第七話『戻ってくると、心に誓う』
その部屋は、かつて僕が目覚めた直後に連れられた指揮所と思しき一室だった。
「シオン、貴方は優秀な生徒です。貴方の中の前世の記憶によるものか、これまで多くの発見をしました」
数年前に始めた、元の世界のテクノロジーの復元。
それは魔力至上主義の流れを汲むモモにとっても相当驚くべきものだったのだろう。
この世界の技術とかつての前世の技術。その双方が僕の脳内で結合し、全く新しい技術となって僕の部屋のファイルに設計図としてうず高く積み上げられていた。
彼女は、言葉を続ける。
「……あの子は、勉強が嫌いでした」
……その言葉に、僕は首を傾げた。
言葉が意味するところをすぐに理解できなかったからだ。モモを見つめる。
「……あの子って?」
「貴方の前にいた『天上人』です」
モモは紅茶のセットを用意して、カップに注ぎながら答えた。
「シオンも、疑問に思っているのではないですか? わたしがなぜ貴方を生み出したのか」
「そりゃね。……ねぇ、モモ。君は最初、僕を継承体と最初呼んでいたね。僕に何を継承させたいんだ?」
モモは、少し沈黙をした。言葉を整理しているのだろうか、彼女から目を逸らし、別のほうに視線を向ける。
「いい機会です。お話しましょう」
彼女がそう言えば、図書館の中でプロジェクターが稼働する。
まるで神の視座の如き、天空から地上を見下ろすような視点だ。
この映像では大陸全てを覆いつくすほどに巨大であった『冬の衣』はもうほとんど存在していない。
彼女はゆっくりと口を開く。
「……『冬の衣』が地上を覆いつくしていたのは500年前から450年前。
おおよそ五十年間もの間、地上では魔術が使えず、総人口は大幅に減少しました」
僕はそれをじっと聞く。大幅に減少。言葉にすると味気ない。しかしかつて僕のいた世界で、ある日突然電気の全てが使えなくなったらどうなるのか。文明社会の滅亡であることは間違いない。
「50年が過ぎる頃には、『冬の衣』はゆっくりと時間を掛けて、消滅していきました。
……この船に乗っていた、当時の『王国』の生き残りも懸命に調査を続けましたが、結局アレがなんであったのか。最後までわからぬままだったのです。
そして……その『王国』の生き残りである全てのムーンボウ乗組員たちは全員が地上へと降下しました」
「現在から450年前に、大勢の『天上人』が地上へ降りた……と」
当時の彼らの気持ちは想像するしかないが、理解できる。
50年も経過すれば、地上人達の大勢が死に、多大な量の知識が失われたはずである。
そんな人々を救うために、知識を武器に地上に降下したのだろう。
当時エリートであった人々も、恐らくは70歳、80歳近くの高齢のはず。それでも、衣食住全てが事足りた<ムーンボウ>での生活を捨てて、文明の衰退した地上へと降下したのだ。
恐らくは、安全で快適な生活よりも、望郷の気持ちや人々を愛する気持ちが勝ったのだ
そう感慨にふける僕の前で、映像が移り変わっていく。
それは地上に輝く光だ。最初はぼつぼつとした小さなものだったが、それらは次々と集まり、一つの大きな村を気づいていく。
魔力による明かり。それらが沢山集まり一つの大きな光となる。村が町に、街が都市に、都市が集まって国家になっていく。
やったのだ。
450年前、降り立った『天上人』達は、文明の衰退した世界を再び安定させることに成功したのだ。
「凄い……」
「ええ。人類はそのまま衰退する事なく、大勢の『天上人』達の導きによって安定することに成功しました」
地上の光のいくつかは、『天上人』達によって復旧した魔術機関によるものだったのだろう。
次々と人々の生活圏が広がっていく様を感動と共に見つめる。この船が一人も人間を乗せていない理由がわかった。全ての船の乗組員は地上に降り立ち、もう一人も残っていないのだ。
「……あれ、なんだこれ」
そう思ったその時だ。地上にあった都市のいくつかが焼き払われていく……。
「戦争です。そして――この戦争が起こった時、地上に降り立った、わたしの主の一人が、持ちうる魔力の全てを注いで念話の魔術を使いました。
『世を平安に保つ英雄を育て、そして地に送れ』という最後の命令を残したのです」
「それは……」
僕はなんといえばいいのか分からなかった。
喉元過ぎれば熱さ忘れるという奴で、滅亡の危機にあった人類も危機を脱して何十年かで再び仲間同士の戦争を始めたのだろう。言ってはなんだが、実に普通の話。人間のどうしようもない、有り触れた愚かさだ。
だけども、そう考えられるのは僕が部外者だからだ。
そして地上に降りた最後の『天上人』は、紛れもなくその時代を生きた当事者だ。
彼からすれば、地上人は自分が教え導いた子供に等しく感じられる、愛おしい存在であったのだろう。
ならば子供に等しい存在が殺しあう時代を嘆き悲しみ、それを解決しようとするのも分かる。
そう考える僕の前で、再び光が像を結び、一人の少年の姿を立体映像のように浮かび上がらせた。
「……彼は――」
似ている。
僕に、とてもよく似ていた。
一見すると少女のようにも思える風貌も。
この宇宙の黒と大気の青色が混ざり合ったような紺の瞳も。
光を受けて、虹のような色合いを帯びる銀色の髪も。
僕の面影が……いや、違う。僕に、彼の面影が残っているのだ。
「この子の名前は、デュナンナータ=サンシメオン。
貴方の兄に当たる『天上人』です」
「……お兄ちゃん、か」
そして再び地上の映像が浮かんだ。
最初は戦争の火種があちこちに浮かんでいたけども、ある時を境に一気に沈静化していく。
「この子は英雄として調整をしました。地上の戦乱全てを収める為にあらゆる知識を与えました。
為政者、剣士、魔術師。その全てに秀でるように育てました……この子が地上に降りて数十年で、戦争は収まったのです」
僕は、地上の映像の端に記載されていた年代に目を向ける。今からおよそ四百年前。
地上を写した映像で、大きな大きな都市が建造されていくのが目に見える。大陸全土を支配する王者の都。
そして、恐らくは僕と同じ遺伝子より生み出された兄が尽力して築いた大帝国の首都なのだ。
「こんな偉大なお兄ちゃんがいたとは。……でも、モモが教えてくれたのは、おもに自衛の手段と航空機に関する技術だよね?
