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カゴノトリ  作者: 灯夜 雪


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第5話 魔法生物と薬の素材(後編)

三部作の最後

大きなテーブルに広げられた、様々な草花、魔石、魔法生物の素材。

私はシルロ先生と薬の調合をしていた。


手伝いも兼ねていたので、互いの知識を持ち寄りながら、様々な薬を改良し、勉強していた。


「ほう、咳止めにアオアシキノコを使うとはのう。これは儂も知らなかったのう」


「アオアシキノコは、苔の上を歩きながら上質なマナをその身に蓄えていきます。

乾燥させて粉末にしたものを蜂蜜と混ぜ、水の魔石を砕いたものを加えて固めると、喉を潤しつつ癒してくれる飴になります。

甘いので子供でも無理なく口にできて、おすすめです。

他にもフルーツなどと組み合わせれば、味のバリエーションも増やせて楽しいですよ」


聖明は、手に乾燥させたアオアシキノコを持ちながら説明する。


「うぬ、子供は薬が嫌いじゃからのう。次からは試してみよう。

……それにしてもおぬし、本当に24歳なのかの?

知識量は遥かに儂を超えているように思えるがのう」


私は笑顔のまま固まり、思わず肩を震わせる。


……うん、それは、そう。

私は堕天使の中でも特殊なケースで、生まれ変わった堕天使だ。

前世の私が、母の胎の中で死にかけていた私を助けるために、霊を使って生きながらえさせた。

結果、私に宿った彼の魂は私と融合し、私は母とよく似た目と髪、そして彼の面影を色濃く継いで、堕天使として生まれた。

そして、彼の遺産と言わんばかりに、彼が生きた1000年以上の知識を私は保有している。


彼の名は、クロスロード・ナイトメア。

無から始まった彼が、生きていく中で名付けられていった名前だ。


「まあ堕天使は皆、特殊じゃからのう。そういうこともあるのかもしれんのう」


シルロ先生は、私が変に固まっていたのを察してか、納得した素振りで頷きながら言う。


「……知識ばかりで、実際は全然、子供のままですよ」


「ま、そうじゃな! 大人なら生活習慣は破綻しておらんじゃろうしな!」


「うっ!」


図星すぎる言葉に、胸がズキッとする。


「さてさて、本題の抑制剤じゃが、レシピを見せてもらった限り……ちと過激すぎるの!

おぬし、闇を抑えることしか考えておらんじゃろ。光のマナをエグいくらい圧縮させて打ち込むとは……自殺行為じゃよ」


「……しかし……軽い発作ならまだしも、重くなれば暴走の可能性もあります。

即効性を重視しなくては……暴走したら……きっと誰かを殺してしまう……」


そう、実際に殺しかけた。

私は“彼”を殺しかけて、それで――


「そう思い詰めた顔をするでない!

おぬしの悪いところじゃ!

