10.
「よぉイル。こんな所で何やってんだ?まさかとは思うがこのウサ公一匹捕まえるのにそんなに泥まみれの草まみれになってた訳じゃねぇよな?」
空からやって来たバートンは、左足で軍隊兎を言葉通り鷲掴みにして器用に右足だけで地面に降り立った。
そう言うバートン自身も枝の間を突き抜けて来たせいで、羽にいくつか折れた小枝が引っかかっている。
バートンに言われて自分の体を見ると、確かに髪に草や蔦が絡まって付いていて手足は隈なく土まみれになっている。
とても十代も後半に入った女子の姿ではない。
「いやまあそれがそのまさかなんだけどね。バートンこそこんな所に何の様があったんだ?まさかこの大木がお気に入りって訳でもないだろう?」
足で捕まえていた軍隊兎を手に持ち替えながら、羽についた枝を振り落としている。
「ああ?んなわけあるか。俺はジンの野郎を追ってだな…」
「追っかけてる途中で見失っちゃって探してたら、私と軍隊兎を見つけたってところかな。」
「まあ…そうだが、丁度良かっただろ?そんな格好になっても兎一匹捕まえれないイルちゃんの代わりに捕まえてやったぜ、ほら。」
そう言いながら、四本の耳を一つに纏めて掴み私に向かって突き出しきた。
軍隊兎は慣性によってゆらゆらと揺れながらじたばたと暴れ回り逃げようとするが、逃れる事が出来ないでキュィキュィと鳴いている。
「だからよぉ、こいつは俺から親父かノマ先生に渡しておくぜ。捕まえたのはイルじゃなくて俺だからな。これで分かっただろ覚醒もしてない奴がどれだけ頑張ったって探索者の真似事なんか出来ねぇんだよ。」
様子を伺っていた部分もあるのだが悔しいが、バートンの言う事も認めなくてはいけない状況でもあった。
熟練の探索者であれば、足跡や何か痕跡を見つければそこから軍隊兎の後を追ったり巣まで辿り着く事が出来るのかもしれないが、森の中を自由自在に飛び回り移動する彼らの動きを把握していなくてはいけなく、それは一日や二日で出来ることではないし、ましてや素人に出来ることでもない。
だからこそ、見失わない様に追いかけていたのだがそれも徐々に間を広げられていた始末。
ここで立ち止まってくれていなければ、とっくに見失ってしまっていただろう。
「確かに、バートンの言う通りかもしれないね。私には無理だったのかもしれない。今のままじゃね」
そう、今現在では無理な話だったのかもしれない。
でもだからといってそれで諦められるほど私の熱はぬるくない。
無理だったならば、それを踏まえて考え対策し計画して実行するまで。
本物の探索者であれば、たった一度の失敗で取り返しのつかない様な場面もあるかもしれない。
自分や仲間の命が危険に晒される様な所に調査へ行く事もあるだろう。
でも今はそうじゃない。
まだ取り返しはつく、諦めるべき場面は今ではない。
「ねぇバートン。私は少し引っかかっている事があるんだよ」
「何だよ。そうやって油断させて奪おうってのか?」
「いや、そうじゃないよ。もちろんその子は君が捕まえたんだ。君の手で村に連れて行ってくれればいい。だけどそもそも何故その子は村にまでやって来たのか不思議でね」
この森の中を走り回って思ったことがある。
それは、この森は豊かであったという事だ。
草木が生い茂り鬱蒼とした雰囲気でありながら日の光が地面に全く入らない程に密集して生えてもいなく、所々間引かれているかの様に木が倒されている。
中には実を付けているものもあったし、きっとさっきの岩頭猪が実を食べるために頭突きを繰り返した結果なのだろう。
だがそのおかげで倒木は朽ちて行き新たな生命の栄養となり、日の光が地面まで届く様になる。
そして低い場所に育つ草花が育ち、それを餌とする小さな生き物達が繁栄する。
