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カゴノトリ  作者: 灯夜 雪


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番外編 色褪せないアルバム

カゴノトリ演習ホール、夕暮れ時。

僕は師匠ことセレスさんに、稽古を付けてもらっていた。


「全部、対処してみろ」


師匠は光の剣を十本顕現させ、同時に僕へと投げ込んでくる。

僕はその場から動かず、円を描くように手と足に風魔法を纏わせて、順に弾いていく。

死角から来る剣には、部分的に厚い結界を展開し、魔力の消費を抑えつつ、今できる最小限の動きで凌いだ。


「これで最後!」


十本目の剣をひと蹴りし、光の粒子となって消える。

徐々に本数を増やしていき、ようやく十本同時に捌けるようになった。


僕は足を下ろし、呼吸を整える。


「よし。器用さを活かした動きが板についてきたな」


「ありがとうございます!」


授業後、最近は毎日のようにこうして稽古を付けてくれている。

師匠も忙しい身なのに、本当に感謝している。

……けれど、思うところはある。


「風真、あっという間に成長してて凄いね」


椅子に座った聖明が、にっこりと穏やかな笑顔で僕に微笑みかける。

すると、師匠は聖明のそばまで行き、当たり前のように額にキスをした。


「ん……セレス、何?」

「充電したいだけだ」

「もう……」


……この場でぶっ倒してぇ……。


聖明が拐われた事件のあと。

目の前でいきなりキスをしたと思ったら、そこから堂々と「付き合ってる」宣言。

以後、面前でイチャつくようになった。


あの時の衝撃は、きっと一生忘れない。

……軽くトラウマだ。


確かに、師匠はずっと聖明を狙ってたし、押しも強かった。

いつかは押しに負けて、聖明が折れるんじゃないかとは思ってた。

……でも、折れるとか、そういう問題じゃなかった。


聖明の表情を見ると、今までにはなかった、ふわっと柔らかい雰囲気で微笑んでいる。

……悔しいけど、すごく幸せそうなんだよな。


二人の間に、何があったかまでは知らない。

けど、間違いなく、今の師匠は聖明の支えになってる。


そして、聖明も。

信頼しきった表情で、甘えるような仕草を見せることが増えた。


師匠相手だけじゃない。

僕と話してる時でも、以前に比べて謎の抱擁力的なものが増した気がする。


何というか……ふわふわしてる分、隙ができたというか。

そのせいか、街中を歩いていると、知らない人に声をかけられることが増えた。


未だに悪魔への警戒もあるため、師匠がどうしても一緒にいられない時は、僕が護衛につくようにしている。

……けど、寄ってくる人が多いせいで、正直けっこう大変だ。


それに──無駄に、聖明の“色艶”が良くなった気がする。

以前はもう少し男っぽさがあったと思うんだけど、今は女性的な色気を感じるようになってきた。


もともと母親似の目元が綺麗で、女性っぽい印象はあったけど、最近は表情まで柔らかくなってきてて、全体の印象が急に中性的になってきた気がする。


しかも、普段から着ている謎に肩の出た服が、前よりも変に似合っていて、いでたち一つとっても、何かこう……妖艶だ。


「風真! 今日の夕食、何がいいかな?」


席から、幸せオーラマックスで声をかけてくる聖明。

……この顔のせいで、オヤジも最近すっごい荒れてるんだよな。


軽くため息をつきつつ、聖明のもとへ向かう。


「……師匠、聖明ってこんなんだったっけ?」

「まあ、何が言いたいかは分からんでもない」

「うん?」


聖明が首を傾げる。


「……学生時代の写真を見れば、まあ分かりやすいかもな」

「学生時代?」

「少し違うが、大体こんな感じだ」


聖明は相変わらず「わかってません」って顔で微笑んでいる。

……いや、学生時代からこんな感じの時あったの!?


