12.
昼飯を食べ終え、俺は龍の卵を首から下げ忘れていない事を確認すると家を出た。
ノマ先生との会話をしてから妙な違和感をずっと感じている。
もちろん首から下げたこの龍の卵からだ。
ほんの数時間ほどだったが、それまでは何とも思っていなかったのに俺も結構単純なやつだ。
単純に重いわけじゃない。
手に持てば軽く感じる程だ。
それなのに——
やけに意識が引っ張られるような、威圧感というか、迫力があるかのように、そこにある、と主張してくるかのようだ。
「……何なんだこれ」
もう一度手に取ると、金属のようなひやりとした冷たさが伝わってきた。
ただの装飾品のはずなのに、どこか生きているような、そんな錯覚を感じて仕方がない。
それは精巧に刻まれた龍の卵の彫刻によるものか、それとも中に内包されているらしい神石によるものなのか。
「神気が漏れてる、か……」
気のせいだと思える程度の、曖昧な違和感。
「……分かんねえ」
考えても答えは出ない。
頭を掻きながら、そのまま学校へ向かった。
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校庭の端。
普段は子供達の遊び場になっている大広場の端っこにある簡素な訓練場。
ノマ先生が体が鈍らないようにたまにここで鍛えたりしているらしい。
踏み固められた地面には、訓練の跡がうっすらと残っている。
「お待ちしていましたよ、ジン君」
ノマ先生が静かに待っていた。
昼前に会った時と同じ少しゆったりとした動きやすそうな格好をしている。
「すいません、遅れました」
「いえ。では始めましょうか」
穏やかな声。
だがその奥に、わずかな緊張が混じっている気がした。
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「授業でも軽く触れたと思いますが、まずは基本からです」
先生はゆっくりと歩きながら話し始める。
「神気とは、この世界に満ちる力の流れです」
足元の土を軽く踏みしめる。
「目には見えませんが、確かに存在しています。風や水の流れと同じように」
視線がこちらに向く。
「生き物は皆、無意識のうちにそれを取り込み、使っています。ここまでは覚えていますね?」
「はい」
「よろしい。大事なのはここからです。そして覚醒者はそれを意識して扱うことができるのです」
一歩、距離を詰めてくる。
「ですが、その前に必要なのは……“感じる”ことです。早速実践に移りましょう。まずは目を閉じてみてください。」
言われるままに目を閉じる。
当たり前に何も見えず視界が暗くなる。
「呼吸を整えて今まで無意識に行っていたことを意識してみてください」
ノマ先生の言うように、すぅ、と息を吸い、ゆっくりと吐き出していく。
繰り返していくうちに今まで無意識にしていた自分の呼吸を意識していく。
肺を膨らませると中に空気が満ち、しぼんでいくと空気が吐き出されていく。
繰り返していくと自分と大気が一体化しているような感覚になる。
不思議と気持ちが落ち着いてくる。
「これで何か分かるようになるんですか?」
「問題ありません。次に呼吸だけでなく、外へ意識を広げてみてください」
もう一度、呼吸を繰り返す。
ゆっくり吸う。
吸い込む事で自然いっぱいにある大気の一部を切り取り、取り込むような感覚。
ゆっくり吐く。
一度取り込んだ大気が自分の中で変容してまた大気に吐き出されて溶け込んでいく感覚。
次第に風の音が耳に入るようになってくる。
遠くで鳥が鳴いている。木々の葉っぱが擦れる音がする。
乾いた土の匂いと校庭に咲く花の香りが鼻を刺激する。
足の裏に伝わるのはノマ先生によって踏み固められた地面の硬さ。
……。
…………。
その時だった。
ふと、違和感が混じる。
「……ん?」
風とは違う。
温度でもない。
胸元から確かに感じる違和感。
自分を包む大気に混ざるものとは違う、濃い場所と薄い場所があるような感覚。
目には見えないが、確かに“偏り”がある。
「……なんだこれ」
「感じましたか?」
「いや、なんか……なんて言うか濃いところと薄いところがあるって言うか、変な感じで……」
「それです」
間髪入れずに答えが返る。
「それが神気です」
目を開ける。
さっきまであった違和感の場所は何も見えない。
だが、感覚だけがうっすらと残っている。
「その感覚を覚えているうちに、次に進みましょう」
先生が手を軽く叩く。
「神気は流れであり、圧でもあります。そしてそれを最も感じやすい単純な方法がジン君にはあります」
「単純な方法……?」
俺に向かって小さく頷き言った。
「“声”です」
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「まずは声を出してみてください」
「……あー」
普通に出す。
いつも通りのただの声だ。
何も変わらない。
「ではもう少し強く」
「ああー」
声を張る。
「もっと力を込めて!」
「あっっー!」
空気がわずかに震え、肌に微かな圧が触れる。
遠くの小鳥達が驚き飛び立っていく。
少しだけ力を入れて声を出したが、こんな事で神気を感じれるのか?
