第16話 魔法学院への入学(後編)
教室がガヤガヤと賑わう中、僕は黒板に名前を書き、前に向き直った。
「はじめまして、紅 風真です。国外暮らしが長くて分からないことも多いので、いろいろ教えてくれると嬉しいです。よろしくお願いします!」
歓声を上げる子、様子をうかがう子、そして“紅”の姓にぴくりと反応する子もいる。
……やっぱり、聖明は有名人なんだ。
「はい、では席どうしましょうね」
シルフィー先生が教室を見渡す。すると──
「先生! 俺の横がいい!!! 空いてるし、ここおおお!」
赤髪の男子がブンブン手を振ってアピール。先生はため息まじりに頷いた。
「じゃあ風真くんは、カリオンくんの隣にどうぞ」 「はい」
僕は一番後ろの段へ向かって階段を上がる。
赤髪の彼が、嬉しそうに話しかけてきた。
「はじめまして! 俺はカリオン。カリオン・エイヴィス! 天使だ!
で、俺の隣にいるのが──」
カリオンの横から、ミントグリーンの髪に尖った耳の少年が、ひょいと顔を出し手を振る。
「自分はフィン・シルヴァン。エルフ族で精霊使いです。よろしくね」 「あ、うん。よろしくね!」
僕はカリオンの隣に腰を下ろす。
「なあなあ、国外から来たって本当か!?」 「……え、うん。一応……」 「すげえ! 俺、都市から出たことなくてさ!」
身を乗り出してぐいっと近づいてくる。勢いに、思わずのけぞった。
「色々話そうぜ!!!」
フィンがカリオンの頭を両手で掴んで引き戻す。
「カリオン! 風真くんが驚いてるでしょ!
ごめんね、風真くん。こいつ、悪気はないんだ」 「う、うん」
パン、と大きな手拍子が教室に響く。
「はいはい、おしゃべりは授業後に!」
シルフィー先生の注意に、カリオンは小声で「すまね! 後で話そうぜ!」。
その言葉が妙に嬉しくて、休み時間が待ち遠しくなった。
◇
授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
初めての授業は想像以上に楽しくて、思わず聞き入ってしまった。
聖明に教わる時間も好きだけれど、こうして皆と同じ机で学ぶのも悪くない。
「ねえねえ! 風真くん!」
女子も男子も数人が、わっと席を囲む。
「“風真くん”って呼んでもいい?」
「この時期に転入って珍しいよね!」
「都市自体、初めて?」
「へ、あ、うん……」
怒涛のような質問に、返事がしどろもどろになる。
「“紅”って名字だよな? もしかして堕天使の血縁?」
眉がぴくりと動く。
「え、“紅”って……あのカゴノトリ?」
「今は不在じゃなかった?」
「この前の軍事任務で戻ってきたって、父さんが言ってたぞ」
教室の空気が、少しざわつく。
──ここでも“堕天使”ってだけで何か言われるのか。
喉が渇き、言葉を探した、その時──
「風真!」
カリオンが元気よく割って入り、隣には当然のようにフィン。
「食堂、一緒に行く約束だろ!!」
「風真くん、行きましょう。皆さんごめん、ぼくら先約なので。質問はまた後でね」
二人は僕の手を掴むと、そのまま駆け出した。
「わっ!」
背後で「えー」と名残惜しそうな声が上がるが、二人は意に介さない。
廊下に出て少し行ったところで、振り返った二人が笑顔を向ける。
「さっさと退散だ!」
「そうそう。面倒はスルーが吉」
まるで僕の気持ちを見透かしたみたいな一言に、胸の強張りがほどける。
「……うん、ありがと」
僕は二人に手を引かれたまま、軽い足取りで廊下を走った。
◇
食堂に着いた
そこは何人も並んで座れる長いテーブルが横並びでずらりと並んでいる。