「気になるなら、アルバムでも見るか?」

「……少し気になる……」


聖明たちが僕と同じくらいの頃の写真か……。

どんな感じだったんだろ。


「聖明、せっかくだからアルバム持ち寄って集まってみるか?」

「そうだね、楽しそう!」


「夕食がてらやるか。……そういうのなら、俺の家のほうが向いてそうだな」


「セレスの今の家って、リビングダイニングと寝室が一緒になってて、すごく広いもんね」


「昔が手狭すぎたんだよ。広くないと大きいベッドが置けないしな。背が高いから、市販のベッドだと足がはみ出るんだよ」


何気ない会話だけど、よく考えたら僕、師匠の家って行ったことなかった。

ベッドの話も、そう言われてみれば納得だ。


だって、師匠の背、本当に大きいもんな……。羨ましい。


「師匠って身長どのくらいあるんですか?」

「ん? 192、だな」

「デカッ!」

「大きいよね〜。一時期は追いつけるかな? って思ったけど、全然だった」


……そう言う聖明も180cmくらいある。

僕からすれば、どっちも妬ましい高さだ。

でも、僕もじわじわ伸びてるし、いつかは追いつきたいな。


「じゃあ、龍やアクアにも声かけてみるか」


そう言って、師匠は通信魔法で連絡を取り始めた。


そんな姿をぼんやりと見ていると、服の裾がクイッと引っ張られた。


視線をやると、聖明が下から覗き込んでくる。

……所謂“あざとい”行動も増えた気がする。


「風真も、友達呼んでみる?」

「ん?」

「大人数のほうが楽しいかなあって」


ふわっと微笑む聖明。

友達、か……。


最初に頭に浮かぶのは、学校でいつも一緒にいるカリオンとフィン。

……だけど、今の聖明に会わせたら、カリオン辺りが変なテンションになりそうで怖い。


アクアさんも来るなら、楓……来てくれるかな。

彼女の顔を思い浮かべた途端、少しドキッとする。


結構、情けない姿ばかり見せてるから、思い出すとちょっと恥ずかしい。


「……少し、聞いてみる」

「うん!」


僕は聖明の視線を背に受けながら、少し緊張しつつ楓へ連絡を取った。

予定、空いてると嬉しいな。



ーーー



師匠の家は高台にある借家で、噂通り広々としたリビングダイニングと寝室が一続きになった空間は、白と黒で統一されていて、どこかスタイリッシュな雰囲気だった。


キッチンはオープンタイプで見通しが良く、その前にはL字の大きなソファとローテーブル。

窓も大きく、そこからバルコニーに出られるようになっていて──

そのバルコニーからは、街の灯りがキラキラと輝く、美しい景色が一望できた。


少し奥には、師匠が言っていた大きなベッドが鎮座しており、全体的に広く、思わずダイブしたくなるようなサイズ感だった。


他にも、トイレや浴室など一通り完備されており、一人暮らしにしては明らかに贅沢すぎる設備が揃っていた。


家の雰囲気からも、「The・大人の男」といった印象が強くて──

背も高く、顔にも大人の色気があって、とにかくカッコいい。

服装はいつも洗練されていて、姿勢の良さも相まって所作まで無駄なく綺麗に見える。


そのうえ、家までこんなにカッコいいなんて……

聖明一筋すぎて普段は気にも留めてなかったけど、もしかして師匠って、案外モテるのでは??


