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カゴノトリ  作者: 灯夜 雪


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第11話 変わる関係性(後編)

魔法学院高等部時代のお話(セレス視点)

「なぁセレス」

「何も言わず食え」


俺は龍と向かい合って夕食を取っていた。

サラダとスープ、メインは適当に作ったあり合わせのパスタ。

紅は熱が高く、まともに食べられそうになかったのでスープだけ持って行った。

持って行くと目を丸くし、驚きながらも礼を言われる。

嫌っていた相手とはいえ、礼を言われるのは悪くない……ただ、慣れないのも事実だ。

さっさと龍の首根っこを掴んでリビングまで引っ張ってきた、そんな感じだった。


「セレス、お前を巻き込むことになる」


龍が真剣な顔で、箸もつけずに話し出す。

俺も思わず手を止め、龍を見た。


「聖明は嫌がるけど……俺一人じゃもう限界だ」

「……嫌だと言ったら?」

「本来ならセレスの記憶を消す。堕天使の暴走は、エクソシストが手に負えていないと知られてはいけない。

そんなことを一般人に知られたら困る。

人々を悪魔や魔物から守り、平和を築く我が国は、堕天使を飼い慣らしていると印象づけなければならない」


淡々と、まるで機械のように話す。

笑顔は一切なく、見慣れたはずの顔が別人のように見えた。


「だが実際には、堕天使を完全に制御できているわけじゃない。

エクソシストになればわかるが、その中でも特別な部署がある。

名はカゴノトリ。

堕天使で構成された、闇魔法専門の医療組織だ。

聖明が生まれ変わる前……前世の人格が立ち上げた組織でもある。

前世の彼は堕天使を守るために組織したが、転生している間に指揮権はエクソシスト側へ渡った。

しかし、他の堕天使は彼の指示しか聞かない。だから将来的に、生まれ変わりである聖明がトップに就くことは決まっている。

それは本人の意思とは関係ない。

今いる堕天使たちは、彼が成長するまで前世の意向に従っているのが現状だ。

そしてそれが、国が聖明を守る理由にもなっている。

……だが、堕天使実験や先日の襲撃もあって、堕天使との関係は険悪になりつつある。これを何とかする必要がある」


延々と続く説明に苛立ちが込み上げる。

政治の話を感情なく言い続けるその姿は、政府の犬にしか見えなかった。


「で?俺に何をしろと?

