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カゴノトリ  作者: 灯夜 雪


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第11話 変わる関係性(前編)

魔法学院高等部時代のお話(セレス視点)

pixiv版を改良しました。

挿絵(By みてみん)

イラストは聖明&セレスの大人姿。

俺は人間が嫌いだ。

自己中心的で醜悪な生き物、それが人間だ。


愛だ恋だと綺麗ごとを並べて話す人間は、特に嫌いだ。

そういうことを言うやつは、大抵が偽善者。

正義を振りかざす独裁者と何ら変わらない。


まだ十六年しか生きていないが、自分の人生は人の醜さを見るのに十分な時間だった。

人間とは、利用され、利用するもの。くだらない。

だから話すらしたくない。

いつも沈黙で返答する──本来なら、そうしていたい。


「おい! セレス! また眉間に皺寄ってるぞ!」


けらけらと笑いながら、俺の眉間に人差し指を勢いよく突き立ててくる。

咄嗟に手を払いのけ、怒りを露わにする。


「おい、龍…やめろ」

「そんなんだから、いつも独りなんだって!」


黒い短髪に翠眼の少年が、人を指差しながら言う。

彼はいつも笑顔で、ヘラヘラと俺の前に現れる。


「騒がしい。俺は一人でいたいんだ。放っておけ」


静かに過ごしたいだけ。

誰とも話さず、平穏に暮らしたいだけなんだ。


にも拘らず、目の前の少年は毎日こりもせず、急に現れては側に居座る。迷惑この上ない。


「そう言って、嬉しいくせに!」

「寝言は寝てから言え…」


自然と溜息が出る。

何が嬉しくて、毎日絡まれなきゃならないんだ。


こいつとの出会いに特別な理由はない。

クラスが一緒になって、偶然目が合った──それだけだ。


その瞬間から、笑顔で近寄ってきた彼が放った言葉を、今でも忘れない。


『スゲー綺麗な眼してるな! 髪も月みたいな色だ!』


悪夢だ…。


綺麗な瞳といっても、そこら辺によくいる碧眼だ。

右目は銀色だが、髪で隠れていて見えにくいはず。

髪もプラチナブロンドで珍しくもない。


女でも口説いているのかと思ったが、こんな190㎝越えの大柄な男を女と思うのは無理がある。

最初は無視していたが、無視できないほど絡んでくるため、今では話すのが日課になりつつある。


そんなことを考えていると、龍はマイペースに話を続けた。


「それよりさー! 面白い道具を開発したんだよ! 大気中の酸素を圧縮して、炎属性の魔石で打ち出す魔法銃!!!」

「龍博士!!! 授業中は静かにしてください!!!」


龍の声を掻き消すほどの声量で、担任の先生が叫ぶ。

そう──今は授業中。魔法薬学の授業中だ。


「シルフィーちゃん、あまり怒ると、こいつみたいな顔になるぞ?」

「お前な…」

「先生と呼んでください! 貴方はいつもいつも…私の授業を邪魔して何が嬉しいんですか!?」


ここにも被害者が一人。


目の前で笑っている彼は、質が悪いことに“天才”らしい。

何が天才かといえば──魔法と機械の融合を成し、魔力を持たない人でも魔力を使えるようにした人間だ。


新たな部門「魔導機構」を考案した第一人者。

飛び級を重ね、十歳で大学を卒業し博士号を取得。

今では魔法都市国家でもエクソシストに所属する国の重鎮……らしい。


「だって暇だし。シルフィーちゃんの授業、楽しいよ!」


クラスメイトが、このやり取りで笑う。

この天才博士は、学校に来る必要はないはずだが、一応このクラスに在籍しており、クラスメイトとも仲が良い。

そのせいで、先生との掛け合いは漫才のような日課になっている。


「…もういいわ。相手にしているこっちが疲れるわ。セレスくん、ちゃんと博士の相手をしなさいね!」

「はぁ!? なんで俺が…!」


思わず席を立つ。

それを見た龍は、さらに笑顔を広げる。

普段から絡まれすぎているせいで、周りからは保護者のように思われている…勘弁してくれ。


「いいじゃない。セレスくん、首席なんだし。さっさと貴方も飛び級しちゃって…」

「先生…本音漏れてるぞ」


あぁ…頭痛がする。

俺は平穏に過ごしたいだけなのに…。

こいつに目をつけられたのが運の尽きだ。


「単位はあげるから、博士を連れて外に行きなさい♪」

「いや…だからなんで…」

「単位無くすわよ、今までの全部」


横暴だ。

しかし、それだけ先生も邪険にできない相手ということだろう。

俺は完全に巻き込まれただけの被害者だが…。


「はぁ…おい、行くぞ」

「えぇえええ、シルフィーちゃんとセレスで遊ぶの好きなのに─」


子供のように喚く龍の腕を掴み、教室のドアを勢いよく開けた──

と同時に、胸のあたりに鈍い衝撃を受ける。


「っ…!」


少しよろけて前を見ると、廊下に座り込む人物がいた。

眼鏡が外れたらしく、拾い上げてかけ直し、ゆっくりと顔を上げる。


「ごめん……人がいると思わなくて……」


雪のように白い肌、黒い髪。

立ち上がると同時に、鋭い色を宿した赤い瞳が覗く。