人はの、必ず誰かに迷惑をかけて生きていく生き物じゃ。

おぬしの場合は確かに、暴走したら影響力が大きすぎるかもしれぬ。

しかし、暴走する前に、おぬしの周りには止めてくれる者たちがおるじゃろ。

抱え込みすぎるでない。苦しいなら、ちゃんと相談しなさい。

一緒に考えてくれる人がいるだけで、幾分は違うものじゃ」


脳裏に過る、風真やリリー……

そして、かつて私を救おうとしてくれた友人たち……。

その優しさが、私には怖くて仕方がなかった。

かつて支えようとしてくれた人たちはいた。

それなのに、私は逃げてしまった。

……こんな私が、本当に誰かを頼っていいのか分からない。


「………聖明先生。

儂はのう、かつておぬしに似た雰囲気の青年と会ったことがある。

似ていると言っても見た目だけの話じゃが……彼は正直言って人格破綻者でのう。

楽しいと思ったら何でも行動に移して、周りの迷惑なんて顧みない。


当時の儂は、おぬしのように真面目すぎてのう。

融通の利かぬ、頑固で正論ばかり述べる偏屈な若者じゃった。

そんな儂に、そやつはこう言いよったのじゃ。


『どうせ生きるなら、楽しくないとつまんないよ』とな」


私は目を見開いた。

――その記憶なら、“ある”。


「儂が薬の素材を集めると言った時は、『面白そう』とついて来てのう……

あやつ、何をしたと思う? アース・ドラゴンにちょっかい出してのう。

怒らせて、とんでもない光線が儂らに飛んでくるのじゃよ。

魔法も無効化されて逃げ惑うしかない中、あやつはずっと笑っておった。

『アース・ドラゴンが怒るところ初めて見た!』と、それはもう子供のように大はしゃぎ。

儂はどうにか隠れ逃げたがの、あやつは光線に当たって丸焦げじゃ。

しかし流石は堕天使、生きておるんじゃよね。

服も焼けているからのう、全裸でケロッとした顔で立ち上がって、さらに笑っておった。

儂も流石におかしくての、人生で初めて声を上げて笑ったわい。


それからというもの、自分で勝手に決めた息苦しいルールが馬鹿らしくなっての。

彼ほどまではいかぬが、人生を楽しむことに注力するようになった。

結果的に儂は、楽しく健康的に今まで生き続けておる」


シルロ先生は懐かしくも嬉しそうに語り、私を見上げる。


「のう、聖明先生……おぬしの中にも、クロスの欠片があるじゃろ」


――やはりこの人は、私の前世を知っていた。

私に似た堕天使など、私の前世でしかありえない。


「彼になれとは言わぬ。

でもな、少しは楽しんで生きてみるといい。

今のおぬしには難しいかもしれぬが、きっと彼の生き方は今のおぬしの救いになる。

人生、楽しんでも良いのじゃよ」


「ぁ……わ、私は……」


確かに、クロスの知識と記憶はある。

彼はいつも笑顔で、楽しそうで……眩しい。

でも、私とは違いすぎて、真似できる気がしない。

だって私は……彼と違って、こんなにも弱い。


「無理に考えなくても良い。頭の片隅に置いておくだけでも良いのじゃ」


「………はい」


「さてと、肝心な抑制剤の改良じゃがの……ぶっちゃけ、効力落とすだけで良いぞ」


「へ?」


まさかの提案に、私は情けない声を出してしまう。


「おぬし、この抑制剤は強すぎる。

強すぎるから、他のマナにも影響を及ぼして体調不良が起きやすくなっておるんじゃよ。

発作が怖いのも分かるがのう、適度というものを知ったほうがいいの。

強めの発作の時だけ、強いほうを使うようにしなさい。

それだけで、今の体調は更に改善されると思うぞ?」


「そんな……」


「ほら、試しに今日の分、弱めに作っておいたから飲んでみるといい。

これを飲むだけで、今日は発作が起きにくいと思うぞ」


小さな瓶に入った光のマナ。

私はそれを受け取り、飲んでみることにする。

飲むと、じんわりと胸が温まる。

いつものであれば焼けるように熱い量。


緊急性が高い時や、効果をより強く出したい場合は注射器で打ち込み続けていた。

それを軽く飲むだけで、本当に大丈夫なのだろうか……。


「飽くまで日常生活においては、という話じゃ。

おぬしの闇の保有量は多い。闇魔法を常時使った場合は別じゃ。

すぐに身体が蝕まれて、激しい発作が起きるじゃろう。

その時は、いつものように抑制剤を打ち込んだほうが良い。


……本来なら、それもやめさせたいんじゃがのう、儂は普通の医者じゃ。

闇に対する対応はこれが限度じゃ。

すまぬの、聖明先生」


私はシルロ先生の目線に合わせるように屈み、首を振る。


「そんなことはありません。

ここに来てまだ数日ですが、先生には救われています。

本当にありがとうございます。

私は……医者でありながら、根本的な生活さえできない状態でした。

それを先生は理解し、導いてくださっています」


「聖明先生……」


