第37話 料理(?)
「ん、くうーっ」
僕――リツキは、起き上がると同時に天井に向かって伸びをした。
そしてベットから降り、カーテンを開け、外に目を向け、ぎょっと目を見開いた。
「日が真上に来てる」
僕は旧魔王城の廊下を早歩きしていた。
理由は簡単。寝坊してしまったからだ。
確かに昨日、僕は疲れていた。
アサヒさんに連れ出され、パン屋で働き教会に行き人攫いと対峙し、とにもかくにも疲れていた。
とはいえ、こんなにも寝入ってしまうとは・・・っ。
「師匠、アサヒさん、ユーシサスさん、ルネさん、アイヴィーさん、おはようございます。寝坊してすみませ――」
おそらく全員そろっているであろう食堂の中に飛び入ろうとして、扉の影に隠れていた何者かにむぐっと口をおさえられた。
「んっ、んんーっ」
「ちょ、暴れるなっっ、しーっ」
反射で抵抗しかけ、上から降ってきた聞き馴染みのある声にぴたりと動きを止めた。
目だけで上を見上げると、必死な表情で僕をおさえるアサヒさんと目が合う。
アサヒさんは僕がもう抵抗しないことを確かめると、ゆっくりと口から手を離した。
「なにしてるんですか、アサヒさん」
いきなり驚かされた事に対する抗議の意を含め、じとっとした目でアサヒさんに向き直る。
よくよく見ると、アサヒさんの背後には師匠もルネさんもユーシサスさんもいた。
3人とも腰をかがめ、なにかから隠れているような体勢だ。
この人たちがすることはいつも意味不明だが、今回ばかりはいつもよりも度を超して意味不明だ。
困惑を通り越して呆れてしまう。
そんな僕の気持ちが伝わったのか伝わってないのか、アサヒさんがしきりに目線でなにかを訴えていた。
僕は何が言いたいのか分からず、首をかしげる。
アサヒさんはしびれをきらしたように、僕の耳にグッと顔を近づけ、食堂の中を指さした。
「調理場、よく見ろ」
「調理場・・・?」
僕はとりあえずアサヒさんの言うとおりに食堂をのぞきこみ、調理場に目をこらした。
ん、だれか、いるのか・・・?
「ふんふんふふーん」
「え、まさ、か」
「ああ、そのまさかだ」
僕は調理場にいる人物が誰か分かると、さーっっと顔を青ざめさせた。
「アイヴィーさんが料理してる・・・っ」
「ああっ」
僕が思わず見たことをそのまま口にすると、後ろでどさりと師匠が崩れ落ちた。
「なんで、どうしてこんなことにっ」
「くっ、確かに任せろと言っていたが・・・っ」
「ううっ、悪夢だようっ」
師匠は頭を抱えこの世の終わりのような顔をし、ユーシサスさんはグッと顔をしかめこれ以上ないほど眉間にしわを寄せ、ルネさんは悲壮な顔で嘆いている。
対して、いろいろ言われまくっているアイヴィーさんはふんふんと鼻歌を歌いながら、非常に上機嫌で料理を続けていた。
「ふふふっ、ふーんっ、ここをこうして、あとはこれをいれて・・・あらあらあらあら、なんておいしそうなのかしら。私天才なのかもっ」
よしっ、アイヴィーさんは料理に夢中でこちらに気づいていない。
こういうときは、逃げるが勝ちだっ。
「みなさんっ、今のうちに逃げま」
「あら、リツキじゃないの」
ひゅっと喉がなる。
ギチギチと音が鳴りそうな動きで後ろを振り向いた。
振り向いた先にいたのは、ニコニコと笑みを浮かべたアイヴィーさんだ。
「丁度良かったわっ。起きたばかりでお腹も空いてるでしょう。今ね、クリームシチューを作ったところなのよ。リツキに味もみてほしいし、ぜひ食べてちょうだいっ」
「あっ、えーっと」
僕はあちこちに視線をさまよわせ、なんとかしてアイヴィーさんの申し出を断る方法を探し出そうとする。
素直に食べたくないというか。いや、それは半殺しにされる未来しか見えない。
じゃあ、気分じゃないとか。いや、それも微笑まれて強制的に口に突っ込まれるだけだな。
お腹いっぱい・・・は、無理がある。
ああ、どうすれば
「リツキ?」
時間がない。よし、師匠たちを売ろう。
「あ、アイヴィーさん。師匠たちが食べたいってさっき――」
ばっと師匠やアサヒさんがいた方を振り向くと、そこには誰もいなかった。
しーんと廊下は静まりかえり、寒ささえも感じる。
あ、あ、あ、あいつら僕を売りやがったーーーっ
放心している僕の肩に、ぽんと手がのせられる。
観念してアイヴィーさんを見上げると、本当に本当にいい笑顔が返された。
「さ、実食お願いね。リツキ」
「・・・はい・・・」
「はいっ。めしあがれ」
ともすれば語尾に♡が見えそうな勢いで差し出されたそれを、僕は無表情で見つめる。
アイヴィーさんは相変わらず、にこにこにこにこ大変ご機嫌である。
現実逃避したくなる意識を必死にたぐり寄せ、目の前に置かれた料理(?)を再度確認した。
ゴポッゴポポッという音を響かせながらマグマのごとき沸騰をしている。
見た目は一応液体だが、色が・・・なんだろうこれ、むら、さき・・・?