目が合った瞬間、背筋に寒気が走った。

彼は眼鏡をかけ直しながら、こちらを見上げる。


──紅 聖明。

こいつは、俺が最も嫌いな人間だ。


「あ、聖明じゃん! いないと思ったら遅刻か? 今から授業出るの?」


俺の背中に飛び乗るように体重をかけ、顔を出す龍。

勢いよく乗られ、前屈みになったせいで、奴との距離が近づく。


「おい、龍…!」

「午前中は用事があってね。午後からの出席になっちゃった」


にっこりと笑いながら、奴は質問に答える。

その直後、教室から怒りに満ちた声が響いた。


「紅くん! 貴方も授業に出ると博士がついてきちゃうから、外に行っててください!」

「えー…シルフィー先生…それは横暴……」

「い・き・な・さ・い♪」


授業妨害のストレスだろうか。

容赦なく三人を締め出すと、鍵がかかる音がした。


「えぇ…」

「シルフィーちゃん、今日機嫌悪いねぇ」

「お前ら二人のせいで、また授業に出られないだろ!!!」


そう……この二人組は、校内でも“超”が付くほどの有名人だ。

龍が博士なら、紅は化け物──そう呼ぶしかない。


今から二千年ほど昔、天地戦争と呼ばれる、天使と悪魔が争う戦争があった。

その戦争は地上で行われ、多くの人間が巻き込まれた。

本来、魔力を持たない人間たちは生き残るため、天使と悪魔を基に兵器を作り出した。


天使でありながら闇を司る存在。

そして何よりも、肉体が不老不死。

それが、最初の「堕天使」と呼ばれる存在だった。


お伽噺として語り継がれてきた堕天使は、皆、赤い瞳を持っている。

そう──まさに目の前にいるのが、その堕天使だ。

見るまではお伽話だと思っていたが、実在していた。


堕天使は負の象徴。

闇を使えば、人は簡単に死に絶える。

だからこそ、忌み嫌われる存在。


……だが、俺が嫌っている理由はそこじゃない。

単純に、こいつの性格が嫌いだ。


「セレスー、眉間にシワ寄ってるって」

「龍がまた何かしたんでしょ」


そう言いながら、赤い瞳が俺を捉える。

──気分が悪い。

俺は無言でその場を離れた。


「お、おいセレス!? 待ってよ!! ……聖明!またな!」


慌てた様子で駆け寄りながらも、聖明に笑顔で手を振る龍。

紅も「またね」と言った気がしたが、俺は止まらず歩き続ける。


二人の背が見えなくなるまで見送ったあと、赤い瞳の彼はぽつりと呟いた。


「……苦手だなぁ」



ーーー



「なぁ、セレスって聖明のこと嫌ってんの?」


教室を追い出された俺と龍は、屋上にいた。

俺は本をぺらっと捲りながら知識を頭に入れている最中だったが、

急に核心を突くようなことを言う龍を、思わず睨みつける。


「お前、時々鋭いこと言うよな」

「いつも相棒のこと見てる俺なら、わかるの!」

「勝手に相棒にするな……」


龍は目を合わせることもなく、手元の機械を弄って遊んでいる。


「まぁ、セレスが嫌いじゃない人間のほうが珍しいけどさ」

「その“人間”にお前も含まれてること、忘れるなよ」


溜息をつきながら、本へ視線を戻す。


「興味本位で聞くけど、どうして嫌いなの?」


龍は、機械を弄っている時や集中している時だけ、なぜかまともな会話をする。

こっちのほうが素なのかもしれない、と思うこともある。


「人間のことか? 紅のことか?」

「聖明のほう。堕天使だから? 個人的な見解だけど、セレスは人種差別とかするタイプじゃないっしょ」


……腹立つことに、普段は馬鹿騒ぎしかしてないくせに、案外、人間観察をしていてズバズバと言い当てる節がある。


「あいつはお前と一緒で、いつも笑顔だ」

「でも、俺のことは言うほど嫌でもないっしょ」


どこからその自信が出てくるんだ……。

また深いため息を吐く。


「敢えて言うなら……龍、お前は裏表がない。好きなことにひたすら突き動かされてるだけだろ」

「ご明察!」


──そう、良くも悪くも裏表を感じられない。

考えのまま、感情のままに動く。

それと違って紅は──


「紅は本心が見えない。笑顔で誤魔化す感じが気持ち悪い」


そう、いつも無難な会話と笑顔で本心を隠すタイプ。

綺麗事を並べ、人に優しく、影で罵られても笑顔を崩さない。


……それだけなら、そこら辺にいる連中と一緒で、興味もなかっただろう。

ただ──紅だけは違った。


人間は多少なりとも、本心が見え隠れするものだ。

だが、あいつは底が見えない。

出会ってすぐの頃はまだ良かったが、日にちが経つにつれ、笑顔が張り付き、本心を一切見せなくなった気がする。

……それが、余計に気持ち悪かった。


「ふーん」


興味なさそうに返事をする龍。

話を振っておいてこの反応は若干イラつくが、静かな分だけまだマシだ。


「セレスは逆に、もう少し隠したほうがいいぞ。素直すぎる」

「はぁ……!?」


急な切り返しに、思わず声が出る。


「人なんて少なからず感情を隠して生きてるっしょ。セレスは自分に素直で優しいからこそ、偽る人間を不愉快に思うんだよ」

「素直で優しいって……」


自分で言うのもなんだが、こんなに捻くれている人間が素直だとは思わない。

ましてや優しい?