記憶も消さず、こうやって放置してるくらいだ。何かあるんだろ?」


この時点で拒否権などないのだろう。

仮に拒否しても、記憶を消されて日常に戻るだけ……それでもいいのかもしれないが、癪だった。

誰かに人生を決められるのは大嫌いだ。


「カゴノトリでは、堕天使一人につき一人のエクソシストがパートナーとして付く。そしてそのエクソシストには特例義務がある。

堕天使が闇に飲み込まれたり、悪魔に捕らわれた場合、パートナーが封印措置を行う義務だ。そのためには、桁外れの魔力が必要になる」


俺は思わず笑った。

桁外れの魔力、ね……心当たりしかない。


「危険から聖明を守ることは、堕天使を制御する手段にもなる。

そして今、一番近くでパートナーになれる可能性があるのは君だけだ。セレスティーナ・ラファベル……君の力が必要だ」

「フルネームで呼ぶな」


この名から逃げるために平穏な日々に身を置いてきた。

魂に刻まれた名前……本来の名前ではない。

いや、本当の名前すらもう思い出せない。

名前は人格を縛る鎖でもあるからだ。


「君は、その名を持つ師から力を授かった存在だ。どんな道を選ぼうと、その名に縛られている以上、国に忠誠を誓わなくてはならない」

「黙れと言ってる!!!」


テーブルを叩く音が響く。

コップが倒れ、水が零れた。

ここまで不愉快なのは、自分という存在を知って以来かもしれない。

父のように慕っていた師は、桁外れの魔力を二つに分け、俺という存在を生み出した魔法使いだ。

国を守る盾であり剣でもあった彼は、死を恐れ、魔力と名を他の肉体に宿すことで自身を残した。

その肉体こそ……俺だ。


「今さら俺のことを知っていても驚きはしない。だが、その名で呼ぶのはやめろ。吐き気がする」

「わかった。今後はその名は呼ばない」

「……龍、答えろ。右目に魔力が宿っていることを、最初から知って声をかけたな」


そう……初めて目が合ったあの瞬間。

あのときすでに、お前は分かっていて接触してきたのだ。

この目は目印であり、契約の証だ。


「そうだ。俺の使命の一つは、監視対象を見守り側に立つこと。その一人が君だった、セレス」


やっぱりな……。

この名と魔力を受け取ったとき、いつかはこうなると分かっていた。

だが、信じたくなかった。

師が死ねば、俺という人格は消え、分けられた魔力が戻り、大魔導師セレスティーナ・ラファベルが蘇る。

それが俺の存在理由……そして、消えない契約が刻まれている。

笑える……まるで紅と逆だ。

あいつは前世の人格を消した存在、俺は消される側。

偶然にしては皮肉すぎる。


「ここからは個人として言う。聖明を守ってくれ。そうすれば……セレスを守ることにもなる」

「は……?」


よくわからないことを言い始めた龍に、しばし呆気に取られていた。

俺が紅を守る? しかも、それが俺が消えないことに繋がるとでも?


「聖明のパートナー候補になってほしい。

その名と力があれば、国が認めてくれるだろう。何より、君の体に宿った契約を聖明なら消せる」

「おい、自分が何言ってるかわかってるのか?

俺に宿った契約を消すってのは、大魔導師を消すのと同義だぞ。政府の犬のお前が言う台詞じゃねぇだろ」


今は大魔導師が健在だ。

だから俺は俺として生きていられる。

あいつと同じ力を宿しているなら、逆に俺が大魔導師を消し去り、成り代わる可能性だってあると信じている。

だからこそ、自分で選んだ道を進み、エクソシストとしての知識を得るため学院に通っている。


「だから個人的な言葉なんだ。

俺は天才とか言われてるけど、実際は魔力も少ない。

知識がどれだけあっても、真実をどれだけ知っていても意味がない。聖明の横に立つことさえできない。

セレスが頑張ってるのも知ってる。でも俺には、お前を助けるだけの力がない。

信じられないかもしれないけど……俺は俺なりに、一人の人としてセレスも聖明も大事なんだ……!」


いつも笑顔の彼が、泣きそうな顔をしている。


──さっきまでの冷たい表情はどうした?

