第二十一話『大変難しい事』
そろそろギュスターヴが縦横無尽号でやってくる時刻。僕はレグルスさんたちの助けを借りて、新しくつくりあげた広場の整備を進めていた。
正式に採掘を認められた今では、ボアレス族長の指示の元で大勢の若者が塩を取りに言っており、ここにはそんなに人がいない。
そんな時、いつものぽわぽわした綿毛のような可愛い髪を揺らしてメーコちゃんがやってくる。
「あんねぇ……シオンくん」
俯き、顔を赤らめ、何か大切な事を言おうとしていることが伺えるその仕草。メーコちゃんも何か大切な用件があってここにきた事は察しが付いた。
僕の心は先ほどから向けられる好意で溢れて溺死しそうになっている。
けれども思いつめたような目で僕を見つめるメーコちゃんの言葉を無碍にするわけには行かない。
もはやだいたい全てを察しているっぽいレグルスさんとキスカさんはみんなで明後日の方向を向いてみなかったことにしている。なんて気遣いのできる大人達なんだろう。
「うん。メーコちゃん」
「お話したい事、たくさんあるんよぉ」
僕はこくりと頷いて上着を敷物代わりにしてメーコちゃんを座らせ、隣に腰を落とした。
「あんねぇ。シオンくん。ウチ、シオンくんの事、好きなんよ」
「……ありがとう」
うぐぐ。
概ね予想はしていた。頷いておく。
「最初の時、ウチと叔父さんが乗る飛翔船を守ってくれたやん」
「懐かしいよね。もう半年ほど前の話ってのが信じられないぐらいだ」
天蓋領域から地上へと堕ちて。もうそんなにも長い時間が経過している。僕は空へとちらりと視線を向けた。
「ウチの危ないところに駆けつけてくれた王子さま。ウチ、シオンくんの事そう思ってたんよぉ」
「うん」
メーコちゃんは言う。
「シオンくんとウチの関係を物語の王子さまとお姫さまみたいに空想して楽しんでたんよ。
せやから、シオンくんとウチは、物語みたいに最後は結婚してめでたしめでたし、みたいな形に落ち着くと思ってたんやわぁ……」
そういうと、彼女は膝を抱えて顔を伏せる。
「せやけどねぇ。シオンくんはウチを助けてくれた時みたいに大勢の人を助けたんよねぇ」
「性分だ。仕方ない」
僕は苦笑を浮かべるしかない。
最初の最初、帝国の非合法部隊、髑髏を取り扱うものと交戦。
エクエスに絡んだ粗暴な男、ドライゼンを決闘で破り。
悪漢に絡まれていて、震えていた(と錯覚した)ルコッチャを抱き締めて落ち着かせた。
そしてワイバーンに襲われ窮地にあった傷だらけの鎧と猛攻の面々の命を助けた。
メーコちゃんはほんの少しだけ、悲しそうに呟く。
「……シオンくんは、別にウチだけの王子さまやなかったんよ」
「……」
僕は否定も肯定もしない。
「シオンくん、ボアレス族長にお嫁さん押し付けられたやん」
「確かにあれは押し付けられたと言うより他無い……」
「でも、ルコッチャはんも、別に嫌そうやなかったよねぇ。きっとシオンくんのこと嫌いやないと思うんよ」
メーコちゃんは頬を膝に付けながら、僕を下から見上げる。ぽわぽわした髪の毛が可愛らしく揺れた。
「ウチ、何もせんでも、物語のお姫さまと王子さまみたいに、そのうちシオンくんとくっ付く思ってたんよ」
「……そうかもね」
実際、メーコちゃんは大変いい子だ。僕だって嫌いではない。……若旦那と呼ばれたりしたのは困ったものだったけど。
いつか僕がもっと大きくなっていれば、心願を果たし終えれば、そのうち最も身近な彼女とくっ付く可能性はあったろう。
「でも……気づいた。シオンくんは誰にとっても王子さまみたいやなぁって。シオンくんはとても優しいから、好かれるのも無理あらへんって思った。そして……ウチはそんな優しくて、誰かのために勇敢に行動できるシオンくんの事を好きになったんやから……それを止めるつもりもないんよ」
メーコちゃんは、ずい、と身を寄せる。
「けども。シオンくんにとってのその他大勢になるんは嫌なんよぉ」
僕は答えない。答えられない。
メーコちゃんは可愛いと思う。けれども僕の心の中で一番愛する人というわけでもない。なんと答えるべきなのか言葉が喉から出てこない。そんな僕の心中を察したのか、メーコちゃんはふんわりと笑った。
「ええんよぉ。シオンくん。一生ものの事をそんな簡単に決められてもウチも困るんよ。
……いつになるかは、よぉわからへんけど。いつかウチの事一番になってくれるとええと思っとるんよぉ」
メーコちゃんはそういうと、ちょっと恥ずかしそうにしながらもぱたぱたと駆けていく。
僕の心臓はひどくざわついている。
告白をされてしまった。エクエスにも、メーコちゃんにも。
「昔は、そんな事を気にしなかったんだけどな」
前世の僕は体が悪い事を理由に恋人や妻を作らなかった。あ、いいな、と思う人はいたけれども、意識して深い仲になる事は避けていた。
けれども、生まれ変わって新しく得た体。
飛んだり跳ねたりする事が医者に禁止されていない元気な心臓は、ドキドキと先ほどからやかましく響いている。胸から頭蓋骨の中に心臓が引っ越してきたかと思うほどだ。
そんな僕の心臓の音を掻き消すほどの桁違いの爆音が、空から聞こえた。
空を見上げれば、可動式噴射口を下向きにした縦横無尽号がゆっくりと降着体勢へ移行していく姿が見える。そうしてしばらくすると、船からギュスターヴが降りて僕に手を上げてよびかけた。
「よう、シオン。着陸スペースは作っておいてくれたようだな。だが何で真っ赤なんだお前」
「告白を受けた」
「へぇ、そいつは素晴らしい」
「三名同時にだ」
ギュスターヴは僕の返答にたっぷり10秒ほど沈黙すると、答えた。
「……なんでそんな事になっているんだ、おい」
「強いて言うなら、ボアレス族長が悪い」
僕は自分の言葉が間違っていることを理解している。
ボアレス族長の言葉はただのきっかけだ。きっとメーコちゃんもエクエスも、僕の事が好きだったのだろう。けれどもいきなり現れたルコッチャが、僕の結婚相手として公に認められることになってしまったから二人とも焦り始めたのだ。
自分にそんな価値はあるのだろうか。
どうも冷静さを欠いている自覚をしながら、僕は船を見上げた。
「とりあえず、細かな事は大戦を防いでからだな」
大戦を防ぐことは何とかできそうなのに、女の子とのことはそう簡単に答えを出せそうにない。
まぁ人間そんなもんかも、と僕は結論を出すのであった。