人に優しくしたことなんて、一度もない。


「逆に、なんで龍は紅と仲がいいんだ」


そう、俺といない時は大抵、紅と一緒にいる。

俺と関わる時のようにグイグイは行かないが、昔から仲が良いと噂でも聞く。

俺が転入してくるまでは、紅にべったりだったらしいし、今でも巻き添えを食って三人で行動することもある。


「幼馴染だからな。今でも聖明の家によく行くぞ~。

で、あいつが俺の最初の理解者なの。ほら、俺って天才だから、話し相手できるやついなかったからさ」

「紅なら話せるってか?」

「あぁ、あいつは記憶持ちだからな。俺の知識より、遥かにリアルな知識を持ってる」

「記憶持ち……?」


初めて聞く言葉に、俺は本から目を離した。


「そそ、記憶持ち。しかも過去に例のない特殊タイプ

堕天使は基本的に不老不死で、例外的に死ぬ事例はあるけど……死してなお、不死鳥みたいに輪廻転生で蘇るのが普通なんだ。

聖明は、ちょっと訳ありで特殊な輪廻転生を果たしたタイプだ。


通常なら魂が肉体を移動しているだけだから、記憶を持っているのは当然。だから前世と今世は同じ人格として捉えられる。

でも聖明はレアケース。元々は違う魂だったのに、死にかけた赤ん坊の時に堕天使の魂を補填した形なんだ。


要は、真っさらな紙に“記憶”という文字を書き込んでしまった状態。

だから記憶を保持していても、前世と今世を別人として認識している……ってわけ」


「……それって、そんなに差があることなのか?」


「例えば、今の“セレス”って人格に、俺っていう前世の記憶が蘇るとする」

「それは気持ち悪いわ」


「まぁ、そんなわけで前世で長い生を生きた分、知識は山ほどある。だから色んな話が聞けて面白いんだよ」


「なぁ……そんなに知識あるなら、学校に来る意味あるのか?」

「あぁ、そこかぁ~」


「聖明としては、知識があっても初めての人生だ。学校生活ぐらい普通に送りたかったんだろ?」

「お前にしてはぼんやりした回答だな」


「一応、プライバシー守ってやってんの」

「おい!? 荷物持ち帰れ!!!!!!!」


そういうと手ぶらで階段を下がっていく。

台風のようなやつとは思っていたが…真面目に話してるところから急に叫ばれると心臓に悪い。

そして床に点々と転がっている荷物の数々を見る。


「どうすんだよ、この荷物……俺、あいつの家知らんぞ……」


荷物と頭を抱えたまま、仕方なく駆けだした龍を探すことにした。

アイディアと言ってたから機械いじりかもしれない。こういう時は待っている時間も惜しむ人間で、その場で組み立て始めるぐらいだ。

まだ校内にいるかもしれない。重い足取りで、夕方の校内探索に出た。



ーーー



「おーい、龍。どこかにいねーか?」


猫でも探すように名前を呼びながら3廊下を歩き続ける。

夕日が沈み始め、空が黄金色に染まり眩しい。

下校時間を過ぎているため、学生の気配もない。

普段からこれだけ静かなら良いのに…。


「「「うああああああああああああ!!!!!」」」


静かだというのは前言撤回。

背後から男子生徒三人が叫びながら走ってきた。

肝試しには早すぎる時間だぞ…。

彼らはセレスに目もくれず、足を縺れさせながら横を通り過ぎていく。