もし政府の犬としての顔が裏なら、こんなことを言いながら泣くな。

龍といい紅といい、どうして天才ってやつはこうも不器用なんだろう。


「ったく、どいつもこいつも……運命とかクソくらえだ」

「セレス……俺……」


ついに涙腺が決壊したのか、ボロボロ泣き始める。


「面倒くさい!!! 泣くな!!!」

「だって……俺……ひでぇこといっぱい言った」


「それがお前の責務だろ。気にしてねぇ。それより、紅には俺のこと話してんのか?」


「全部は言ってない。でも、あいつは一目でセレスの契約を見抜いてた。その銀色の目が契約に関わってるって」

「そうか」


俺は天を仰ぎ、大きく溜息を吐く。

……ある意味、師から逃げ続けた人生と向き合う時が来たのかもしれない。


「まぁ、龍の言いたいことは大体わかった。

どうして紅のパートナーになる必要があるかは知らんが、俺が大魔導師になれば全部済む話なんだろ?」

「まぁ、端的に言えばそうだけど…」


「俺は元からそのつもりだ。簡単に消される気もない。

その過程で付属品がついてくると思えば、大したことじゃない」

「セレス……!!!」


急にガタッと立ち上がったかと思えば、抱きつこうとしてくる龍。

躊躇なく顔面を掴み、近寄らせないよう力を入れる。


「抱きつくな!まだ話の途中だ!!!それに汚い!!!お前の顔汚い!!!」

「俺とお前の仲だろおおおっ!!!」

「うっせぇ!!!」


容赦なく頭を一発殴る。

龍はそのまま床に転がり、泣きながら笑っている。……気持ち悪い。

引きながらも、涙やら何やらで汚れた手をきれいに洗い、席へ戻る。


「飯、冷めちまったじゃねぇか。お前もさっさと食え」


龍はいつもの笑顔に戻り、ニコニコしながら食事を口に運び始めた。

それを見ながら、俺も残りをさっさと食べ終える。


「パートナー云々の話ってさ、俺がなることで紅に利点でもあんの?」


食べ終えた食器を持ち上げながら、さっきから気になっていた点を尋ねる。

自分がどうなるかは置いておいて、力としての利用価値は間違いなくあるだろう。


「聖明はさ、すげぇ無理ばっかしてんだ。

きっと政府が決めたパートナーがどんな奴でも我慢して従うと思う。それがどんな酷いやつでもな。

あいつは妹を守るためなら、自分をどれだけでも犠牲にするやつなんだ。

でも、セレスは優しいし、俺みたいなやつの相手もしてくれるだろ?」

「好きで相手してるわけじゃねぇぞ…」

「あいつにはお前みたいなやつが必要だと思うんだ。ちゃんと怒ってくれる人がさ」

「それだけ?」

「それだけ」


世の中が天才と持ち上げるこの博士、やっぱり思ったよりアホなんじゃないか。いや、アホなのは知ってたけど。


「お前と話しても埒が明かねぇ気がしてきたわ。

どちらにしても本人がいないと話進まねぇだろ、これ」


食器をシンクに置き、再び溜息を漏らす。

嫌っていた相手のパートナー、ねぇ…。


「考えても仕方ねぇ。紅んとこ行くぞ」

「あ、セレス、待ってよ…!」


バタバタと後をついてくる龍の気配を感じながら、紅がいる自室に戻る。

一応、ドアをノックしてから部屋に入った。


「おい、紅。入るぞ」

「あ、スープありがとう。美味しかった

あと、ごめんね。君の家に来ちゃって…

エクソシストに行くと……ほら、私は堕天使だから少々手荒な目に合うんだ。凄い嫌われてるんだよね

まぁ仕方ないけどね……少なからず悪魔や魔物に身内を殺されてる人も少なくないからさ……

カゴノトリ……えっと、同族のいる病院でも良かったとは思うんだけど、先日迷惑かけたばかりだから、こう、頻度が高いと抑えるのが大変というか……

だから、龍が気を利かせてくれたみたい……龍の家ってラボ兼ねてるからあまり居座ると直ぐに国にバレるというか……」


初耳なのだが??

思わず龍を睨む……が、咄嗟に視線を逸らしわざとらしく口笛を吹く。

軽く溜息を吐きつつも「気にするな」と短く返答した。

そうすると彼はヘラっと笑いながらも少し困ったような顔をする。

視線をズラすとベッドの横に置いた机に食べ終えた皿と薬瓶が置いてある。

解熱剤か何かだろう。

先程よりは顔色は良いが……一応、病人だよな。

いざ部屋まで来たものの、実際に話をしようと思うと気まずい。


「えっと、紅、お前さ……」

「聖明、聞いてくれ! こいつお前のパートナー候補!!!」

「「は???」」


流石、空気を読まない龍。

話を割って入ってきた龍はセレスの両肩を掴みながら嬉しそうに言う。

それに対し俺と紅は真顔で固まっていた。


「龍、その話は断ったはずだ……」

「聖明、考え直してくれ。セレスをパートナー候補としておいた方がいい。ミカエル様がお前を放っておかないのを知ってるだろ」


まただ。

急に冷静な口調になる龍はまだ慣れない。

それにしても「ミカエル様」とはとんでもない大物の名前が出たものだ。

この国は複数の大天使が管理している。

その一人が大天使ミカエル。

軍事を主に指揮をしている謂わばエクソシストのトップだ。


「龍、君は……ただの一般人を巻き込めと私に言っているのか?

何度も断ったはずだ。私はもう誰も関わらせるべきじゃないと」


空気が急に変わる。

目視はできないが闇の気配が部屋を覆う感覚に陥る。

背筋は凍り、息苦しく感じる。

紅の瞳は赤く光り、教会の時のように鋭い目つきになる。


「聖明、それ怖いから!!!

