第二十七話『そこは永遠に、謎』
さて。
この世界の重要な基礎法則は『マナは高い位置であればあるほどその密度を増す』だ。
そして高密度のマナは液体という形を取る。
僕が<ムーンボウ>で生誕した際、この肉体は天蓋領域に充満する超高密度のマナで形成された活性水を羊水代わりに生まれた。そのおかげで膨大極まる魔力量を有して生まれたわけだ。
活性水を採取する方法は大別して二つある。
一つは実にシンプルで簡単なもの。
空気中で凝縮したマナは液体となり――雨となって降ってくる。
これは一番簡単で量を集めることも難しくはないが、その活性水が秘めたマナの濃度はそこまで多くない。それでも薬代わりに使われたり、魔力消費を補うための簡単な飲み薬として使用される。
また大地へと染み入ったマナは豊穣の力を与え、農作物の収穫を増やしてくれるという。
二つ目は、深山幽谷へと分け入り、山頂にある川の源泉から活性水を採取する事だ。
前回、レグルスさんとキスカさんがやろうとしていた仕事もこれだ。
これは量を集めることも難しく、付近には極めて危険な魔獣が存在するため命がけの仕事になる。
だが命がけの仕事の報酬として、ガラスの瓶に注いだ活性水一つに金貨百枚の値段が付くことだってある。ハイリスク、ハイリターンを地で行く行動だ。
購買層は主に貴族。幼少期から高密度の活性水を服用すると、僅かずつでも魔力の総量が上がることが確認されている。
優れた魔術の使い手であることが求められる貴族は、大枚を叩いてでもこれらを買いあさるという。
そして、レグルスさんとキスカさんの二つのチームは活性水採取のために、まず火蜥蜴の氏族の村へと足を運んで体調を万全に整えてから挑むつもりだった。
その途中で、ワイバーンの群れに襲われるというアクシデントがあったわけだが。
「君に頼みがある」
レグルスさんが口火を切った。
「活性水採取ミッションに、君達の縦横無尽号、可能であれば魔女を貸して欲しい」
僕とカルサさんとギュスの三名は、その言葉に思わず目を見張った。
「お話を伺っても?」
「うん。あたいからも話そう。……高純度の活性水は知っての通り黄金に匹敵する価格で取引される。
けれども水だよ? つまり山奥に分け入り、活性水を採取しようと思ったら――どうしてもそれは荷物になる」
「ああ……」
それはそうかも。
黄金に匹敵する価値の水なら、誰だって多めに瓶にくんでたくさん持ち帰りたいと思うだろう。
しかし重い荷物とは足を鈍らせ疲労を蓄積させる足枷以外の何者でもない。それが黄金に匹敵するものなら、捨てなければ命が危ないという事態でも決断を誤るかもしれない。
僕は頷いた。
「……ああ、つまり――縦横無尽号を貸して欲しいというのは」
「そ。行き来の時間が大幅に短縮できる。重い荷物を持っていく必要もない。活性水の採取は実に楽になるでしょ?」
そりゃ、確かに使いたくもなる。
垂直離着陸機能を使えば、目的地の近くから直接ラベリング降下。道中の山道を汗水垂らして移動する必要もない。魔獣の生息地帯を避けていけば、大幅なショートカットが可能だろう。だがそこで待ったが入る。
「あかんあかん、縦横無尽号は優秀やけども、そもそも新技術の実地テストのための機械や。
ワイバーンみたいな危険生物のいる場所にはよぉ連れて行けんで?」
「俺も姉貴の言葉に賛成だな。……あれは良い船だが装甲はそれほど分厚くねぇ。
装甲の追加と火器の実装は可能かもしれねぇが……」
キスカさんの言葉とギュスの口ごもりの意味は僕にも良くわかった。武装化というやつは、非武装のものよりもずっと金が掛かる。
商会の長、パイロットの二人の立場からすれば、見入りは大きくとも余計な危険を背負い込む気になれないのだろう。僕は頷く。
「うん。僕も同意見だ。魔女の火力支援があれば心強いと思うのも当然だけども、そっちはフェズン公爵の管轄で、僕はどうこうする権限がないし」
「と断わられるのは予想済みの反応だったのさ! あたいらの本命はこっち」
ん?
