9.
村長さんに仲介に立ってもらって、実際に被害に合った畑を見せてもらい、その後の軍隊兎の目撃情報などは無いかを聞いて回った。
実際に姿を見た人も昼間でなく、早朝もしくは夜に畑にやってきて農作物を漁ってるところを見ただけだから、ぼんやりとしか大きさは分からないと言っていた。
現れてる時間帯的にまだ向こうも警戒しながらって感じかな。
あとは、一匹の仕業なのかそれとも既に群を形成してるのかが知りたいところだ。
それ次第ではこの条件の難易度がかなり変わってくるし、対策や準備が全然違ってくる。
きっと村の周りを囲っている森の中を拠点としているはずなんだけど、森はあまりにも広大過ぎて闇雲に探し回っても見つけるのは難しいだろうな。
なんとか姿を現したところを抑えたいところだ。
ブツブツ呟きながら歩いていると、森の方からも何やらブツブツ呟いて歩いてくる人影があった。
「おや?ジンじゃないか。あんな方からどうしたんだい?森に何か用があったのか?」
「うおっ、イルか。いや、まぁちょっとな…し、森林浴でもしたい気分だったんだよ」
「なるほど、天気も良いし気持ち良さそうだね。そういえばあの辺りはちょうど秘密基地を作った辺りだね」
「そ、そうだったかな。あ〜確かに言われてみればそうだな」
なんだか朝とジンの様子が違う。
変にソワソワしていて目が泳いでいる。
それに何か、なんだろう?言葉で表すのは難しいがあえていうなら気配というか雰囲気が違う気がする。
「あっ、分かった。ジン、首飾りを付けるようにしたんだね?」
「えっ?ああこれか、まあいろいろあってさ、親父から送られて来たんだ。どう?似合ってる?」
言いながら、服の中に閉まっていた首飾りを引っ張り出して見せてくれた。
丈夫そうな革紐の先に細かい彫刻が入った楕円形の飾り。
鍛え上げられた鋼を連想させるような質感と色。
これはもしかして……
「これが何かジンは知っているのかい?」
「え?いや知らないけど、ただの飾りだろ?」
「いや、多分これは龍の卵だよ」
「……はあぁぁっ?龍?龍ってあの伝説の生き物の龍か?こんな卵小さいのか、あれ?でも親父ずっとこれ着けてたって言ってたけど」
「あ、ごめんごめん。龍の卵ってのは俗称なんだ。本当は鉄鋼亀の殻を使ったワコク族の伝統工芸品なんだ」
ジンはこっちを見ながら固まってしまっている。
さっきまでの勢いは完全になくなってしまった。
「伝統工芸品とは言ってもね、ワコク族に会う事はかなり難しいと言われているみたいなんだ。それにこの龍の卵はかなり貴重な物だと思うよ」
「そうなのか」
「素材としている鉄鋼亀はとっても長生きで歳をとる程に殻の強度が上がって行くんだけど、最終的にはその名の鋼よりも硬くなっていくんだ。その大きさでそれ程の彫刻が刻まれているって事は、かなりの強度が無ければ耐えられないはずだからね。それを扱うことができる人も限られてくるだろうし、素材としても品としてもかなり価値があると思うよ。それに…ちょっと触ってもいいかい?」
おう、と頷き首から外して渡してくれる。
触ってみると案の定所々回す事が出来たり動かす事が出来た。
「そもそも龍の卵って呼ばれてるのはその強靭な固さで中に入れた貴重な物を安全に保管する事ができるからなんだ。ただ逆に中に貴重な物が入ってますと教えているような物だからね。簡単には開かないようにこうやって細工がしてあるんだ。無理に壊そうとすると中のものまで壊しかねないから、こうやって少しずつ絡まった糸を解くように開けていくしか無いんだ」
ちょっとやそっとさわった感じでは開きそうな気配が全くないな。
相当厳重に閉めてあるあたり、中身は貴重な物が入ってるのだろう。
「ジンのお父さんは探索者だったって話だし、仕事の中で見つけた貴重な物を入れてあるのかも知れないね。また時間のある時にでもいろいろ試してみるといいよ。ありがとう、見してくれて」
「へー、本当になんでも知ってんなイル。こっちこそありがとう。いろいろいじってみるわ」
ジンに龍の卵を返すと、「じゃあな」と言って帰って行った。
今度開ける事ができたら中身が何だったか聞いてみよう。
ーーーーーーーーーー
そういえば秘密基地には、昔神石を探した時の地図があったという事に気づき、ジンが来た道を辿ってやってきた。
「意外とまだ使えそうなもんだね。あっこれこれ、懐かしいな」
壁に描かれた村の地図のほとんどの場所を赤いバツ印が埋め尽くしている。
結局見つける事はできなかったんだよな。
最初は大人数で掘り返してたけど、なかなか見つからなくて段々飽きたり諦めたりで人が減っていって最後はジンと2人だけで探してたっけ。
そもそも子供が掘り返したせいぜい一メートル二メートル位の場所には埋まってるわけが無かったんだよね。
とは言え村中掘ってみてそれらしい地層か何か出てくるかと思ったけどそれも何も無かったしな。
掘って探すのは得策じゃ無い。
「一旦帰って策を練り直そう」
秘密基地をでて下へ降りようとした時に、木陰から木陰へ素早く移動する影を見つけた。
やった!まさかこんなに早く出会えるなんて!