それに俺も何度も言ってるけど、これ以上はお前を庇いきれない。

俺一人の力ではもう……」


「……わかってる。龍がいつも頑張って庇ってくれてるのも守ってくれているのもわかってる! でも、私のことに誰かを巻き込むつもりはない。無理なんだ……これ以上、背負いたくない」


完全なる拒絶だった。

あまりの悲痛な叫びに龍も黙る。

暫しの沈黙が部屋を占拠するが、俺はそれを無視していく。


「……俺が決めたことだ」


そう言って紅の頭の上に手を置いた。


「は?? え???」


驚いた顔をしながら俺を見上げている。

想定外の行動と言葉だったんだろう……まぁ自身が一番驚いてるのだが……。


「恐らくお前が知ってるように、俺は師が死ぬと同時に人格が消えるだろう。ただ大人しくそうなるつもりはない。

お前は前世の知識を保持してると聞いた。

恐らく魂にまつわる知識もあるんじゃないのか?

俺にはその知識と経験が必要だ。生き残るための知恵を貸してほしい。その代わりに俺はできる限り力を貸してやる」


「おおお! セレス、スゲー偉そうだな!!!」


二カッとして笑う龍に内心腹立ちながらも、偉そうというところは共感している。

何故、こんな物言いになったのやら……。


「セレス……君は私に助けてほしいとは言わないんだね」


意外な言葉が返ってきて、俺は目を丸くする。

生き残りたいとは思っているが、助けてほしいとか思ったことはなかった。

元々、自力で生き残るつもりだったのだから。


「そう……君は強いね。自身の生い立ちに恐怖することなく前だけを進む道を選んでいる」


まるで心を見透かしたような言葉を紡ぎ始める。


「君はそれほどまでに師匠が嫌いなんだね。本当に父として好きだったから裏切られた気持ちになったんだね。

その名を貰った時に君は孤独を感じたはずだ。目の前が真っ暗になる感覚。生きている意味を失った感覚だ」


紅の頬に教会で見た茨のような模様が浮かび上がる。

これは知っている。闇の刻印だ。

急に目眩がし、過去の記憶にある絶望や失望といった感情が生々しく蘇ってくる。

紅の瞳から目が離せない。

息が詰まる。息ができない……。


「聖明、やめろ!!!」


龍の声にハッとし、我に戻るように息をする。

気付いたら冷や汗と荒い呼吸をしていた。

龍は紅を……殴り倒していた。


「は???」


よくわからない状況に思わず出た言葉がこれだった。

紅は殴られどころが悪かったのか意識が飛んでいる。


「ふー、危なかった」

「いや、何してんだ!こいつが意識失ったら話すもんも話せないだろ!!!」


思わず龍を掴んだが、彼の表情は真剣そのものだった。


「今、セレスの心と記憶に干渉してた」

「はい?」


確かに過去を生々しく感じる錯覚には陥っていたが……記憶に干渉……?

そんなことができるというのか……?


「聖明は闇を通じて相手の心や記憶を辿り、読むことができる。

放っておいたら今日のことを記憶から消す気だったぞ」


ゾッとした。

いとも簡単にそのようなことができるという『感情』に。


「本来なら記憶を消すって言ってたよな。その手段って紅がやることだったのか」

「あぁ……堕天使が使える闇魔法の一種だ。

こいつの怖いところでもあって、危ういところだ。

堕天使は闇の影響か、どこかしら感情が壊れてるところがある。

聖明も例外じゃない。たまに容赦ないって言うか……変なところで罪悪感とか欠如してる気がすんだよな……」


困ったような顔をする。

気のせいかもしれないが紅と龍って困ったような顔をしたところが似てるかもしれない。

変な感じだ。


「んで、どうすんのよ。これ」

「まぁ起きるまで待つしかないんじゃない? もう夜も遅いし、俺も泊まるわ!」


笑顔で言い放つ龍に頭を抱えながら溜息をまた漏らす。


「とりあえず、寝るところねーから床で寝ろ」



ーーー



ベッドを占領され、仕方なく近くの床で座り寝をしていた。体勢は辛いが、眠れないわけではない。

ふとベッドに目を向けると、紅が寝返りを打っているのが見えた。その奥には龍の姿。しかも紅に抱きついて寝ているじゃないか。あれだけ床で寝ろと言ったのに……仕方ない、引きずり落とすか。そう思った瞬間、紅の声が聞こえた。


