第41話 再会
僕たちは袋の中をのぞき込み、買った物を確かめていた。
「もう、あらかた買い終わりましたかね」
「そうね。そろそろ帰りましょうか」
転移魔法を展開できる地点を探そうとあたりを見回した。
ドンッ
「ごめんなさいっ」
肩に軽い衝撃。ついで高い少女の声。
導かれるように振り向くと、なびく黒髪が目に入った。
その後ろ姿に見覚えがあって、信じられない心地で息をのむ。
脳裏に浮かぶのは幼い少女の声と、血。
「リツキ?どうしたの?」
僕は少女が去って行った方向を見た姿勢のまま、1ミリも動けずにいた。
「ちょっと、リツキ?」
なんの反応も示さない僕にアイヴィーさんはいぶかしむように声をかける。
「おいこら!どけ!」
「きゃっ」
人でごった返した通りで男の怒鳴り声と悲鳴が聞こえた。
声のした方を見ると、明らかに堅気ではない男が数人、人をかき分けながらこちらに近づいてきていた。
何事かと、通りがいっそう騒がしくなる。
しかしそれも一瞬で、男はなにやら急ぐように足早にどこかへ走って行った。
「やあね、ハーフェンは治安が良い方のはずだけれど」
アイヴィーさんが頬に手をあてつぶやいているが、よく聞き取れない。
僕はそんなことよりも、男たちが去った方向が気になった。
――先ほどの少女が向かった方だ。
僕はいてもたってもいられない気持ちになり、思わず前のめりになる。
僕の様子が変であることに気づいたのだろう。
アイヴィーさんが眉根を寄せて、僕の肩に触れた。
「ねえ、リツキ。一体どうし」
もう、限界だった。
「ちょっと、本当にどうしちゃったのよ!」
アイヴィーさんの制止を振り切り駆け出す。
「リツキってば!」
アイヴィーさんが遠くで何かを言っているが耳に入らない。
目指す先はただ1つ。
僕はまっすぐ前だけを見据えていた。
「はあっ、はあ」
僕は商店街を抜け、雑木林のエリアまで来たところで足を止めた。
少女と男たちを見つけ出すべく、耳をすませ神経を研ぎ澄ませる。
「――っ、――――――」
「――!――!」
もう少し奥で人が言い争っている声が聞こえた。
僕は気配を消し、そっとその方向へ足を進める。
「い・・・っ、――よ」
「――せ、し――しろっ」
徐々に会話の内容が鮮明になる。
「――っ、いやっ、離して!離してよ!」
「うるせえッ!大人しくしろっ!!」
「いや――っ」
茂みに隠れながら、彼らの顔が見れる位置まで近づく。
少女の顔を認め、ヒュッと息をのんだ。
辺り一帯から音がなくなるような錯覚。
僕の目には彼女の姿しか映っていなかった。
彼女は、男に腕をつかまれ、必死にそれから逃れようとしていた。
抵抗をやめない彼女に、男はしびれを切らして腕を振り上げる。
少女はこれから自身に何が起きるのかを正しく理解し、瞳を固く閉じた。
まぶたの下からあふれ出した涙が、一滴こぼれおちる。
「助けて・・・」
――気づいたときには、身体が動いていた。
まばたき1回分にも満たない一瞬で彼女の腕をつかむ男に肉薄し、顎を狙ったひと蹴りで昏倒させる。
倒れゆく男を尻目に、彼女をかばうように前へ出た。
「・・・へ、は?」
「なんっ、こいっ」
他にいた男2人は僕の存在に驚愕したが、それだけだった。
抵抗する暇も、僕が誰かを考える時間も与えない。
「拘束」
男2人を同時に拘束する。
2人が何が起きたか認識するよりも前に側頭部を正確に打撃。
意識を刈り取った。
「はあ、はあ」
男が全員動かないことを確認し、ようやく僕は動きを止めた。
・・・・・・無我夢中だった。我を忘れて目の前の男を昏倒させることに全力をそそいでいた。
冷静になると、とんでもないことをしてしまった気がしてくる。
魔法使いなのに、物理で敵を沈めるとか・・・・・・アサヒさんの修行の成果が出てしまった。
「あの・・・」
背後から声をかけられビクッと身を震わせる。
「あの、助けて、くださったんですよね・・・?ありがとうございます」
彼女の問いに、なかなか答えることができない。