「どうした、馬鹿弟子。そんなに見て」

「いや……この世の理不尽を感じてるだけ」

「何言ってんだ……?」


師匠は首を傾げつつ、キッチンで手際よく軽い料理を作っている。

ソファには皆が集まっていて、それぞれ好きなように過ごしていた。


──ふと、疑問が浮かぶ。


「……何でパジャマパーティーみたいになってんの?」

「ん?」


皆が不思議そうに首を傾げる。

僕もだけど、すでに全員が風呂を済ませていてパジャマ姿だった。


聖明なんて、クマの耳がついたモフモフのなりきりパジャマを着ていて、

その愛嬌っぷりは、どう見ても“デカい男”が着てるとは思えない。……まあ、もう見慣れすぎてるんだけど。


「何か、集まってお泊まりとか……学生っぽいな」


そう言いながら、先端に丸いポンポンがついたナイトキャップを被って枕を抱きしめている龍。

学生っぽいっていうか、もう完全に子供っぽい。


「大人だって、浮かれることがあるんじゃよ!」


そんなセリフを放ちながら、お酒を並べているアクアさん。

彼女は水色ボーダーと小さなリボンがついたスカートタイプのパジャマを着ていて、優しい雰囲気にぴったりだった。

アクアさんは、やっぱりお洒落で可愛らしい人だなって思う。


「おい、あまり酒ばっか並べるな。つまみがテーブルに乗らんだろ」


師匠が眉間にしわを寄せながら、ローストビーフとサラダの皿を片手にぼやく。

パジャマ姿の彼も、モノトーンのシンプルなデザインが妙に似合っていて──なんだか、落ち着いた大人って感じだった。


「風真、誘ってくれてありがとうね」


ふと顔を覗き込んできた楓がそう言ってくれる。

いつもはツインテールの髪も今は下ろしていて、東洋系のデザインが入った白基調のパジャマがすごく似合っていた。

差し色に使われた赤も、ピンポイントで映えていて──

そんな姿を見て、僕は思わずドキドキしてしまう。


「う、うん。急に誘っちゃってごめんね」


「そんなことないわよ! 少し緊張するけど、楽しそうだなって思って、思い切って来ちゃった!」


そう言ってくれた楓に、心からホッとする。


その間に師匠はテーブルに料理を並べ、聖明はアルバムを数冊、適当な場所に積み上げていた。


「二人とも、そろそろ座るのじゃ!」


アクアさんが笑顔で手招きする。

僕は楓と目を合わせて微笑み、適当な席へと腰を下ろした。




「酒飲むやつは?」


師匠が赤ワインのボルトを持ちながら聞く。


「私は冷酒を飲むのじゃよ!」

「俺はとりあえずビールだな!」


アクアさんと龍は飲みたいお酒をそれぞれだし、コップに注いでいく。


「あ、私、赤ワインいただいていいですか?」


楓が手を上げて言うと、師匠はワイングラスを持ち、慣れた手つきで淹れると楓に手渡す。


「ありがとうございます!」

「遠慮なくおかわりも言ってくれ」

「はい!」


僕は未成年なので、レモンソーダを飲むことにする。


「私も少し飲もうかな」


遠慮し気味に聖明がぽつりと言うとすかさず師匠がツッコミを入れるように言う。


「おい、待て。お前酒弱いだろ」

「え、聖明ってお酒弱いの?」


意外だったので声を上げてしまう。

言われてみれば飲んでるところ一度も見たことなかったかも……。


「うん……味はわかるんだけど、すぐ酔っちゃって」

「……飲むなら少しにしとけ。何が飲みたいんだ?」

「……白ワイン」

「わかった」


セレスさんはコップに少量の白ワインを注ぐと聖明に手渡す。


「ありがと」

「おう」


それぞれ飲み物が準備できた時点で、それぞれ飲み物を手に掲げ──

「今日もお疲れ!俺たち!カンパーイ!」と龍が言うとみんなでグラスを合わせる。


「このカルパッチョ美味しい♪風真も食べる?」