「……龍。離れて」


聞こえているのかいないのか……唸りながら寝返りを打ち、離れていくようだ。なぜか気まずくなり、寝たふりを続けることにした。さて、どうしたものやら。

薄く目を開けながら紅の様子を伺うと、周辺をきょろきょろ見渡した後、私物をそっと持ち、音を立てないようにドアへ向かおうとしていた。……どうやら、ひっそり家を出るつもりらしい。

放っておいてもいいが、一応病人だと思うと後味が悪い。それに、もし帰宅途中に誰かに襲われ発作を起こすような事態もゼロではない。心の中で大きく溜息を吐き、ドアノブに手をかけた紅の背後に立ってドアを押さえる。


「紅、待て」


背後から声をかけると、驚いたのかビクリと肩を揺らした。ゆっくり振り返り、俺の顔を見上げる。そういや忘れていたが、こいつは俺より背が低いんだった。……まぁ俺が大き過ぎる可能性も否めないが。


「せ、セレス……えっと、起こしてごめん?」

「そこじゃないだろ」

「はい??」


起こされたわけじゃない。そもそももう起きていた。それ以上に、病人がリスクも顧みず勝手に帰ろうとしたことに腹が立つ。何を思ったのか目を瞑る紅の表情に呆れ、また溜息を吐いた。よく見ると顔がまだ赤い。そっと額に手を当てて熱を確認する。


「熱はまだあるな」


やはり熱い。抱えて来た時よりは下がった気もするが、明らかに熱を帯びていた。……よくこんな状態で出歩こうとするな。


「こんな夜中に一人で帰ろうとか、無理するな」


そう言って手に持っていた荷物をそこらの床に放る。気まずそうな顔をしながらも、ベッドに誘導すると大人しく戻った。布団に入るのを確認し、俺はさっき寝ていた場所に腰を下ろして目を閉じる。正直眠い。だがそんな気持ちも露知らずか、小さな声が聞こえた。


「……怒らないんだね」


怒るとしたら、眠い今を邪魔されたことぐらいだ。だがこいつの言う「怒る」は、多分それじゃない。おそらく、記憶操作をしようとした件だろう。


「怒ってるわ、アホ」


それに関しては怒っている。いや、それ以外にも……か。眠気のせいか欠伸が出る。視線を紅に向けると、聞こえていなかったと思っていたのか、困惑した顔でこちらを見ていた。


「お前さ、何を怖がってんのか知らないけど、愛想笑いばっかしてないで、少しは本音を言ってみろよ」


関わった以上、気になっていたことを聞いてみた。堕天使という特性上、言えないこともあるのだろう。しかし、好かれるために愛想笑いを続けているようにも見えない。何を恐れて本心を隠しているのか、少し気になった。


「そうだね……私は怖いと思ってるよ。人の心が」


そういえば、闇を使って記憶干渉できるぐらいだ。人の心を読むなんて造作もないはず。


「幼い頃は闇の力が強すぎて、うまくコントロールできなかったんだ。だから、際限なく人の心が全部見えてしまっていた。言葉にしなくてもわかる軽蔑や畏怖の感情を、たくさん感じてきた」


勝手に心が見えてしまう……まぁ、それは俺でもきついと思う。人ほど醜い考えを持つ生き物はいないと、身をもって経験している。それが原因で人間不信になっても仕方ない。


「他人なんてどうでもいいだろ」


そう割り切ればいい。俺はそうしてきた。他人は他人、自分は自分。


「どうでもいいはずなんだけどね。現に襲ってきた人間は過去に何度か消してる。私はどうでもいい人間を殺すことに罪悪感は抱かない。それなのに怖いんだ。家族との平穏な日々や、学校での毎日、日常が壊れるのが。私が笑顔でいれば誰も気づかないし、全て収まる。だから決めたんだ。笑っていようって。どんなに辛くても笑っていれば……」

「それって本当は泣きたいんじゃないのか?」


紅は俺の言葉に目を見開いた。……こいつは単に怖いんだ。恐らく想像以上に傷付いてきた。心身共に何度も傷つき、哀しみが恐怖に変わった。だからこそ、大切な居場所が壊れるのが怖いんだ。