生き物達は草木の繁栄を助け、いつかは朽ち果て栄養となっていく。
お互いがお互いの元となって助け合っている、とても豊かな状態にあるように感じたのだ。
きっと軍隊兎はこの森に来たのは村に被害が出だした最近の事で、まだ自分の餌場を見つけ切れていないのだろう。
村で人の目を避けて畑から盗むのと、森で岩頭猪を避けながら餌にありつくのとどちらが簡単か調べているところだろうか。
しかし、これだけ豊かであれば、いくら岩頭猪が大食とは言え軍隊兎の食い扶持が全く無い事は無いはずだ。
ここに来るまでに何本かの沢も越えてきた。
水場もこの森には確保されている。
わざわざ岩頭猪よりも大型の生き物がいる、しかも開けた場所に来るほどの危険を冒す理由が他にあるのではないだろうか。
「不思議も何も畑の野菜が旨そうだったからじゃねぇのかよ?」
顔の前まで持ち上げ、軍隊兎を脅すかのように睨みつけている。
軍隊兎はキュィィと鳴くと、暴れるのをやめておとなしくなった。
「おっやっと大人しくなったか、まぁなんでもいいけど……」
と、バートンが話し出すと同時にバートンを挟んだ向こう側の茂みがガザガサと動き、中から何かが高速で飛んできた。
それは見事に軍隊兎を掴み上げていたバートンの右手に直撃し、
「いっでぇ!」
突然の衝撃により力を緩ませたバートンから一撃で軍隊兎を解放させた。
飛んできた物は地面にころころと転がると、すぐにどれなのか見分けがつかなくなった。
飛んで来たのはただの石ころだった。
解放された軍隊兎はすぐさま離れ、木の実を取るために跳躍した時と同じ溜めの姿勢になると、逃げるのではなくバートンの顔面に向かって全力の蹴りを放ってきた。
「ぐぉおお!」
直撃したバートンは口の中を切ったのか鼻血なのか、それとも軍隊兎の爪にやられたのか、血を飛ばしながら仰向けに倒れてしまった。
一瞬、森の空気が止まったかのように思えるほどの鮮烈な蹴り。
その見事な攻撃でバートンは倒されてしまったのだ。
ほんの僅かな隙をつかれて。
ここまでの一連の流れは一瞬の出来事であった。
たまたま逃げられたから仕返しで蹴りを入れたという訳ではない、最初からそうすると決めていたかのような動きだった。
蹴りを入れた軍隊兎は流石にさらに追い討ちを仕掛ける事は無く、動きのあった茂みに向かって走っていった。
その茂みをよく目を凝らして見てみると、同じような影が見える。
逃げた軍隊兎よりも少し大型で耳も分厚く大きい気がする。
その耳を器用に動かして地面に転がっている手頃な石ころを拾ったあたりで目が合った気がした。
後ろに大きく反り返ると全力で頭を前に振り抜き、耳で掴んでいた石ころを今度は私に向かって飛ばしてきた。
「あっ」
あまりの速さにほとんど反応することが出来なかったが、それは頭一つ横を高速で飛んで行った。
さっきのバートンに当てた石ころはあそこから右手に当てている。
下手をすれば仲間の軍隊兎に当たるかもしれないのに。
きっと相当投擲に自信があるのだろう。
それと、軍隊兎が捕まってからよく鳴いていたのは抵抗の意思では無くもう一匹に合図を送っていたのだ。
あの子達は耳がいいから音を頼りに正確な位置や方向を定めさせて小さな的に当てる事が出来たのか。
きっと今も、動く気配がなく恰好の的であろう私に当てようと思えば当てれたに違いない。
そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走った。
幸い、私への投擲はあの子達なりの威嚇だったようで続けて投げてくる事は無く、仲間の軍隊兎と合流すると、二匹揃って茂みの中に消えていった。
「やっぱり一匹だけじゃなかったのね。」
それならそうとして、新たに計画を練らなくてはいけないな。




