私の家族の名前は
カラーン、カラーン・・・
いつも家の中から遠くに聴こえることしかなかった鐘の音が今、ボクのすぐ真上で聴こえてくる。間近で聴くと想像していたよりも濁った音に感じるのは、期待が大きすぎたかかもしれない。
「綺麗な音色ですね」
隣りで手をつなぐ猫獣人の美幼女が少し口角を上げて、キラキラとした青い瞳でボクを見上げてくる。こんな月一くらいで聞く鐘の音よりも、あなたの可愛らしい幼い声の方が100倍綺麗だよ。そう言いたいけど、照れくさくて言えない。・・・それに今日会ったばかりそんなことを急に言われたら気持ち悪いかもしれないしね。
「さぁ、2人とも。左手の薬指をその苗の上に翳してちょうだい」
ここはエルフの集落にある神樹と呼ばれる巨大樹の中、その中央、巨大樹の蔦で吊るされた黄色く光る不思議な鐘の下。まるで神樹の子供みたいな、小さいけど普通よりは大きな手のひらサイズの苗の上に、ノエルちゃんとボクは後ろに控えているサラセニア様の言う通りに左手の薬指を翳す。
そういえば、獣人は噓を見抜く能力があるって聞いたけど、ノエルちゃんもそうなのかな? ・・・あ、でも子供の獣人はまだ噓を見抜けないんだっけ。だから、獣人は子供を絶対に国から出さないって聞いたことがある。
・・・じゃあ、ノエルちゃんはどうしてここにいるんだろう? 親は何をしてるの?
「んにゃあ! 苗が伸びました! 指に巻き付いてきます!」
ノエルちゃんから相変わらず可愛らしい驚きの声が出る。ボクも話には聞いたことがあったけど、実際に見るのは初めて。苗から2本の蔦が伸びて、ボクとノエルちゃんの左手の薬指に巻き付いた。苗はボク達に巻き付いた蔦を切り離して、萎れて塵になって消えてなくなる。
「同じ苗で結ばれたあなた達は今この瞬間から婦婦よ」
ここは結婚の誓いを結ぶ場所。そして今やったのは結婚の誓いを結ぶ儀式。
「これで家族ですね!」
ボクは・・・ボクよりも5つも歳下の、しかも獣人、しかも女の子と結婚した。
「どうして・・・」
・・・どうしてこうなった?
―――――。
時は少し遡って・・・私、ノエルがプロポーズをした直後。
「け、けっこん・・・いいわね。私も協力するわよ」
鼻血を拭きながら目を輝かせているサラセニアがそう言います。私はそんな残念な姿になってしまったサラセニアにぺこりと頭を下げます。私のせいなので、謝らないといけません。
「ごめんなさい・・・」
「いいのよ。ここは自由を何よりも愛するエルフの集落。出会って5分だろうと、異種族だろうと、同性だろうと、未成年だろうと、本人達の意思さえ確認出来れば問題ないわよ。さぁ、ついてきて。さっそく誓いの儀式を執り行いましょう」
「いや、間違って頭を踏んづけちゃったことを謝ったんですけど・・・」
サラセニアは私の乱れた服装を手早く直して、ついでに頭を軽く撫でてから、私の手を握って引っ張ります。このままどこかへ行く連れて行かれるみたいです。
・・・にゃ、お姉さんも一緒じゃなきゃダメです!
「お姉さん! 何をボーっとしてるんですか! 行きますよ!」
「え? え? えぇ!?」
右手をサラセニアに引っ張られてる私は、ボケーっと虚空を見つめてるお姉さんの手を左手で引っ張ります。私よりも一回り大きい手は、手汗でベタベタでした。あとでこっそり服で拭いときましょう。
そして・・・。
「これで家族ですね!」
名も知らないお姉さんと結婚しました。この巨大樹はとても神聖な場所で、何千年も前からあるそうです。ここで縁結びの神様でもある、緑の女神に誓いを立てることで結婚の儀式は終了です。
左手の薬指に巻き付いた蔦がその証で、誓いを破ればとんでもないことになるとサラセニアが言ってました。それを聞いたお姉さんは顔を真っ青にしてますけど、私は誓いを破るつもりはありません。
・・・一度家族になったら、死んでも家族です。
「んにゃ! これから忙しいですよ! あっ、マイルスにも報告しなきゃですね。それから一緒に人間の国に行って、共に素敵なパン屋さんを開店させるために頑張りましょう!」
お姉さんの手をギュッと握って顔に近付くと、お姉さんは一瞬だけ恍惚とした表情を見せたあと、ハッとしたように目を見開いて唇を震わせます。
「ちょ、ちょっと待って! えっと・・・何から言えばいいか・・・あの・・・たぶんボクが最初に子猫のノエルちゃんに家族だって言っちゃったのが悪かったんだと思うんだけど・・・」
「悪い? お姉さんは何も悪くないですよ」
「あ、いや、そうじゃなくて・・・家族に・・・なっちゃったものはもうどうしようもないけど・・・ボ、ボクはノエルちゃんと一緒には行けないよ! このエルフの集落から出るつもりはないし、ましてや人間の国なんて・・・ここから一番近い国はグリューンでしょ? 絶対に行かないよ」
どうしようもない? 出るつもりはない?