あと、この匂いはいったい。フルーツのような生もののような、例えるものがなにも思い浮かばない人生初の香りだ。
そしてなにより、この具材。
ぷかぷかと具材らしきものが浮かんではいるが、その原型はどれは不明。
黒かったりどろっとしていたり、調理してこうなったのか、元々こういう食材なのかすら分からない。
「あのー、アイヴィーさん?」
「なにかしらリツキ?」
「これは、なんですか?」
「どこからどうみてもクリームシチューでしょ?」
「そうですよね・・・」
アイヴィーさんにとって、これはどこからどうみてもクリームシチューらしい。
「じゃ、これは何が入っているんですか?」
「えーっと、じゃがいもでしょ、にんじんに、タマネギ。豚肉も入れたわね」
「定番ですね」
うん、ここまではいい。
どう見てもそれらが入っている痕跡が見えなくとも、間違いではない。
めちゃめちゃ煮込めば具材は溶けるし。
「あとは、そうね。お魚も入れたかしら。カルシウムが必要だと思って・・・ああ、適当に散歩してこの前採った山菜も入れたわね!山菜は栄養満点で身体にいいのよ。成長期のリツキにぴったり!」
うん、まあ、いいだろう。
その山菜をどこで採ってきたかは心の底から気になるが、クリームシチューに入る具材としてはアリだ。
「他には、ああっ、そうだわ!」
嫌な予感が・・・
「隠し味に練乳っ!」
もうダメだ。
僕は絶望に追い打ちをかけられた気分でガックリと肩を落とした。
しかしそんなことをしていても、目の前のこのクリームシチュー(?)は消えてくれないのだ。
横にはキラキラと目を輝かせるアイヴィーさん。
これはもう、覚悟を決めるしかない。
僕はギュッと目をつむり、スプーンで人匙すくう。
そしてそのまま、お口へIN!
「うぐっ」
「ねえ、どう?どうかしらっ??」
ぐいぐいと前のめりで聞いてくるアイヴィーさんをよそに、僕は口元に手をあて、必死の思いでこみあげてくるものを耐えていた。
なんなのだ。なんなのだこの味は・・・っ
最初に感じたのは、ねっとりと口いっぱいに広がる甘味だった。
次に苦味、辛味、塩味、最後にえぐ味。
正直言って、食べ物だとは思えない。
「ねえ、リツキっ。感想を言ってちょうだい。私結構がんばったのだけれど?」
むーっと唇をとがらせる姿は普段の艶やかなアイヴィーさんとまた違い、かわいらしく僕が知る新たな一面であったが、そんなものに構っている余裕はない。
がんがんと、頭痛に襲われる。
なんだか意識ももうろうとしてきた。
もはやこのクリームシチュー(?)毒の類いなんじゃないか?
「ねえっ、リツキってばっ」
アイヴィーさんがしびれを切らして僕の身体を揺らしはじめた。
あ。今ダメだ。今、その動きをされたら――
「ねえ、リツキ・・・え、リツキ?リツキ!?ど、どうしたのいきなり!?る、ルネーっ!マノンーっ!来てちょうだい!!」
僕はアイヴィーさんの焦った声を聞きながら、そっと意識を手放した。