「あ、食べる!」


「やはり冷酒に限るのう!」

「アクア、そんなに美味しいなら後で俺にも頂戴!」

「うぬうぬ!飲むといいぞ!」


「聖明、もっとこっち来い」

「あまりくっつくと食べにくくない?」

「食べさせてくれ」

「もう……仕方ないな……」


それぞれ自由に会話しながら食事を楽しんでいく。

が、ちょっとだけ師匠と聖明の距離感が気になって思わず睨んでしまう。


「おい、馬鹿弟子。考えてることが手に取るように分かるぞ」

「うっせぇ、馬鹿師匠!もうちょっと聖明から離れろ!」


それを聞くと師匠は腹立つ笑みを浮かべながらとわざとらしく聖明の腰に手を回し、余計に密着する。

いつか絶対にぶっ飛ばす。


「風真ってセレスさんに弟子入したのね」

「あ、うん。腹は立つけど教え方上手だし、属性相性も良いから為になるんだ。腹立つけど」

「おい、馬鹿弟子」


楓が可笑しそうに笑う。


「風真もお兄さんっ子なのね」

「なんでそうなるの……!?そもそも距離感おかしいよね!?」


僕は師匠たち指差す。

楓は二人をじっと見つめて首を傾げる。


「……確かに、前より仲が良い、かしら?」


セレスさんは聖明の額にキスをしニヤリと笑う。


「やっと口説き落とした」

「せ、セレス……!」


それを聞いて、二人の関係に気づいていなかった楓が、徐々に顔を真っ赤にさせ、顔を隠す。


「お、おめでとうございます!?」

「ちょっと!馬鹿師匠!やめてよね!?」

「おーおーやってんなあ」


茶化すように龍の声が入ってくる。

彼は一生懸命、骨付チキンを頬張っている。


「セレスも、相当頑張ったんだ。あんま言ってやんな」


そう言いながら布巾で手を拭き、アルバムを一冊取り出す。

龍がページを捲り、楽しそうな顔をするものだから僕も覗き見てみる。



そこには、すごい形相で不機嫌そうに写る師匠の姿があった。

今よりも少し幼さが感じられる。

見慣れない制服を着ていて、僕の頃とはデザインが違うと言っていたのを思い出す。




そして──不機嫌そうな写真が、やたら多い。


「何でこんなに不機嫌そうな顔してんの?てか、写真の数多くない?」

「あははは! セレスの顔が面白すぎて、写真集作ってみた!」

「変なもん作んなよ」


師匠が龍をキッと睨むが、龍は笑って受け流す。


「これな、まだ聖明とはあんまり仲良くなかった頃のだな!」

「え、そんな時あったの?」


正直、驚いた。

出会った時から聖明にベッタリだったから、そんな時期があるとは思わなかった。


すると、聖明も乗り出して写真を覗き込んでくる。


「あー……すごく嫌われてたんだよね。

顔合わせるたびに眉間のシワが増えてくの。私が笑うと舌打ちされるしさ……」


話しながら、だんだんと何とも言えない表情になる聖明。


すると、後ろから腕を伸ばして彼を抱き寄せる師匠。


「そう言うな。昔の話だ。当時の聖明は、胡散臭すぎたんだ」

「胡散臭いって……完璧な笑顔って言って。頑張ってたんだぞ」

「今は、もうそんな必要ないだろ?」

「……うん」


またイチャついてる……やっぱり殴っておこうかな。

僕は拳を握る。


「お、ちょうどその頃の聖明の写真もあったぞ!」


気になって、アルバムに視線を戻す。


──そこには、今よりも後ろ髪がずっと長い聖明の姿が写っていた。

師匠と同じ制服を着ているのに、中の服は私服。しかも肩出しスタイルだからか、まるで異国の貴人のような雰囲気を纏っていた。

今より中性的で、どこか危うい雰囲気すら感じる。


笑っている写真は何枚もある。

でも、どれも本心が見えないような、整いすぎた笑顔だった。


楓もアルバムを覗き見て、声を上げる。


「あ、懐かしい!