次の瞬間、何故かシルロ先生は私の眼鏡をクイッとあげたかと思うとーー目潰しをしてきた。

思いっきり目に指が入り、私は床に転がり悶絶する。


「〜〜っ!! なんで……!?」


「いや、おぬし、前世に比べて顔が良くなりすぎじゃ。

なんか腹が立って、つい手が出てしもうた」


「理不尽!!」


そんな光景をずっと見ていたリリーは、笑うように「にゃーん」と鳴く。

そして、タイミングよく院内の時計が鳴る。

ボーンという低く鈍い音。


「もう夕暮れかの……風真は今日は遅めじゃの」


その言葉に、私も心配になって立ち上がり、窓から外を見る。

既に太陽は下がり始め、外が暗くなりつつある。

夜の森は危険だ。


魔法生物でも、夜に活動する動物は危険な存在が多い。


「シルロ先生……迎えに行ってきても良いでしょうか?」


一応、入院している身だ。

勝手に出るのは、さすがに気が引ける。


「……どうせ止めても、おぬしは勝手に行くじゃろ。

早く迎えに行ってあげなさい。闇魔法の使用は控えるのじゃよ」


「ありがとうございます。リリー、行こう」


リリーは丸めていた身体を起こし、テーブルから私の影に入る。

私は窓を開け、そこからそのまま宙に飛び、森へ向かうことにした。


窓からは、シルロ先生が手を振っている。

早く見つけて、一緒に帰ろう。


私は精霊の森まで急いだ。


 

ーーー



「マジで……ここ、どこだよ……」


僕は精霊の森を歩き続けていた。

日はすっかり落ち、森は静寂に包まれている。


けれど、マナが豊富なこの森では、苔が緑に淡く光り、魔石や魔石化した木々や草花からも細かな光の粒が発せられていた。

おかげで足元は見やすく、光魔法を使って照らす必要もなさそうだ。


右足を引きずりながら、一歩、また一歩と前へ進む。

……そんな中、ふとした違和感が僕の背筋を撫でた。


嫌な予感がして、僕は後ろを振り返る。

すると、さっき僕が落下したときにぶつかった岩がそこにあった。


「……え? 嘘でしょ……?」


歩き続けていたはずなのに、戻ってきてしまった……?

でも、それにしては変だ。

足を引きずっていた分、景色を意識して見ていたし、戻ってきたのなら気づくはず。

僕は更に警戒して、辺りを見回す。


するとーー

マナの粒子の中に、一際大きく光る存在がいくつも漂っているのに気づいた。


「まさか……ウィル・オ・ウィスプ……?」


聖明が言っていた。

夜の森や沼地、墓場などに現れ、道に迷わせたり、底なし沼に誘い込んだりする厄介な存在だと。

ピクシーと違って交渉はできず、悪意の塊でもあると。


ウィル・オ・ウィスプがいるということは、僕は“危険な場所”に誘われた……?

そう思った瞬間だった。


女の啜り泣くような、ゾクリとする声が、背後から聞こえてきた。


僕は恐る恐る振り返る。


そこには乱れた長い髪、白い肌。

白いローブのようなワンピースに身を包んだ“女性のような”何かが佇んでいた。

しかしそれは、幽霊のように足がなく、全身が透けていて、向こう側が見えていた。


その周囲には、青白く光るウィル・オ・ウィスプたちがふわふわと漂っている。


何だこれ……精霊の類か?

いや、気味が悪すぎる。


泣き声が聞こえているのに、口元は酷く歪んで笑っている。

逃げたほうがいい。でも、今の足では到底逃げ切れない。

倒す……? いや、知識がない。対処法もわからない。


頭の中が混乱していると、その存在がゆっくりと天を仰いだ。

そして、背後に現れたのは、大きな時計のような魔法陣。


「え……なに、これ……?」


秒針がカチッと音を立てて動いた。

……まさか、タイムリミット系の魔法か……?


秒針がもう一つ動いた。

あと三回動けば、秒針は真上を向く。


「……マズい。これは本気でヤバい……!

《風よ、切り裂け!風の刃 (グラディウス・ウェンティ)》!」


慌てて詠唱する。普段なら無詠唱で出せる魔法さえ、今は声にしないと落ち着かなかった。


けれど――風の刃はすり抜けた。まったく通じない。

さらに、秒針が一つ進む。


「……勘弁してよ……!」


「風真!!!」

「え……?」


次の瞬間、空から光の剣が3本、目の前の幽霊に突き刺さる。

それが効いたのか、幽霊は激しく泣き叫び始めた。


「風真、無事か?」


目の前に降り立ったのは、見慣れた背中。

……聖明だった。


「えっ、聖明!? なんで……?」

「帰りが遅いから、心配で来ちゃった」


そう言いながら、彼は空中に光の剣をさらに5本展開する。


「えっ……聖明、光魔法……使えたの?」


「うん、使えるよ? 闇以外でも全属性。

光魔法が使えないと、回復魔法も使えないでしょ?


それに……今は“闇魔法は使うな”って言われてるからね。

相手はバンシーだし、光属性じゃないと通らない」


バンシー……?