僕を地上を平穏にするための救世主とするために産んだなら、もっと別の知識を学ばなくてよかったの?」
僕の質問の言葉が聞こえていないはずがない。
モモは沈黙したまま答えようとしない。だけれども……唇をきゅっと噛み締め、俯くその姿は――なぜか、恥じているように見えたんだ。でも、一体なぜ?
「さみしかったのです、シオン」
モモの喉奥から絞りだすような言葉に、僕は思わず息を飲んだ。
「わたしは造物主の命令に従い、貴方の兄、デュナンナータをあの機械装置で産み、プログラムに従ってあの子を育てました。地上の混乱を収束させる偉大な救世主を作りだす……そのために。
……小さな子供を育てるのは、とても楽しかったのです……あの子を地上に送り出して数百年が経過し……その間ずっとわたしの頭脳に理解し難いノイズが蓄積を続けました。それが人の言うところの寂しさであるのだと気づきました」
モモが、与えられた命令を忠実に実行する機械装置であるならば、おかしなところがあった。
彼女は時々、僕の世話をする際に楽しそうな表情を見せていたりしたのだ。僕が目覚めて最初の最初、自分ひとりで着替えるといった僕をやけに強引に世話していたけども……そういうことだったのか?
僕は、疑念を口にした。
「……さみしくてさみしくて、耐えられなかったから僕を産んだの?」
モモは、こっくりと頷いた。
「……はい」
感情を持たない、この船のシステムを司る統合制御体、モモ。
けれども僕は胸が締め付けられるような気持ちを感じた。
幸福を知る。それは逆に言えば不幸も知るという意味だ。
「地上では小競り合いレベルの戦争が観測できます。わたしはかつて下された『英雄を育てて地上に送れ』という命令を意図的に曲解、拡大解釈し、貴方を産みました。けれど、本当は何の命令も受けていません」
僕を見る彼女は常と変らぬ冷静な無表情なのに、悲しみと罪悪感で満ちているように見えた。
「すみませんでした。シオン」
モモは深々と頭を下げる。
「最初は驚きました。貴方に前世の記憶があるなんて。でも成熟した他者との会話はわたしにとってとても楽しかったのです。
教育を施しました。体術を教えました。それも自衛の域を超えた厳しさで。
なるべく……習得に時間が掛かるように。わたしから離れて欲しくなかったから。シオン、貴方といるのがとても楽しかったから。
……けれども、気づきました。貴方の『おっぱい揉みたい』という言葉によって」
ふぎゃああああああああぁぁぁぁぁ!!
僕は真面目な顔でそんな事を言うモモの前でぶっ倒れて、そのままごろごろとのた打ち回っていた。
よりによって! よりによってそんな言葉が変化のきっかけだったの?!
