子猫とエルフ
薄暗い下水道を抜けると、森でした。というか湖でした。塔から見えた、あの大きな湖です。少し遠くの方には港のような施設に船が何隻か泊まっているのが見えます。
「すぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁぁ・・・外の空気が美味しいです。マイナスイオンを感じます。こんな感覚は久しぶりです」
「俺達の前いた世界は汚染も自然災害もクソみたいに酷かったからな。下水道だけに」
「はははっ、笑えないですよ。それよりも下水道の汚水。湖に垂れ流してるんですね」
あの綺麗な石造りの街並みとはかけ離れた汚い水が、ドロドロとタレ流れています。見ているだけで吐き気がしてきます。
「でも、どういう理屈かここの湖は綺麗だぞ」
「そうですね。じゃあ、その綺麗な湖で汚れた体を洗ってください」
えいっ
「うおぅ!?」
ボチャン!
マイルスのお尻にドロップキックをかましたら、面白い態勢で湖に落ちて行きました。
「何すんだノエル! 別にそこまで汚れてなかったろ!」
「汚れてました。それに私も汚れてます」
自分のニオイを嗅いでみます。特に臭いと思わないのがマズイです。下水道を通って絶対に臭いハズなのに、鼻が慣れてしまってます。
湖に落ちたマイルスは不思議なことにすぐに綺麗になりました。私も飛び込みましょう。
「ちょちょちょ! 待って! 待て! ノエルまで飛び込むな!」
「何でですか!」
「作戦があるんだよ! 嗅覚の鋭いあの兎獣人をここで完全に撒きたいんだ!」
ミルフィはノワールちゃんの不思議な力で押さえつけられてましたけど、いつまであのままかも分かりません。下水道のニオイを追ってすぐにここへやって来ます。
「こんなところで水を売ってる場合じゃないですよ。マイルス」
「お前が言うな! ・・・ってそうだな。懐かしいノリだけどこんなことしてる場合じゃねぇな。・・・いいか?手短に説明すると、あの兎獣人は下水道を通って、そのあと、下水道のニオイが沁みついた俺達を追ってくる。ソレはノエルなら分かるよな?」
「そうですね。だから、下水道のニオイが着いた衣服などを別の方角へ投げ飛ばすってことですね」
いい作戦です。
「そこまで分かってるなら、俺を湖に落として下水道のニオイを落とすなよ!」
「何言ってるんですか。まだ私がいます。私がやります」
「はぁ!? お、おい! 女の子がこんなところで、というか、お、俺がいるんだぞ!?」
何を顔を赤くして焦ってるんでしょうか?
「んにゃ、よいしょっ」
私は靴を両方脱いで、ソックスも脱ぎます。
「な、なんだ・・・靴下か・・・いや、それはそれで・・・」
ガッカリしたかと思えば、何やらブツブツと言い始めました。
そんなマイルスを放っておいて、私はソックスの片方に少し重ための石を入れます。そしてソックスを二つ結んで、ブンブンと振り回します。そうして遠心力を利用して遠くへ・・・。
「投げますっ!!」
石が入った私のソックスは、湖とは反対の森の方へと飛んでいきました。裸足のまま靴を履いて、湖から私を見上げているマイルスに向き直ります。
「それで? これからどうするんですか?」
「あ、ああ。そうだな。確か、もうすぐ・・・」
マイルスは街の方に泊まっている一隻の船を見ます。大きな古いガレオン船です。
「あれはエルフの人達が作った湖を渡るための渡り船で、俺達はそれに乗って来たんだけど・・・おっ、出港し始めたな。使用人を味方にしておいて良かったぜ」
「え?」
「よしっ、ノエル! こっちにこい! 飛び込め!」
「分かりました」
んにゃ!
私は飛び込みました。湖へ、マイルスの腕の中へ。
ボチャン!