それを聞いた瞬間、背筋が凍る。


バンシーは“死を予告する妖精”。

闇魔法で“死の宣告”を与え、魂を奪っていく存在だ。

さっきの時計は……僕に“死の予告”をしていたのか……。


恐怖に腰が抜け、地面に座り込む。


「風真は休んでて。さっとやっつけちゃうから」


呑気にそう言いながらも、バンシーは秒針を進めて聖明を指差す。


「あっ、聖明! 秒針が……!」


ちょうど秒針が真上を向いた瞬間、何かが聖明に向かって貫通する。

でも彼は平然と首を傾げるだけ。

バンシーも指先と聖明を見比べ、何やら焦っている。


「うん? 死の宣告した?

……効かないよ。寿命ある者にしか通じない魔法だからね。

私は“不死の堕天使”だし」


ニヤリと歪んだ笑みを浮かべる聖明。

慌てたバンシーがいくつも時計を出して、聖明に向けて魔法を放つ。


「だから効かないってば」


聖明は宙に浮き、さらに光の剣を展開した。


──月のような光の髪を持つ“彼”が脳裏を過る。


「……やっぱり、“君”ほどの数は出せないな……」

「……聖明?」


聖明が誰かを思い浮かべるように呟くと、剣を一斉に振り下ろす。

剣が次々に突き刺さり、バンシーの姿は歪み、崩れていく。


「これで終わり!」


最後の一撃で、バンシーは完全に消滅。

ウィル・オ・ウィスプもどこかへ消えていった。


──闇魔法を使わずとも圧倒的な力で敵を制する聖明。

……やっぱりすごい人だ。


聖明は静かに地面に着地すると、僕のもとへ駆け寄り、しゃがんで足元を見た。


「……足を怪我してるね。見せて」

「あ、うん……」


僕は靴を脱ぎ、添えていた木の枝を外す。

すると赤黒く腫れ上がった足が現れ、痛々しさに思わず引いた。


「少し触るよ?」

「いっ!?」


痛みで声にならない悲鳴を上げる。

聖明は小さく唸りながら魔法陣を展開した。


「……折れてはいないね。

風真、体力に自信あるなら治癒魔法で無理やり治せるけど、どうする?自然治癒だと、一ヶ月はかかるよ」


「い、一ヶ月……!?」


そんなに……!?


体力は奪われるが、足以外は元気だし……こんなに時間かけたくない。


「聖明、お願い、治しちゃって!」

「うん、わかった。少し痛いけど……我慢してね」


聖明の手元の魔法陣が強く輝き、同時に足に激痛が走る。


「ひぃいいっ!!」


変な声が出るし、涙まで出る。

それでも、しばらく耐えると痛みが和らぎ、聖明の顔が見えた。


「もう少しだからね」


「うん……

……聖明、その、助けてくれてありがとう……。

入院中なのに、無理させて、ごめん……」


「大丈夫。無理なんてしてないよ。

風真が無事でいてくれたことの方が、ずっと大事だから。……さ、立ってみて。もう歩けるよ」


言われるがままに立ち上がると、嘘のように痛みが消えていた。


「おお……ちゃんと治ってる」

「うん、よかった」


僕は靴を履き、装備を整える。


「よし、聖明。もう大丈夫!ありがとう!」

「うん、でも無理はしないで。治癒魔法は体力も削るから。

今日は転移魔法で診療所に帰ろう」


そう言って、聖明は僕を抱き寄せる。


……え、近っ!


「聖明!? 近いってば!!」

「ん? そう?」


前から思ってたけど、聖明ってほんと人との距離感おかしい!


「家族でも、距離感ってやつがあるでしょ!?」

「んー、じゃあ飛ぶよー」

「ちょっと! 話を聞いてー!!」


そんなやり取りの最中に視界が歪み、気がつけば診療所の玄関。


……本当に、相変わらずとんでもない魔力量だ。


「シルロ先生、ただいま戻りました」


聖明は一言そう告げると、僕をそっと降ろし、

くるっと振り返って……微笑んだ。


――まったく、この人には敵わない。



ーーー



三階で、僕は採ってきたトレントの根っことアース・ドラゴンの鱗をテーブルに並べていた。

テーブルの上には、昨日の素材に加え、薬作り用の材料がずらりと並んでいる。


「これで頼まれた素材は全部、だよね?」


聖明はトレントの根っこを手に取りながら、「薬、追加で作ろうかな」とつぶやく。

その隣では、シルロ先生が震える手で鱗を持ち、天に掲げて喜びを爆発させていた。


うん、どうやら喜んでもらえたみたいでよかった――と思った、その時。


「これで……育毛剤が作れるぞい!!」

「うんうん、育毛剤……」


……えっ?育毛剤!?