「その様子だと気づいていないかもしれませんが、ジン君の声は、神気を伴っています。先ほど感じた違和感が実はジン君の声にも付随しているのです」
「……本当ですか?」
「力を使う時に無意識的に神気の力を使っているようですね。力を使って出した時の声の圧には単純な声量ではない神気の圧も乗せられています」
「今まで意識したこと無かったから知らなかったな」
「ではもう一度、今度は先程のように自分の声の出方と伝わり方を意識してやってみましょう」
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何度か繰り返し発声練習をしていくうちに、力を使って声を大きくする時に無意識的に乗せていた神気を何となく感じられるようになってきた。
声による音の振動を自分の中の神気がさらに後押しして振動の勢いを強くしているような感覚だ。
そしてもう一つ、その声に反応するかのように首飾りがわずかに揺れ動いてる事に気づいた。
「ジン君の力は単に声を大きくするだけでは無かったですよね?」
「そうです」
俺の力はただ声を大きくするだけではない。
自分の行った物理的な力を増加させて、投げたものをより速く遠くまで飛ばせたり、人より速く走る事が出来たりする。
「力の扱いを分からないままではいつかその力で自分だけでなく、誰かを傷つけてしまうかもしれません。せっかくなのでこのまま感じられるようになってきた神気を、意識して扱えるようにしていきましょう」
確かに今まで意識せずに力を使ってきたこともあり、強すぎる力に反動で体を痛めてしまうこともあった。
母さんから、俺が生まれた時は産声で助産師さんが気絶したって話をよく聞かされた。
上手く扱う事が出来れば、最低限の反動でその時に必要なだけの力を使う事が出来るようになるはずだ。
自分の為だけでなくイルの力にもなれる事が増えるかもしれない。
「やってみます」
「ではジン君の首飾りを貸していただいてもよろしいですか?先程から何やら気になる反応をしているのはジン君も薄々気づいていますよね?」
やっぱり。
ノマ先生が言うなら気のせいでは無かったのか。
俺の声がこの首飾りを開く鍵なのか?
「今までの力を込めて大きくした声に少しながら反応を示していました。お父様からの贈り物であるということもあり、ジン君の声が鍵になっているのはほぼ間違いないでしょう。あとはその威力の問題かと思います」
「目一杯大きくしてみましょうか?」
「いや、それは違うかもしれません。周りに影響を与える、ことさら人に見つかりやすくなるような事だとジン君の身や中の神石を奪われる危険性が増しますからね」
確かに、そうそう開ける事が無くても毎回とんでもない声を出してたら周りへの被害もとんでもないし、貴重な神石を狙って襲われちまうかもしれないしな。
「そこで必要なのが神気の“制御”だと私は思います。音は自分を中心に球体状に広がっていきます。その広がる音の波の一点だけを、この首飾りに向かう一点だけを強化する事が出来れば開けれるのではないでしょうか?」
「なるほど、やってみます。すぅ……あーっ!」
だが、音は広がるだけだ。
空気全体が揺れる感覚。
「難しいな……」
何度か試す。
ただ強くすれば音は広がっていき、抑えようとすると力が弱まってしまう。
「……一点に…集中……」
俺はもう一度目を閉じた。
今度は、ただ闇雲に声をぶつけるんじゃない。
さっき首飾りから感じたあの濃く溢れ出る流れ。
(神気は流れであり圧でもある)
ノマ先生の言葉を思い出し、龍の卵の中から溢れる神気の流れと、自分の中の神気の波長を合わせるように。
大きく吸い込み、喉の奥で神気を練り上げる。
叫ぶのではない。
鋭く、細く、貫くように。
「…………ッ!」
声というよりは、高周波の震動に近い音が俺の口から放たれた。
それは一直線に、俺の手のひらの上にある龍の卵へと突き刺さる。
その瞬間。
——カチリ。
と、指先に確かな感触が伝わった。
今までどんなに力を込めても、叩きつけても動かなかった彫刻の層が、生き物のようにスライドを始めたのだ。
「……出来た」
幾重にも重なった鉄鋼亀の殻が、花が開くように複雑に絡み合っていた細工が展開していく。
中からまばゆいばかりの、だがどこか温かい光が溢れ出す。
その中心にあったのは、親指の先ほどの小さな、透明な石。
いや、石というにはあまりに瑞々しく異質な輝きを放つ結晶だった。
「これが……父さんの言ってた、一番の発見……」
さっきまで感じていたわずかな神気の濃淡は、圧倒的なものとなりこの神石から絶えず溢れ出ている。
そして神石に触れた瞬間、脳裏に直接熱い感情が流れ込んできた気がした。
それは言葉ではない。
ただ、道無き道を突き進む男の背中と、遠くで待つ家族を想う、切なくなるほどの真っ直ぐな意志。
ノマ先生が傍らで、満足そうに目を細めていた。
「お見事です、ジン君。力の制御をものにしましたね。そしてそれが“発生種”の神石——お父様があなたに託した発見なのでしょう」
俺は首飾りを握りしめた。
不思議と、さっきまでの違和感は消えていた。
代わりに、自分の体の一部になったような、静かな力が体の奥底から湧き上がってくるのを感じる。
もしかしなくても俺は父さんからとんでもないものを託されてしまったのかもしれない。