「つまり、私と家族になりたくなかったってことですか?」
「え!? あ、違う! いや、違くないんだけど、あぁ、もう・・・そんな顔しないでよ・・・心が痛いよ」
「顔? それよりも言いたいことがあるならハッキリ言ってください。本心を隠されてる方が辛いです」
お姉さんは「一体何の拷問なの」と苦しそうに呟いたあと、とても言い難そうに口を開きました。
「その・・・ボクは、家族が欲しかったのは本心。子猫のノエルちゃんに言ったのも本当。でも、それは子猫だったから。相手がヒトだって知ってたら・・・えっと・・・そ、その願望に誰かを巻き込みたくないの。ましてやノエルちゃんみたいな可愛い子とは、ボクは絶対に釣り合わないから」
可愛い子・・・小さいからってことでしょうか。小さいのは仕方ありません。でも私は猫獣人です。猫に似てるんだとしたらすぐに成長するハズ・・・あれ? でもノワールちゃんは7歳なのに子猫のままだった・・・よね? どうして?
「ボクは、ノエルちゃんと違って可愛くない。顔にそばかすがあるし、目もきりっとしてないし、眉毛だって太い」
「そんなこと、私は気にしないですし、逞しい眉毛だと思いますよ。それに整った顔をしています」
「あ、ありがとう。でも言いたいのはそういうことじゃなくて・・・つまり言いたいのは、ノエルちゃんがパン屋さんを開きたいのは分かった。でもボクはきっと・・・ノエルちゃんの足手まといになる。家族になるのが嫌なんじゃなくて、ノエルちゃんの足を引っ張るのが嫌なの」
「よかった。そういうことなんですね」
「う、うん。むしろボクとしてはこんな可愛い女の子と・・・ううん。何でもない」
私はお姉さんの手を引っ張ります。
「じゃあ行きましょう!」
「えぇ!? 話聞いてた!?」
「聞いてましたよ! さぁ! 行きましょう!」
お姉さんの手を引っ張りますが、ビクともしません。体幹が強いみたいです。
「たぶん、ボクの【錬成】だよね?」
「え?」
「【錬成】があれば簡単に今よりも美味しいパンを作れるもん。ノエルちゃんはそれが欲しいんでしょ?だから結婚って・・・」
「え、今なんて?」
「だから・・・」
聞き捨てならない言葉を聞きました。普段は温厚だとスクールの先生に言われてた私ですが、これはキレちゃいますよ。
私は何故か悲し気な顔をしているお姉さんにバッと飛びかかって、額と額を当てて怒鳴ります。
「うわぁ! 急に何!?」
「私は!【錬成】なんてなくても、今よりも美味しいパンを作れます!お姉さんよりも! 美味しいパンを作れます!」
「なっ・・・そ、それはないから! さっきは簡単にって言ったけど、ここまでの完成度になるまで何度も何度も・・・それはもう有り余る時間のほぼ全てを使って試行錯誤を繰り返して今に至るんだから! こんな・・・ボクより歳下の女の子が今よりも美味しいパンなんて作れるわけないでしょ!」
お姉さんが眉間に皺を寄せて私の肩を掴んで揺すってきます。
・・・確かにお姉さんが言うことも一理あります。あのクロワッサンは美味しかったです。正直言ってママの作ったパンよりも完成度は高かったです。・・・でも、焼きたてなら? 絶対に私が作って焼いたパンの方が美味しいハズです。
「そうです! 時間があれば作ってあげますよ。そうすれば納得するハズです」
「い、いいよ! じゃあ勝負しよう! 集落の皆に食べてもらおうよ!」
「望むところです!」
ムムムっと睨み合う私達。少しの間、ピリピリと緊張が走る空気の中、それを壊すようにパンッと手を叩く音がしました。
「さぁ! そうと決まれば集落のエルフ全員を集めて、エルフの秘蔵っ子ピンクちゃんと獣王国のお姫様ノエルちゃんのパン作り対決よ!」