思わず、ぴかぴかに輝くシルロ先生の頭を見つめてしまう。


「おお、この艶、この輝きは間違いなくアース・ドラゴンの鱗じゃ!!

これを粉末にして、密と煮込んで頭に塗れば……毛根が蘇るんじゃあああ!!

この歳になると、自分で取りに行くのは命懸けじゃからのぉ……。

取りに行けず、悩んでおったのじゃわい!」


「おいジジイ!!!それ、聖明のためじゃなかったのかよ!!」


「ふぉっふぉっふぉ!誰も“聖明先生に使う”なんて言ってないもんね〜!」


「ふざけんな!!!あれ、どんだけ大変だったと思ってるんだ!!」


怒った僕はジジイを殴ろうと追いかけるが、俊敏な動きでひらひらと逃げていく。

……杖いらないだろ、この動き!


「ほれほれ、儂はこっちじゃ〜!」

「このクソジジイがぁぁ!!」


僕たちがドタバタと騒ぐなか、聖明は呆れたような目でお茶をすすっている。


「風真、一応ご年配の方なんだから、優しくね」

「はあ!?このジジイ、1回殴っとかないと絶対またやらかすって!!」


ジジイは聖明の背後に隠れて、震えるふりをしながら、


「聖明先生〜!あの子、バイオレンスですぞ〜!」

「はは……シルロ先生も、あんまり風真をからかわないでください」


そう言ってふたりが目を合わせた次の瞬間、

ジジイは突然、聖明の眼鏡をぐいっと持ち上げ――

容赦なく目潰しをする。


「いっ!?!?」

「やっぱり、腹立つ顔じゃの!!」

「せ、聖明ぃぃぃ!!!!!」


聖明は涙目でテーブルに突っ伏した。

あまりの展開に僕も慌てて駆け寄る。


「だ、大丈夫!?聖明!?」

「うぅ……理不尽すぎる……」


横で、テーブルに丸くなっているリリーが呑気に「みゃーん」と鳴く。

……なんだ、この騒がしい空間。


でも――僕は見逃さなかった。

聖明が、ほんの少しだけ、楽しそうに微笑んでいたことを。


「よーし、育毛剤、作るかのぉぉぉ!!!」

「ふざけんなジジイ!!!」


そんなドタバタのなかで夜は更けていき、今日という一日が終わった。



---


それから数日、聖明は予定どおり入院生活に戻った。

リハビリとして少しずつ食事量を増やし、よく眠り、回復に努めた。


僕はというと、シルロ先生――いやジジイにしごかれながら、薬の調合や東洋料理を学ぶ日々を過ごしていた。


そうして、あっという間に一週間が経過。


聖明はついに退院した。

脂っこい料理はまだ難しいけど、三食きちんと食べられるようになり、悪夢でうなされることも減った。

僕も毎日手伝ったおかげで、よく使う薬や調理法をかなり覚えることができた。


「ふぉっふぉっふぉっ。ずいぶん元気になって、良かった良かったの」


「シルロ先生、ありがとうございます。

明日からは、患者ではなく医師として働かせていただきますね」


「うんうん、頼んだぞ。

患者を見る時は、闇魔法を使うことになるじゃろうが、発作の対処は儂にもできると思う。

あまり気負わず、やるといい」


「はい、ありがとうございます」


聖明は一礼して、僕と一緒に診療所をあとにした。

扉の向こうから、シルロ先生が「また明日〜」と手を振る。


「聖明、よかったね。元気になって!」

「うん。胃の痛みも治まったし……風真と、また一緒に食事を楽しめそうだ」

「うん!僕も料理手伝うから、もっと楽しも!」


嬉しそうに微笑んだ聖明が、僕の手を取って引っ張る。


「さ、宿に帰って、早速なにか作ろうか」


その表情は、本当に幸せそうで――

手を繋がれるのはちょっと恥ずかしかったけど、僕はそのまま、一緒に歩いて帰ることにした。


……きっと、明日からも楽しい日々が続く。

そう信じて、僕はぎゅっと、手を握り返した。

次からは聖明の診療所でのお仕事風景が始まります!

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