とある怠惰な少女とアクティブ子猫
ボクは食べるのが大好き。
でも、ボクの家は武系だから、食卓に並ぶのはタンパク質と魔力を効率的に摂取することだけを考えられた、味を度外視した魔物料理だけ。ほぼ無味だけど、臭いだけは獣臭いから・・・控えめに言って気持ち悪いよね。
ただ、ボクも小さい頃はそれが普通だと思ってたの。武系の褒美を得るために他の兄弟達と一緒にひたすら鍛錬に励んで、味のしない食事をとって寝る。毎日その繰り返し。だって、それしか知らなかったから。
ボクの世界が変わったのは5歳の夏。家に仕える平民のメイドが休憩中に食べていたフレンチトーストを別けて貰った時。ボクの世界に色が付いた。焼きたてではなかったし、今思えば味も薄目だったし少し焦げてたけど、あの時のもっちりした食感と、控えめなバターと卵の風味は忘れられないよ。
その後、お母様に有り得ないくらい怒られたし、そのメイドもそれ以降見ることは無かったけど、ボクはその出来事があってから普段の食事に物足りなさを感じ始めてた。
「どうにかしてあの味をもう一回を味わえないかな」
ボクの家は、良くも悪くも放任主義だった。言い換えれば何事も自己責任、結果が出なければ責任を負うのは自分自身。今では、それはある意味幼い子供には厳しすぎると思うけど、当時のボクは少し・・・んーん、かなり楽観的で妙に前向きだったからこう考えた。
「他の兄弟達が鍛錬している間に、ボクは市井に行って美味しいものをたくさん食べよう!」
それからは、鍛錬よりも、「どうやって使用人や護衛の目を盗んで抜け出すか」「どうやってお金を持ち出すか」を考えるようになった。
そして7歳の秋。ボクは毎日のように市井に出ていた。使用人にはこっそり家の金庫から持ち出した銀貨を渡して黙っていて貰ってる。
ほとんどお城にいるお父様に知られるハズもないし、家で療養中のお母様にさえ気を付けれ大丈夫だよね。
この国の貴族は7歳から、1年に一度鑑定士を呼んで褒美を得ているかどうか確認する。自分でステータスを見られるんだからそんなことする必要はないと思うんだけど、そういう決まりらしい。それに、その度にお父様が家に戻ってくるからボクは気が休まらないし、その期間は市井に出ることも出来ない。
「何だそのだらしない体は! お前はいったい他の兄弟達が切磋琢磨して騎士の鍛錬をしている間に何をしていた!? 」
自分では分からなかったけど、ボクは太っていたらしい。お父様に殴られた。蹴られた。叩かれた。
「いてて・・・。お父様が居る間は大人しくお兄様方と一緒に剣術の稽古でもしようかな」
そして、お父様がお城に戻ったら、また市井に出よう。辛い稽古を耐えた自分へのご褒美に、甘いものをたくさん食べよう。
9歳の冬、お母様が亡くなった。生死にかかわる病気ではないって聞いてたけど、突然死んじゃった。そんなに会うことは無かったから、私も兄弟達も悲しみはしたけど、それだけ。次の日にはそれぞれの日常に戻ってた。
でも、そんな日常もすぐに終わった。新しいお母様が来た。前のお母様はたまに怒るけど、あんまり怖くないし、事なかれ主義なところがあったから、お父様に報告はしないし大事にもしない。
新しいお母様はとても厳しかった。ボクのことを「豚」だとか「怠け者」だとか言って罵って、ボクに見張りをつけて兄弟達と一緒に毎朝走らされるようになって、その後も一日中鍛錬をさせられるようになった。