「え?ピンクちゃん?」
「・・・お姫様!?」
サラセニアは「これは最高にいい兆候よ!」とテンション高めに勢い良くドアを開け放って突風のようにお姉さんの家から飛び出していきました。
「お姉さんの名前、ピンクって言うんですか?」
「あれはボクの髪がピンク色だからそう呼んでるだけ・・・それよりお姫様って・・・どういうこと!?」
「そう呼んでるだけですよ。今は―――」
ガチャ
「お爺様・・・長老に伝えてきたわ。十数分もすれば全員が広場に集まってくるわ。それまでに出来る限り準備を進めましょう。ピンクちゃんとノエルちゃんは自分達の使う材料を運び出してちょうだい。私は広場に作業台を作ってくるわ」
「えっ、はやっ・・・あ、ちょっと待ってください!」
サラセニアは数人のエルフとなら大抵の物は作れるというので、追加で窯とクロワッサンを作るうえで必要な道具一式を頼みました。
「あ、そうだ。ノエルちゃん。これを被ってちょうだい。人間に獣人の子供だとバレたらまずいのよね」
「え、そうなんですか?」
「そうなのよ。ノエルちゃんには分からないだろうけれど、人間は怖い種族なのよ」
可愛らしい子猫のマークがついた白いニット帽を渡されました。
「これで猫耳を隠してちょうだい。あとその可愛く揺れてる尻尾もスカートの中に隠してくれるかしら。じゃないとパン作り対決どころじゃないわ」
「わかりました」
耳が塞がるのは嫌なんですけど・・・仕方ないですね。
私に帽子を渡したサラセニアは「急がないとっ」とそよ風のようにドアから出て行きました。
私も急いで材料を揃えて準備しなきゃですね。
「お姉さん。クロワッサンに使ってる粉なんですけど・・・って、そういえばお姉さんの名前をまだ聞いてなかったですよね。教えてください」
「・・・」
無視されました。黙々と材料を分けてタッパーのような箱に入れていっています。私はお姉さんの目の前に回り込んで、瞳を覗き込んでもう一度言います。
「私達家族なんです。名前を教えてください」
「うっ・・・」
お姉さんはボッと顔を一気に赤く染めたあと、目を逸らしてボソボソと小さく呟きます。
「ボクに名乗れる名前は無い。だから・・・名前を付けて。名前は家族が付けるものでしょ?」
名前が無い。・・・この世界にはそういう人もいるんですね。エルフの集落に人間が1人。きっと血縁者と何かあったんでしょう。
・・・それよりも今は名前ですね。
「うーん・・・」
お姉さんの顔をジーっと見つめます。ぶわっと汗をかきながら目をキョロキョロと泳がせて、また顔を赤くしました。汗臭いです。・・・まぁ、獣人の鼻だから分かる程度ですが。
・・・よしっ、決めました!
「ルテンです」
「ルテン?」
「はい。お姉さんの名前です!」
「ルテン・・・フフフッ、良い響きだね。何か理由はあるの?」
「もしも私が男だったらルテンという名前だったそうです」
「えぇ・・・」
私の家族の名前はルテン。ママがもしかしたら私に付けてたかもしれない名前。そばかすがチャーミングで、垂れ目で大人しそうな見た目に反して、しっかりと夢とプライドを持ったカッコイイ女の子です。でも、何かを怖がっているのか、それとも理由があるのか、その夢へ続く道を見失ってしまったようです。
「見失ってしまったのなら、私と同じ道を行けばいいんです」
「え? 何の話?」
だって、目的地は同じだから。
「行きましょう、ルテン。ここにある小麦粉達の種類と特徴を私に教えてください」
読んでくださりありがとうございます。一方その頃マイルスは・・・