何か言おうとして口を開け、言葉が見つからずに閉じる、その繰り返し。
「あの・・・?」
黙りこくった僕を不審に思ったのか、彼女はいぶかしげな声を上げる。
僕は自分が変な事をしていると分かっていても、どうすることもできない。
「あの!」
と、唐突に彼女が後ろから僕の顔をのぞきこんできた。
僕は息をのんで固まり、ワンテンポ遅れて反射的に顔を隠す。
この遅れは彼女が僕の正体に気づく時間として、十分すぎた。
じわりと見開かれる彼女の目を僕は見た。
「リ、ツキ、くん?」
――、このまま、何も言わずに立ち去ってしまおうか。
今の僕ならそれができる。
なにもかもをうやむやにして、なかったことにしてしまえばいい。
そうすれば、僕は彼女に向き合わなくてすむ。
・・・けど、僕は彼女にだけは誠実にいようと、誓ったんだ。
だから、ゆっくりとぎこちなく、だけどしっかりと、うなずいた。
「そう、だよ。久しぶり――リコ」
彼女――リコは、ほおけたように口をあけ、じわじわと目に涙をためた。
僕はその様子にぎょっとする。
「え、あ、どうしたの!?ごめん、会いたく、なかったよね。すぐに消えるから・・・っ」
「ちがっ、ちがうの!」
リコは涙をぬぐうと、満面の笑みを浮かべる。
「嬉しかったの!もう、リツキには会えないと思ってたから」
今度は僕があっけに取られる番だった。
やっと僕はリコの姿を改めて見つめた。
まっすぐに伸びた艶やかな黒髪は後ろで緩やかにまとめられ、夕焼けのような橙の瞳は丸く輝いている。
肌は白く陶器のように滑らかで、しかし、腹には大きな傷が残っていることを僕は知っている。
――そのことに思い立ったとき、過去の光景がフラッシュバックしかけた。
僕は頭に浮かんだ光景を振り払うように頭を振る。
今、倒れるわけにはいかない。
「リコ、少し聞きたいんだけど・・・なんでこの人たちに追われてたの?」
僕はちろりと今も倒れて動かない男たちを見やる。
リコは僕の言葉にうつむき、ふるふると小さく首を振った。
「分からないの。1人で商店街のお店を見ていたら、いきなり腕をつかまれて・・・無我夢中で逃げて」
「そっか」
よっぽど怖かったのだろう。リコは顔を青ざめさせ、ギュッと一度目をつむる。
何度か深呼吸をくり返し、気持ちを落ち着かせると、ぱちぱちとまばたきをした。
リコはそれからなにを思ったのか、口を真一文字に結んだ後、僕を見上げてためらうように小さく笑みを浮かべた。
「あのね、リツキ。私、今、里親さんのところにいるの」
「え・・・」
「とってもいい人たちよ。商店街でお店を営んでいてね、私のこともかわいいって・・・言ってくれるの」
「そっか、そっか・・・」
僕は噛みしめるようにうなずく。
リコは何かを思い出したように、心底幸せそうに、はにかんだ。
「私、今、幸せよ」
「・・・」
僕は、胸がいっぱいになる。
「ねえ、リツキは、幸せ?」
その問いに、僕の頭には旧魔王城での日々が、めまぐるしく駆け巡る。
師匠、アサヒさん、ユーシサスさん、ルネさん、アイヴィーさん・・・
毎日毎日騒がしくて、みんなみんな手が焼けるけれど
「うん。幸せだよ」
「そっかあ」
リコは僕の答えに安堵したような笑みを見せた。
それから空を少し見上げる。
「リツキ、私そろそろ行かなくちゃ。お父さんとお母さんを心配させちゃう。リツキは、いつまでハーフェンにいられるの?」
「まだ、分からない」
「そっか。そしたらまた、会えるかな」
「うん。リコ、これからしばらくはなるべく1人にならないように、気を付けて。また、何があるか分からないから」
「そうだね。うん、気を付ける」
リコは真面目な顔でこくりと頷き、僕に向かって大きく手を振った。
「リツキ、またね!」
「・・・うん、また」
リコが勢いよく商店街の方向へ駆けていく。
一応、悪い感じはしないので大丈夫だと思うが、こっそりとリコに防御魔法をかけておく。
僕は、その元気で幸せそうな後ろ姿に救われるような心地だった。