「なんだ…?」


通り過ぎた瞬間、身体が硬直する。

とてつもなく不快な気配──これは闇か?

しかも、飛び抜けて濃い闇。


「ま、まさか校内に魔物か悪魔でも……?」


気配の強さに冷や汗が伝い、手が小さく震える。

日常でこれだけ濃い闇の気配を全身に浴びることはない。

もし魔物や悪魔なら、早急に対処しなければ死者が出る可能性がある。


幸か不幸か、ここは魔法国家であり、エクソシストの総本山。

都市内に悪魔が発生すれば魔法網にかかり、エクソシストが駆けつける。

逆に言えば、来るまでは野放しということだ。


「まったく厄日だ……」


何が厄日って、自分がエクソシスト養成所の学生であることだ。

エクソシストといっても分野は多岐にわたり、軍人、保安、医療、教育、生活などさまざま。

この魔法都市は、まさにエクソシストの都市だ。

学院に所属する者は、魔物や悪魔に遭遇した場合、対処義務がある。

あいつら逃げやがって…!


「この方角は……教会か……?」


息を殺して闇の気配を辿り、教会へ急ぐ。

静まり返った空気が重く、夕日を背にした教会は一層不気味だった。

覚悟を決め、扉に手をかける。


「!?」


一瞬のことだった。

黒い何かに手を掴まれ、教会内に引き摺り込まれる。

反射的に風魔法でそれを切り裂き、バランスを取りながら後退──そして見た。


「な……」


茨のような形状の闇が教会内を覆いつくしていた。

とても暗く濃い、深淵の闇。

手を掴んだのも、その闇の茨だったようだ。

棘が刺さり、血がポタポタと落ちる。

冷え切った空気が、流れる血の熱すら忘れさせる。


暗闇の中央にいたのは──薔薇のように、血のように真っ赤な瞳をしたあいつ。


「だれ……今日は具合悪いって言ってんだろ……いい加減に…し、ろ……」


紅の声が静かに響く。

ハッとして声をかける。


「よく見ろ、アホ。セレス……セレスティーナだ。龍と一緒にいる奴って言えばわかるか?」


こいつ……どうなってる?

過去に闇を宿していた時も見たが、比べものにならない濃さ。

普通の人間ならとっくに死んでいる闇だ。

通常、これほど濃い闇に飲まれれば、死ぬか魔物・悪魔に転じる。

これが堕天使という存在なら、お伽噺も頷ける。

そもそもエクソシストは、この状態を知っていて野放しにしているのか……?


「……君か」


真紅の瞳が、ようやく表情を見せる。

それはいつもの瞳ではなく、憎悪と畏怖を宿していた。

その瞬間、目が離せなかった。

嫌悪していた人間、醜悪だと思っていた生き物──闇が、憎悪が、赤が、綺麗だと思ってしまった。

時が止まったようだった。


「ほんと……タイミング……わる」


紅がそう呟き、前に倒れ込む。

同時に止まった時間が動き出し、無意識に駆け寄っていた。

倒れる前に、紅を庇って抱きとめる。


「おい!?」


死人のように白い肌。手には血の感触。

体温は異常なほど高い。

一体、何があった…?


「はいはーい。そこ動かないで。逮捕しちゃうよ~」


肩がびくりと震えた。

もしかしてエクソシスト…?

堕天使って、保護対象なのか、拘束対象なのか──俺は庇ったことになるのか?