ふぅ、これで私の体も綺麗になりました。
「うおっ、躊躇ねぇな・・・い、いいか? 少し潜るから息を止めてろよ」
マイルスは躊躇いがちに私の腰に片手をまわすと、もう片方の手をガレオン船の方へ向けました。
バシュッ
マイルスの腕、いや、袖口から白いワイヤーのようなものが勢い良く発射して、ガレオン船に刺さりました。
「よし、行くぞ! 息を良く吸い込んでおけよ」
「すぅぅぅぅぅ」
私がコクリと頷くと、マイルスはワイヤーをシュルルッと収束させ、水の中へ潜ります。物凄い速さでガレオン船へと水の中を進んでます。頭の猫耳に水が入って不快です。
あっという間に船に着きました。マイルスは私を抱いたまま船の舵にしがみついて、またバシュッとワイヤーを船の後方にある窓へと発射しました。
「あそこが俺の部屋だ。ちょっと引っ張るぞ」
「にゃ!?」
グイっと腰を引っ張られて、持ち上げられます。マイルスは私を抱えたまま窓を開け、船内へ入ります。私はすぐにマイルスから離れて、何故か一滴も濡れてないランドセルを置いて、身震いして水を払います。
ブルルルルッ
部屋は少し狭めで、クローゼットとシングルサイズのベッドが1つずつ、申し訳程度の小さなデスクだけで、あとはトイレかバスルームに繋がってそうな扉と、恐らく出入口の扉しかありません。
「ノエル、お前・・・」
マイルスが何か言いたげなジト目で私を見てきます。
「何ですか? 何か言いたいことがあるなら言ってください」
「いや・・・本当に猫になったんだなって思って。その・・・可愛いな。見た目もだけど、仕草とかも」
マイルスに頭を撫でられました。そして猫じゃなくて猫獣人です。
「クルルルッ」
「ハハッ、喉がゴロゴロ鳴いてんぞ。本当に猫みてぇだな!」
「や、やめてください!」
パシっとマイルスの手を払って、私は濡れた服をちょこっと摘まみます。
「それよりも、これからのお話をしましょう。聞きたい事とか色々あるんです。あと、服が濡れて気持ち悪いです。このままじゃベッドに腰掛けることすら出来ません。何か着替えるものないですか?」
布が多いドレスなだけに服が水を吸って重たいです。
「服か・・・悪い。そこまで考えてなかった。ゴメン」
マイルスは軽く頭を下げたあと、「どうするか・・・」と顎に指を当てます。
「仕方ないですね。服を乾かしましょう」
「いや、その間に何を着るんだよ。俺の着替えじゃあ明らかにサイズがでっけぇし。ってか俺の服も濡れてるから俺は俺の着替えを着るし」
「獣化です。服を乾かしてる間に獣化します」
「・・・え、何それ? ジューカ? ・・・え、エッチなことか?」
「は?」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・ごめん」
マイルスに獣化について説明します。
「獣人はそんなことも出来るのか・・・」
「まぁ、一度も成功したことはないですが」
「おい!」
マイルスが変なポーズでビシッとツッコミを入れてきました。そのヘンテコなポーズが面白くって、思わず「フフッ」と笑ってしまいます。するとマイルスも何故かニッコリと幸せそうに笑みを零しました。
何となく、今なら出来そうな気がするんです。塔に閉じ込められてた時よりも心が軽いんです。たぶん、きっと、それは彼のお陰ですね。
「マイルス。ありがとうございます」
胸に手を当てて、今なりたい自分を思い浮かべます。
バサリ
・・・と、衣服がこすれながら床に落ちる音がしました。それと同時に視界が布に覆われました。濡れた衣服の間を縫って顔をだすと、視線が低くなっていました。どうやら成功したみたいです。床に触れる手足(肉球)の超感覚が伝わってきます。
「うぉ・・・おう・・・ノエルが子猫になった。う、っへへ。可愛いな」
マイルスが気持ち悪い反応を見せてますが、それよりも気になることがあります。
「マイルス。扉の外に誰かいます。あと、風の動きがおかしいです」
「あ、ああ。たぶんあいつだな。大丈夫だ。協力者だ。・・・おい! 聞いてるんだろ!? 入っていいぞ!」
マイルスが扉に向かってそう叫ぶと、ガチャリと扉を開けて1人の女性が食い気味に入ってきました。そしてキョロキョロと部屋の中を見渡します。
「マイルス。あなたの言っていた女の子は何処にいるのかしら? 風魔法で音を拾って声は聞いていたのだけれど・・・」
緑色の長い髪を揺らしながら入って来たのは、少し目元がキツめのスレンダーな女性です。装飾された太い木の枝を持っていて、布面積の少ない服なのに不思議と上品さが感じられる白いワンピースを着ています。そしてなによりも目が行くのが耳です。尖っています。
「サラセニア。その女の子はさっき子猫になった。事前に話したと思うけど改めて紹介するな。・・・獣王国のお姫様のショコラ――」
