第二十三話『悪にも格はある』
「お初にお目にかかります。
あたしは帝国の商人ラゴンと申します」
中肉中背で、福福しく太った笑顔は愛嬌があるといえなくもない。
ただ弛んだ顔の隙間から商売相手を見る目はどこまでも冷徹であった。もしシオンがカマスのラゴンの顔を見たならば、『邪悪な布袋様』と評したであろう。
バルギス男爵が世情に通じていれば、目の前の男が連合を破滅に向かわせようとする恐るべき敵であると知るはずだが……狭い世界しか知らない彼は気づいた様子もなかった。
「さて、ラゴンとやら。一体何用で参った?」
「……いひひ。あたしは商人です。当然儲け話を持ってまいりました」
ラゴンは男爵と同じような卑しい笑みを浮かべる。
ただし、バルギス男爵の卑しい笑みが真実彼の性根から来るものであったとしたら、帝国商人ラゴンの卑しい笑みは、目の前の相手に『自分と同種である』と思わせる、冷徹な計算に基づく笑みの演技であった。
「何でも、バルギス男爵様は火蜥蜴の氏族との交易で公爵から責められているとか。
全く理不尽な話でございますねぇ。あの山奥に住む蛮族共は本来バルギス男爵の領地。そこに済ませていただいているという恩を忘れて、税金代わりに金を取っているだけなのに」
「おお、おおっ! その通り、まさしくその通りなのだ!!」
人は自分の信じたいことを信じる。それを理解する海千山千の大商人にとっては田舎領主の頭の中を自分の望む方向に持っていくなど朝飯前。
言葉を尽くし、理不尽に同情し、不遇に憤り、『皇孫の血統であるバルギス男爵に対して公爵家は敬意も払わない。なんとお可哀想な!』と、ラゴンが『不遇を嘆くバルギス男爵の唯一の理解者』と信じるように話を進めていく。
「ですが。此度の話は実に簡単なのです」
「ふむ?」
「何でも今回の話の中心にいるのはシオン=クーカイという小僧一人なのだそうです」
「は? そんな小僧がどうしたという」
「……火蜥蜴の氏族は、現在『一族の人間としか交易せぬ』と公言しています。で、そのシオンという小僧は蛮族の女を妻にし、同族と認められた。つまり、塩不足解消にはその小僧が必要不可欠」
ラゴンは一瞬『そんな簡単な事さえわかんないんですかねぇ、このアホ』という感じの顔をしたが、うなずいた。
「考えても見てください。
……火蜥蜴の氏族は山奥。そこはスヴェルナ商会が新しく開発した飛翔船しか行けません。
そのシオン=クーカイという小僧、新しく開発された飛翔船。
両方がなくなればどうなると思いますかねぇ?」
「どうなるというのだ」
「……連合の塩不足はお聞き及びでしょう。フェズン公爵は大量の岩塩採取を今までどおり続ける必要があります。
しかし新型の飛翔船と、蛮族がただ一人商売に応じる者がもし『何かの事故』で亡くなれば……従来どおりの山道を通る必要がある。その場合最有力候補はバルギス男爵領となりますねぇ」
バルギス男爵は嬉しげに笑った。
「なるほど。……その新型の飛翔船が『何かの事故』で壊れれば、フェズン公爵は俺に頼らざるを得ないわけだな?」
「はい」
「ふん。ラゴン。お前の忠誠には報いてやらねばなぁ」
バルギス男爵は下品に笑う。ラゴンは恭しく頭を下げ――その伏せた顔の下で、相手に対する軽侮をあらわすように舌を出していた。
「……スヴェルナ商会を破壊し、その設計図を燃やすなり奪うなりする。シオンという小僧も殺しても捕らえても構わんでしょう。
排除できればいいのですからなぁ。ですが、バルギス男爵。このたびの事には腕が立ち、また口の堅いものがよろしいかと。心当たりは?」
「うむ。ちょうど良い奴がおる。
昼から酒を飲み、オマケに餓鬼に決闘で負けた腑抜けを今まで邸宅で飼っていたのはこういう時のためだ。
おい、誰かドライゼンを呼んで来い!」
帝国商人であり連合を戦争へと導かんとする『魔王』の下僕、カマスのラゴンは、馬車の中で揺られながら、大仰に溜息をついた。
「商売に必要とはいえあんな間抜けの相手をせにゃならんとは叶いませんなぁ」
「火蜥蜴の氏族がバルギス男爵に騙されていると教えてやったのが旦那様と知ったら……あの男どんな顔をするでしょうかね」
一緒の馬車に乗る配下に、ラゴンはだぶついた顎をハンカチで拭いながら答える。
「アホの相手は楽ですがねぇ。しかし一から細かく説明をしなきゃならんのが実に面倒です」
「……ところで旦那様。あの新型の飛翔船、それほどに脅威なのですか?」
配下の一人の言葉に、ラゴンは真剣な表情を見せた。
「アレはあかん。アレは……世界が変わりますなぁ」
カマスと仇名される貪欲な大商人は、滅多に現さぬ真摯な声を出した。
「どんな場所でもある程度の広さがあれば着陸できる飛行機械。今までの輸送の観念を覆す大発明。
ああ……ほんまに欲しいお人や」
ラゴンは忌々しげに呟く。
自分が好敵手と認める商人ギルトの総帥、バルロフ卿にはしてやられた。
ラゴンもまた『より軽く、より頑丈な金属』の存在を掴み、大急ぎで権利の購入に赴いたというのに、一足早くバルロフ卿に商機を掴まれ、屈辱に震えるしかなかった。
同時に彼はシオン=クーカイという少年に敬意と感服を覚えている。
連合を暴発させ、戦争を引き起こさせるために塩不足へ導いた。
その際に高地人たちが岩塩を持ち込むことを掴み、フェズン公爵が岩塩輸送部隊を編成して山奥に進むことを妨害するためにワイバーンなどの原住生物を凶暴化させる薬物だって用いた。
それなのに――たった一人の少年の思考より生み出されたあの飛行機械一つのせいで、全ての計画が台無しになろうとしている。
ラゴンの商人としての勘は、そろそろ損切りに移る段階かもしれぬと考えている。
塩の値上げで儲けることができた。細工のために用いた金銭も回収は完了したが――これ以上欲をかくより、撤退するべきか。
だが……同時にあのシオンという少年を仲間に引き入れることができたなら、今回の騒動で得た金に百倍する価値あるものが手に入るだろう。
「それで……今からそのシオンという小僧に会いに行くのでしたか」
「シオン先生と呼びなされや、あたしは自分を儲けさせてくれる能力を持つ人間には敬語を使うんだす」
「申し訳ありません。……しかしバルギス男爵には彼を殺せとそそのかし。その一方で引き抜きに行くとは。……もしシオン先生が、旦那様の下についたらどうなさるのですか?」
カマスのラゴンは、心のそこから楽しそうに、全く悪びれもせずに笑った。
「んなもん、時期を見計らって『バルギス男爵が武力蜂起を目論んでいる』とフェズン公爵様にご注進するにきまってるんや」




