第6話 廟
「く、あああ」
精霊大森林に来て、2日目。
僕は、朝早くに起きて、気持ちの良い空気の中大きく伸びをした。
魔力で満ちたこの地は、朝に霧がかかることが多いらしく、今日の朝もあたりは薄く霧がかかったように見える。
この霧が魔力の結晶だというのだから、驚愕である。
僕はふと後ろを振り返り、蔦でできたハンモックですやすやと眠りこける面々に目を向ける。
当たり前のようにこの人たちは目覚めていない。
きっと、日が昇りきってお腹が空いたら起きてくるだろう。
「ふあ」
もう一度こみ上げたあくびをかみ殺し、朝ご飯の準備でもしようかと荷物をまさぐる。
「ねえ」
「ふぁいっ」
耳元で声が響き、少しだけ飛び上がる。
慌てて後ろを振り向けば、内緒話をするように口元に手をあてるセレナさんが立っていた。
僕はまだバクバクする心臓を抑えて、おそるおそる口を開いた。
「お、おはようございます」
「おはようございますー」
「なにか、ご用ですか?」
「別にー」
別に、別に!?
セレナさんはのらりくらりとしてつかみどころがない、というか。何を考えているか分からない人だ。
それにしても、まだ朝早いのに声をかけてくるなんて・・・・・・お腹でもすいてるのかな?
「どうされたんですか?セレナさんは早起きですね」
「はや、おき・・・・・・?精霊に、睡眠という概念はないのですー」
「え?でも、旧魔王城ではルネさんはよく寝坊してて」
「お母様ならー、すでにここにはおりませんよー」
「へ!?」
当たり前にいると思っていた存在の不在を告げられ、改めて全員の顔を見回すが、確かにルネさんの姿が見えない。
「あ、ありえない」
だって、ルネさんだぞ!?
ルネさんは、いつもアイヴィーさんとかと一緒に起きてくるのが遅くて朝寝坊常連組で、こんな早くに起きてくるなんて・・・・・・
だが、実際にハンモックで横になっている中に姿はなく、セレナさんの言葉が真実であることは疑いようがない。
精霊に食事は必要ないことは知っていたが、まさか睡眠も必要ないなんて。
じゃあ、どうしてルネさんは旧魔王城で寝坊してたんだ?
新事実を前に新たな疑問が浮かび目を白黒させていると、じいっと僕の様子を眺めていたセレナさんがそっとささやく。
「会いに行きますかー?」
「え?」
「お母様が居る場所まで、ご案内しましょうかー」
思わぬ提案に目を丸くする。
セレナさんはライリーさんと同じく無表情な人ではあるが、なんとなくライリーさんより底が知れないように感じる。
蜂蜜色の瞳がガラス玉のよう、というか・・・・・・。
関わりを深めればなにを感じているのか分かるライリーさんと違って、まっさらなどこまでも続く平原のような印象をセレナさんからは抱く。
「リツキくんー?」
「はっ、はい。行ってみたいです」
「じゃあ、いきましょうー」
セレナさんは僕を先導するように前を歩く。
ちらりと、師匠が起きたときに僕がいないと心配するだろうか、と思うが、あの師匠がそんな早くに起きるとは思えずすぐに考えを改める。
「おい」
「トワ」
その時、僕の隣で寝ていたトワが起き上がり、僕の足下にとてとて歩いてくる。
「どこ行くんだ」
「ちょっと、ルネさんのところに」
「・・・・・・俺も行く」
「え?」
トワはくあっと1度大きなあくびをすると、僕の前を歩いていってしまう。
いつの間にか、おいてけぼりの僕。
「ちょっと、待ってよ!」
滑るように進むセレナさんとぽてぽてとてとてとそれなりに早いスピードで歩むトワの元へ、足早に駆け寄った。
〇〇〇
セレナさんに導かれた先には、ひんやりとした石の洞窟があった。
今まで豊かな森林に囲まれていたので、そこだけ異様に浮き上がって見える。
洞窟の入り口はかがまなければ入れないほどに小さく、洞窟の中は闇に沈んでいる。
セレナさんは洞窟の中でなんの躊躇もなく入っていった。
僕とトワも目を見交わして、どちらからかともなく中に入り込む。
「ひえっ」
入った瞬間、そのあまりの寒さに身をすくませる。
急いでトワを抱き上げ、そのふわふわもふもふを抱きしめた。
「・・・・・・おい」
「だって、くっついてた方があったかいじゃん!」
「あらー、ここは寒いのですねー」
