第16話 魔法学院への入学(前編)
風真が学院デビューします!
「邪魔するぞ!」
玄関から声がし、廊下を通りリビングに入ってきたのは龍だった。
聖明とセレスさんは相変わらず書類に埋もれ、引き継ぎの真っ最中。
僕は二人のためにお茶を淹れているところだ。
「聖明、頼まれてた手続き終えてきたぞ」
「あ、龍、ありがと」
聖明が書類から顔を上げる。僕は湯気の立つカップを差し出した。
「セレスさんも、はい」
「ああ、ありがとな」
受け取ったセレスさんは涼しい顔。……けど、僕からすると今や聖明を狙う変態。どうしても“獣”に見える。
「風真、顔に全部出てんぞ。失礼なやつだな」
「……くっ。滅べ、変態」
しかし、セレスさんは余裕そうな雰囲気で鼻で笑う。
余計に腹が立つ。
「聖明、あと、これと、後このの荷物もアクアから預かってきた」
「助かる! 大学院まで取りに行かなきゃと思ってた」
龍から紙袋をいくつも受け取り、中身を確認している聖明。結構な量だ。
ふと彼が振り返り、笑顔で手招きした。
「風真、こっち来て」
何やら嬉しそうだ。呼ばれるまま側に寄ると、おもむろに服の束を手渡される。
「ん?何?」
「制服!魔法学院の!風真の制服を頼んでたんだ」
一瞬で鼓動が高鳴った。
編入手続きを進めてくれていたのは知っている。けれど、こうして“制服”を手にしたら、本当に学院に通うんだってっていう実感が一気に押し寄せる。
「ありがとう!」
「念の為、後でサイズを確認しておいてくれ!」
龍がニカッといつもの明るい笑顔を見せる。
「他にも必要な教材や鞄、学院の必須品は一通り揃えたぞ!」
足元の紙袋には、教科書や魔術用ノート、錬金キット……見慣れない道具がずらりと並んでいる。
「風真、良かったね」
自分のことみたいに喜ぶ声が嬉しくて、僕も頷いた。
「うん。なんか、ドキドキしてきた……」
「おー懐かしいな。制服のデザイン変わったか?」
背後にセレスさんが立ち、覗き込む。腹が立つことに、この男は聖明より背が高い。背後に立たれると、何か負けた気がして不愉快だ。
「あまり近寄らないでよ」
「うっせぇ」
この余裕の顔。……いい人だと思ってた分、性格の悪さも見えてきて余計に腹が立つ。
「お前ら、いつの間に仲良くなってんだ!」 と、僕とセレスさんを見て龍が唐突に言う。
「「なわけあるか!!!」」
不覚にもセリフが被る。
そんな僕たちを、聖明はくすくす笑って見ている。
──解せん!!
「風真、手続きはもう済んでるから、学院にタイミングだけ伝えればいつでも通い始められるけど……どうする?」
聖明は腰を落として、僕の顔を覗き込むように聞いてくる。
「あ……できれば早いほうが嬉しい。正直、楽しみで」
生まれてからずっと、聖明と旅をして、少しだけ世界を見て、聖明たちに囲まれて生きてきた。同年代の子と出会う機会はなかった。楓はいるけど、彼女はもう大人だ。不安もあるけど、それ以上に新しい出会いが楽しみで仕方がない。
「わかった。学院に連絡しておくね。
……風真、学院では私と同じ姓を名乗るといい」
「え……?」
想像もしていなかった言葉に、思考が止まる。
「私はね、風真を大切な友達であり家族で、弟のような存在だと思っている。だから、本当に家族として迎え入れたい。もちろん、嫌なら断っていい」
何度も言ってくれている言葉。聞くたびに、胸が熱くなる。
「嫌なんて思ってないよ! 僕……嬉しいよ。ありがとう、聖明」
素直に感謝を伝えると、聖明は優しく微笑み、僕の頭を撫でてくれた。子ども扱いは本当は恥ずかしいけど、それ以上に嬉しくて黙って受け取る。
龍もニコニコ笑って、いきなり僕の頭をわしわし撫で回した。
「わっ!」 「ま、頑張れよ」
そこへセレスさんまで手を伸ばしてくる。
「ちょっと! セレスさんまでやめてよ!!!」
みんなで笑い合う。
──なんだか、こういうの、すごくいい。
ーーー
──3日後。
僕はエクソシスト魔法学院・高等部の廊下を歩いていた。
よりにもよって、セレスさんと一緒に。
「何でセレスさんが一緒なんだよ……」
「仕方ないだろ。聖明はカゴノトリの堕天使たちと式典の打ち合わせで来れなかったんだから」
僕の入学初日と聖明の仕事が急遽被り、保護者の代理として何故かセレスさんが付き添うことになってしまった。
「だったら、僕ひとりでも大丈夫だったのに……」
「俺もそう言った。が、指揮官命令だ。“初めての学校にひとりで行かせたくない”ってな」
はぁ……変なところで過保護だ。わざわざ権限まで使って部下に同行させるなんて!
