第40話 認知できない魔法
「リツキ!早く来なさい!次行くわよ!!」
「アイヴィーさん、ちょ、まっ」
僕は両手に大量の荷物を抱えながら、目の前で人混みをすいすいと通り抜けるアイヴィーさんを必死に追っていた。
ちなみにアイヴィーさんは荷物をひとつも持っていない。
「ていうかまだなにか買うんですか!?」
「まだまだよー、次は何かいいお肉があればいいのだけれど」
お肉。僕はふと、ここハーフェンに師匠と来た時を思い出した。
「アイヴィーさん」
「どうしたの?」
「肉屋なら、いいところを知っています」
アイヴィーさんは僕の方へくるりと振り返り、駆け寄ってきた。
「あら、なら案内をお願いするわ」
「はい」
僕はアイヴィーさんの前で先導しようとして
「あの、ちなみに。この荷物を少し持っていただけたりとか」
「あらリツキ、私に荷物を持たせるの?」
「なんでもないです」
アイヴィーさんはにこにこ終始楽しそうだ。
おそらく確信犯なのだろう。タチが悪すぎる。
僕ははあーっと深く息を吐き出すと、荷物を持ち直し歩きだした。
僕は久々なような、ついさっきであったような気持ちで、その肉屋を仰ぎ見た。
店頭に人はいないようで、店はがらんとしている。今日がお祭りだからというのもあるのだろう。
「すみませーん!」
僕が声を張り上げると、がさごそという音がした後に、男の人が店頭に顔を出した。
「あいよー、って、この前のお客さんじゃないか!」
「覚えていてくれて光栄です」
陽気な肉屋の店員はニカッと人好きのする笑みを浮かべた。
「今日は何をお求めかな?いろいろあるぜ」
「んーどうします?」
「そうねえ、これとか、いいんじゃない?」
「ああ、確かに。これなら調理もしやすいですし・・・これにしましょう」
「まいどあり!」
即断即決。店員は慣れた手つきで肉を包むと、ガラスケース越しにそれを差し出した。
僕はそれを受け取ろうと手を伸ばす。
「にしても」
肉の入った袋を受け取ろうとしたところで話しかけられ、一瞬動きを止めて彼の顔を見る。
彼はにこりとさらに笑みを深めた。
「この前は大変だったよなあ。こうやってお客さんたちに商品を渡そうとしたら、どでかい音が響いてよう」
「え、ええ。そうですね」
「あとから聞いた話だと、あの音の原因は突然発生した魔獣だったらしい。けど不思議なことに、街の連中が駆けつけてたときにはもう、倒されちまってたみたいでな」
「へ、へえ。そうだったんですか」
実のところ、それを倒したのは僕と師匠なので、僕は内心冷や汗をかきながら必死に笑みを作る。
そろそろ去らなければボロが出かねない。
「それじゃー」
「いやな、」
「!?」
肉の入った袋を受け取ろうとグッと力を込めるが、その袋はびくともしない。
驚いて持ち手をよく見ると、ガラスケースの向こう側で、僕が袋を持ち去れないほどの力で、店員がしっかりと握っていた。
頭の中で警報が鳴る。
ここを早々に立ち去りたいのに、できない。
「あのとき、お客さんたち音が聞こえた途端に走って行っただろ?」
まずい、これ以上は。
僕はなんとかしてこの場を抜け出さねば、と頭を動かそうとするが、なぜかうまく働かない。
だんだんと、意識の境界が曖昧に、ぼーっとしてくる。
「もしかして、あのときの魔獣をたおしたのは」
や、ば、・・・
パンッ
鋭くなった音にハッとする。
音のした方を見ると、アイヴィーさんが両手のひらを合わせていた。
「あらあら、私の連れに手を出すなんてどういうつもりなのかしら?」
アイヴィーさんが目を妖しく煌めかせ、店員をとらえる。
「手を出すなんて、俺は何もしてませんぜ」
店員は訳が分からないと言うように手を振る。
肉の入った袋の持ち手が店員から離れたので、僕はそれを受け取った。
「何もしてない、だなんて。今、あなたは魔法を、――」
唐突にアイヴィーさんはじわりと目を見開いた。
「そういう、こと」
アイヴィーさんがぽそりとつぶやいた言葉に目をまたたく。
どうしたのだろうか、と眉をひそめると、アイヴィーさんにがしりと腕をつかまれた。
「リツキ、行くわよ」
「え、ちょ」
「またごひいきにー」
前を行くアイヴィーさんに半ば引きずられながら店を出る。
最後に一度振り返ると、にこりと笑みを浮かべる店員と目が合った。
ずんずんと腕をつかんだまま前を歩くアイヴィーさんに、困惑しながら素直について行く。
「あの」
「・・・」
「アイヴィーさ」
「リツキ」
アイヴィーさんが急に止まり、僕の方をちらりとうかがう。
「さっきの店員をどう思ったかしら?」
「え、どうって・・・」
僕は先ほどまで会話をしていた店員の顔を思い出す。
「普通ですけど」
「本当に?」
「なんなんですか・・・。普通の人間だとしか思いませんでしたよ」
「そう」
アイヴィーさんは、どこか不服そうな雰囲気をかもしだす。
なんだろうか。そんな雰囲気を出されても、僕の答えは変わらないのだが。
アイヴィーさんがなにか考えるように沈黙する。
僕は仕方がないので、改めて先ほどの出来事を振り返ってみた。
店に行って、おすすめを聞いて、それを買って、店を出た。――うん、なんてこない。普通の買い物だ。変なことなど何もなかった。
「ねえリツキ」
「はい」
「私はね、魔法が使われた気配を感じ取るのが人一倍得意なの」
「?はい、知っています」
急に何を言い出すのだろうか。
アイヴィーさんは戦闘派ではないものの、繊細な魔法や魔力の探知を得意としている。
「私は、魔法が使われたらすぐに分かる。それなのに、あの時、私は魔法を探知できなかった。魔法が使われたはずなのに、魔力がほとんど感じられなかったのよ」
ぶつぶつと唱えるようにアイヴィーさんが独り言をもらしていた。
僕はその独り言を聞きながら、困惑してアイヴィーさんを見上げる。
「あの、アイヴィーさん」
「なに?」
「さっきから、魔法って言ってますけど・・・なんでいきなり魔法の話になったんですか?」
「え?」
目を見開くアイヴィーさんと困惑する僕の視線が交差する。
アイヴィーさんはゆっくりと口元に指をやった。
「ねえリツキ、魔法をかけられた人が魔法をかけられたって気づかない、そんな魔法を知っているかしら?」
「さっきからなんなんですか急に・・・。んー、それって認識阻害の魔法とかですか?あとは、記憶操作とか」
「そうね、そうなるわよね」
「?あ、あとは、魔法を行使した相手が行使される人より格上だったりとか」
「――」
「リツキ」
「はい」
アイヴィーさんは僕たちがつい先ほどまでいた方向、肉屋の方をまっすぐに見据えた。
「私が魔法を認識できないなんて、ありえないわ。私が認識できないとしたらそれは、魔法は使われていない、ということよ」
「?はい」
アイヴィーさんはそう言うと、前を向き、颯爽と歩き出した。
「魔法使いが現役の代表者でない限り、ね」
「・・・?。今、なにか言いましたか?」
「なにも言っていないわよ」
つんとすましたアイヴィーさんの顔からはその真意は読み解けない。
この人はいつも、僕の想像の斜め上をいくのだ。