テーブルの上には美味しそうな食べ物で溢れており、様々で色鮮やかなフルーツが置いてあったり、大皿に様々な肉や野菜料理が並んでいたりする。パンの種類も豊富でシンプルなものから甘そうな菓子パンのようなものもある。
皆、好きな場所に座り、出ている食事を好きに手に取り食べているようだ。
皆、好きな席に座って好きに取って食べるらしい。
「ここ、学生はいつでも食べ放題だぞ!」
「風真くん、入口のラックの食器をどうぞ」
フィンがトレーと皿一式を渡してくれる。
「ありがとう」
適当な席に腰を下ろし、手近なパンをちぎって口に運ぶ。最初に口火を切ったのはカリオンだ。
「さっきは急に囲まれて大変だったな!」
彼は肉をどさっと盛り、隣でフィンは果物とサラダを選んでいる。
「さっきの風真くん、嫌そうな顔してましたからね」
その言葉に自身でもビックリする。
確かにイラッとしたけど、そこまで顔に出ていたなんて思ってなかったからだ。
「僕、そんな顔してた……?」
「……お兄さんのこと言われたのが嫌だったのかなって。違ってたらごめん。『紅』って珍しい名字だから」
「いや、合ってるよ。僕は──堕天使『紅 聖明』の弟だ」
隠すことは何もない。これは誇るべき名だし、聖明のことは尊敬している。
むしろ偏見を持つやつらに言ってやりたい。堕天使は、僕らにできない治療をしてくれるんだって。
「すげぇ! “漆黒の流星”の弟だったのか!」
……漆黒の流星? なんだその二つ名。ダサ……いや、多分かっこいいやつだ。
「俺、あの人の大ファンなんだよ!」
「そうなの?」
「エクソシストの間では噂だぜ!
全ての闇を一身に引き受けて、空から流星を降らせる大魔法──闇夜に輝く光、って噂だぞ! かっけえ!」
拳を握って語るカリオン。
先日の軍事任務の光景が脳裏をよぎる。天を裂いて降る、あの数の流星──きっと、あれだ。
聖明に怒られたことを思い出して、少し方が竦む。
「真偽はともかく、あの規模の大魔法は稀です。興味深いですね」
フィンがこちらを見るが、すぐに目線をやわらげる。
「……でも、風真くんに根掘り葉掘り聞くのは違いますね。家族のことって、比べられると嬉しくないですし。お兄さん、有名人ですからね。話したくなったら、その時で聞かせてもらえば嬉しいです」
その気遣いがありがたい。確かに聖明のことばかり聞かれるのは気分がよくないし、探りを入れられるのも嫌だ。
それに──聖明の話だけになると、僕自身には興味がないみたいで、少し寂しくなる。
「フィン、ありがとう。実は教室で、言い返しそうになってて……悪気がなかったのは分かるんだけど、悪く言われてる気がしてさ」
「ワリィ! 俺も嫌な思いさせてたらごめんな! 困ってるかもって思って、とりあえず連れ出した!」
カリオンが両手を合わせる。
「大丈夫。むしろ助かったよ。ありがとう、カリオン。
それにフィンも」
それを聞くと嬉しそうな顔で肉口に運び頬張る。
フィンも笑顔で応える。
僕も続くようにパンを千切って食べる。
ハーブが練り込まれているのか、風味が良く美味しい。
「なあ風真! これからも一緒に飯食ったり、勉強したりしようぜ!」
カリオンが机越しにぐっと乗り出す。
「いいの?」
「俺が誘ってるんだ、いいに決まってる!」
「私もカリオンに声をかけられて一緒にいます。馬鹿みたいに真っ直ぐなので、気が楽ですよ」
「なんか褒められてない気がする!」
「褒めてますよ」
二人のやり取りが可笑しくて、つい笑ってしまう。
「僕も二人ともっと話したい。都市はまだ分からないことだらけだし、いろいろ教えて!」