聖明さんは覚えてないかもしれないけど、瑠璃と一緒に買い物とか連れて行ってもらったんですよね!」


「あー、そういえばそうだったね。

いつも瑠璃に連れ回されてるみたいで、申し訳なかったの覚えてるなあ」


「当時はお姉さんかと思って、勘違いしてたのよね!」

「あ、だから私の髪を二人でいじって遊んでたんだね〜」


楓と聖明が懐かしそうに話し始める。

交流が少ないと思っていたけど、案外そうでもないみたいだ。

その頃の楓って、どんな感じだったんだろう。


そう思っていると、楓がカバンから小さなアルバムを取り出した。


「私もいくつかピックアップして持ってきました!」


テーブル上のスペースを広げ、みんなが見えるように広げてくれる。


そこには──

幼い楓と瑠璃、そして髪を三つ編みにされている聖明の姿。


「あ、これこれ! こうやってよく遊ばれてたんだ」


聖明はヘラッと笑う。


「うぬ、それは私が撮った写真じゃの!」

「あれ、そうだっけ?」

「そうじゃ! お主の家に遊びに行ったとき、あれは微笑ましい情景だったからの。

写真に撮って、瑠璃と楓に渡しておったのじゃ!」

「え、その時から楓とアクアさんって交流あったの!?」


……色々と浮き彫りになる人間関係に、思わず驚く。


「そうみたい。

でも最近、アクアさんと交流する機会が増えて、写真を撮ってくれたのがアクアさんだったってのは、最近になって思い出したことなのよね。

当時は私も幼かったから、同一人物だって思ってなかったの」


「うぬ、私も同じようなものじゃの。

あの時の少女が、今や一緒に酒が飲めるというのも感慨深いのう」


そう言いながら、楓とアクアさんは静かにグラスを鳴らす。

僕は、楓のアルバムに目を落とす。


──幼い楓と瑠璃が仲良く並ぶ写真。

どれも、3人ともに可愛い笑顔で、幸せそうだった。

それが少し、胸にキュッと刺さった。



別の場所では、師匠と龍、アクアさんが一緒にアルバムを開いていた。


「高等部の頃の写真だろ?入学式あたりからのが載ってる」


そっちも気になり、慌ただしく僕も仲間入りする。

開かれたページには、龍の幼い頃の写真。

しっかり面影があり、今より少し幼い感じだ。

笑顔は今と変わらず、写真からはイタズラ好きそうな雰囲気が伝わってくる。


「龍は変わらないな」

「ひでーな、もう8年?ぐらい経ってるんだぞ。少しは大人っぽくなっただろ!」

「背はあまり伸びなかったな」

「うっせええええ!」


龍とセレスが騒いでいる間に、アクアさんがページを捲る。

次の写真には、アクアさんと聖明、そして龍が揃って写っていた。

学院内で撮影されたようで、僕にも見覚えのある場所がいくつか写っている。


そして、何故かアクアさんと女の子が二人で並んでいる写真が多く、不思議に思う。


「ん?待って、これって聖明とアクアさんの写真!?化粧してる!?」

「ん?なぁに?」


「うぬ、これは私が聖明を弄くり回していた頃の写真じゃの!