「俺には『これ以上傷付きたくない』『誰も傷付けたくない』って喚いてるように聞こえる。お前のその行動は自分勝手ではあるけど、他者を思っての行動でもある。本当にどうでもいいなら、自己犠牲なんてやめちまえ。……まぁ殺人については聞かなかったことにしてやる」


返事がないので紅の顔を見ると、驚いたような顔で涙を流していた。流石に俺も驚き、内心慌てる。


「なんだよ、俺の言葉が意外だったのか?俺からすれば俺以外の他人なんて正直どうでもいいし、自分のことで精一杯だ。誰かのためにとか、そういうのは無理だし、向いてない。今回だってお前のパートナーになるって話、ちょうど良いと思っただけだ」


そう、都合が良いと思った。学生として勉学に励む傍ら、魂に関する知識や様々な文献を漁り、解決策を探っている。しかし一人では限界がある。いつ来るかわからない終わりに追われるように努力しているが、欲しい答えはまだ見つからない。


「龍は泣くし五月蠅いし、俺自身も正直、知恵が欲しい。魔力だけあっても知識が乏しすぎる。……まぁ紅が嫌だと言うなら他を考えるさ」


今必要なのは、専門知識を持つ紅なのだろう。だからといって無理強いするつもりはない。嫌だと言われれば、また一人で答えを探すだけだ。


「セレスは私が嫌いだったんじゃないの?いつも鬱陶しそうに見てたでしょ。私が笑うたびに、すごいイラついた顔してたじゃん」


彼は涙を拭いながら震える声でそう言った。まぁ図星だ。作った笑顔が大嫌いだった。なぜ無理して笑っているのか理解できず、気持ち悪くさえ思っていた。俺は顔に出やすいタイプだと自負している。想像以上に嫌な顔を向けていたのだろう。