「ノエルです。ノエル・ヤマブキです」
私は服の上から降りて、ぺこりと頭を下げます。誰だか知りませんが、自己紹介は自分でしたいです。
「ね、猫が喋ったわ・・・というか、可愛すぎでしょう」
やさしい手つきでそっと片手に乗せられて、頬擦りされます。
「んにゃ~・・・や、やめてください! というかマイルス! この人は誰ですか!」
「その人はサラセニア。エルフの集落の長老のお孫さんで、今は俺の使用人って名目で人間の俺を監視してんだ。そして、協力者でもある。俺の不在を誤魔化して船を出港させてくれたんだぜ」
「監視? 協力者?」
繋がりが分かりません。
「人間は基本的にエルフや獣人に信用されてねぇからな。・・・でも、塔に閉じ込められてるお姫様を助けたいって相談したら協力してくれたんだ」
「怪しい動きをしていたから問い詰めたら、そう吐いたのよ。安心してノエルちゃん。私達エルフは何よりも自由と平和を尊重する種族。ただ自由になりたいと願う子猫? 子供? ・・・をエルフは無下に扱わないわ」
ただ自由になりたいってわけじゃないんですけどね。
「それじゃあ、一旦落ち着いたところだし、このあとの予定を話すぞ」
サラセニアさんが私の濡れた服を風魔法で乾かしている間に、別の服へと着替えたマイルスと子猫になった私はベッドの上に座ってお話です。布の感触が気持ちよくて、ふみふみしちゃいます。
「まず、この船はあと数時間後には湖を横断してエルフの集落に着く。そこで俺の国の連中は何泊かしてエルフと交流を深めるとか何とか言ってたんだけど、 俺達はそこを素通りして、別行動をして最速で人間の国へ向かう」
「え?」
エルフの集落に寄らない・・・?
「最速で人間の国に向かうには山脈を越えて、妖精の森を抜けるのが一番なんだけど、さすがに妖精の森は危険が・・・」
「ちょっと待ってください! エルフの集落には寄ります!」
マイルスの膝をテシテシと肉球パンチして見上げます。
「いやいや、それこそ危険すぎる。俺達は追われてるんだぞ? エルフの集落に寄ってる時間はねぇよ。すぐにでも人間の国に入国しなきゃマズイ」
「え? 人間の国に入国って・・・どういうことですか?」
「人間の国は他の亜人の国や集落と違って法律がある。ルールや掟なんかじゃなくて、れっきとした法律だ。それがあれば追手も簡単には手は出せねぇんだ! とにかく、今は一刻も早く人間の国に逃げて法律に守られるべきだ!」
マイルスの言ってることは間違ってません。その法律の詳細を知らないので本当に守ってくれるのかどうかの判断は出来ませんが、言い分は理解はできます。
「でも、私は逃げる為にここに居るんじゃありません! 前へ進むためにここに居るんです! エルフの集落であのサクサククロワッサンの秘密を教えて貰うんです!」
「サクサククロワッサン? よく分かんねぇけど、前へ進んだ所で逆戻りしたら意味ねぇだろ!」
「マイルス。私は逃げることと遠回りが大嫌いです。限りある時間を無駄にしてる気がするからです」
むむむっと睨みあう私達に、服を乾かしているサラセニアさんが感心したように息を吐きながら言います。
「幼いのにしっかりと自分の価値観を持っていて素晴らしいわね。私はノエルちゃんの味方をするわ。集落には合わせてみたい子もいるし、何よりも本人の意思を尊重すべきよ」
「サラセニアさんはイイ人ですね」
目元はキツイですけど、落ち着いた優しい女性です。
「あー! もう! やっぱり俺にノエルをどうこう出来るわけなかったか! そうだよな! ノエルはそういうやつだよな! ックソ! 最高の気分だぜ!」
ぐしゃぐしゃと頭を髪をかき乱して叫ぶマイルスに、ビックリして飛び跳ねちゃいました。尻尾がピンと立ってるのが分かります。
その後、風魔法で髪も乾かして貰ったマイルスは、「国のお偉いさん達に顔を見せてくる。サラセニア、ノエルのこと頼んだぞ」と言い残して部屋を出て行きました。
「ノエルちゃん、服を乾かし終わったけど着替えなくてもいいの? 今ならマイルスがいないから着替えられるわよ? 下着もきっちり乾いているし」
「いいです。着替えはそこのランドセル・・・赤いカバンに仕舞っておいてください。今はこの獣化状態に慣れておきたいんです」
「そう・・・ノエルちゃんの獣人姿も見てみたかったのだけれど・・・ノエルちゃんがそう言うのなら仕方ないわね」
―――。
そして、戻ってきたマイルスとサラセニアが何やら話し合う隣りで、猫の本能に負けてボール遊びをしたりお昼寝をしたりすること2時間と少し。船は止まり、エルフの集落に着いたようです。
読んでくださりありがとうございます。ボールはサラセニアが浴室にあったタオルで作りました。




