第三十三話『誰にとっても予想外』
一連の事件で裏を引いていたのはラゴンの背後に潜む『魔王』と名乗る人物であった。
自分の策略を邪魔することとなったシオン=クーカイへと刺客を送り、配下であるラゴンを動かしてバルギス男爵を操り、スヴェルナ商会の壊滅を実行しようと、己が下僕である魔兵を貸し与える。
『魔王』の判断は正しかった。
実際にスヴェルナ商会に数十体もの魔兵とバルギス男爵の私兵が襲い掛かれば全滅は免れず。
またシオンがそこにいたとしても、守りきれなかっただろう。
だが。
「……おお、これがラゴンの寄越した魔兵というものか!」
バルギス男爵は自分の屋敷の中に密やかに運び込まれ、檻から出てくる魔兵たちを見て感動の声を上げた。
その手には魔兵に命令を聞かせるために与えられた魔道具である指輪。凶暴で残忍な怪物達が自分の意のままに操れる喜びに、バルギス男爵は興奮し――その愚かさに相応しい短絡的な決断を下した。
「よし、これよりフェズン公爵の首級を挙げに行くぞ!!」
「は?! だ、旦那様、何を仰るのですか!!」」
「うるさい、これほどの戦力を持ったのだ。あの小生意気な、親から地位を受け継いだだけのフェズンの小僧に思い知らせてやらねば皇孫の面目が立たぬわ!!」
もしこの場にラゴンがいれば『フェズン公を親から地位を受け継いだ生意気な小僧と言うなら、皇孫であることしか誇るものを持たないあんたはなんなんですかねぇ? ゴミ?』と皮肉ったであろう。
バルギス男爵は言うまでもなく暗愚であった。
彼にあるのは歳の離れた妹のエクエスが銀色の髪を持っていたという事実が示す、皇孫の血統であるという特権意識。そして自分が皇孫であるにも関わらず不遇な境遇にあるという、この世のすべてに対する不平不満であった。
そんな彼にとっては、公爵家から渡された農耕事業を促進させるための支援金とは、皇孫である自分に対する当然の補償としか思わなかった。
つまり、くれて当然である金を好き勝手に使っただけなのに、そんな理由で自分を責めるなど皇孫である自分に対して何たる不敬であるか! という憤りで一杯だったのだ。
だが、流石に彼でも自己保身ぐらいはある。最初は公爵家に対する武力反乱を起こす気などはなかった。
ラゴンの言葉通りスヴェルナ商会の縦横無尽号を破壊し、シオン=クーカイという小僧を殺す。そうすれば高地人との取引は距離的に一番近いバルギス男爵に頼るしかない。フェズン公は塩不足を解決するため、これまでの事を不問にするだろう……そんな甘すぎる見積もりで行動するはずだった。
しかし魔王はバルギス男爵の度を越えた愚かさを読み違えた。
スヴェルナ商会を完全に抹殺し、連合と帝国の再度の戦争を引き起こそうとする策略を邪魔した虫けらを踏み潰すために、彼はバルギス男爵に相当数の魔兵を貸し与えた。
その膨大な戦力が――バルギス男爵の野心とさえ言えない、愚かさから来る暴発を引き起こしたのだ。
彼の中には、皇孫の血筋である自分に対して傲慢に振舞う、無礼なフェズン公への逆恨みしかなかった。
そして彼には今や数十体の魔兵という膨大な戦力があり、これを使えばフェズン公への報復を行うことができる。甥であるドライゼンがスヴェルナ商会の一人娘を誘拐しているために出かけているということさえも念頭にない。
どうせドライゼンなど、自分より遙かに小さな餓鬼一人にさえ決闘で負けた役立たず。魔兵の犠牲になっても構わなかった。
「まずは魔兵どもを首都ガランシューに放つ! 公爵家の兵士共を分散させた後に兵を率いてフェズン公爵の首を上げるのだぁ!! ひはははははは!!」
この場にいるのはバルギス男爵の私兵……要は金に群がった犯罪者崩れの悪人たちであったが、しかし流石に公爵家の兵に剣を向けるなど思いもよらなかった。威勢よく声を上げるバルギス男爵の狂態に戸惑ったようにお互い視線を見合わせる。
だが檻から降り、鋭い爪牙を煌かせながら私兵たちを殺意と食欲で見つめる魔兵の姿に、今更逃げられないことを悟る。歯の根が合わず、がちがちと震えながらも剣を掲げて叫ぶ。
「ば、バルギス男爵さ、様、ば、ばんざーい!!」
「ふはははははっ! わが兵は意気軒昂、必ずやフェズン公の首をあげてみせるわ!」
自分の率いる兵が恐怖によって統制された、逃亡寸前の兵であるなど気づきもしないバルギス男爵は、兵士たちの歓声に込められた怯えにさえ気づかず、皇孫のカリスマが配下の兵士たちを勇敢な戦士達へと変えたのだと幸せな勘違いをした。そして次々と魔兵達を首都ガランシューに放ったのであった。
この一件は、スヴェルナ商会にとっては幸運であり、首都ガランシューに住む人にとっては不幸であった。
スヴェルナ商会に数十体の魔兵が投入されれば一時間も経たぬうちに殺戮されていただろう。
ガランシューに住む人々は魔兵の叫びに恐慌したが、魔兵出現の報を受けるや否や、フェズン公は即座に配下の全騎士団のみならず、最精鋭である近衛部隊からも兵を割き、治安回復に努めることとなる。
そして――事件の後、事の顛末をラゴンより聞いた『魔王』は、自分の判断が謝っていたことを素直に認めて。
『……こんな馬鹿の馬鹿げた行動など同じ馬鹿でもない限り読めるか。ああ馬鹿馬鹿しい』
と匙を投げたという。
こうして連合と帝国の戦争より半年後に、あまりも馬鹿げた事情で、小規模ながらも真剣にならざるを得ない小内乱が始まるのであった。




