第14話 魔法都市での再会(5頁目)
あまりに部屋から出てこない二人に、アクアたちはやきもきしていた。
扉の前で足を止め、アクアが低く唸る。
「……静かじゃが、大丈夫なのか?」
龍が肩をすくめる。
「流石に、話してるんじゃね?」
風真が首をかしげた。
「気になるなら、見てくればいいのに」
龍は慌てて首を横に振る。
「それだけは駄目だ!」
「なんで?」
「えっと……それはな、大人の事情的な……」
アクアが溜め息まじりに口を挟む。
「無理じゃろ、それは。相手は聖明じゃぞ。
あやつ、その手の感情に異常に希薄じゃ。持ち合わせてないのではと思うくらいじゃ」
「ん? どういうこと?」と風真。
「まともな恋愛は無理、ということじゃ」
「恋愛? なんで恋愛の話が出てくる?」
龍は慌てて手を振った。
「あー!あまり深く気にするな風真!これはデリケートな──」
「まどろっこしいな……」
そう言うや否や、風真は龍の制止を無視し、ためらいもなくドアノブを回した。
「ちょ、おま──!」
「聖明、話し終わった?」
──そこには、柔らかな陽の光に包まれた静寂があった。
ソファの上で、子供のように背を丸め、聖明の膝に頭を預けて眠るセレス。
長い睫毛が頬に影を落とし、肩はかすかに上下している。
戦いのときとは別人のように、無防備で穏やかな寝顔だった。
聖明は、その髪を一房、指先でそっと梳く。
口元に柔らかな笑みを浮かべ、唇の前に人差し指を立てた。
「……しー」
「もう少し寝かせてあげたいんだ」
風真は小さく頷き、そっとドアを閉める。
木の扉がかすかな音を立てるたびに、その温もりまで閉じ込められてしまいそうだった。
「……龍さんの言う通り、お邪魔しちゃったね。暫くそっとしておこう」
マイペースに歩き出す風真の背を見送りながら、龍は目を見開いたまま固まっていた。
そんな龍を、アクアが肘で突く。
「……何なの、あの子……!」
「お主が邪なだけじゃろうて」
ーーー
額を冷やしながら、ソファで項垂れるセレス。
その横では、聖明がコーヒー片手に資料へ視線を落としている。
向かいのソファでは、風真とアクアが同じ雑誌を覗き込みながら、あれこれと盛り上がっていた。
そんな光景を横目に見ながら、龍は何とも言えない表情をしている。
「……何だろうね、急に平和すぎない?俺、逆に怖いよ」
「何を馬鹿なことを言っているのじゃ」
アクアは笑い飛ばす。
「お、風真よ、ここのデザートはおすすめじゃ!」
「おぉ、見たことないケーキだ!」
「セレス、目の腫れ大丈夫? 治癒魔法かける?」
聖明が声をかける。
「いや、いい。それより手続きの書類か?」
「うん、三年も失踪してたから色々と大変でね。
……あと、君の仕事を奪うみたいで申し訳ないけど、引き継ぎしてもらえると助かる」
「どうせ謹慎中だ。やることもないから手伝う」
異常なほど距離感の近いセレスと聖明。
そして、すっかり意気投合して仲良くなったアクアと風真。
龍はふと、心の奥に小さな棘のような感覚を覚える。
(……何か、俺の居場所なくない?)
仲良くなって良かったと思う反面、妙な疎外感が胸に残り、少しだけ目頭が熱くなる。
「そういえば聖明って、宿どうしてるんだ?家、消えたよな?」
とセレスは思い出したように問う。
「あー…家は精霊界との狭間にあるんだ。
ここからでも帰れるけど……エクソシスト本部の適当な倉庫と家のゲートを繋げちゃったな」
聖明は唸りながら腕を組む。
「また器用なことを。本部なんてやめとけ。危ないだろ」
「ま、移動は可能だけど……」
アクアは雑誌から目を離し、会話に参加をする。
「どうせ移動するなら、わかりにくい場所にしておくべきじゃな。
今後、お主は良くも悪くも注目を浴びる。昔みたいに邪な連中が襲ってこないとも限らぬ。安全面は考えておくのじゃ」
「んー、安全面ねぇ」
アクアは続ける。
「それと……風真はこれからどうするのじゃ?」
「あ」聖明と龍の声が重なる。
「あ、じゃないぞ!」
アクアが眉を吊り上げる。
「この子は本来なら学院で学んでいる年頃じゃ!
今までは仮のパートナーとして登録していたかもしれぬが、お主は正式に全役職に復帰する。
つまり、本来のパートナーであるセレスと仕事をすることになる」
「あ……そっか……」
風真が小さく呟く。
──仮のパートナーの役目は終わっちゃったのか。
風真の複雑な思いを汲み取るように聖明は微笑む。
「風真には学院に通う道もあると思ってる。でも、それは私だけで決めちゃいけない。……風真は、どうしたい?」
「僕は……」
「ゆっくり決めてほしい。
確かに、君も私も色んな問題を抱えてる。
でも、それは普通に暮らすことを否定する理由じゃない。
……君がやりたいように決めてほしい」
聖明は風真に手をそっと包み伝える。
「うん……僕は正直、まだよくわからない。
聖明と出会って旅をしてきた。自分のやれることをやろうってずっと思ってたけど……今は何をやれるのか、正直わからなくなってる。
だから、折角だからちゃんと考えてみるよ!」
仮のパートナーが終わっても、僕にしかできないことがきっとあるはずだ!
