無しに突き進むと予想だにしていない方法で命を失うことだってあるんだ。前の世界の常識に囚われてると後悔する暇もなくあの世行きだぜ」

「じゃあ、どうしろと言うんですか」

「まずは中の状況を完璧に把握しろ。そして――――」

「しました。行きます!」


 ダンッ!


「そして・・・俺に状況を説明してくれ・・・ったく! 臨機応変に対応だ!」



【ルテンside】――――。


 ボクはそんなに頻尿じゃない。


 一度目は状況を頭の中で整理するため。二度目は緊張で吐きそうになったから。三度目は逃げ出そうか迷ったから。


「はぁ・・・」


 そして、四度目は本当に用を足したかったから。


「ボク、これからどうなるんだろう?」


 この家には4つの部屋がある。トイレ、作業場、寝室、倉庫。寝室と作業場は繋がってるから、実質3つみたいなものだけど・・・って、今はそれどころじゃない。問題は、倉庫には物を運ぶための裏口があるんだけど、トイレから戻ったらそこから物音が聞こえるってことだ。


「え? 誰? 誰かいるの?」


 この集落にボクと関わりのあるエルフは少ない。長老様とサラセニア様、それから近所のエリサベッツおばさんだけ。長老様とサラセニア様ならわざわざ裏口を使ったりしない。エリサベッツおばさんはたまに小麦粉を分けてくれるけど、昨日来てくれたばっかりだし・・・今日出会ったばかりの新妻ノエルちゃんは広場でパンを作ってる最中。あとは可能性があるのは・・・今この集落に立ち寄っている人間達。


 ボクは作業台の下に置いてあった護身用の剣を手に、倉庫へ続く扉に向かって構える。


「むぐぅ!?」


 突然口元を布か何かで塞がれ、頭に何かを突き付けられました。


「異変があればその箇所に集中する。素人の思考回路だ。アンタ本当にあの野郎の娘かよ?」


 何者かの指がボクの後頭部に当てられている。動けば・・・魔法を頭に撃ち込まれる。トイレに行ったあとで本当に良かった。


「剣を床に落とせ」

「・・・」


 剣の柄から手を放して・・・剣が床に落ち、カランと一度小さく跳ねたところで袖に隠していた杖を素早く片手に持って、小さな岩の塊を魔法で生成して後ろにいる人物の脇腹辺りに発射!


ゴッ


「うっ・・・資格保有者(魔法師)かよ。情報に無かっただろ。あのクソジジイ」


 素早く振り返ると、迷彩柄の服に身を包んだ男が腹を抱えてボクをたぶん睨んでいた。「たぶん」っていうのは顔が認識出来ないから。たぶんそういう光属性の褒美(ギフト)だと思う。


「でも、せめて手を洗う時間は欲しかったかな」


 戦闘技術は一通り身に付けてる。まさか役に立つ時があるなんて思わなかったし、役に立てたくも無かったけど。


「おいおい。手が震えてるぞ?」

「アンタの視界が揺れてるんでしょ」


 床に落ちた剣を拾い上げ、構え直す。動揺を悟られないように必死に平静を装うけど、足が震えてるのがバレてないのが奇跡だと思う。


 えっと、えっと・・・これからどうしたらいいの!?


「お喋りもお前の作戦かぁ?」


 後ろから別の声が!


 倉庫の扉が少し開いてる・・・。


「俺が作戦その2を考えておいてよかったなぁ。新入り、お前は行動力はあるが、それだけだぁ」


 認識疎外の男を視界に入れつつ、距離をとってもう1人の男も視界に入れる。


 え、うそ・・・


「武器を投げて、床に手をついて伏せなぁ。まぁ、こいつの首が吹き飛ぶところが見たいのならそのままで構わないけどなぁ」


 ムカつく喋り方をする口元を隠した青髪の男。そいつの腕の中にいるのは、集落の長老様だった。大きな髭で口元は見えないけど、モゴモゴと何か言ってる。いつも以上に何を言ってるのか分かんないよ。


「さっさとなさい」


 長老様とはあんまり喋ったことないけど、人の首が吹き飛ぶところは絶対に見たくない。この先パンが美味しく食べられない。


 剣を投げ捨てて、跪いて両手を床に付ける。ボクから出た汗がボタッと床に落ちて、ポタポタと次々と落ちていく。こんな状況にしては頑張って冷静でいれてると思うけど、汗は止まらないし、涙を我慢するのももう限界。


「おい新入り」

「新入りじゃないッスよ」

「どうでもいい。そこの剣を使ってこの娘の足の腱を切れ。万が一にも逃げられたりしたら困るだろぉ?」


 ・・・え!?

 バッと顔を上げて、ボクを地獄に突き落とすような発言をした男を見て必死に口を開ける。


「ちょっと待って! そんなことしたら死んじゃ――」

「黙れぇ?。おい新入りぃ、こいつが泣き叫んで失禁する前にさっさとやれ」


 うそうそうそ!? やばいってマジでやばいって! 本当におしっこに行っておいてよかった・・・じゃなくて! 耐えられない耐えられない!