僕らはキスカさんの言葉に疑問を浮かべたが……差し出された書状に目を通して見る。
「……マジかいなこれ。フェズン公爵と、バルロフ卿、連合の主と商人ギルトのトップの両名の印が押されとる」
「報酬は期待してくれ。バルロフ卿率いるギルトと公爵家が全面的な支援を約束している」
僕は書面に目を通す。
「要望される性能は冒険者の輸送性能と、魔女の航空母艦としての役割。装甲と支援火力か。
兵員輸送と近接支援火力、装甲を兼ね備えたガンシップとなるとMi‐24を思い出すね。……ところでカルサさん、質問なんだけど」
「おう、なんや若旦那」
「スヴェルナ商会に魔術砲のノウハウはあります?」
「ウチは兵器商やあらへんがな。……ちゅうか飛翔船は武装を想定しとらん。基礎設計は魔術銃の流用でいけるやろうけど、大きい大砲サイズとなると……ダーリンでも難しいかもしれん」
「戦闘は魔女に任せるという割り切りも必要かもしれませんね」
専門外のことなので、残り三人は沈黙して会話を聞いているだけだったが、不意にギュスが口を開いた。
「しかし、公爵もバルロフ卿も良く金を出すことに同意したよな」
「ああ……多分目的は三つほどあるだろうね」
「ほぅ」
僕は言葉を続ける。
「フェズン公爵は……冒険者の支援を商人ギルトと公爵家の軍が共同して行うことで三つの効果を狙っている。
一つめは魔獣との戦闘を経験する事による魔女の錬度向上。これは公爵が喜び。
二つめは魔女と戦闘用の飛行機械による活性水の安定した供給。これは商人ギルトが喜び。
そして多分、三つ目が本命だと思うんだけど……国内へのアピールだよ」
「アピール?」
全員の疑問の声に僕は言葉を続ける。
「公爵家に仕える連合の貴族たちだって、今回の塩不足が帝国の謀略だって気づくさ。
中には帝国との戦争をするべきという派閥だっている。そういう連中に……『あなたたちの気持ちは分かります。帝国は許せません。ので、現在新兵器の開発を命じ、魔女の錬度も向上させて戦争に備えているのです』といって、国内の好戦的な貴族のガス抜きをしようとしてるんだろう」
「うへぇ……」
フェズン公爵の気苦労を想像してなのか、ギュスも声を上げた。
気のいい陽気な兄ちゃんというべき風貌に大変な気苦労をしているものだと僕も思ってしまう。
「……しかし……手が回ります?」
「無理やな」
僕の言葉にカルサさんは一言で切り捨ててくださった。
うん。縦横無尽号の量産に加え、戦闘用の船の新造は人手が足らない。
人員を増やしたところでそれが即戦力になるとも限らず、しばらくは新人を教育する必要だってあるだろう。
「そうやな……スヴェルナ商会としては確かにこれが実現すれば大口の契約になるやろ。冒険者達もより安全に戦える。せやが……縦横無尽号から得た実証データを元により優れた量産型の製作と社員の教育でこっちまで手が回らん。キャパオーバーや。
我が社は今回の依頼は見合わせるもんとする」
「ん、十分。あたいとしては、不可能ではないという意見が聞けただけでも良かったよ」
キスカさんは上機嫌そうに笑う。こんな依頼をしても即座に受けてもらえるとは思っていなかったのだろう。
結局、活性水を安定して採取するための戦闘型飛行機械の生産を受けはしたものの……現在の勤務体系を鑑みるにすぐの実現は困難という結論に達したのであった。
「……ところで、お二人は、あの男と知り合いなんですか?」
商談が終われば、僕らは宸襟を開いた友人としてレグルスさんとキスカさんの二人と接する。
ギュスが入れてくれたさほど上手くもないお茶を飲み干しながら僕が水を向ければ、二人はお互いに視線を交わし、どうするかと思案するような目を見せた。
「ラゴン、かい?」
「はい」
キスカさんは頷き。レグルスさんはなんと説明したものか戸惑うような顔を見せた。
「ごめん。あの男のことは、あたいとレグルスが一方的に知っているだけで、直接の面識はないんだ」
何か因縁があるのは確からしい。
けれども、頑なに閉じられた二人の唇を見ると、教えてはくれなさそうだった。
……そうして僕は重要な商談を二件続けて終了させた気疲れのせいでくたくたになった体を引きずって自分の私室へと戻り。
「あっ」
寝巻きに着替えて布団にもぐりこんでから……女の子チームに僕が昨日の夜、どんな体験をしたのか聞くことをすっかり忘れてしまったことを思い出して。
次の日も、また次の日も。
気恥ずかしさで昨日の夜のことを質問しそこねて。
そのまま……僕は、僕の部屋から漂う女の人の匂いの理由が何であるのか、永遠の謎のままで終わらせてしまうのであった。
なんか、すごいもったいないことをした気がする。




