第14話 魔法都市での再会(4頁目)
「……何でこんな目立つ場所に放置するかなぁ」
広場のベンチに腰掛けた聖明は、ぼやきながら腕を組んだ。
視線の端で、行き交う人々がちらちらとこちらを見ては、ヒソヒソと囁き合っている。
「……あの瞳、堕天使よね。カゴノトリの人かしら」
「あれ、あの人、教授じゃね?極秘任務で急に消えたとか聞いてたけど……」
「え、悪魔に攫われたって話じゃなかった?」
──居たたまれない!
そう内心で悲鳴を上げる。
いや、仕方がない。今後もこういう視線は避けられないだろう。今のうちに慣れておくしかない。
そんなことを考えていたとき、不意に影が差す。顔を上げれば、目の前には右眼に自分と同じ赤を宿す男──セレスが立っていた。
「……せ、れす……?」
眉間に深く刻まれた皺。瞬間、冷や汗が背中を伝う。
「あ、その……セレス……えっと……げ、元気……?」
言った瞬間、自分でも「やってはいけない質問」だったと悟った。だが、もう遅い。
視界が突然、上下反転する。宙に放り上げられたと気付いた時には、耳をつんざく怒声が飛んできた。
「元気なわけ……ねぇだろッ!!!」
「……ですよね」
次の瞬間、聖明は地面に叩き落とされた。
轟音と衝撃が広間を揺らし、周囲からどよめきが上がる。
「え、何?決闘してるの?」
「今の衝撃、やばくない?」
少し離れた場所でその光景を見ていた龍とアクアは、何とも言えない顔で立ち尽くしていた。
「……なんでこうなるんだよ」
「……ラファエル父様に後で謝らなきゃならんのぅ」
砂埃の中、聖明はギリギリで魔法障壁を展開し、体を守っていた。見下ろすセレスは空中で静止し、なおも険しい目を向けてくる。
「……いてて……怒ってるのは分かるけど、いきなり過ぎないか!?」
「うっせぇ!どの面下げて戻ってきたんだ、ああん!?」
「ちっ……悪かったと思ってる!ちゃんと話すから降りてこい!」
「ちゃんと話す、だ?
お前に必要なのは話すことより聞くことだろうが!!
散々忠告を無視して消えやがって!!
お前が俺の話を少しでも聞いたことがあったか!?」
怒号とともに、セレスの手元に巨大な光の剣が形を成す。刃先が、真っ直ぐに聖明の頭上を狙う。
「待て待て待てぇぇぇぇ!!!」
再び、地面を揺るがすような衝撃音が広場を震わせた。
龍は背後でその光景を横目に、素早く通信魔法を展開する。
「……ああ、そうだ。ラボにある魔法結界装置を全部持ってきてくれ。大学院広場の結界に追加で配置する。今すぐだ。
……被害はまだ出てない、やれるうちにやるぞ」
その間、アクアは周囲の学生や職員に向けて大声を張る。
「現在、エクソシストによる戦闘訓練が開始されたのじゃ!危険じゃから、速やかに避難するのじゃ!」
砂煙が立ち込める中、セレスはゆっくりと着地した。
煙の向こうに横たわるのは、血に塗れた聖明の姿。
「……珍しいな、直撃とは。血肉も飛び散ってるじゃねぇか。……どうした?いつもなら闇魔法で蹴散らすくせに」
冷ややかな声に、聖明の指がわずかに動いた。
「……そんなもん……決まってんだろ」
掴みかかるようにセレスの腕を握り、聖明は上体を起こす。
「お前を捕まえるためだ──セレスティーナ・ラファベル!」
「……ちっ!フルネームで呼ぶな!」
聖明の手を跳ね除ける。
セレスの周囲に光の剣が複数、音もなく現れる。
「君の言う通りだ……昔の私は、君の想いも言葉も蔑ろにして……我を通してばかりだった」
一本の剣が、容赦なく聖明の体を貫く。
「ッ……!」
「聞きたくない」
「その上……私は君の優しさに付け込んで……利用してた」
「どうでもいい」
また一本、剣が肩を貫く。
「ぐっ……!」
「……やめとけ。お前の身体は致命傷ほど回復が早いが、中途半端な怪我は長引く。刺さったままでは流石に再生もできん」
「……私は……最後には……君に生きてほしくて……我儘を押し付けた……君に堕天使の呪いを掛けた……」