「うん。風真がやりたいことが決まったら、私がサポートする。だから、いっぱい悩んで選んでね」
「ありがとう!でもサポートはいらん」
「……何で!?」
唐突な拒否に聖明が目を丸くする。
風真はビシッと聖明に指を差すとしっかりと言い放った。
「まずは自分のことに集中しろ!
僕よりあんたのほうが、それどころじゃないと思うぞ!」
「確かに」
龍、アクア、セレスの声が揃う。
「皆まで!?」
聖明の情けない声と表情に風真は笑った。
「本当に困った時は、ちゃんと相談するよ。その時は、皆さんにも助けてほしいです!よろしくお願いします!」
風真は席を立ち、礼儀正しく一礼する。
「任せとけ!」龍が親指を立てる。
「任せるのじゃ!」アクアも頷く。
「……相談ぐらいなら聞いてやる」
セレスもぶっきらぼうに口を添える。
「聖明、ちゃんと見習え!これが普通の人の考え方じゃ!」
アクアの一言に、聖明は小さく肩を竦めた。
「悪かったな、自己中で相談せず色々やらかして」
聖明は拗ねるように唇を尖らせる。
「……そうなると、後は聖明の家の問題か」
龍が思い出したかのように言う。
聖明は首を傾げながら思考を巡らす。
「それ考え直したんだけど、ドアにゲートを繋げるんじゃなくて、鍵にゲートを開く魔法を入れようと思ってる。適当なドアを開ければ家の玄関に繋がるようにして、二回目からは魔力なしで使えるようにする」
「便利そうだが……鍵が奪われたら侵入されるんじゃないか?」
セレスの懸念に、聖明は首を横に振る。
「大丈夫。そもそも、鍵が鍵の形である必要はない。家に入れる人に直接魔法を付与すればいい。そうすれば、開きたいと念じればゲートを繋げられる」
「相変わらず突飛な魔法じゃのう。でも、良い案じゃ!」
アクアが興味津々のようで目を輝かせて肯定する。
「じゃあ皆がその“鍵”を持ってれば、集まりやすいんじゃない?」
風真は雑誌に視線を戻し、さらっと提案してみる。
それに対して「なるほど」と言わんばかりに聖明は手を合わせる。
「便利だが……いいのか?その家って、瑠璃と過ごした……」
セレスが言いかける。が、聖明は少し寂しそうな笑顔で答える。
「……何を今更。昔はよく遊びに来ただろ?
君たちなら好きに出入りしてくれて構わない。ただ──」
「ただ?」
聖明はいつになく真剣な顔で言葉を止める。
「魔力消費量がヤバイ!」
一瞬、空気が固まる。
しかし、風真だけは「ふーん」と言いながら雑誌をペラリと捲る。
「最初の術式は、魔力をごっそり持っていかれる!確実に魔力欠乏症になる!」
それを聞き、セレスは聖明の肩に手を乗せる。
「まぁ……頑張れ」
「だよねぇぇ」
聖明はがっくりと肩を落とした。
余程、消費量が多いのだろう。
ーーー
──紅家。
聖明は唸りながらリビングのソファで転がっている。
そんな聖明を横目に疑問を投げかける風真。
「何で一気に全員分の魔法発動したんだろう。」
「さぁ?」龍が答える。
俺は項垂れる家主に小さな瓶に入ったマナポーションを持って行く。
「おーい、聖明、大丈夫か?マナポーションだ」
「魔力欠乏症じゃな!飲むのじゃ!少しは楽になるぞ!」
聖明は怠そうにソファーに座り直す。
「ありがと〜……」
アクアから受け取ると座り直して一気に飲む彼の横に俺は座り、ジッと彼の顔を見た。
「聖明」「何?」
声のトーンを下げ聖明にだけ聞こえるように囁く。
「このリビングって……瑠璃が死んだ場所だよな……」
「……そうだね」
聖明が目を伏せ、ふと皮肉めいた笑みを零す。
「それを知ってるのって……」
「………。」
何とも言えない沈黙のあと、聖明はゆっくりと口を開く。
「世の中、知らなくてもいいことがあるんだよ」
思わずリビングに視線をやる。
懐かしんで話している龍と目が合う。
「何、二人揃って変な顔してんの?」
「「いや、別に。」」
大切な妹が亡くなった場所で、普通に住んでる聖明に若干の恐怖を感じつつ、何も言わないようにしようと心に誓ったセレスであった。
(今更だけど相当病んでるよな……)
自由に紅家を出入りできるのは聖明、風真、セレス、龍、アクア。