「おう、任せろ!」
「こちらこそ、よろしくね」
二人が声をかけてくれたおかげで、初めての学校生活が一気に楽しみになった。
他愛ない話をしながら、僕たちは昼食を味わった。
ーーー
転入初日の授業をひと通り終え、クラスメイトともほどよく話せたところだった。
そこへ、カリオンがスライディングしかけの勢いで廊下を駆け戻ってくる。
「ふうまああああ!!」
あまりの大声に思わずのけぞる。隣で話していたフィンが、飛び込んできたカリオンの額をこつんと小突き、床に沈めた。
「カリオン、うるさいですよ」
「フィン……お前……」
どこかで見たことのある光景──龍さんとセレスさんのやり取りが脳裏をよぎる。デジャヴって本当にあるんだな……。
「カリオン、どうしたんだよ」
「相変わらずの二人よねー」
クラスメイトも慣れた様子だ。どうやら日常らしい。
「それよりだ!」
がばっと起き上がると、ぐいっと距離を詰めてくる。
「風真、一緒に来てくれ!」
「は?」
手をつかまれ、そのまま歩き出す。フィンは呆れ顔でついてくる。
教室の皆は「がんばってー」と手を振って見送った。
廊下に出たところで、引っ張られながら問いかける。
「もう、何なんだよ、カリオン」
「職員室! あの人が来てたんだよ!」
「あの人?」
興奮していて要領を得ない。フィンは何か察したように「ああ」と声を漏らす。
職員室に着くと、入口前に人だかりができていた。
「……何あれ」
思わず本音が漏れる。
「見に行こうぜ!」
「えー……」
人混みは苦手だけど、腕を引かれて渋々中へ。人の肩越しに前へ出る。
「もう、本当に何なんだよ」
視線の先──職員室の応接スペースで、シルフィー先生と向かい合って話している後ろ姿。
見慣れた背中だった。聖明だ。
こちらに気づいたのか、聖明が振り返り、生徒たちに向けてふわりと微笑み、軽く手を振る。
周りが一斉にざわついた。
「今、こっち見て笑った!?」
「ねえ、あの制服、カゴノトリだよね」
「すごく綺麗な人……」
「赤い目してた? 堕天使かな?」
ざわめきに混じって、カリオンとフィンの声も聞こえる。
「風真、あの人ってお前の兄貴か!?」
「噂で聞く厳格な人とは、ずいぶん印象が違いますね。物腰が柔らかい」
「うん、あれ、一応兄さん。……でも、なんでいるんだろ」
今日は転入初日ではあったけど、来る時はセレスさんが付き添ってくれていた。
仕事も忙しいはずの聖明がわざわざ来るなんて思っても見なかった。
すると背後から聞き慣れた声が響く。
「悪い、ここを通してくれないか?」
振り向くと、カゴノトリの制服姿のセレスさんがいた。
「げ、セレスさん……」
思わず名前を呼んでしまう。
「風真もここにいたのか。ちょうどいい、ちょっと来い」
「は!?ちょっと待ってよ!」
僕の抵抗も虚しく、首根っこを掴んで一緒に職員室に入ることになる。
「おい、聖明。いたから連れてきたぞ」
「もう、なんなんだよ!」
「あ、セレス、風真。今、挨拶終えたところだったんだ」
「本当に紅教授の弟なのね……」
にこにこ笑う聖明の奥で深い溜め息をつくシルフィー先生。
一体、何の話をしていたのやら。
「まったく、久々に顔を出したと思ったらカゴノトリ制服で来るなんて……心臓に悪いわよ!」
「ごめんね、シルフィーちゃん。一応、私も挨拶しておきたくて……時間なかったから職場から直行しちゃったんだ」
聖明は苦笑しながらシルフィー先生に謝っている。
その一方でセレスさんは「軍服よりいいだろ」しれっと言い退ける。
「軍服で絶対に来ないで!!!皆ビックリするから!!!
