第二十話『そんなつもりはなかったのに。その2』
七月二日、ちょっとずつ修正しました。
「シオン。結婚を前提にしたお付き合いをしましょう」
僕はルコッチャと分かれて戻った伐採現場で、いきなり顔を見合わせると同時に放たれたエクエスの言葉に思わず耳の異常を疑った。
近くで切り株を引っこ抜いていたレグルスさんをちょいちょいと手招きして、頬を抓ってもらう。これぞ人間夢確かめ器。痛い。涙目になりながら実感した。やはり夢ではない。
「エクエス。急すぎないか? というか僕は今君に嫁さんを貰うように図られたとこなんだけど」
「そ、それは申し訳ないと思っております。……その、気が済むなら何でもいたしますので、どうか……」
エクエス=バルアミーは顔が赤い。興奮と緊張で多少声の端が震えている。頬を抑える彼女に僕は答えた。
「その辺のは前に話したろう。エクエス。僕は家や組織の強化の為に婚姻を結ぶ文化には慣れてない。結婚相手は恋愛で選ぶ国で生まれたんだ。僕を連合内に繋ぎとめるための手段として君が意に沿わぬ政略結婚を強いられるのを見るのは……むむぅ~……!」
エクエスは心外だと言わんばかりに目を怒らせて、顎を掴むと、くい、と引き寄せ――僕を黙らせるかのように口封じをする。
キスで。
「ん……ちゅっ……これで本気と伝わりましたか、シオン」
「ばっ……ば。ば……」
もちつけ。
ちがう、おちつけ。
舌が僕の唇を割って入り、肩を掴んで引き寄せた手が僕の小柄な体を彼女の胸元に引き寄せた。
そうなれば後は一瞬の事。目を閉じる彼女の繊細な美貌が視界一杯に広がったと思った瞬間には、唇に驚くほど柔らかい刺激が押し寄せ、至近距離の甘い香りと絡む唾液と舌先の感触が僕の肉体を貫いた。今も激しく欲望を揺さぶる興奮が僕の肉体を支配している。うなじを、背筋を、甘美という名の指先で撫でられたような喜悦。なんか凄いことをされた気がする。
どくどくと言う心臓はそろそろ破裂するんじゃないかな、と心配するレベルで荒ぶり、彼女の顔を正視する事ができない。
なおレグルスさんとその仲間の皆様は空気を読んでいち早く退散している。
「ひ。一言先に言え」
「言ったら逃げるでしょう」
「当たり前だ!」
エクエスは真っ赤な顔のままクールな口調で話すという器用な事をしながら答える。
「シオン。わたしは本気です」
「……」
くい、と顔を掴まれて視線を逸らすことが許されない。
「……いえ、公爵令嬢と言う立場もあります。結婚というカードをすぐ手放すわけにもいかないですから、実際に結婚するのは2、3年後ほど後でしょうけど」
「……」
「それはそれとして。真っ赤な顔で震えるあなたもそそります」
「手を放せぇ!」
僕は振り払って距離を置く。エクエスは、少し落ち着きを取り戻したように微笑んだ。
「シオン。あなたはわたしに『僕の事を好きではないのだろう』と尋ねましたね」
「ああ」
僕は頷く。いったいどこでエクエスとのフラグを立ててしまったのだろうか。
「最初はそうでした。でも貴方はドライゼンからわたしの事を助けてくれました。あの時から……あなたの事が、『いいな』と思うようになったんです」
「うう……」
今凄い恥ずかしい体験してる気がする。僕の事を好きになった経緯を説明されるなんてなんだこの新手の拷問。
エクエスは、僕を見つめる。視線を感じる。正視できない。
「それでも、わたしは公爵令嬢です。父からは貴方と仲良くなれと命じられてはいましたが、この身の婚姻は政略の一つ。貴方と決定的な仲になる事は、躊躇いがありました」
「う、うん」
「けれども、先ほどボアレス族長の言葉にわたしが貴方の代わりに受けましたけど……。
シオン。貴方の事ですから、『僕の身柄を売って連合の安定を図ろうなんて、正しいけどなんてひどいんだ!!』と、そんな風に考えているのでは?」
「……だいたい図星だ」
僕は頷いた。
すると頬を抓られた。痛い! エクエスは悲しそうな、恨めしそうなそんな目で僕を見下ろしてくる。
「わたしの気持ちも知らない癖に。ええ、ええ、逆恨みだと知っています。勝手な発言と思っております!!
け、けど……貴方に他の女性を近づける事に対して思うところが無いとでも?
いじわる、シオンはいつもいじわるです。
むしゃくしゃしましたとも。ええ、さっきも今も、胸の中でむしゃくしゃした嫌なものが溢れそうになっています。
いやです。いやです。貴方が他の誰かと仲良くするのを見ると、なんだかとても嫌な気持ちになるんです。貴方がドライゼンと戦った後で、頬にキスしようとしたメーコにだって嫉妬しました。ましてやルコッチャみたいにほんの少し前に姿を現したくせに、あんなずるい手段で結婚するような立場を手に入れるなんてとてもずるい。
……そこまで来て、ようやくはっきりと自覚しました。シオン、好きです」
うう。
「わたしの事を意識しましたか? わたしが貴方と仲良くなりたいと思っていると、はっきり認識しましたね?」
「はい」
「ならよし。それではシオン。また明日もよろしく」
うう?
僕はあっさりと引き下がるエクエスに困惑したような目を向ける。
拍子抜けしたというのが一番近い気持ちだ。
「あの……それで終わり?」
「え? ええ。そうですとも……あ」
エクエスはそう言うと……何かに気づいたかのようにハッと表情を改めた。
「そ、それはまだ何かして欲しいという事ですか?!
そ、その……すみません。シオン。貴方と仲良くなりたいし、もっと深い仲になりたいという気持ちは本当です。ですが、その……その、わたしは先ほどのき、キスで勇気の大半をもう使い果たしているんです。
その……その、冷静さを、平静を装ってはいるものの、本当はその……もう……もう限界なんです……!
ですので、何かしてほしい時は、その……徐々に段階を踏んで……欲しいです」
つまるところ、僕の脳みそが茹っているのと同じように、エクエスのほうも羞恥心が振り切れそうなぐらいに恥ずかしく思っていたという事か。
「あ、うん。……それじゃ、また」
「あ、はい。また」
「……」
「……」
「……それじゃ」
「……え、ええ」
沈黙が降りる。けれどもそれは不快なものではなく。
お互い耳まで真っ赤になりながら、僕らはお互いの仕事に戻るのであった。




