第38話 アクシデン、ト?
「うっ、ううーん」
「リツキ、リツキ、起きてちょうだい」
「あ、アイヴィー大丈夫だよっ。ただの気絶だから」
「そうそう。そんな柔な鍛え方私してないし」
ぼんやりとした意識の中、僕の顔の上でやいのやいのと話す声が聞こえてくる。
もう少し寝ていたくて意識を沈めかけるが、辺りの騒がしさがそれを阻害する。
仕方がないのでゆっくりとまぶたを持ちあげた。
目を開けると、アイヴィーさんの顔が視界いっぱいに広がる。
「リツキ~~~!」
次の瞬間、ふよっとした感触に全身が包まれる。
寝ぼけていて不明瞭だった意識がいっきにはっきりとした。
そして自身が置かれている状況を把握し、ぎょっとする。
・・・抱きつかれている。
しかも、アイヴィーさんの豊満な胸を頭に押しつけられる形で。
「よかったわ!ごめんなさいね。どうしてかわからないのだけれど、リツキったら、急に倒れてしまったのよ」
「あ、は、はい。それは、はい、もう、いいので、いいので」
「どうしたの?まだ、具合が悪い?」
僕が気恥ずかしくなってしまいもごもごと言葉を濁すと、アイヴィーさんは余計に僕を心配して さらにぎゅうぎゅうと身体を押しつけてきた。
さらに余裕がなくなる僕。
おそらく今の僕は、顔を赤く染め、いっぱいいっぱいな様子になっているだろう。
「ふ、くくっ、あっははははは」
そんな時、もう耐えられないというように吹き出したのは師匠だった。
僕とは違う意味で顔を赤くし、腹を抱えて大爆笑だ。
「あーあー、おっかしい。リツキ、あんたも男の子ねえ」
「なっ、師匠、変なこと言わないでください!ま、まあ、その通り、だ、としても、黙って助けてくれるのが師匠でしょう!」
「えー、こんなおもしろいの、からかわなくてどうするのよ」
「こんのバカ師匠~~~~~」
いつものように口でやりあう僕たちを前に、アイヴィーさんはきょとんとしている。
僕のことを離す気配を一向に感じさせない体勢で、彼女はこてんと小首をかしげた。
「?どういうことかしら?マノン」
「え、えーっとねー。そうだなー」
「ちょ、言わないで助けてくださいよ!」
「えー」
師匠はにやにやとして、完全におもしろがっている。
これじゃあ助けは全く望めないだろう。
僕は一縷の希望を込めて、先ほどから部屋の隅でおとなしく見守っているルネさんに視線を向けた。
と、返ってきたのはルネさんの純真無垢な瞳だけだった。
ルネさんに今、僕が何に困っているかを悟るなど不可能な話なのだ。
「アイヴィー、リツキはね-」
「だあああああ」
そうこうしている間に師匠はにやにやを引っ込めないまま、真実を口にしようとする。
「恥ずかしがってんのよ。あんたの胸が当たってるから。てか、ほんとおっきいわよねー。アイヴィー」
「ああああー」
「あら、そうなの」
アイヴィーさんはそう言うと、ぱっと僕のことを解放した。
僕はやっとの思い解放されたものの、そのままガックリと崩れ落ちる。
羞恥で死んでしまいそうだ。
目の端で顔を赤くしたルネさんが見えたから、なおのこと恥ずかしい。
「まあまあまあ、そうね、リツキももう年頃の男の子だものね。ふふっ、ここに来たときはあんなに小さかったのに」
「いつの話をしてるんですー・・・っ」
アイヴィーさんの方に目を向けようとして、ビタッとその動きを止めた。
なぜなら、アイヴィーさんが迫ってきていたからだ。
今度は確実に意図的に、ゆっくりと。
「~~~~っ。だから、そういうのやめてくださいっ!!!」
「あら、ふふふ。ほんとうにかわいいわね。でも、リツキには嫌われたくないから、これくらいにしておいてあげるわ」
アイヴィーさんは一度にこりと微笑むと、そのままスッと離れてくれた。
僕はやっと一息つく。
すると、アイヴィーさんはパンとひとつ手を打った。
「じゃ、あのクリームシチューの感想を聞かせてもらおうかしら!」
「っ、ごほっ、えほっ」
僕は再び訪れた危機に思わずむせる。
え、いや、今なんて。
「さっきはリツキがたおれてしまってしっかり感想を聞けていなかったでしょう?だから、改めて聞きたくて。大丈夫。何を言っても怒ったりしないわ。一緒に改善し、より高みを目指しましょう!」
なんてこった。
感想って言っても、さすがに食事だとは思えなかったなんて言えないし、しかも、一緒に改善、だって!?まさか、僕はこれからも付き合うことになるんじゃ・・・
「さ、遠慮なく!」
アイヴィーさんのキラキラとした視線が痛い。
そろりと師匠とルネさんに目を向けると、2人とも光速でそっぽを向いた。
くっ、僕の味方も助けもゼロ・・・!
僕は あー とか うー とか口ごもりながら、なんとか声を絞り出す。
「ちょ、っと、うま味が足りない、か、と」
「うま味」
「うま味です」
アイヴィーさんは僕の言葉を聞くと、腕を組みうーんと考え込んでしまった。
ど、どうしよう。やっぱり足りなかったか。
「よし、リツキ」
「はい」
「買い出しにいきましょう!」
「はい?」
アイヴィーさんは、思わず首をかしげてしまった僕にぐいっと顔を近づけた。
「私の作ったクリームシチューはうま味が足りないのでしょう?だから、一緒に買い出しも行って材料から一緒に見直してちょうだい。それに、もう、旧魔王城に私が使える食材がないのよ」
こ、断りずらい・・・。
ぐいぐいと前のめりに訴えるアイヴィーさんは瞳も潤み、必死さが伝わってくる。
まあ、確かに、材料から監修しておけばめったなものはできない、か・・・?
僕はごくり、と唾を飲み、ギギッとうなずいた。
「わ、かりました。一緒に行きましょう」
「ふふっ。ありがとう、リツキ」
アイヴィーさんの心底嬉しそうな笑みをよそに、僕はこぼれ落ちそうなため息をグッと飲み込んだ。




