第四十二話『こっそり生死の境目をかいくぐった男』
僕がお腹の辺りに顔を埋めて、日向で眠る猫のようにうつらうつらと船を漕ぐルコッチャの髪を布越しに撫でていたら、メーコちゃんがやってくる。
「シオンくん。あ、ルコッチャもおるねんねぇ」
「メーコちゃんか。ダナンさんとカルサさんは?」
「うん。おとうはんもおかあはんも、落ち着いてきたみたい。それで、さっきうちに警邏の人がこれ渡してくれてん」
そう言うメーコちゃんの手元には紙袋。
「それは?」
「うん、ウチがお料理の自習に使おう思うた食材やの。誘拐された時に落としたけど、届けてくれたんよぉ。それでシオンくんやギュス叔父さんに食べてもらおう思うて」
「へぇ。……え」
僕はそこまで聞き――ひやり、と冷たい氷が背筋を撫でたような感覚を覚えた。
ギュスターヴは、今どこだ?
記憶を思い起こす。
彼は火蜥蜴の氏族へ岩塩の輸送のため縦横無尽号を操って朝方に出発したはずだ。
それと同時、ノザルス執事は群島諸国から塩が運ばれてきたと教えてくれた。では、その原因、『レーザーウェポン』を備えた敵はどこに消えた? 奴が次に狙うのは一体なんだ?! それはいったいどこにある?!
決まっている、連合だ!
敵がスヴェルナ商会を狙うのが、垂直離着陸機能を持つ新型飛行機械の製造能力の根絶であったなら、それは撃退した。
新型飛行機械を生み出した頭脳の持ち主がいるなら、暗殺者が僕を優先して狙った理由も理解できる。
そして――姿を消した『レーザーウェポン』の持ち主は、何を狙う?!
「ギュスターヴが危ない!」
「シオンくんっ?」
「シオン?」
メーコちゃんが目を見張り、僕の恐怖を感じたルコッチャが見上げる。
だが……同時に今や遅きに失していることを悟る。
ギュスが縦横無尽号で無事戻っているなら、もう帰還しているはず。だが魔兵の出現とトラブルの連続で、彼がまだ帰還していないことを誰もがみな失念していた。
間に合うのか。間に合うのか!?
僕はスヴェルナ商会に保管されているザスモーを目指して走り出した。
理性はもう……ギュスターヴが最悪の事態になっていることを告げている。
縦横無尽号は優秀な船だが、所詮は輸送用だ。レーザー兵器に耐えられるようには設計されていない。
だが、感情は彼の死体を確認するまで諦めてはならないと叫んでいた。
そうだ、諦めるな、僕は格納庫目指して玄関先まで進み――。
「待っていてくれ、ギュスターヴ!!」
「ただいまー」
と……実に暢気な感じの声で――しかし、相当の修羅場を潜り抜けてきたのがありありと分かる体中手傷を負った姿で――僕の叫びに返事して。
「……い……生きてたのかぁぁぁぁぁぁ!!」
「うおおぉぉ?! い、いきなりどうしたぁあっぁぁ!?」
突然死んでいるかもしれないと覚悟していた男が五体満足で姿を現した事への安堵のあまり、僕は涙を撒き散らしながら中年の胸板にむしゃぶりついたのであった。
「いきなりだなおい! 離れろ馬鹿! 嫁さんの目の前で男に抱きつく奴がいるか! ほら見ろ、メーコとルコッチャが俺に嫉妬の視線を注いでんだよ、怖えぇんだよ?!」
ギュスターヴは僕の台詞に心底迷惑そうに叫びながら頭を掴んで引き剥がした。
「うう……無事で、良かった、ギュス……!」
「そっちもな。こっちもこっちで命がけだったが、ちょいと変わった御仁に助けられた。おかげで……歩きなら数日かかる墜落地点からここまで早く帰還できたんだよ」
そして、ギュスは真剣な顔で言う。
「出たぞ、シオン。恐らくアレが……群島諸国との行き来を封じていた魔術兵器『光獣』だ」
敵の正式な名称を知っているのは一応理由があります。
不自然ではないよー。