走らされるのはもちろん嫌だけど、最近は兄弟達がボクのことを見切りをつけたような冷めた目で見てくるから居心地が悪い。
「無理だよもう・・・市井に行くことも出来ないし」
9歳の春。ボクは早くも逃げ出す計画を立てていた。もうすぐお父様が鑑定士と一緒に来る。お父様は毎年ボクのことを厳しく叱る。「このままじゃダメだ」とか「碌なギフトを得られない」だとか。お母様と違って言葉自体はそこまで厳しくないけど、殴られたり蹴られたりするのが辛い。
ただ泣くだけのボクに、お父様は「立ち向かってこい」とか「お前の為にやってんだぞ」と、何故か焦ったような目で言ってくるけど、ボクの為って言うなら、やりたいことをやらさせてボクの自由にさせて欲しい。・・・そうだね、美味しいものをたくさん生み出せる料理の練習だったら頑張れると思うんだよね。
9歳の夏。鑑定士を連れてお父様が来た。お父様はボクの体を見て「また太ったか・・・」と残念そうに言う。そして新しいお母様に何やら報告させたあと、「そうか、この調子で励めよ」と安堵したような顔で頭を撫でてくれた。ちょっぴり嬉しいって思っちゃった。
そして、鑑定士がボクの鑑定を始めた。最近は余裕が無くて自分でステータスを確認するなんてことしてなかったけど、どうせ何も得られて無いんだろうな。
「鑑定結果をお伝えします。娘さんは褒美を得られました」
「おぉ! 本当か! 真剣に鍛錬に励むようになってからこの短い期間で得られるとは! さすが私の娘だ!」
お父様が今まで見たことのないような笑顔を見せた。お父様のことは嫌いなハズなのに、自然と頬が緩む。
そんなに真剣に頑張った記憶はないんだけどなぁ。まぁ、得られたんならいいや。そしたらもう、これ以上鍛錬とかする必要ないよね?
「それで、何の褒美だ? 【剣術】や【柔術】とかの技術系か? それとも魔法系か、特殊系?」
お父様が期待の眼差しを鑑定士に向けてる。鑑定士は言い難そうに口を開いた。
―――。
ボクは逃げた。逃げて逃げて、国の端っこまで逃げた。
・・・鑑定が終わった日の夜。
いつもボクのことを見もしないお兄様達が口角を上げてボクを見下ろしていた。
いつも厳しい口調で責めてくるお母様が優しく食事を勧めてくれた。
いつも味がしない晩御飯に味がした。
だから、逃げた。皆は追いかけてこなかった。
「うっ・・・おえぇええええ・・・うぇ・・・」
ここは国の端っこの、入り組んだ路地の奥にあるスラム街。喉に指を突っ込んでさっき食べたナニかを吐き出す。そんなボクを気にする人はここにはいない。
寒い・・・暑い・・・寒い・・・。体の感覚がおかしいよ。どうしちゃったの? 息が出来ないのに、苦しくない。ただ、ゆっくりと、手先から感覚が無くなっていく。
「ごぼっ・・・」
自分の吐血で汚れた地面に頬をつけて横になる。ベチョッとした頬の感覚が、ゆっくりと、そしてまるで最初から何も無かったかのようになくなっていく・・・。
―――。
あれからどれくらい経ったのか。1日?3日?・・・それとも1週間以上? 分かんないけど、ボクはまだ生きてる。すぐに吐き出したのが良かったのか、太ってたお陰で時間を稼げてるのか・・・。
「ひゅっ・・・ひゅっ・・・」
感覚は無いけど、辛うじて呼吸が出来てる。ぼやける視界に見えるのは、ミイラのように骨と皮だけになった自分の腕。それと自分が吐いた血が乾いて跡が付いた石の地面。
でも、もう限界かも・・・どうしてボクがこんな目に・・・何がいけなかったんだろう?