「あぁ嫌いだ。お前のその本音を隠すような笑い方が。人間なんて欲望の塊だろ。お前にはそれが見えなさすぎて、笑顔が完璧すぎて気持ち悪いって思ってた」


端的に嫌いな理由を告げた。別に嫌われても構わない。これが俺だし、本心でもある。少しは怒るかと思ったら、彼はクスリと笑った。


「本人の前でよくそんなズケズケ言えるね」

「そういう性格なんだよ、俺は」


これは作った笑顔じゃない。……そういう顔もできるんじゃないか。普段からそうしていればいいのにと思った。


「セレス……私なら君の契約を無くすことができると思う」


魂の契約。

それは魂に直接、契約書を書き込まれた状態を指す。

この手の魔法は基本的に禁忌そのもの。魂に触れることは魂を壊しかねない行為だからだ。

魂が壊れれば、世界の意志たる大樹へ還ることも叶わず、消滅する。

魂の契約はそれだけ危うく、一度書き込まれれば破棄は不可能に近い。

だからこそ解決は困難を極める……だが、契約破棄は自分の手で行いたい。

それこそが最大の復讐になると信じているからだ。


「聞かないの? 契約破棄の仕方」

「聞かないし、助けも求める気はない。知恵は欲しいが、全部教えてもらうなんて哀れな真似はしたくない。

あくまで自分で手段を見つけ、解決しないと意味がない。

だって大魔導師の座を奪うつもりなんだ。それぐらい自分でできなくてどうする」


俺は俺自身で強くならなければ意味がない。

もし助けられて大魔導師の座を奪ったとしても、それは名ばかりの傀儡にすぎない。


「俺が紅に願うとしたら、知りたいと思った知識や知恵を貸してほしいぐらいだ。それ以上は望んでない。

それが結果的にお前の役に立ちそうなら、俺を利用すればいい」


これは密約のようだと感じた。

国にとって重要な人物に成り替わろうなど、大胆不敵にもほどがある。とんでもない犯罪者だ。


「……良いよ。パートナーの件。

私が選べる立場じゃないとは思うけど、君にお願いしたいと思う。

でも実際にパートナーになるには私の権限だけではどうしようもない。だから実力で上がってきてくれ。それに必要な知恵や知識は私が教える」


これは国と国民を欺く契約だ。

絶対に知られてはいけない、闇の密約。


「言われなくても側に行ってやるよ。

だから、そこで寝てる馬鹿の手綱をもう少しきつめに持ってくれ。邪魔で仕方ない」

「あ……龍は無理かなぁ、私も振り回されてるからね」


静かに交わされた約束は、二人だけの絆を作った瞬間でもあった。

この約束がどうなるのか──少しだけ、人生が楽しくなった気がした。



ーーー



「おっはよおおおおおお!!!」


朝からけたたましく叫ぶ龍の声が、まだ静かな空気を無理やり切り裂いた。


「龍……うるさ……」


声だけで頭が痛くなる。

そう言いながら起き上がった病人の前を、何かが猛スピードでかすめる。

風圧を肌で感じ、反射的に後ずさった。


「黙れ……こっちは寝不足で機嫌わりぃんだよ……」


気づけば龍は壁に叩きつけられるように吹っ飛んでいた。

……殴ったのはセレスだろう。


「紅、熱はどうだ?」


「あ、大丈夫。だいぶ良くなったよ。ベッド借りちゃってごめんね」


「どうせ今日は休みだし、気にしてねーよ。後で寝直すし」


「セレスぅうう……手加減しなかっただろ……」


龍が床を這いながら恨み言を吐く。


「てめー相手にはこれぐらいで良いだろ」


「せーめええええ!セレスが虐めるうう!!!」


「はいはい……ほら、治療魔法してあげるから……」


軽口が飛び交う中、コンコンとドアを叩く音が響いた。

……こんな時間に? 三人以外に誰かいるのか?とわずかに警戒していると、龍が唐突に口を開く。


「そうそう、瑠璃ちゃん来たよ!」


「は?誰それ……?」


次の瞬間、紅の魔力が爆ぜた。

魔法陣が床に浮かび、眩い光が室内を満たす。


「は???」


光が収まった時、紅はすでに髪や服を整え終えていた。

……魔法で身支度とか、どんな無駄遣いだ。しかも無詠唱。

そう突っ込みたくなる間もなく、紅はきりっとした表情で言う。


「妹だ」


そう言って、迷いなくドアを開けた。


「瑠璃、迎えに来てくれたの?」


そこに立っていたのは、白銀の髪に青い瞳を持つ少女。

一瞬、時間が止まったように見とれてしまう。

──だが、龍が何故か目隠しをして前に立ちふさがった。


「おい、龍、何するんだ!?」


「いいから!!!」


揉めている間に、少女は慌てたように声を上げた。


「に、兄さん!風邪で倒れたって聞いたよ?もう大丈夫なの??お友達が介抱してくれたって龍さんが言ってて、心配になって私……」


「瑠璃、大丈夫だよ~。ちょっと熱が出ちゃって辛かったけど、セレスと龍が助けてくれたんだ」


「兄さん、よく無理するから……あ、えっと、セレスさん?兄がいつもお世話になってます」


紅が龍を押しのけ、「いや、こちらこそ」と短く返す。

その瞬間、龍は再び投げ飛ばされた。


「瑠璃、少し部屋の外で待っててくれないかな?」