セレスの手元がわずかに止まる。
だが次の瞬間、足に二本の剣が突き刺さり、聖明は膝をつく。
それでも、赤い瞳が諦めずにセレスを捉える。
「……私は、我儘で、自分勝手だ……わかってほしいとは言わない……自己満足だってわかってる……!」
「もういいって言ってんだろ!」
「それでも……私は──君に!」
「黙れって言ってんだッ!」
一斉に降り注ぐ光の剣。
しかし、闇の奔流が一瞬で全てを砕き、掻き消した。
次の瞬間、聖明の手がセレスの頬に添えられる。
互いの瞳が、真正面からぶつかる。
「……君に、生きてほしかった」
「………」
広場の喧騒が遠のき、時間が止まったように二人は動かない。
龍とアクアが、言葉もなくその光景を見守る。
セレスはゆっくりと聖明の手を取り、一瞬だけ険しい表情を崩した。
「俺は……」
そう漏らした瞬間──セレスは唐突に、聖明の顔を両手で掴み、そのまま頭を振りかぶった。
「は?」
聖明が瞬きをする間に、小さく、しかし鈍く低い音が響く。
──頭突きだった。
「ッ……!」
まともにくらった聖明は思わずよろめく。
「えー……なんでー」
アクアと龍の声が、妙に揃っていた。
「セレス、お前は……!」
抗議の言葉を吐きかけた聖明だったが、その顔を見て言葉を止める。
そこには、今にも泣き出しそうな表情のセレスがいた。
「セレス……」
「見るな!」
セレスは聖明に振り被り殴ろうとする。
聖明は手で受け止め、セレスの動きを止めようとする。
「おい、待て!」
「殴られておけ!」
「ふざけんな!私は話がしたいだけだ!」
二人はそのまま取っ組み合いを始める。
「……何だ、ここ何でこんなくちゃくちゃ……」
広場に足を踏み入れた風真は、中央で殴り合う二人を見て「げっ」と声を漏らした。
「風真、何か不法試合してるっぽいから危ないよ?」
後ろから楓が声をかけるが──
「楓、ごめん、僕急用!!」
言い終えるや否や、荷物をその場に置き去りにして駆け出す。
「え、ちょっと風真!? 荷物!!」
楓が慌てて視線を二人の方に向けると、その先に──どこか見覚えのある黒髪の男がいた。
「あれ……あの人、ひょっとして……」
その頃、喧嘩を仲裁しようと龍・アクア・風真が入り込み、混沌はさらに増していた。
まだ掴みかかろうとするセレスを龍が全力で押さえ込み、胸ぐらを掴んで離さない聖明の腰には、風真が必死に抱きついている。
「いい加減やめんか!!!」
アクアが怒鳴る。
「うるせぇ!」
セレスは息を荒げ、聖明だけを射抜くように見据えていた。
「落ち着けって! セレス!」
龍はセレスの腕を引き、前に進ませまいとする。
「風真!今は放してくれ!」
「できるか!馬鹿!何があったか知らねーけどやめろよ!! 絶対、一回か二回はスゲー怪我してんだろ!!!」
血塗れになった聖明を見て、風真の怒鳴り声も一層強くなる。
誰も彼もが冷静ではなかった。
埒が明かないと判断したアクアは、無詠唱で魔法を展開する。
「えぇい! 両成敗じゃ!!」
刹那、セレスと聖明は同時に地面へ叩きつけられた。
驚きつつも、龍と風真は冷静に回避する。
そして──動きの止まった二人は、気絶したのか微動だにしない。
「……父様、ごめんなさい」
アクアは天を仰ぎ、小さく呟いた。
ーーー
「で? 何をどうしたら広場が半壊になるんです?」
普段優しいラファエルが珍しい程の低い声色で発する。
ここは教授室の一角。
正座した男二人が、気まずそうに黙り込んでいる。
どちらもボロボロで、全身に傷と泥。
「この問題児ども、私への嫌がらせか?あちこちからクレームが殺到してるんだぞ。お前ら、カゴノトリのトップだろうが!」
そう怒鳴り散らすミカエルは腕を組み、二人を見下ろす。
「ミカエルの言う通りです。
昼間から公衆の面前で堂々と魔法合戦など、前代未聞ですよ。
ただでさえ評判が芳しくない中、よくもまあ……」
「賠償請求はもちろん二人で全額負担!