焦りながら振り返る。


「なーんだ、セレスじゃん」

「は……?龍?」


そこには片手に銃を持った見慣れた姿。


「やっぱ優しいね」

「はぁ!?」


突拍子もない言葉に、つい声を荒げる。

少し気が抜けた。


「まぁ仕方ないか。セレス、悪いけど聖明を運ぶの手伝って」

「いや、待て、その前に説明を……」

「時間がない。暴走されると困るんだ」


いつもの龍とは違う。目が一切笑っていない。

腕の中の紅を見ながら、疑問と不安が渦巻く。


「……どこに連れて行けばいい?」

「ついてきて~」


いつもの笑顔に戻り、手招きする龍。

俺は”堕天使”を抱き上げ、教会を後にした。



ーーー



「おい……説明しろ。何で俺の家なんだよ!!!しかも何で座標知ってるんだよ!」


そう……龍についてこいと言われて付いて行き……校内にある魔法陣を使い転移してきたら家の中だった。

そして、今は気を失っている紅をベッドに寝かせ、怪我の手当てやらをしている。


「国家権力舐めんな」

「………。」


もしかして、俺……こいつの国家権力とやらにプライバシー全部知られてるんじゃ……?

国家権力じゃなくても……龍ならやりかねんか……好奇心が勝ったら何でも調べるだろう……。


「眉間に皺凄いよ~」

「うっさい」

「とりあえず、聖明の腕出して。薬打つ」


龍を見ると片手に注射器を持っていた。

そして、学校のどこかに置いてきたはずの龍のカバンもあった。


「は?薬……?てかどこからその荷物出した?」

「一応、博士だぞ。重要な荷物は自動転移魔法で俺のところ戻ってくんの。で、この薬はいわば抑制剤。また闇が暴走されたら困る」


そう言うと手慣れた手つきで注射を打ち終え、満足そうに微笑む。


「よし、とりあえずは良いな!」

「……いつもなのか?この症状」

「珍しいね、興味を持つなんて」

「こんなの見て興味持つなと言う方が難しいだろ」


そう……あんな鮮烈な光景を見てしまったら、聞かずにはいられなかった。


「一応、極秘事項だったんだけど、知ってもらった方が俺も楽だから良いかもね~。


堕天使って不老不死で無敵な気がするでしょ。

実際は違うんだよね。


死ねない身体ってだけで、痛覚はしっかりあるし、何より悪魔と違って元来天使だ。闇の耐性が強いだけで、死なないだけで他の人と変わりない。

普通なら死ねる痛みでさえ死ねないってこと。

怪我も致命傷になればなるほど回復が早く、小さい怪我になればなるほど普通の人と変わりない治癒速度。

闇は容赦なく身体を蝕み、時として発作のように暴走する」


「今回のが、そうか……」


「そう。まるで呪いだよね。天使なのに闇を持った罰みたい。

発作の度に四肢を引き裂くような痛みと高熱が伴う……それをずっと耐えてるんだ。

そして、そんなのお構いなしで周りは堕天使を狙ってる。

特に怖いのがエクソシスト。

エクソシスト内でも派閥があってね~。

不老不死は人類の永遠の夢だとか言っちゃって、堕天使を実験材料に欲しがる馬鹿が多いんだよ」


「校内ですれ違った三人……もしかして……」

「そそ、誘拐しようとして変装したエクソシスト様~」


「治安・秩序を守るべき存在がそんなことをするっていうのか」


「エクソシストも全てが善じゃない。

お前は知ってるか知らないかわかんないけど、エクソシストにも暗部はある。必要であれば非人道的な事をするのがエクソシストだ。

ま、聖明の場合はターゲットにされやすい理由が多い。

説明は端折るけど、こいつは都市にいる堕天使の中でも一番幼いから目を付けられやすいって感じだな」


またこの目だ。冷たく光を失った目で語る龍。

こう話している中で徐々に思い知る……龍はある意味では本当に「表も裏もない」人だったんだと。


「……こいつさ、お前に似て優しいんだよ」

「はぁ?」


自分でも眉間に皺が寄っているのがわかるぐらい、顔に力が入った。

優しい?しかも似てるだと?


「聖明はさ、大切な妹がいるんだよ。

その妹も稀有な存在でさ、聖明が闇の使者なら妹は光の使者ってところだな。

光が異常に強く魔力も凄い。けど……闇に対して免疫がなさ過ぎる。

故に短命なんだ。

本来ならエクソシストで保護という名目で幽閉され、大切にされる。

けど一度、籠に入ると出してもらえないんだよね。

外は闇が多いからね。

でも、聖明は特例と称した実験体になることで妹の保護を免除してもらってる。妹の闇を永遠に喰らうという実験。

そして不老不死の研究材料として身を捧げてる」


「人の闇を喰らうって……悪魔じゃあるまい。しかも不老不死の実験?非人道的な実験事をしてるんじゃないだろうな」



魂や人の苦痛を、闇を食べるのは悪魔だけだ。

それが……堕天使がやるって?

