第二十四話『前後不覚の少し前』
さて。
僕ことシオン=クーカイの髪は結構長い。
肉体年齢が十歳の頃、<ムーンボウ>の培養層から生まれた僕の髪は一度もハサミを入れたことがない。今では腰の辺りまで伸びている。
ボリュームのある髪の毛は僕としては頭が重くなる原因なので、さっさと切ってすっきりしたいところである。
しかし自分でハサミを入れようとしたらメーコちゃんを初めとする女性陣からの猛反対を受けて断念する事になってしまった。
なので僕の髪はメーコちゃんが『ウチが責任とるんよぉ』と言って毎朝セットをしてくれるのだ。
作業の邪魔にならないように結い上げる僕の黒髪。本来の銀色の頭髪をしっているメーコちゃんによると、艶々で癖がなくサラサラらしい。
男だから嬉しくない評価である。
そんな僕は、一人スヴェルナ商会の食堂のテーブルの上に突っ伏していた。
頭の中を過ぎるのは告白の事。どういうお返事をすればいいのか考えがまとまらず、ずっと悩んでいる。
今日だけはメーコちゃんと顔を合わせづらく、髪はセットしていない。
と、そんな時――廊下を鼻歌を歌いスキップしながらカルサ女史の上機嫌な声が響いた。
「業績拡大っ収入倍増っ吸収合併っ娘の夫はわっかだんなぁっ~♪
お~い若だんなぁっ~♪ あんたのおかげで我がスヴェルナ商会は注文殺到やぁ。社屋を増築して縦横無尽号の大量生産に向けて人員を増やすことが決定やで、ボーナス期待しと……うわぎゃ~!! お、おばけぇぇぇぇぇ~~!!」
えっ。
僕がのそりと顔を挙げてカルサさんに視線を向けると、いきなり彼女の悲鳴が廊下中に響き渡った。
おばけ? 誰のことかしらん? そう考えながら顔を上げる。360度へ放射線状に広がった僕の黒髪が持ち上がった。
『カルサ、一体どうしたんだ?』
『た、大変やダーリン! 食堂に真っ黒お化けがおって、ウチの事を髪の隙間から見つめ返して来たんや!』
アレッ?
なんだか知らないうちに僕はお化け扱いされてる? そう思いつつ歩き出して、その辺の窓に映った僕の顔を見ると――。
「お、お化けぇぇぇ~! ……て、なんだ、僕か」
と僕自身、自分を指差して思いっきり悲鳴を上げてしまった。
つまり○子である。
滝のように艶やかな黒髪で顔を完全に隠し、その髪の隙間から相手を見つめれば、前世の日本ホラー界に燦然と名を刻む『貞○』そっくりの外見になっていたのだ。
『ほらカルサ、お化けが自分のことをお化けと言うわけがないだろう』
『た、確かにあれは若旦那の声やったけど……おう、ええところにおったな、ギュス! ダーリンを危険な目に合わせるわけにはいかん、ちょっと食堂にいるお化けの様子を見てきたれ!』
『いや……別にいいけどよ』
そんな訳で食堂のほうに、カルサさんに犠牲の羊として選ばれたギュスターヴがやってきたのであった。
「あ、ギュス」
「うわぁお、お化けだああぁぁぁぁ!! ……あ、なんだシオンか」
「お前もかブルータス。お前も僕をお化け扱いか。……実は僕もなんだ」
自分で自分の事を指差して『お化け』と叫んだのだから弁護の余地がない。
僕はすっかり貞○状態となった髪の毛を持ちあげて、紐で頭の後ろに纏めた。
「ああ。そうすると普通だな。……で、一体ナニを悩んでいたんだお前。
やはり三人から同時に告白を受けた話か」
「ああ、うん」
「ま、今まで結婚した経験もない俺だが、とりあえず話ぐらいは聞けるぜ」
確かに自分一人で考え込むよりも話を聞いてもらったほうがいいかも知れない。
とりあえず僕は、年上の友人に今の悩みを聞いてもらうことにした。
そしてすべてを話し終えた後――ギュスは言う。
「なるほど……シオン。とりあえず」
「とりあえず?」
「隠れて話を聞いてもらおう」
メーコ=スヴェルナと、エクエス=バルアミー、そしてルコッチャの三名はスヴェルナ商会の一角で、仲良く顔を突き合わせていた。
同じ人を好きになったもの同士なわけではあるが、三名の仲は別に悪くもなんともない。けれども商会の娘、公爵令嬢、高地人の狩人という全くタイプの違う三人娘は、同じ悩みを抱えていた。
「シオンくんが、なんかウチの事を避けてるんよぉ」
「わたしもです。話かけても真っ赤になって逃げます」
「わたしも。おかしい。き、嫌われた?」
むーん、と額を曇らせる三人は困っていた。
確かに告白をした。思いの丈を伝えた。今すぐでなくてもいいけど、いつか一緒になれると嬉しいと伝えた。
だがそれ以降、シオンの様子がおかしい。となると告白した事が原因で思い悩んでいるとしか考えられない。
「お、三人ともいるのか。ちょうどいい」
ひょっこりと顔を出したギュスターヴの姿に三人は首を傾げる。
「ちょっと話がある」