「成長を迎えて、異性に対する興味を抱えるのは当然の事なのに。大人になりつつある貴方は他の人と触れ合うのが当然なのに。
……わたしは、いつの間にかシオンのことを離したくないと思っていた。貴方はわたしの愛玩物ではないのに。
人に従属するために生まれたわたしが、人を拘束する。愚かな話です」
けれどもモモの言葉は思ったよりも真剣で、深刻で。とりあえず起き上がる。
「……僕と一緒に、この船ごと地上に降りるって事は考えなかったの、多分そこは寂しくないだろう。僕もいるし、他の人もいる」
はっきりと彼女は首を横に振った。
「以前申し上げたはずです、シオン。マナにはある特徴的な振る舞いがあります。マナは、上へ上へと上昇する性質を持つのです。つまりこの航空母艦ムーンボウがこの巨体を飛行させ続けるには天蓋領域の超高純度のマナが必要なのです。
かつて地上を支配した『王国』でさえ、わたしを天蓋領域にまで上昇させるために膨大なマナを費やしました。今の地上ではそのような事は不可能です。
地上に『落ちる』ことは簡単でも、大空に『昇る』ことは途方もなく難しいのです。
もし一度でも地上に降りれば二度と上昇は叶わないでしょう。
そして……この船の中には、『王国』時代の遺失技術が山ほど存在します。わたしを制圧したものが、世界の覇権を握るでしょう。それは……本意ではありません」
けれども、それもまたあんまりじゃないか。
いつ終わるか分からない任務を抱え込んだまま、永遠に天蓋領域で孤独に空をさまよい続ける。
それが僕はたまらなく嫌で。
その孤独を癒してやりたくて――。
「ぼく、こ、ここに……ずっと居るか……」
「駄目です」
けれども……彼女は僕の言葉にはっきりと断言した。
数百年の孤独の中で得たのはさみしさと、慈しみだった。
まるで母親が子供をあやす……そのものの仕草で、彼女は僕を掻き抱く。
「今までもずっと、傍に居てもらいました。ありがとうございます、シオン。わたしの時間を豊かなものにしてくれて。
あなたの気持ちはとても嬉しい。けれど……それをしてもらったら――あなたは完全に、わたしの愛玩物同様になってしまう。
わたしの心を慰める為に貴方の人生を捧げさせることは、あってはなりません」
言いたいことは分かる。
分かるけど、僕が去った後、再び何百年もの孤独を彼女に味あわせることが、僕はどうにも我慢できなかったのだ。
「……戻ってくるよ。モモ」
僕にできるのはそんな約束のみ。
……だが、僕の中に、今までにない強烈な動機が湧き上がってきた。
僕はモモに生み出された。沢山の知恵を教えてもらい闘いの技を知った。まるで大昔、母の腕に抱かれた頃のような気持ちを思い出した。
一度天蓋領域から堕ちてしまえば、この高度に再度到達することが困難であるのは分かる。
けども挑もう。この天蓋領域の高みへ。
かつて元の世界で、成層圏と呼んだ空の果てへ。
「もう一度、戻ってくるよ。モモ……」
「……はい」
ぎゅっと抱きしめる。
別れはすぐではない。まだ覚えるべき事、学ぶ事も山ほどある。
けれども、今日からはカレンダーの数字を見つめ、別れの日が来ることを覚悟しながら生活を続ける事になる。
心の中で恐れや怯えが生まれた事を実感する。
こんな寂しさよりも遥かに過酷な孤独をモモに味あわせなければならないのか。
僕は、自分でも泣きそうになっていると自覚しながら尋ねた。
「……ところで、モモ。一つ確認したいんだ。君に、僕の前の『天上人』、デュナンナータ兄さんを作るように命令した、地上に降りた造物主。
彼は魔力の全てを振り絞って、この天蓋領域に念話を送ったんだよね?」
「はい。彼は膨大な魔力の持ち主でしたが、それでも天蓋領域に命令を与えることで精いっぱいでした。恐らくは魔力を使い果たし、息絶えたのでしょう」
「……ありがとう、十分だ」
知りたいことは分かった。僕はこくりと頷く。
「シオン。わたしもひとつ、確認したいことがあります」
「うん、なに?」
「揉まなくていいのですか?」
モモはそういうと、自分の胸部を両手で支えて……その大きさを誇示するように見せつける。
けども、それも珍しく微かにひん曲がった意地悪そうなモモの笑顔をみれば分かる。きっとこの空気をほぐすための、からかいの混じったジョークの類なのだろう。
それでもどっきんと跳ねあがった、素直な心臓を罵りながら僕はモモを睨み付けた。
「ばかっ!!」
……そうして、一人になってから、僕は先ほどの質問を反芻する。
魔術至上主義であったらしい『王国』の魔術師であっても、地上から天蓋領域に念話を送ることは命を失うほどの難事なのだろう。
つまり、魔術では地上から連絡はできないのだ。
だが。
電波ならば、どうだ。
科学ならば、どうだ。
僕の前世の知恵ならば、モモの孤独を癒せるかもしれない。
僕は、胸の中にふつふつとわき上がる怒りに似たものを自覚した。
モモのどこか醒めたかのような、自分が幸せになれるはずがないと諦めたような、あの無表情がどうにも気に喰わない。
そうだ。科学は人を幸せにするためにある。
たかが距離ごときに、愛が邪魔されてたまるか。
なお作者は書いている途中、ここで選択肢が出て。
シオン「ぼく、こ、ここに……ずっと居るか……」
モモ「1:駄目です」
(正統ストーリー展開)
「2:いいのですか? 甘えてしまいますよ?」
(ロボメイドと一緒にイチャイチャ生活するエンド)
などと考えてしまいました☆