「うっ・・・おぇええ」


 ボクの汗が落ちたところに、もっと汚いものが落ちていく。


「可哀想に。吐いちゃったッスよ」


 新入りらしい男が剣を手に取って、ボクの足に当てる。


「お願い、逃げないから・・・」


 もう平静を装うとか、そういう場合じゃない。必死に懇願するけど、無情にもフッと剣が振り上げられる音がした。そして、バンッと扉を蹴り破るような音もした。


「フシャーー!!」


 猫が威嚇する時みたいな声を出しながら、ノエルちゃんが手と足の四足で走って、その勢いのまま剣を振り上げた男の腕に嚙みついた。この間だいたい一秒くらい。


 ノエルちゃん!? どうしてここに!? 広場でパンを作ってたハズじゃ・・・!?


「いってぇ! なんだこいつ! 放せ!!」


 ブンッと振り回された男の手によってノエルちゃんは放り投げられて、どしゃっと床に転がった。


「やっぱり尻尾をスカートの中に隠すと上手くバランスが取れないですね。あと帽子も脱ぎたいです。耳が痒い」

「バカなことを言うなノエル。・・・って、長老!? これ本当にどういう状況だよ!?」


 ノエルちゃんの後ろから知らない少年が入ってきた・・・え、誰? とにかく、助けに来てくれたってことだよね?


「ルテン。大丈夫ですか? よくわかんないけど助けにきました」

「あ、あ・・・」


 ニコッと綺麗な歯を見せて笑うノエルちゃん。ありがとうって伝えたいのに、唇が震えて上手く声を出せない。


「あんまり自由に動くなよぉ?。長老がどうなっても―――は?」


 突然、ノエルちゃんが床を駆けた。向かう先は青髪の男。その男の膝に片足を乗せて、バック宙する勢いでまさかのサマーソルトキック!


「・・・ッ。何だぁ! こいつは!」


 ノエルちゃんの足は、長身の男の顎に当たるスレスレでキャッチされて、そのまま床に叩きつけられて・・・ノエルちゃんは気絶しちゃった。この間だいたい2秒くらい。


「ノエルちゃん!!」

「んにゃ・・・」

「ノエル・・・大丈夫か?」


 少年がしゃがんでノエルちゃんの頬をそっと撫でたあと、ゆっくりと立ち上がって、青髪の男を冷めた目で見て口を開く。


「1つ言っておくと、俺は長老なんてどうでもいい。奥の部屋から漂う血の臭いもどうでもいい。俺が今一番気にかけてるのは、どうしてこうなったかだ」


 ・・・血?本当だ。あの空気を読まない金髪の少年のお陰か少し冷静になって気付いたけど、奥から鉄みたいな・・・なんか生臭いような臭いがする。


 ・・・何で? いったいどうしてこんなことになったの?ボクはただ・・・自由に生きたいだけなのに。


 少年は悠長に喋りながらノエルちゃんを抱えて、なんの躊躇いも無くテクテクと歩いて、部屋の端にノエルちゃんを横にさせた。


「気付いたら突然ノエルが居なくなってるし、そう思って要注意人物を観察してたらパン作り対決とかわけわからん催しが始まってるし、かと思えば魔物やら魔獣やらが集落に攻めてきて・・・」

「いい加減に黙れぇ? さもなくば―――」


バシュッ


 少年の袖口から紐?いやワイヤーみたいなものが飛び出して、長老を人質にとってる長身の男に突き刺さったと思ったら・・・


ビリビリビリィ!!


「ぐあぁあ!」

「ひゃあ!?」


 ビックリした・・・雷魔法を使ったの?

 壁の方に後退りながら、一応少年とも距離をとる。


 長身の男はビクビクと、陸に上がった魚みたいに痙攣したあと、床に倒れた。長老が長い髭の下でボソボソと何か言ってる中、少年はくるっと振り返って、表情ひとつ変えずに認識疎外の男に話しかけた。


「で、そこの・・・変な・・・モザイク男・・・お前はどうする?」

「モザイク男って・・・そんな呼ばれ方は初めてだな。はぁ・・・俺は降参だ。ほれっ、雷魔法でもなんでも使って気絶させてくれ」


 少年は長身の男に刺さったワイヤーをシュッと回収したあと、認識疎外の男に向き直って手を向ける。


「出来るだけ痛くしないでくれよな。スマイルマン。ところで、いつものご機嫌なアーマーはどうした?」

「は? なんで俺の顔を知って・・・」


ゴスッ


「うっ」


 え?