死が近いからか、今までの短い人生が走馬灯のように駆け巡る。
きっと、生まれる家を間違えたんだろうなぁ。もし、ボクが普通の平民に生まれてたら・・・お金は無いけど、その中で家族や友人と協力して生活して、色々と工夫して美味しい料理を作ったり、どこかの料理店で働いて、素敵な人に出会って恋とかしたり・・・その人と一緒に新しくお店を経営しちゃったりして・・・
「は、はは・・・こひゅっ・・・」
虚しいなぁ・・・。
もう、涙も出ないけど、ボクはたぶん泣いてる。現実と夢。その差があまりにも大きすぎる。もう死ぬと分かってても、叶わないと分かってても、ボクの中にあるほんの小さな「諦めたくない心」が無意識に口を動かす。
「あ、あぁ・・・神様」
今思えば、ボクは怠惰だった。でも、そんなボクにも夢があったって今気付いた。
「死にたく・・・ないよぉ」
その瞬間、視界が光った。ボクの中にあった「諦めたくない心」が形になったのが分かった。
「うぐぅ!?」
一瞬、もの凄い痛みが体中を駆け巡ったと思ったら、すぐに治まって体が軽くなる。
・・・ボクは立ち上がった。立ち上がれた。
「何か食べ物を・・・じゃないと、どっちにしろすぐに死んじゃうよ・・・」
と言っても、こんなスラム街に食べられるものがあるわけない。軽くなったと言っても、辛うじて動けるくらい。フラフラと壁に寄りかかりながら歩いて、ボクは目に付いた物を手にとった。元が何かも分からない、腐りきった何か。
「ちょっとそこの君! さっき珍しい魔力の反応を感じたんだけれど・・・え、その手に持ってる物って・・・え?」
後ろを振り返ったら、髪の長いスレンダーなエルフの美女が立ってた。
―――。
夢を見ています。そう自認できるのは、私が【完全記憶】という褒美を持っているからか、それか目の前に見えるノワールちゃんがふわふわ浮いているからでしょう。
「にゃ~」
ノワールちゃんはふわりと私に近づいてきて、私のおでこにぷにっと肉球を当てました。
「にゃ」
何となく、何かを託された・・・いや、返却されたのが直感で分かりました。
――。
「―――それで、それから2年経ったのだけれど、その子ったらなかなか心を開いてくれなくて・・・未だに名前すら教えてくれないのよ」
「いや、そんなこと言われても、やっぱり精神魔法で無理矢理立て直すのは最終手段で、本人の今後の為にはあんまりやらない方がいいんだぞ?」
目が覚めました。獣化状態でベッドの上で寝落ちしていたみたいです。ベッドの横ではマイルスと、エルフの長老のお孫さんのサラセニアが真面目な顔で話し合っています。
・・・船の揺れが少ないですね。もう着いたんでしょうか?
窓の外を眺めると、動いていた景色が止まっています。もう湖の向こう側、エルフの集落に着いたようです。
私は窓の淵までぴょんっと跳んで、肉球で窓をスライドさせて開けます。眼下には湖の水がちゃぷちゃぷと船底に当たっています。このまま飛び出せば間違いなく湖へボチャンですが・・・。
窓から出て、そのまま船の外側の壁をテクテクと歩きます。まるで重力が横側になったかのように。
「あの夢を見て、出来るとは思いましたけど、本当に出来るとビックリしちゃいますね。理由も仕組みも分かりませんが、今まではノワールちゃんが私の【重力操作】を持っていたようです」
ふいにビューッと冷たい風が湿った鼻先を撫でます。
「んにゃ」
湖の上は冷えますね。さっさと陸に降りましょう。
タンッと船の側面を肉球で蹴って、【重力操作】で自分を軽くしてふわっと陸に着地します。
少し遠くの方では、船から陸へと簡易的な橋を渡して、偉そうに肩で風を切って歩いてるオジサン達が上陸しているのが見えます。
「さて、私はどうしましょう?」
とりあえず、エルフの集落へと向かいましょう。あっちの方から沢山の話し声とか、土草を踏む足音や振動を感じます。
湖とは反対方向へと一歩前足を上げたところで、何者かに音もなくサッと抱き上げられました。
「んにゃ!?」
何者かは私を抱き上げた瞬間に、森の方へ駆けました。・・・どこかに持ち運ばれてる? ・・・誘拐? でしょうか?
・・・でも、どこか懐かしい香りがします。
「あ、えっと・・・お願い。少し静かにしててね」
少し自信なさげな女の子の声が頭上から聞こえました。体を捻じって振り返って見上げると、誘拐なんてするとは思えない大人しそうな、ピンク色の髪をサイドで三つ編みにした少女が私を持って息を切らして走っていました。
「も、もうすぐボクの家だから・・・」
太めの眉を下げて、灰色の垂れ目を不安そうに潤ませたそばかす少女。人を誘拐しそうには見えませんが・・・でも、今の私が子猫になってると考えると、『野良猫を拾って家に持ち帰る大人しめの少女』になりますね。それだと有り得そうです。・・・私は野良猫ではありませんが。
とりあえず、この少女が集落へと連れていってくれそうなので、黙って身を任せることにしましょう。
読んでくださりありがとうございます。ノワールちゃん視点のお話もそのうち書きます。たぶん。