こやつを着飾るのが楽しくてのぅ。色々と実験させてもらったのじゃ!」


そう言ってアクアさんがもう一冊アルバムを取り出す。

そこには、どう見ても“聖明着せ替えコレクション”としか言いようのない写真の数々が並んでいた。


「これは私が作った自信作の記録でもあるのじゃ!!!」

「………服のクオリティ、すご……」


パッと見でも分かる、質の良い服。

デザインも細部までこだわり抜かれている。

そんな服を聖明は男装・女装問わず着せられ、雰囲気に合わせた化粧で整えられていて、一種の芸術作品のように見える。


「お陰様で、私の会社は急成長したのじゃ!」

「え?会社?」


すると、聖明がお酒のせいか少しぽーっとした顔で口を開く。


「アクアは……商店街にある“アクア・デシグナーレ”の社長さんだよ……」


「アクア・デシグナーレ?」

「え!あのアパレルショップの!?」


楓が思わず大きな声を出し、僕も驚く。


「私、好きで、よく買わせてもらってます!」

「うぬ!ありがとなのじゃ!」


聖明は少し呂律が回らない様子で話を続ける。


「……アクアは、普段は魔法薬学科の講師だから、あまりピンと来ないかもしれないけど……デザインも製作も、全部アクアがやってるよ」


「そうじゃよ!ちなみに、聖明の私服から制服まで、すべて私が自ら作っておる!パジャマも頼ってくれれば、すぐ作ってやるのじゃ!次は作らせるのじゃ!」


「えへ、アクア、よろしくね」


聖明はふわふわとした雰囲気でアクアさんに微笑みかける。

その様子を見て、師匠がそばに寄る。


「聖明、もう酒はやめとけ。様子が変だぞ」

「ん……ちょっと、ふわふわする……」

「ったく……眠くなったらベッド行けよ」

「うん……」


少しとろんとした顔で微笑みながらも、眠そうに答えていた。

……本当にお酒に弱いんだな。

この様子を見る限り、外では絶対に飲ませない方が良さそうだ。


「うわぁ、龍さんもカッコいい服沢山着てらっしゃいますね!」


楓は引き続きアクアさんのアルバムを見ているようで横目で見たら、確かに普段の龍とは雰囲気が違う服を着て撮影された写真が並んでいる。


「そうじゃろ!龍にもよく協力してもらってるのじゃ!」

「俺はラボに籠もってばかりで、あまり着る機会ないけどな〜」


龍たちの笑い声が聞こえる中、師匠がふと手元のアルバムを開いた。


「……風真、今日言ってた写真だ。

これが、俺の手元にある中で、聖明がいちばん“危うかった頃”の写真だ」


そう言ってページを捲ると、そこには学生時代、師匠と出会って間もない頃と思われる聖明の写真が並んでいた。

中には、こちらが思わず息を呑むほど──妖艶で、今よりもさらに中性的な雰囲気を纏った姿がある。


「……うわ……何これ……」


僕は思わず呟いていた。

服装は昔のほうが露出が多く、それでいてラインが妙に艶めかしい。

表情も、ふとした瞬間を切り取られただけのはずなのに、どこか人を惹きつける危うさがある。


「このときの雰囲気を見れば分かると思うが──」

師匠は淡々とした口調で言う。


「今の聖明は、ある意味あの頃に近しい」

「……ふえ?」


ソファにだらりともたれていた聖明が、ぽわんとした声で聞き返す。

頬は少し赤く、完全に酔いが回っているようだった。


「ふわふわしてるな。ま、いい……」


師匠は頭をかきながら続ける。


「今の聖明は、あの頃の人を惹きつける容姿に加えて、“無自覚な隙”が大幅に増えた。……だから余計に危なっかしい。

まあ、そこがまた最高なんだけどな」


そう言って聖明の髪を撫でる。


「……なるほど……」


気づけば僕は変に納得していた。

確かに、今の聖明は昔ほど鋭さや張りつめた雰囲気がなく、その分だけ隙が大きく感じられる。

油断すると吸い込まれそうな、そんな柔らかさがある。


──と、そこでようやく我に返った。


「……っていうか、なんでこんな写真ばっか持ってるの、師匠!!」


思わず詰め寄る僕に、師匠はまるで悪びれもせず肩をすくめた。


「クラス内に写真撮るのがやたら上手いやつらがいてな。

頭が赤、青、黄の三人組──通称“三馬鹿”。

聖明の写真は、大概そいつらが撮って俺に回してきてた」


「いたいた!あの三馬鹿な!」

すぐに龍さんが乗ってきた。


「赤青黄の頭でつるんでて、いつも変なところで撮影会やってんの。おもしれーやつらだよな~」


師匠は淡々とページを捲りながら、サラリと口を開いた。


「ちなみに、あいつら──今じゃエクソシスト諜報部隊の記録係で、都市伝説みたいになってんぞ。

依頼があれば何でも撮影してきて、写真でも動画でも確実に仕入れてくる。

そのクオリティは最高品質で、今ではエクソシストやカゴノトリの雑誌特集なんかにも掲載されてる」


「……待って」

僕は気になったことを質問する。


「雑誌特集とかあるの?カゴノトリって」


「ああ、勝手に撮影して勝手に毎月出されてる。

機密情報はしっかり伏せてあるから、今のところ黙認されてるな。

少なからず、堕天使はビジュアル良いし……世論イメージの払拭には一役買ってる」


「くっ……ははっ、やっば……!」

龍が堪えきれずに吹き出した。


「マジ意味わかんねーよな、あいつら!