洞窟の中は予想外の寒さではあったものの、明かりが全くないわけではなくぼんやりとした光の塊がところどころに漂っていた。
と、いうよりこれは
「下級精霊、ですか?」
「そうですー」
セレナさんがうなずくのを見て、僕はまじまじと精霊たちを見つめる。
「あの、セレナさん、ここは一体なんなんでしょうか」
「一種の聖域ですー。あと、もっと簡単に言うと――――お廟、でしょうかー」
「廟・・・・・・?」
廟、というと、要するにお墓なのだろうか。
どうにも、そうは見えないが。
僕が眉をよせていると、洞窟のさらに奥へと進みながらセレナさんが口を開く。
「精霊に“死”という概念はありませんー。ですが、体内から魔力子を放出し尽くせば、やがて自然に還っていくのですー」
「・・・・・・」
「ここには、もうまもなく自然に還ろうとする精霊たちが集まってくるのですー」
「だから、廟、ですか?」
「少し違いますー。終わりを前にした精霊たちが集まりやすい場所ではありますがー。ここはあくまで、精霊女王の終わりの地なのですー」
「え・・・・・・」
「精霊女王が眠る地だから、精霊たちが集まりやすいのですー。歴代の精霊女王はみな、この洞窟の奥で最期の時を迎えるのですー」
僕はあまりに壮大な話に、ごくりと唾を飲み込んだ。
腕の中のトワも息をひそめるようにして、じっと話を聞いていた。
なぜ、こんなにもセレナさんが僕に教えてくれるのか、というところも疑問だが、僕にとっての問題はそこではない。
「じゃ、じゃあ、ルネさんがここにいるのって!?」
焦りが心を支配する。
もしや、ルネさんが最期を過ごそうとここに来たのではないかと、焦燥にかられた。
思わず走り出そうとした僕を止めたのは、セレナさんの一言だった。
「それは違うのですー。お母様は、あともう数千年はこの世界にいるはずですー」
「す、数千年」
なんだそれは。一瞬でも心配した僕がバカみたいではないか。
心配の反動でげっそりとした心地になっていると、洞窟の最奥についたようだ。
「お母様ー」
セレナさんが、洞窟の奥でうずくまる人影に向かって駆けていく。
僕はその人影にじっと目をこらして、ルネさんであることに気づいた。
ルネさんはひざを抱え込んで、手のひらに淡い光の塊をのせていた。
セレナさんに気がついたルネさんはパッと顔を上げ、満面の笑みを浮かべる。
「セレナっ」
ルネさんがセレナさんに駆け寄ると、手のひらにのっていた光の塊もルネさんの顔回りをくるくる回りながらついていった。
セレナさんがルネさんのことを昨日と同じようにギュッと抱きしめたところで、ルネさんはセレナさんの後ろにいる僕の姿に気がついた。
「リツキくんっ!?どうしてここにっ!?」
「わたしが連れてきましたー」
「セレナがっ?」
「そうですー」
ルネさんはセレナさんに抱きつかれた状態で、僕に申し訳なさそうな視線を向ける。
「リツキくん、ごめんねっ。セレナが、連れてきちゃったみたいでっ」
「それは、ぜんぜん。むしろ、来られてよかった、ていうか」
「ほんとっ?なら、いいけどっ」
ルネさんがにっこりと笑みを浮かべると、ルネさんに寄り添うように側に留まっていた光の塊が、ふわりと飛び、僕の目の前でぴたりと止まる。
「えっ、と?」
その光は、ルネさんの髪色と同じ薄桃色をしていて、まるで僕の顔をのぞきこんでいるような気配を感じた。
こ、この子はたぶん、下級精霊なのだろうけれど・・・・・・。
どうしてこんなにも興味を持たれているのか分からず、戸惑ってしまう。
そんな様子をうかがっていたルネさんは嬉しそうに顔を輝かせる。
「ふふっ、おかあさま、リツキくんのことを気に入ったんだねっ」
「え、お母様?」
「うんっ。紹介するねっ。こちら、ルネのおかあさまだよっ」
「わたしのお祖母様とも言えますー」
僕は数秒、硬直する。
うーん、と?
ルネさんのお母さんで、セレナさんのお祖母さん?
確か、母子と言えるのは精霊女王の代替わりの方法が関わっていて・・・・・・ルネさんのお母さんは、つまり、先代の精霊女王のことで・・・・・・。
「え、セレーネ様!?」
「そうだよっ」
僕はあんぐりと口をあげて、まるで正解というかのように目の前をくるくると飛び回る薄桃色の光を見つめた。