身体の状態について先程の話が本当であれば、毒を喰らっているのと同じことじゃないか……。

その上、不老不死の研究って嫌な予感しかしない。

龍の顔を見ると、苦しそうな表情で笑っている。


「普通はやらないしやれない。幾ら堕天使でも限界がある。

でも、こいつは妹の為なら何でもする」


これは肯定だ。

紅は非人道的な実験に身を捧げ続けているというのか?


「……龍は、なんでこんなことを?」


俺は龍に不信感を抱く。

龍も一言で括ってしまえばエクソシストの人間だ。

仲が良さそうに見えて、実は監視していたとか?


「あーまぁ命令されてるってのもあるけど、それ以上にダチだからな。自由に動ける部分と動けない部分はあるけど俺は俺なりに動いてるの。聖明には恩もあるしな!」

「……りゅ……う……」


小さな声で名を呼ぶ。

紅に視線を向けると、彼は辛そうな表情で探るように手を伸ばす。

近くにいたのもあったが、思わずその手を取ってしまった。


「……だ、れ……?」

「セレスだよ。少しは落ち着いたか?」


龍は俺の代わりに返答をすると、いつものヘラヘラした表情をしながら紅に近寄る。

咄嗟に手を取ってしまったのは良いのだが、そこからどうしよう……?と内心思いつつ、手を握ったままだった。


「……あぁ、そうか……襲われて……発作起こしたのか……」


額に手を当てながらポツリと呟く。


「聖明、あまり派手な動きは控えろ。妹にバレるぞ」

「わかってる……」


慣れたような会話を淡々とする二人。


「ところで……セレス?何でいるの……?」


静かに様子を見ていたら「何でいるの?」と来ましたか。

自分自身、自負していることがある。

自分は短気だと。


「紅……ここ誰の家だと思ってるんだ?俺の家だ、アホ!

あーっ!もう!!何でこんなことに巻き込まれてるんだよ!!!」


聖明の手を放し、立ち上がりながら叫ぶように愚痴を垂れる。


「お前が暴走した時に遭遇したんだよ!しかも、そこの開発馬鹿に手伝えって言われてお前を運んだら、何で俺の家なんだよ!」

「それはごめんて~あと、何気に開発馬鹿とか罵ってるし~」

「お前は黙ってろ!」


一般人が立ち入るようなことではない。

事故とはいえ、このようなことになるのは想定外過ぎる。

平穏な日々を望んでいたはずなのに……こうも巻き込まれると苛立ちもする。


「ごめん……」


力ない声で紅は謝る。

苛立ちはするが、弱ってる相手に八つ当たりしても仕方ない。

やるせない感情を我慢するように舌打ちをして背を向ける。


「その腕……闇の気配が残ってる……私が怪我をさせたんだね……本当にごめん……」


ハッとし、右腕を思わず隠す。

教会に行った際、闇の茨で切った怪我だった。

幸い、血の量の割には深い怪我ではなかった。

自身で治療魔法を施していたのでバレないかと思っていたが……まさか気配が残っていたとは迂闊だった。


「気にするな。もう治った」


何となく気まずい気持ちになり、そのまま部屋を出た。

ドアの前でそのまま座り込む。

龍と紅は中で何かを話しているようだった……が、聞かないようにした。

これ以上、巻き込まれたくないという気持ちが本音だった。

平穏な日々の中、勉学に励み、自分の道を歩いていきたいだけだった。

なのに……どうして、あんなにもあの瞬間が頭から離れないんだろうか。

恐ろしく暗い闇を垣間見て、頭がおかしくなってしまったのではないだろうか?

心の中で「くそ」と何度も言いながらキッチンに向かった。


「……とりあえず、夕食作るか」


頭の中はごちゃごちゃしていたが、生活習慣まで変えるつもりはない。

自身で言うのもなんだが三食しっかり食べ、規則正しい生活を好む方だ。

普段は一人暮らしの上、誰も招き入れたことない家でもあったので二人分の皿が足りるかどうか等くだらないことを考えていた。




ーーー


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