聖明、お前は手続きが終わって完全復帰するまで私の下でエクソシスト業務をやれ。セレスティーナ、お前は一ヶ月の謹慎と半年の減給だ。……反省しろ!」
怒りをぶつけたミカエルは部屋を出ていく。
ラファエルも肩をすくめ、「まったく、学生時代を思い出しますよ」とだけ残し、後を追った。
静まり返った室内。
「……あのさ、お前ら、普通に話すってできないわけ?」
呆れたように口を開いたのは、壁にもたれて腕を組んでいた龍だ。
「全くじゃ! 拗らせすぎにも程があるぞ!」
アクアも怒り半分、心配半分の声を投げる。
セレスは黙ったまま、虚空を見つめている。
聖明は俯き、小さく「……ごめんなさい」とだけ呟いた。
龍はため息をつき、二人の前にしゃがみ込む。
「……はあ。普通ならエクソシストに逮捕されるレベルだったぞ。
ミカエル様が手を回してくれたから済んでるけど……喧嘩するにも場所を選べ」
そう言って二人の肩を軽く叩き、立ち上がる。
アクアと風真もそれに続いた。
「……今は、二人だけにした方がいいじゃろ」
アクアが小さくそう呟き、扉が閉まる。
しばし、沈黙。
ようやく口を開いたのは、セレスだった。
「……髪、切ったんだな」
「……ああ。もう、伸ばす必要もなかったし……
瑠璃の血が、落ちなくて」
「……そうか」
その声は静かで、けれど三年分の想いが滲んでいた。
「……なあ、セレス」
「……何だ」
「この三年、私は無気力で、生きてるのか死んでるのかもわからなかった。
瑠璃を失って、何もかも終わった気がして」
時間だけが無情に流れる中、変えられない現実に押し潰されそうだった。
死ねたらどれだけ楽だったか、何度も考えた。
「何日も、何日も、何日も……
気が狂いきることもできず、思い出すのは瑠璃と──君たちと過ごした日々だった」
その時間が、どれだけ幸せだったか。
気づいてからは、後悔しか残らなかった。
「……君に会いたくて、アクアや龍に会いたくて、瑠璃に触れたくて……でも、私は全部から逃げた。
混乱を招いて、多くの人を傷つけて……瑠璃を失って……君を、呪ってしまった」
その呪いは決して消えない。
セレスを、終わらない生に巻き込んでしまったのだから。
「……それでも、一目でいいから、君に会いたくて……また、戻ってきてしまった。本当に、自分勝手だよね」
沈黙。
次の瞬間、セレスは聖明を抱きしめた。
言葉もなく、ただ強く、強く。
聖明もそっと手を回して応える。
「……ごめん。守れなくて、ごめん」
「私こそ……振り回して、ごめんね。呪って、ごめん」
セレスは少し笑みを浮かべる。
「……覚えてるか? 俺たちの約束」
「……私は、セレスに知識と知恵を与えて、君を利用する」
「……俺はお前を利用して、師に宿された魂契約に抗う」
セレスが頬に触れる。
「お前は気づいてないかもしれないけど……堕天使になった時点で、魂契約は消えてた」
「……え?」
「俺はまた、助けられたんだよ。俺は俺のまま生きられる。
でも、そのとき──お前はもう、いなかった」
声が震えていた。
「一緒に悪巧みして、笑い合うお前がいない。
絆を感じても、触れられない。泣き顔も笑顔も、もう見られない」
そして──その言葉は届いた。
「俺は……お前が好きだ、聖明」
「……セレス」
「返事は、しなくていい。おれが伝えたいだけだ。
ただ……俺は、お前がいないと駄目だ。もう勝手に、いなくならないでくれ」
聖明は震える指で、そっとセレスの頬を包む。
「……うん」
短く返したその声に、答えの意味はなかった。
安易に受け入れることも、拒むこともできない──その言葉を、胸の奥に沈めた。
セレスは気づかないまま、安堵の色を浮かべる。
聖明はその表情を見つめ、何も言わなかった。
そっと、額を重ねる。
ぬくもりを確かめ合うように──二人は静かに微笑んだ。