一瞬だったけど、長い耳が確かに見えた。
ただこの距離だと迂闊に動くと気づかれる。
少し様子を見ながら近づかないと。
ゆっくり音を立てないように枝をうまく使って地面に降り、なるべく小さくなって草陰に隠れながら様子を見る事にした。
まだ向こうは私の存在に気付いてないみたいだ。
出来るだけ身を屈めて物音を立てない様に細心の注意を払いながら、あの影に近づいていく。
あまりにも突然の事で呼吸が乱れ、血の流れが早まって、体温が上がっていってる気がする。
あまりにも高まる鼓動の音がそのまま聞こえてしまうのではないか心配だ。
いけない、落ち着かないと。
目線は逸らさずにまずは呼吸を整える。
吸って…………吐く……吸って………………吐く。
よし。
まずは周りの状況から。
さっきまでは森の入り口付近だったが少し中程に進んで来ている。
木が生えている間隔が少しずつ狭まり、人の手が入っていない為そこかしこで蔦や茎が絡まり合い、人が通ることの出来る道のようなものはほとんど無い。
鬱蒼と生茂る樹々によって形成されている森って感じだ。
そのおかげで、外から大型の生き物などが村に入って来るのはかなり困難になっているから助かってはいるのだけど。
そんな森の中を辺りを警戒しながらもほぼ止まることなく影はどんどん進んでいってる。
歩き慣れた道の様に地面を走ったり草木の中を突っ切ったり、たまに木の幹を足場に飛び回り進んでいる。
気づかれない様に音を立てず慎重に進んでいては中々距離を詰めることが出来ない。
駄目だ。
このままだといつか見失ってしまう。
どうにかして動きを止めないと。
でもどうしたら……
「はぁはぁ」
走って追いかけていた訳でもないのに息が切れてる。
気付いたら全身がすごく力んでる。
緊張して体が萎縮して思ったように体が動かなくなってたのか。
「はぁ……すぅ……はぁ……」
息も整えつつ、常に風下に立つ様に気をつけないと。
何とか付かず離れずに後を追い続けていると、急に影が動きを止めた。
「と、止まった…。急に止まっていったい…。けど今のうちに」
近づく事でその理由が分かった。
そこには沢山の実を付けた大木が周りの木を押しのけるかの様に聳え立っていた。
大木の周りは少し開けていて、地面にはその木から落ちたであろう実がいくつか転がっている。
影の姿もハッキリと見える。
「良かった、やっぱり軍隊兎だ」
特徴のある長い耳、発達した後ろ足に森に溶け込む為の茶色や緑のまだら模様の毛皮。
だいたい三、四十センチほどの大きさ、成体だろうか。
今は移動をやめて、地面をスンスン嗅ぎながら木の実を懸命に探している。
探しながらも、左右に二つずつ付いた長い耳はあっちこっちに向けられて警戒を怠っていない様子だ。
木の周りをクルクルと探し回り、見つけた木の実は咀嚼している様子はなく口に含んでいるだけのようだ。
「食べてないな…。どこか安全な場所まで持っていくつもりかな?」
あらかた探し尽くしたのか器用に後ろ足だけで立ち上がり辺りをキョロキョロと見回すと視線が大木の実が沢山ついた枝に向けられた。
「何をするつもり?まさか……」
そのまさかだった。
体勢を低くするように屈んで後ろ足に体重をかけると、視線を真っ直ぐに木の実に向けてそのまま飛び上がり、見事に枝まで到達した。
というよりも少し枝の間を突き抜ける程の勢いで木の実にぶつかりに行き、いくつか落とすと一緒に自分も落ちてきた。
難なく着地を成功させると、落とした実をせっせと拾い集め始めた。
「凄い……実際に目で見るとやっぱり凄い!」
何が凄いのかというと、その飛び上がった距離だ。
大木から伸びている枝で一番地面に近いものでも、ざっと三〜四メートル程は離れている。
軍隊兎の十倍近くの距離だ。
それを一蹴りで到達させる脚力。
その実力を身の前で自分の目で見る事ができて、控えめに言っても興奮していた。
本当なら今にでも飛び出してもっと間近で観察したいがまだ駄目だ。
