第7話 セレーネ
僕は信じられない気持ちで目の前の薄桃色の光を見つめ、ふるえる指でそれを指した。
「本当、に、あの、セレーネ様ですか?」
「そうだよっ」
あっさりと返された答えにめまいすら覚える。
まて、まてまてまてまて。
えーっと、今僕の目の前に、代表者を作った本人が、代表者としての初代精霊女王が、歴史書に残る至上最高の偉人と呼ばれる精霊が・・・・・・いる?
「・・・・・・」
これを、嘘だ~などといってごまかせてしまえばどれほどいいか。
ほよほよと浮いているこの光が、セレーネ様。
「僕には、下級精霊のように、見えるのですが」
「そうだねっ。もう、おかあさまには、下級精霊程度の力しか残ってないからっ」
「え」
「自我っていうのかなっ。そういうのは、もう残ってないと思うよっ」
ルネさんの言葉に、僕はどう反応すべきか判断しかねる。
精霊の常識など、僕には分からない。
それでも、ルネさんがセレーネ様を大切に想っているのであろうことは、察せられるから。
「それは・・・・・・寂しいですね」
ルネさんはじわりと目を見開いた。
一瞬、なにを言われたか分からないというように目をまたたき、ゆっくりと首をかしげる。
「さびし、い?」
「はい」
「さびしい。さびしい・・・・・・」
ルネさんは何度もそう繰り返し、自分の中にあるものを見つめているようだった。
しばらくして、己の胸に手をあてて、ほうっと息を吐き出した。
「そっ・・・・・・かあ、ルネ、さびしかったんだあ」
ルネさんはくしゃりと顔を歪めると、泣きそうな笑みで僕を見上げる。
「教えてくれて、ありがとうっ。リツキくんは、すごいねっ」
「そんなこと」
すごい、だなんて。
ただ、思ったことを口にしただけなのに。
僕はなんとも言えず、眉根をよせて笑顔を返した。
ふと、薄桃色の光――――セレーネ様が、なぐさめるようにルネさんの頬に寄り添う。
ルネさんはセレーネ様に手を添えて、えへへ、と笑みをこぼした。
「リツキくんー、わたしは君に確認したいことがあってここに連れてきたのですー」
「な、なんでしょうか」
今まで黙ってなりゆきを見守っていたセレナさんが、改まってそんなことを言うので、僕も背筋を正す。
セレナさんは鋭い光を瞳に宿して、僕を見つめた。
「あの悪魔を、どうして連れてきたのでしょうかー」
「悪魔・・・・・・シャルルさん?」
悪魔、と聞いて1番最初に思い出すのはシャルルさんだ。
僕も知り合ったばかりのあの人が、なぜここに来たのかなんて、本人が来たがったから、しかないのだが。
質問の意図が分からず眉根を寄せると、少々慌てた様子のルネさんが会話に入る。
「セレナっ。シャルルくんはねっ、ルネがいいよって言ったのっ」
「・・・・・・お母様が?」
「うんっ、シャルルくんなら大丈夫って、思ったからっ」
ルネさんはそう言うと、祈るような瞳でじっとセレナさんを見上げる。
数秒、考え込むように沈黙したセレナさんは1度目を閉じると、おっとりと頬に手を当てた。
「まあ、お母様がそう言うなら、いいでしょうー」
なにかの決断を、セレナさんは下したらしい。
僕はなぜセレナさんがシャルルさんを警戒するのか分からず、説明を求める意を込めてルネさんを見つめた。
「不安にさせてごめんねっ、リツキくんっ」
「それは、全然。けど、どういうことです?シャルルさんが、ここに来るのは問題があるんですか?」
「シャルルくんが、じゃなくてっ、悪魔が、かなっ」
「悪魔、が?」
僕が首をひねると、ルネさんは自身を抱きしめるセレナさんをちらりと見てから、口を開く。
「精霊と悪魔は、対をなす存在なのっ。この世界の生命は、魔力がなければ、言い換えると、魔力子を放出する精霊がいないと生きられないっ。けど、悪魔だけはそうじゃないのっ」
「・・・・・・」
「この世界の始まりは、精霊と悪魔。精霊と悪魔はとても似た存在だけどっ、悪魔が使うのは魔力ではないからっ、相容れないのっ」
それを聞いた僕は、ひとつだけ、思ったことがある。
――――じゃあ、どうしてシャルルさんを連れてきたんですかねえ!?
そんな因縁がありながら!どうして!連れてこようと!