もう、あなた達、卒業後も騒ぎ起こすつもりなの!?私の平穏を返しなさい!!」
僕は何となくこの二人がシルフィー先生に迷惑をかけてきたことを確信する。これに龍が入るって思うと納得だ。
「聖明、僕、戻ってもいい?そもそも何で連れてこられたのさ」
職員室のドア越しには、カリオンとフィンを含めて生徒がこちらの様子をうかがっている。目立ちたくないのに……。
「ん?なんで連れてきたの?セレス」
首を傾げてセレスさんを見る聖明に僕も凄い勢いでセレスさんを睨む。
「ああ、そこにいたからだな。聖明が気に掛けてたし」
「意味なく連れてきたの!?」
「あははは……」
悪びれないセレスさんに、怒りを通り越してため息が出た。
「僕、戻るからね」
「うん、ごめんね〜風真」
「聖明、挨拶済んだなら次行くぞ。今日中にエクソシストへの挨拶回りも済ますぞ」
「……はあ……わかった」
「はいはい、早くみんな帰りなさい!」
シルフィー先生に追い出されるようにドアへ向かう。
そこで待っていたカリオンとフィンが声をかける。
「風真くん、おかえりなさい」
「お前、"代理"とも仲が良いのか!?」
「代理?ああ、セレスさんか……」
「ドア周辺に固まるな。出入りしづらいだろ」
セレスさんが周囲の生徒にも声をかけると、「すみません!」と道が開いた。
「ごめんね、お騒がせしました」
歩きながら、聖明が僕たちにも優しい笑顔で謝る。
「あ、風真。今日は少し帰りが遅くなると思う」
「あ、うん、わかった!」
「じゃ、また後でね」
「いってらー」
通りすがり様に聖明と軽く話すと、二人は颯爽とこの場を去っていく。
背も高い二人組のせいか、歩くだけでやたら目を引く事に気づく。
いるだけで騒ぎになるなんて迷惑だな。
「風真!お前の兄ちゃん、カッコイイな!」
「ん?そうかな?まあ顔は整ってるとは思うけど……」
確かに眼鏡を外すと目元は少し中性的。背も高く、手足が長い。それが“カッコいい”のかは、僕にはまだよくわからない。
「風真くんも綺麗ですからね。きっとお兄さんと似たんでしょう」
フィンは僕を見ながら微笑む。
“聖明に似てる”と言われたのは初めてだ。
僕は人工天使で、瑠璃の生き写しだ。血の繋がりはない。
それでも似ていると言われるのは、家族みたいで少し嬉しかった。
「聖明に似たのなら、背も大きくなりたいな」
「俺たち育ち盛りだぜ!きっとまだまだ伸びるって!」
カリオンが僕の肩に腕を回し、笑いながら歩く。
一緒に成長していける──その何気ない言葉に、胸が温かくなる。
いつ止まるかわからない人工天使の僕だけど、友達ができて、一緒に前へ進めることに感謝した。
「カリオンより背高くなりたいな」
「なんだと!? きっと俺が一番大きくなるって!」
「いえいえ、案外、私が一番かもしれませんよ?」
そんな他愛もない会話で少し先の話をしながら、僕は心から思う。
学院に来てよかった。
チャイムが二度鳴り、校内放送が流れた。
『高等部各位。来週、闇魔法医療科カゴノトリ・紅 聖明指揮官の復帰任命式が執り行われます。学院として見学枠を確保しました。希望者は本日放課後〜明日昼までに魔導端末または職員室で申請してください。定員は先着抽選。制服マント着用・魔具持ち込み制限あり。詳細は掲示をご確認ください』
次の瞬間、廊下が波打った。靴音が一斉に走り出し、掲示板の前に人の壁。
「今申請飛ぶ?」「端末重っ」「先着ってマジ!?」
肩越しに覗く光る画面。みんな魔導端末を操作しているようだ。
空気が一段熱を帯びるのがわかる。
「うおおお!“漆黒の流星”の式、見られるのかよ!」
「カリオン、落ち着いて」フィンが肩を押さえる。
「あー……さっきの挨拶って、これか……」
聖明の式典なら、正直、見たい。家でも毎晩、書類片手に準備してるのを見てきたから、なおさら。
「風真!フィン!申請行こうぜ!!!絶対行きたい!」
「仕方ありませんね。私も気になりますし……風真くんは?」
「行く!」
人の流れを縫って職員室前へ。申請窓口の列に並ぶと、シルフィー先生が顔を出して小声で囁いた。
「……風真くん。関係者席の打診、学院に来てるけど……どうする?」
一瞬だけ迷って、首を横に振る。
「皆と同じ抽選でお願いします。友達と並んで見たいので」
「……了解。いい心がけね」
列が進み、端末に「送信完了」の光がぽん、と灯る。
廊下はまだざわついていて、誰かの弾んだ笑い声と、申請音の小さなチャイムが溶け合っていた。
式典には行くつもりだったけど、“学生として”見に行くことになるなんて思ってなかった。
──またひとつ、密かな楽しみが増えた。
今日は帰ったら、ご飯を作って待っておこう。
シチューにしようか、パスタにしようか……今日の話を、ゆっくり聞いてもらえるといいな。
そんなことを考えながら、カリオンとフィンと三人で廊下を歩く。
ひらりと揺れるマントの裾。なんてことない足取りが、少しだけ弾んでいた。
次は一気に暗い話になります。