横を歩くセレスさんを見る。普段から清潔感のある人だけど、今日は“保護者代理”だからか、いつも以上にビシッとして見える。漆黒のジャケットに白シャツ、手入れされた革靴。カジュアルなのに着こなしがずるい。
「俺たちの時とは制服にデザインがまるっきり違うな」
「え、そうなの?」
「ああ、何ていうか中の服だけ私服だったんだよ。
肩が出てる魔導師っぽい感じだったんだ。
ま、そのせいか個性ばっかり出てな。聖明なんていつも肩出しスタイルだったから制服って言うより異国の貴人みたいな雰囲気出てたぞ」
……今も肩出しハイネックばかり着てるけど、学生の頃からだったのか。
それに比べて、僕の制服はシャツにベスト、その上から膝上までの前開きマント。腕は動きやすいように開口がある。ボトムスはハーフパンツとフルレングスが選べて、僕は動きやすさでハーフパンツにした。寒くなったら長ズボンに変えようと思う。
「なんでデザイン変わったんだろうね?」
「あー……想像はつくが、触れぬが吉だ。──ほら、ここが職員室だ」
浮遊看板に『職員室』の文字。
「そういや俺も転入した年齢、お前と一緒だったな」
「ん?」
僕の疑問には答えず、セレスさんはドアを開けて声をかけた。
「失礼します。紅 風真の転入で──」
「あら、セレスくんじゃない!」
声を遮るように現れたのは、左右に長い三つ編みを下ろした女性。
「お、シルフィーちゃん発見。こんにちは」
「え、セレスさん、知り合い?」
僕はセレスさんの服をくいっと引っ張り尋ねてみる。
「ああ、この人は俺たちが学生の頃にお世話になった担任の先生でシルフィーちゃん」
「ちゃん付けはやめなさいって昔から言ってるのに!
で、問題児が何の用なの?」
そう言いながらセレスさんにビシッと指をさす先生。
……問題児だったんだセレスさん。
「失礼な。問題児は龍と聖明だろ。俺は巻き込まれだ」
「似たようなもんでしょ!」
「──風真、一応きっちり挨拶しとけ」
「“一応”は余計よ!」
僕は前に出て、先生を見上げた。
「僕、紅 風真です!今日から転入してきました!」
先生は目を丸くして、まじまじと僕の顔を覗き込む。
「セレスくん、紅教授と子供でも作ったの!?」
「なわけあるか!!!
聖明の"弟"だ!父親について行ってたけど、子供には危ないってことで聖明が呼び戻したんだ」
──という設定になっている。
流石に悪魔に作られた人工天使です!なんて公にすることはできない。混乱を避けるためにも極秘扱いにされている。
人工天使という存在が悪魔に作られている事実も問題だけど、それが自我を持って動いているなんて、前例がない。
セレスさんはそのまま話を続ける。
「本当なら保護者として聖明が来る予定だったんだが、仕事でな。俺が代理で一緒に来たんだ」
「だからセレスくんがいたのね。──まあ、転校生の話は聞いてたわ。だって私のクラスに入る子だし」
「偶然だな」
先生は握った拳をワナワナ震わせる。
「偶然なわけ、ないでしょ!!!
歴代でも群を抜いてた問題児三人組を教えてたせいで、紅教授の名前が出た瞬間、私に仕事が回ってきたのよ!
今回も問題児じゃないでしょうね!?」
「そう怒鳴るな。騒がしい」
「くーっ!卒業してから態度がでかくなったわね!」
三人とは多分、聖明、セレスさん、龍のことだろうと察する。
この人たちのせいで僕は、転入前から厄介者扱いされてるじゃないか……。
「あの……兄さん達が、何かごめんなさい。
僕も迷惑かけちゃうかもしれないけど、気をつけるから、よろしくお願いします!」
馬鹿共のせいで学生ライフを無駄にしてたまるか。
僕ははっきり言って頭を下げた。
「風真くん……!」
なぜか感動した先生は、セレスさんをバシバシ叩きながら叫ぶ。
「ちょっとセレスくん!!!この子、良い子よ!普通よ!どういうこと!?」
「シルフィーちゃん、失礼過ぎんだろ」
……この反応を見ると、三人組の学生時代は──知りたいような、知りたくないような。
「とりあえず、必要書類は全部持ってきた。確認してくれ」
セレスさんが封筒を渡すと、先生はその場で開いてざっと目を通す。
「うん、確かに。問題ないわ!
それにしてもセレスくん、律儀ね。
保護者はいたに越したことはないけど、代理まで立てて来るなんて」
「うちの“指揮官様”に頼まれたんだ。当然だ」
セレスさんは少し嬉しそうに言う。
この人は聖明を狙っているだけあって、聖明の話になるとすごく優しい顔をする。……何か腹が立つ。
「紅教授、“長期任務”で不在だったものね。セレスくんも荷が下りてるんじゃない?」
「まあな。──それより時間は? 授業、始まるんじゃないか?」
先生は壁の時計を見て、バッと目を見開く。
「あ、やばっ! 風真くん、私についてきて! クラスまで案内するわ!」
「は、はい!」
慌てて職員室を飛び出す先生の後を追う。
ちらっと振り返ると、セレスさんが優しい笑顔で手を振っていた。
……正直、気に食わない人だけど、優しくてかっこいいんだよな。
僕は小さく頷き、先生の背中を追った。
ーーー