いや、もちろんみなさんの仲の良さは僕も知ってるし、シャルルさんのことを僕は知らなかったけど、みなさんにとっては大事な仲間のひとりなんでしょう、ええ。
ここで目的地が精霊大森林だから仲間はずれにしよう!という訳にはいかなかったのでしょう、ええ。
そんな内心を表情には出さないようグッと口元を引き締め、目線をセレナさんに送る。
セレナさんは表情が変わらない人だが、今は少し、不満を顕にしているように見えた。
「もう、あの悪魔のことはいいのですー。お母様が信じるというのなら、信じましょうー。ですが」
セレナさんはそこで一度切り、ふっと目を細めた。
「少しでも不審な動きが見えたら、拘束しますー」
「うんっ。それでいいよっ」
「それでいいんですか!?」
本人のいないところで物騒な取り決めがされたが、まあ、ルネさんが良いと言うならいいか・・・・・・。
会ったばかりではあるが、僕もシャルルさんが変なことをするとは思えない。
「おい、リツキ」
「ん?どうしたの、トワ」
「腹へった」
「あ、ああ!そうだよね!」
僕はすっかり忘れていた朝食の準備を思い出し、慌ててルネさんとセレナさんに声をかける。
「ルネさん、僕、朝ご飯の用意があるので戻りますね」
「うんっ。ルネはもうちょっと、こっちにいるよっ」
「セレナさん、もし良かったら朝食もご一緒にいかかですか?」
「お母様と一緒ならー、行きますー」
ルネさんに抱きつくセレナさんと、花が咲くような笑顔を見せるルネさんに見送られて、僕は洞窟をあとにした。
〇〇〇
師匠たちが寝ている場所に辿り着くと、珍しく起き上がってなぜかきょろきょろしている師匠が目に入った。
「師匠!おはようございま――――」
「リツキぃ!!」
「へぶぅっ」
師匠は僕と目が合った途端に転移魔法で僕の側に移動し、がっしり抱きついてきた。
そのあまりの勢いに、あやうく尻もちをついてしまいそうになる。
間に挟まれたトワも、潰されて苦しそうだ。
「ちょっ、師匠っ。危ないじゃないですか!」
「だって、だって!起きたらリツキがいないんだもん。心配したじゃん!」
「それは、ごめんなさい・・・・・・」
師匠は、僕を振り回すくせに、妙なところで心配性である。
以前少し聞いたところ、自分が把握した上で僕を放り出すのと、自分の知らないところで僕が動いているのでは、訳が違うのだという。
そんな風に大騒ぎしていたら、他のみなさんも続々と目を覚ます。
「ふああ、んーっ!おはよう!リツキ、マノン!」
「おはよう、2人とも」
アサヒさんは起きてすぐ元気に、ユーシサスさんもスッと目覚める。
アイヴィーさんはまだまどろんでおり、ライリーさんとコルニオロさんは寝起きが悪くムニャムニャ言っていた。
シャルルさんは・・・・・・あれ、どこいった?
「リツキくん、おはようぅ」
「わっ!?」
シャルルさんは、僕の頭上でふよふよ浮いていた。
この人はまだまだ、未知数だな・・・・・・。
僕ははあ、とため息をついてから、朝食の準備にとりかかろうと腕まくりをする。
「師匠、ちょっと手伝ってほしいんですけど」
「えー」
「えー、じゃありません!」
僕は師匠を一喝し、思わず苦笑した。
●●●
それから2泊3日。僕たちは精霊大森林での旅行を大いに堪能した。
「お母様ー。次はいついらっしゃるのですかー?」
「えっとっ、そうだねっ。どうしようかっ」
「わたしはー、毎日でもいいのですー」
「毎日っ!?」
いよいよ旧魔王城に帰る、となり、セレナさんが名残惜しそうにルネさんにくっついて離れない。
ルネさんがいないと僕たちは帰れないので、どうしたものかと思っていると、ため息をついたアイヴィーさんが容赦なくセレナさんをルネさんから引き剥がした。
「ルネは転移魔法でいつでも来られるんだから、先にわたくしたちを帰してちょうだい」
「そ、そうだねっ」
無理矢理はなされたセレナさんは少々不満そうな空気を漂わせるが、相手がアイヴィーさんだからか、何も言わない。
僕たちの中に戻ってきたルネさんは、全員そろっていることを確認するとセレナさんに向き直る。
「セレナっ、またねっ」
「お母様ー、すぐ帰ってきてくださいねー」
僕たちの足下で薄桃色の魔法陣が光り輝く。
僕は3日間の滞在の感謝をこめて、セレナさんにおじぎをする。
その時、視界が薄桃色の光に包まれる。これから、久々の我が家に帰るのだ。
帰ったら、楽しかったなあと余韻に浸りつつ、書斎で精霊について書かれた本でも漁ってみようと思う。
〇〇〇
セレナは、ルネたちが消えたあとをじっと見つめていた。
どうやら、無事に旧魔王城へ転移できたらしいことを察知すると、うしろを振り向き待機していた上級精霊のひとりに声をかけた。
「お待たせしましたー」
「いえ、すでに準備は整っております」
セレナはルネに見せていた優しげな光を瞳から消し、代わりに冷たい光を宿して目を細める。
見極めるために。公平に、判断を下すために。
「参りましょうー」
ルネたちには言っていなかったが、今日は代表者会議当日だった。
会場は、セレナによって作られる架空の会議室。これからセレナは、幻影魔法で代表者会議のための部屋を構築し、代表者たちが待機している場所へ“道”を繋がなくてはならない。
これからの世界を揺るがす、歴史書に残る代表者会議の、始まりだった。