同じクラスだったのにさ、未だに本名知ってるやついねーし!?もう完全に都市伝説だって!」


僕も、思わずつられて笑う。


「それで……その都市伝説三人組が、今のこのアルバムの写真も……?」


「ああ、そうだ」

師匠は当然のように答えた。


「昔も今も、アイツらの“推し”は徹底してる。

──特に聖明は、昔から三人揃って異様に気合い入れて撮ってた」


聖明が頬を赤らめながら、ふわっとした声でぽつりと呟く。


「三馬鹿……懐かしいね……。

知らない間に諜報部隊になってたんだ……知らなかったなぁ……」


師匠はグラスを傾けながら、平然とした口調で言った。


「会いたきゃ会えるぞ。あいつら、カゴノトリ諜報部隊とも仲が良くてな、たまに詰所に顔出してる。今じゃリリスの舎弟みたいになってるぞ」


「舎弟……」

アクアさんが噴き出すように笑いながら反応する。


「ほう、それは初耳じゃな。お主たちのクラスは、ほんと変なのばかり集まっておったからのう。印象が濃すぎて、逆に記憶から埋もれておったの!」


すると、師匠は聖明の方へさらりと視線を向けた。


「ちなみに今の聖明の軍事業務中の写真も、普通にその雑誌に載ってる」


「……ちょっと待って」

一瞬にして自身が青褪めているのがわかった。


「最近、妙に聖明が声かけられやすいのって……その、雑誌のせいじゃない?」


師匠は苦笑を浮かべる。


「まあな。エクソシストもカゴノトリも、“広報”って仕事はちゃんとあるんだよ。

普通はインタビューや撮影に時間割かれるんだが……例の雑誌のおかげで、それが免除されてる。

あまり目立たせたくはないが、業務の一環として必要とされてる部分でもある」


「へぇ……」

僕は思わず腕を組んで眉をひそめる。


「でもそれって、半分ストーカーじゃない?」

師匠は苦笑を浮かべ、さらりと言い返す。


「あいつら、プロ意識だけは超一流だぞ。

ちゃんと機密情報は隠してるし、撮影許可も一応は取ってる。

雑誌だって、発行前に内容確認が回ってくるから大丈夫だ。

カゴノトリでは、ストラが内容をチェックしてる」


「……あの真面目なストラがのう?」


「ああ。おかげで、余計に抜かりがなくなった。

……まあ、本人たちは“趣味の延長”って思ってる節あるけどな」


僕は「そんな人たちがいるんだなあ」と、どこか他人事のように感心しつつも、聖明が持ってきたアルバムをそっと開いた。


最初に目に入ったのは、まだ生前だった頃の聖明の母の姿。

続いて、幼い瑠璃やオヤジ、そして今とは雰囲気の異なる──どこか儚げで、けれど笑顔の──幼い聖明が写っていた。


「うわあ!瑠璃、ちっちゃい!可愛い!」

楓が思わず声を上げる。


「イヴァンさん、変わんねーな!相変わらずワイルドでかっけえええ!」


龍も騒ぎながらページを覗き込んでいる。

笑いが起きるなか、風真だけが静かにアルバムを見つめていた。


──いいなあ、と思った。


自分には、こうして振り返るような「幼少期」が存在しない。

人工天使として目覚めたときには、すでに「子ども」ではなかった。

温かい記憶も、家族と過ごす時間も──ただの憧れだ。


ページをめくるごとに、紅家の成長が感じられる写真が続く。

堕天使たちに囲まれ、無邪気に笑う子どもの聖明。

アクアや龍もまだ小さく、はしゃぐような表情の一枚もある。


学生時代の写真には、師匠や仲間との日常。

クラスで笑い合う聖明の姿が写されていて、ページのどれもが色鮮やかで──眩しかった。



(……僕にも、いつかこんな思い出ができるんだろうか)



胸の奥がじんわりと痛む。

でも、その隣で笑ってくれている彼らがいて──少しだけ、未来を信じてみたいと思った。


次のページを捲った瞬間、僕は思わず息を呑んだ。


そこに綴られていたのは──聖明と出会って旅を始めた、あの頃の記録だった。


確かに、旅の途中で時々写真は撮っていた。

けれど、まさかそれがこんなふうに現像されて、丁寧にアルバムに収められていたなんて思ってもいなかった。


色鮮やかな街並みの中で、世話になったジジイ──シルロ先生と口論している一瞬を切り取った写真。

魔法生物の素材を持ち帰って、皆で大騒ぎしていたあの時。

ルイスの街では、聖明と龍と並んで観光を楽しんだ記憶が蘇る。

オヤジと一緒に食事をして、笑っている自分──そんな写真まであった。


そして。


一枚だけ、静かに目を引かれる写真があった。


夕焼けに染まる空の下、振り返って笑っている僕。

カメラの先にいたのは、たぶん──聖明だった。


その笑顔は、演技でも作り物でもない。

あのとき僕は、確かに、心から笑っていた。

誰かと共にある今を、大切だと感じていた。


ページの隅々から、聖明の「想い」が溢れているようで、胸が熱くなった。


僕は思わず、聖明の名を呼んだ。

けれど彼は、酔いのせいもあってか、むにゅむにゅと口元を緩ませながら、師匠の膝枕で気持ちよさそうに眠っていた。


その様子に気づいた師匠が、ぽつりと一言だけ言う。


「……よかったな」


その言葉が、胸いっぱいに広がっていく。

なぜだか泣きそうになって、慌てて気持ちをごまかすように口を開いた。


「ねえ、みんなで写真、撮らない?」


その提案に、皆が笑顔で頷く。

気づけばその夜は、半ば撮影会になっていた。


食事を楽しむ姿、調子に乗って師匠に叱られる龍さん、寝ぼけたまま師匠に甘えて、思わず破顔しそうになる聖明。

それを見て、腹を抱えて笑うアクアさん。

隣でそっと微笑んでくれる楓。


そして最後には、皆で肩を並べて記念写真を撮った。




* * *




──時は流れて、僕は大人になっていた。


大切なアルバムをそっと閉じる。

色褪せることのない、大切な思い出たち。


右耳には、父と同じタッセルピアス。

聖明のように髪を伸ばし、後ろで束ねている。


僕はアルバムの表紙を優しく撫でた。


「風真ー、そろそろ行くよー」


ああ、“彼女”が呼んでいる。


「……ああ、今行く」


きっとこれからも、この記憶は僕の中で消えることなく──

優しく、静かに、輝き続ける。

最後の"彼女"は誰か追言しません。

それぞれ誰なのか想像して今後も楽しんでいただければ幸いです。

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