 少年が膝から崩れ落ちて、気絶した。少年が立っていた場所には、いつもと違ってピンと背筋を伸ばした長老様が立っていた。


「新入りくん。作戦その3じゃ。覚えておるな?」

「覚えてるっスよ。それと俺は新入りじゃないッス」


 え?え? どういうこと?


「ちょ、ちょっと・・・長老様!? 何で――」

「黙りなさい。黙らないと黙らす」


 いつもぼんやりとしてた長老様が、ギョロっと鋭い眼光でボクを睨んできた。今までのこの集落での日常が、思い出が、全部が悪夢のように感じて・・・すごく恐ろしい・・・。

 ボクは震える唇を震える手で押さえて、必死に沈黙を守ろうとする。


「爺さん、情報はしっかり共有しろって言いたいところッスけど、まぁ、それはいいッス。それよりも、その金髪は始末するッスか?」

「いいや、その少年はこう見えても特級の冒険者。俗に英雄(ヒーロー)級と呼ばれている一国の重要戦力じゃ。殺せば影響が大きすぎて予測がつかん」

「じゃあ、どうするッスか?」

「・・・儂が何とかしてやろう。お主は作戦通り行動しておけばいい」


 やばい・・・やばいよ・・・訳わかんないよ・・・ボクが何をしたって言うのさ・・・。


 誘拐されるの? どうして? なんでボクなんかを・・・。


 このまま一生この集落でダラダラと過ごして行くんだと思ってた・・・でも、ノエルちゃんが来て、少しだけど前を向いてもいいかなって思えるようになった・・・なのに・・・なのに・・・。


「じゃあ、このダサいニット帽をかぶった黒髪の女の子はどうするッスか? それに立派なドレス? なんスかね? 服装もそうッスけど場違いな程に可愛い女の子ッス・・・殺さずに売り飛ばした方がいいんじゃないッスか?」

「いいや、孫娘から聞いた話が本当なら、この娘をどうにかすれば・・・いや。儂は知らん。イレギュラーはそっちで対処するんじゃな。儂に飛び火が降りかからないようにな」


 口を押える手が涙でびしょびしょになる。明るくなりかけていた未来が暗くなっていく。


「了解ッス。じゃああと腐れないようにこっちで対処するッスよ。これでアンタとはこれっきりッス」


 認識疎外の男がそう言いながら、足元に落ちていたボクの剣を手に取る。


「・・・めてっ」


 ボクは夢を抱いた瞬間からその夢を諦めていた。でも、あの子のお陰で忘れようとしていた夢がまた見れた。ノエルちゃんさえいれば、ボクはもう夢を諦めずにいられる。ノエルちゃんはボクの夢なんだ・・・だから・・・!!


 ボクは勢い良く立ち上がって・・・。


ゴスッ


「うっ・・・」 


 後頭部に激痛が走った。意識が遠のいていく。


「大人しくしてるッスよ。流れに任せとけばなるようになるッスから」


 薄れていく意識のなか、気絶させられたくせに「チョコレートは食べれますよぉ」と呑気な寝言を言ってるノエルちゃんに手を伸ばす――――。



【マイルス】―――――――――――。


 気が付けば、また失ってた。


「そういうわけで、現場の半壊した家には、魔獣の爪痕、謎の青髪の男の死体、重傷のお爺さ・・・長老と、気絶したマイルス(あなた)、そして・・・ピンクちゃんの死体があったわ」


 サラセニアが目元を手で隠しながら、震える声で言う。ピンクちゃんって言うのはノエルとパン作り対決をしていたピンク髪の少女のことだ。


「あなたの話を聞く限り、謎の青髪の男がお爺様を人質にピンクちゃんを攫おうとしたところに、あなたとノエルちゃんが突撃、ノエルちゃんとあなたが気絶させられた直後、運悪く魔獣が襲ってきて、お爺様が重傷、謎の男とピンクちゃんが・・・死亡・・・と、いうことになるわね・・・ぐすっ」


 悲壮感漂うサラセニアの家。奥では頭に包帯を巻いた長老様が寝ている。サラセニアは俺と現状の確認をしあったあと、「ちょっとごめんなさい」と涙目になった目を拭いながら足早に二階へと去っていった。


「・・・ノエルはいったいどこに行ったんだ。・・・ったく、国のお偉いさん達を調べても何も手掛かりがねぇし」


 あの場に居たのは、俺、ノエル、ピンク少女、長老、謎の青髪男の()()。ノエルだけが安否不明で行方不明だ。


ザザ・・・


「・・・ん? 頭になんか・・・ノイズというか・・・違和感がある」


 どんな些細なことでもノエルに繋がるかもしれないと思うと見過ごせなくて、俺は精神魔法を自分に使って脳を診断する。


「おかしい・・・記憶の中にどう頑張っても認識出来ない箇所がある・・・」


 精神魔法を最大限使っても解決出来ずに頭を抱えていると、コンコンと誰かが家の扉をノックした。

読んでくださりありがとうございます。阻害ではなく疎外です。

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