第二十八話『凶手』
失われた記憶の日から一週間ほどが経過した。
いつものように日常が戻りつつある。
連合と帝国との間に存在していた緊張は少しずつ緩みつつある。平和が回復されつつあることが、人々の笑顔からうかがえた。
時折エクエスが伝えてくれる噂話では、公爵家に参列する貴族たちも安堵で胸をなでおろしているそうだ。
「そんな訳で、功労者である僕は再びフェズン公爵にお呼ばれになった訳なんだけど……」
公爵家の屋敷に招かれた僕は細やかな意匠で飾られた廊下を歩いている。
僕の隣にはエクエス。いつもの軍服姿ではなく、きちんとした婦人用のドレスを着ている。
僕も貴族様が着るような金のかかった服を着込んでいる。
しかし、と僕は首を捻る。
「? どうかしましたか? シオン」
「気になるのは君との距離なんだ。エクエス。君、公爵令嬢だろう。手を繋ぐと勘違いされるぞ」
時折、公爵家に参列する貴族たちから『あの小僧は何者なのだ?』と問いかけるような視線と『しまった、してやられた!』という口惜しそうな視線が僕に向けられている。
「シオンは、今や押しも押されぬお金持ちです。あなた年頃の娘がいる貴族に狙われてます」
「ああー」
「つまり、わたしとシオンはそういう関係であると周囲に認識してもらっているのですよ」
持参金目当てで結婚相手を狙う視線だったのか、と納得する。
ならば僕とエクエスはそういう仲であると知られれば……なるほど、お互い息子や娘を紹介してくる貴族のお節介をお断りする立派な理由になるわけか。
確かに僕は金持ちだ。
商人ギルトから贈られる無重力金属の使用特許料に加え、躍進著しいスヴェルナ商会のお給料。そして火蜥蜴の氏族の婿として迎えられ、僕名義を通して行われる岩塩の売買と、高級建築資材である鋼木の売買。今や僕の財布は凄いことになっている。下手な貴族よりよっぽど贅沢な暮らしができるんじゃないかな?
「僕としては、稼いだ金を回しているだけだけどね」
「バルギス男爵もそういうお金の使い方をしてくれれば良かったのですが。
……シオン、貴方は功績多大と認められ、バルロフ卿と同じ卿の称号を授与されます。おめでとう、クーカイ卿」
「ん?」
初耳だ。
いや、公式の場で『サークーカイ』と呼ばれる事に中学生ソウルが疼くけどそれはさておき。
「初耳だけど」
「わたしと結婚するのに無位無官では都合が悪いから、了承してくださいと誠心誠意を込めてお願いしたら『分かったからもう変なことをするんじゃない』と真っ赤になって頷いてくれたではありませんか」
……くそう、記憶から失われたあの日にこっそりとOKを出していたというのか!
あの日の僕は、どんな迂闊な発言を繰り返したのだ!
失われた記憶よ蘇れ! 『変なこと』って一体どんなことをされたのか超気になるのに!
……とりあえず心の中で般若心経を唱えて煩悩を鎮めたあと、フェズン公爵の待つ室内へと入るのであった。
「やぁやぁ、待っていたぞ。救国の英雄どの。二回も滅亡の危機を救ってもらったのでお礼として娘を差し上げよう」
「凄くストレートに来た!」
「ありがとうございます、義父上。……とても嬉しいです!」
入室と同時に投げかけられたフェズン公爵の言葉に僕ら二人は反射的に叫んだ。ただし僕は驚きで、エクエスは喜びで、だったが。
フェズン公爵が厳格な性格でないのは分かりきっているので、彼は僕らの脊椎反射発言にからからと笑うのみだった。
椅子を勧められ、腰掛ける。フェズン公爵は……ふと疲れたような笑みを浮かべた。
「……前回は連合の喉元の刃である『地図』の奪取に助力をいただき。そして今回は君の開発した飛行機械のおかげで連合は瓦解を免れた。礼を言う」
立ち上がり、深々と腰を折るフェズン公爵に僕は慌てる。
「あ、頭を上げてください、公爵」
「ありがとう。……だが、まだ油断はできない」
彼の顔に真剣みが増した。
「塩の値段は火蜥蜴の氏族の協力もあって、豊富な岩塩が支えてくれている。
しかし値段が落ち着くまでまだ少し時間がいるだろう。そして迅速な輸送を可能としているのは、君とスヴェルナ商会の作った縦横無尽号のみだ。今しばらく助力を……」
「朗報です、公爵様!!」
と、そこまで話を続けている途中で、ノザルス執事がその牛蒡みたいな顔に喜色を浮かべて、ノックする時間も惜しいと言わんばかりに飛び込んできた。彼は客である僕らに気づくと慌てて謝罪し、報告する。
「群島諸国からの塩の輸入船が、グラナダ湖に入港したのです! これで塩の値段は一気に下がります!!」
「なにっ?!」
フェズン公は叫ぶ。
だがそれは、塩を乗せた船が到着した事に対する喜びではない。胸中に沸いた疑念に対するものだった。
「南方のルートが復帰した? ……あの飛翔船の謎の炎上を起こした元凶が、別の場所に移動したというのか?」
「……あの、すみません。ノザルス執事。群島諸国からのルートは現在使用してはならないと通達されていて、まだ解除されていません。どうして彼らはそんな無謀な真似を?」
ノザルス執事は頷く。
「シオン様。恐らく彼らは塩田で生計を立てていた人々です。ですが、謎の炎上事故で最大の塩の輸出ルートが使えなくなり、経済的に困窮していたのでしょう。情報では子供を売る親もおり、通達を無視した理由は……飢えて死ぬか燃えて死ぬか子を売るかより、奇跡に賭けたのだと……」
う、と、僕は顔を青くする。
そうか、と納得した。公爵領を維持しなければならないフェズン公は、ラゴンの高い塩で困窮する前に、どうにかして塩の自給手段を手に入れる必要があった。それを責めるわけにはいかない。
だが、これは尾を引く。
自国内にある高地人の岩塩は、群島諸国から輸入する塩より輸送コストの面で圧倒的に安い。
あの『レーザーウェポン』と目される謎の炎上事故が収まって輸入ルートが復活しても、価格の面で彼らの塩は売れなくなるだろう。
それを鑑みると、僕のやったことは群島諸国で子供を売る親を作っただけだったのでは?
連合と帝国の戦争を回避するために、僕は協力した。
技術の発展とは人々の暮らしを便利に、安全に、豊かにする行為だと信念を持って生きてきた。
しかし、それは別の不幸な人々を作り出す結果にしかならなかったのでは?
心が落胆で重くなる。
がらがらと給仕のメイドが台座に乗せたお茶の一式を持ってやってくる音も、耳に届いても意識には届かず。
『……なぜなら、熟達したダガーの名手の攻撃は非常に突発的、奇襲的で』
あまりに唐突にモモの教えが脳裏に響き……。
『……一瞬で終わることも多く、攻撃された側は武器を抜く暇さえありませんでした』
銀色の光が視界に飛び込んだ。
刃物? いや待て、公爵の目の前で刃物なんてあるはずがない。僕だって失礼のないよう、腰に下げていたダガーは公爵家の屋敷前で預けておいたのに、どうして使用人が刃物なんかを……――ッ?!
「あら? ……貴女……――シオン!」
僕が振り向いたそこには――翻した手首から、短剣を手品のように取り出すメイドの……。
いや、暗殺者の姿があった。
間違いない。
ダガー、魔術師殺しだ……!!




