第三十四話『常に十全とはいかないが』
フェズン=バルアミー公は室内で、暗殺者に関する部下の報告を聞いていた。
隣の部屋にはシオンとエクエスがいて、医者に包帯を巻いてもらっている。骨に関わる負傷は、医学知識のないものが下手に治療を使うと後遺症を引き起こすかもしれないからだ。
暗殺者の身元確認、その身元保証人がいるなら、そこから暗殺者を送った相手に迫れるかも知れない。
とはいえ暗殺には見届け人がいる事も多い。ターゲットが死んだのなら必要なのは医者ではなく坊主なので、生存も知られているだろう。期待半分で部下の報告を待っていた公爵に、耳を疑うような第一報がやってきたのはその時である。
「魔兵が出た?!」
「現在都市内部に、少なくとも数十体の魔兵と……それとこれは未確認ですが、女型の魔兵が、他の魔兵と交戦しているとか」
この時……フェズン公の間近に暗殺者が現れたという報告を受け、彼の手元にはすぐにも出撃可能な騎士団がいた。
「狙いはこちらの分散か……?」
その事を考えなかった訳ではない。犯人は暗殺が不首尾に終わった場合、近衛騎士を分散させ、手薄になったところを狙うつもりではないのか? 手元に兵を残し、公爵家の門扉を閉じ、防御に徹するべきでは?
だが、犯人が『公爵は命惜しさに民衆を見殺しにした』という悪評を流す恐れもある。そんな事になれば貴族として社会的に死ぬことになる。
要は二者択一だ。
ここで防御を固め、後の不名誉を受ける防衛策か。
ここで兵を出し、命の危険を独力で突破する道か。
人の上に立つものとして、選択肢は一つしかない。
「良心に従う以外にあるかよ。……騎士団は全員出撃。民衆を保護し、一人でも多くを助け、魔兵を一匹残らず駆逐しろ!
同時に早馬を出して冒険者ギルトにも通達! 魔兵一匹の首に金貨十枚だ!」
「はっ!」
退出する騎士を見送り、フェズン公は、自分を守る近衛騎士に視線を向ける。
「誠に申し訳ないが、俺の周りは恐らく死地になる」
「いえ、光栄です」
面頬の奥底で、忠実な近衛騎士達が不敵な笑いを浮かべるような気配がした。
腕が痛い。
僕は添え木で固定され、治療で回復された掌を見つめながら、フェズン公爵のいる隣の部屋へと戻った。
入室と同時に鼻腔に感じるのは爆発後の炎の気配。人が燃え尽きた臭いと思うと吐き気がこみ上げてくるが、それを耐えた。
「シオン、痛くないですか?」
「痛いは痛いけど、今は正念場っぽいしね」
そう、先ほどの騎士の報告は隣室の僕にも届いていた。
フェズン公は僕のほうを見ると言う。
「クーカイ卿。離脱するならば今のうちだと思う」
「どうでしょう? 先ほどの暗殺者は僕を狙っていました。この魔兵の動きが公の戦力を分散させ、頭首を取る戦術なのか――はたまた臆病風に吹かれて近衛騎士の方々の守りから逃げた僕を殺すためなのか、現時点では判断が付きません。それなら、僕もフェズン公も両方生き延びる手段を模索するべきと思いますし……なにより」
「なにより?」
僕は少しだけ笑って、エクエスを見つめた。
「将来の岳父(妻の父親)殿を見殺しにするというのは、流石によくない」
その言葉に近衛騎士たちの数名が、少し驚いたしぐさをしたが――面頬を跳ね上げてエクエスに言う。
「エクエス様、甲冑姿ゆえ失礼を。ご婚約、おめでとうございます」
「え、あ。ありがとう……」
フェズン公は愉快そうに笑いながら、気を引き締めるように答えた。
「ではクーカイ卿。怪我の養生をさせてやりたいが、そうもいかん。当てにさせてくれ」
「ご安心を、片腕一本でもそれなりにやって見せます」
僕は任せろ、と微笑んで頷いて見せたのだった。