「うん」


ドアが閉まり、紅が笑顔のままこちらを振り返る。

──その笑顔の奥に、ぞくりとするほどの闇の気配が滲んだ。


「こ、紅?」


「龍、君、風邪で倒れたって説明したんだ?」


「あ……その、言ったかも?」


珍しく龍がしどろもどろになっている。

胸ぐらを掴まれ、軽々と持ち上げられたかと思うと──叩き落とされた。

あまりの光景に、背中に冷たい汗が流れる。


「龍♡」


「ご、ごめんて!!!今度から気を付けるから!!!」


「紅……俺も確かに龍を殴るが……お前のはエゲツない」


同じ男としても、あの細い腕で龍を軽々と持ち上げて地面に叩きつける力は想定外だ。

何より……笑顔が怖い。


「セレス、助けて……こいつ、無茶苦茶シスコンなんだよおおお!!!」


「どれだけでも叫んで良いよ~。防音魔法バッチリだから」


──見ないほうがいい。これは関わっちゃいけないやつだ。

一分もしないうちに龍は疲弊していた。

だが紅は律儀に治療魔法まで施し、外傷は一切残していない。


「妹には言ってないのか?お前の発作とか、無理してることとか」


「発作持ちってことは知ってるけど、全部は教えてない。今回のことみたいに隠すことも多い。彼女は優しい子だ……言ったら、きっと気に病む」


その横顔は、不思議なほど柔らかかった。

俺は、紅のそんな表情を初めて見た気がする。


「瑠璃、お待たせ。荷物を取ってきてたんだ」


「大丈夫、少ししか待ってないよ。あ、龍さん、連絡してくれてありがとうございます!」


「瑠璃ちゃん、気にしないで~……」


龍の元気のない笑顔に、内心「まぁ、あれだけやられればな」と思う。


「セレス、昨日はありがとう。助かった」


紅の笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも自然で──温かかった。

嫌悪していたはずなのに、胸の奥が不意にざわつく。

嫌いなはずの表情を、なぜかもっと見ていたいと感じる自分がいる。


「セレス?どうしたの?」


龍が覗き込む。顔面を無言で押し退けると、「俺の扱い酷くない!?」と声が飛んだが、耳に入らない。


紅と妹が会釈し、手を振って家を出ようとする。

──気づけば、俺は紅を呼び止め、腕を掴んでいた。


「セレス?」


「紅……っ!えっと……」


その唇に、人差し指がそっと添えられる。

軽く笑い、耳元で囁く。


「次からは聖明って名前で呼んでよね」


その笑みは、甘さと棘が同居した悪魔の笑顔だった。

妹に呼ばれ、背を向ける聖明を見送りながら、胸の奥が妙に熱い。


「瑠璃ちゃんだけはやめとけよ?聖明に殺されるぞ~」


「は?」


横で鼻歌を歌う龍の存在が、やけに遠く感じる。

疲労感に押しつぶされ、その場にしゃがみ込む。


「……せいめい、か」


名を呼ぶだけで、鼓動が一拍、強く鳴る。

昨日まで嫌っていたはずなのに──このざわめきは何だ?

風邪のせいかもしれない。いや……違う気がする。


俺は人間が嫌いだ。

自己中心的で醜悪な生き物──愛や恋なんて綺麗ごとを並べる奴らは、特に。


……だけど。

ほんの少しだけ、関わってみるのも悪くないかもしれない。


その心境の変化が、この先の人生を大きく変えることになるとは、まだ知る由もなかった。




【その後のセレスと龍】


紅兄妹を見送ったあと、龍はなぜかスキップしながら廊下の向こうのキッチンへ消えていった。

「……何しに行くんだあいつ」と聞こうかと思ったが、眠気が勝って放置する。


寝不足で重くなった身体を、紅が使っていたベッドに沈めた。

シーツにはまだ、かすかに紅の体温と匂いが残っている。

──それに気づいた瞬間、胸の奥が妙に落ち着かず、背中にうっすら熱がこもる。

昨日まで「嫌いだ」と思っていたはずなのに、何でだ。

名前を呼んだだけで身体が熱くなったあの感覚が、まだ引かない。

わからない。正直、面倒だ。

けれど……不快じゃない。


「……バカバカしい、寝よ。」


息を吐き、まぶたを落としかけた、その時。


「おーい!!廊下からでも聞こえるよな!?この味噌、カビ生えてるけど食えるよな!?」

「……」

「あと、賞味期限が半年前の牛乳見つけた!ヨーグルトってことでいいよな!?」

「……」

「セレース!ちょっと味見して――」


ドガンッ!!!


気付けば廊下から「いってぇぇぇ!!!」という情けない悲鳴が響いていた。

反射的にドアを開けて廊下へ出て、拳を一発ぶち込んでいた。


「……うるせぇ……寝る……。」


ドアを静かに閉め、布団を頭まで被る。

龍が「ひどいぃぃ…」と廊下でうめく声を完全に無視しながら、

セレスはまだ胸の奥でくすぶる感情を持て余しつつ、静けさを取り戻した部屋で眠りに落ちていった。


【その後のセレスと龍】はpixivにはなかった追加分です!

もう少しだけ学生編(セレス視点)で進みます!

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