今出ていっても直ぐに逃げられてしまい、次に出会える確証もない。
何とか抑えた気持ちが再び昂ぶろうとするのを抑えつけようとしていると、軍隊兎の動きが止まる。
さっきまで忙しなく動いていた耳が全て一方に向けられている。
幸いにもそれはこちら側ではなく、反対の茂みに向けられている。
「何か来る」
向かう側の茂みが揺れ動き出し、次第にガサガサと音を立て始めた。
そして、そこから二匹の岩頭猪が姿を現した。
二匹は平然とした様子で大木までやってきて、軍隊兎が落とした木の実に近づくと、その伸びた牙をおもむろに振り回して軍隊兎を弾き飛ばした。
「なっ!うっ」
思わず声が出そうになるのを堪える。
姿を観察して少しばかり愛着のようなものが湧いたのか、軍隊兎が危機的状況に陥り身を乗り出しそうになる。
まだ様子を見るべきだ。
ここで飛び出してしまっては皆逃げてしまい手がかりが無くなってしまう。
幸い軍隊兎も弾き飛ばされる瞬間自ら後ろに飛んでいたようで、大きな怪我は無さそうだ。
二匹の岩頭猪達は、軍隊兎が落とした木の実をいつの間にか全て食べ終えていた。
軍隊兎は動かず様子を見ている。
「今のうちに逃げればいいのに。あの二匹が去ってからまた飛び上がって獲るつもり?」
岩頭猪達は辺りを見回し木の実がない事を確認すると、少し大木から距離を取るように離れ、その名の通り岩のように鉱石化した額を前方に構え全速力で突進した。
ドゴッッッ!
と、鈍い音を辺りに響かせると共に大木を大きく揺さぶらせた。
すると、さっきの軍隊兎とは比べ物にならない程の量の木の実が雨のように落ちてきて、二匹はフゴッフゴッと歓喜の鳴き声を上げている。
突進された大木は樹皮を大きく削られて、内側が剥き出しになっている。
「なんという威力……」
私やノマさんが斧や鉄槌を使ってみても一撃であんな風には削り取る事は出来ないだろう。
あの勢いでぶつかって脳震盪とか起こさないのか、いったい骨格の作りはどうなっているのか。
気になる事は山程あるが、軍隊兎の時のように浮き足立ってはいない。
この短期間で、二度も野生の生き物達の実力を間近で見て、既に興奮を通り過ぎて感動していた。
あんなにも切望していたものが、これほどまで次々に起きるとは。
岩頭猪はおこぼれに預かろうと近づく軍隊兎を鳴き声と身振りで牽制しながら木の実を食べ漁っている。
大木にはまだ木の実は付いているがその数はかなり減ってしまい、軍隊兎が飛んで届くような所にはもうほとんどなくなってしまった。
流石に諦めて巣に戻るか、岩頭猪の食べ残しを狙って待つかそんな葛藤をしているのだろうか。
四つの耳も忙しなく動き続けている。
ここまでして餌を獲ろうとするという事は完全に単体ではないのだろうな。
岩頭猪は一向に食べるのをやめる気配はない。
落とした分は全て食べ尽くすつもりのようだ。
三者共に大きな動きがないまま時間だけが過ぎていくように思えたが、それは直ぐに終わった。
「軍隊兎の様子が……」
緊張している?
さっきまで動いていた耳達が再び一方に向けられてる。
茂みというよりもっと上の方……?
「いや、それよりも上?」
軍隊兎に倣い上空に意識を向けると、遠くの方から少しずつ音が近づいてくるのを感じる。
そして意識をせずとも聞こえるほど近づいた音は、真上で止まり急に音がしなくなった。
かと思った瞬間、軍隊兎がその場から跳ね飛んだ。
そしてほぼ同時に木々の僅かな隙間を縫うように所々枝を無理やり折りながら大きな影が上空から急降下して現れ、軍隊兎に向かって襲い掛かった。
初速の駆け出しは軍隊兎の方が速かったが、地面がなければ蹴ることが出来ない軍隊兎は、空中を飛んでいるところを綺麗に捕まえられてしまった。
辺りに土煙を舞わせ、食事中の岩頭猪達は慌てふためき逃げ出す中で、大きな影は見事に降り立った。
次第に土煙が晴れていき姿が見える。
まあ、枝の間から出てきた時から分かってはいたのだけど。
見間違うはずもない、バートンだった。




