第十九話『そんなつもりは、なかったのに』
七月二日、修正しました。
色々とご意見ありがとうございます。
それにしてもこの『鋼木』が建築資材としても優秀だったとは。
手伝ってくれたレグルスさんとその仲間の方にボーナス出さなきゃなぁ、と思っていた僕の耳元に声が聞こえた。
「こ……これは一体……?!」
視線をそちらに向けると、ボアレス族長はわなわなと体を震わせながら驚愕の呻き声を漏らした。
まぁ、驚愕もするか。
ボアレス族長の口ぶりから察するに、今まで木々を伐採しようという試みは何度もあったのだろう。
それを……自分たちより能力の低いと内心見下していた相手があっさりとそれを成せば驚きもするか。
「い、一体どうやったのだ! 我々より遙かに力も素早さも劣る低地民ごときが、どうして……!!」
「大勢の人の知恵の集まりがこの道具を作り上げました」
そう言って僕はレグルスさんたちに合図してもう一度同じ事をやってみせる。
鋼木が僕の持つメタルセイバーにあっさりと切断される様を見せれば、目玉が飛び出るような驚きようだった。
「族長ボアレス様。僕はこれを貴方達に売る準備があります」
「な……なんだと?!」
ボアレス様は目を見開きはしたものの、しばらく言葉もない様子だった。
理で言うなら、彼は受ける以外の選択肢などないはずである。彼がエクエスとの取引を嫌がったのは、一度騙された経験があったからだ。
しかし今目の前にあるメタルセイバーは、ほんの数時間でこれほど多くの木々を伐採し、開けた空間を生み出すほどの力がある優れた道具。自分達が喉から手が出るほど欲しがっているモノ。そしてなにより、取引する現物が手元にある。
「その代わり……どうか、エクエスの言葉に今一度耳を傾けて欲しいのです」
「えっ……」
周囲の高地人が、次々伐採される木々に驚きやってきていたがエクエスもそれと一緒に姿を現していたのだ。
僕は声を上げて彼女を呼ぶ。
「あ。あのシオン。どうしていまさらわたしを?」
「どうしてって。僕らの目的はボアレス族長に岩塩の採掘を認めてもらうことじゃないか」
「それは、一度断わられて」
僕は、エクエスの肩を掴んで、とんとん、と叩いた。
「バルキス男爵が不正行為を行った。それは悪い事だ。
公爵家の代表としてやってきた君はその事に対して責任を負う。これも確かだ。
でも、エクエス。……僕らはまだ、騙された被害者の方々にちゃんと謝罪をしていないじゃないか」
エクエスは、はっとした様子で言葉を呑む。
「確かに公爵家はバルキス男爵の不正行為に気づかなかった。ならまず謝罪。筋を通してから改めて言うべきだ。
『誠にもうしわけなかった。あなた方が我々に不信を抱くのも無理からぬこと。だけども、どうか今一度だけ、信頼を回復する機会をください』と。
きちんと、そう言うべきだろう」
「……そうですね、シオン」
エクエスはこくりと頷き、昨日見せた、打ちひしがれた様子から立ち直り、堂々とした姿でボアレス族長に頭を下げた。
族長は、僕に『耳を傾けて欲しい』と言う言葉を律儀に守っているのだろう。唇を閉じ、エクエスの言葉を待つ。
「まず……生家であるバルキス男爵家が、火蜥蜴の氏族の方々に多大なご迷惑をおかけしていたことを、フェズン公爵家の娘、エクエス=バルアミーが正式に謝罪させていただきます。申し訳ありませんでした、ボアレス様」
「……う、うむ」
ボアレス族長は、目を白黒させながらも頷いてみせる。
エクエスは続ける。
「そして、我侭で、あつかましい事を申し上げている事も自覚して申し上げます。
どうか……どうか、もう一度我々に誠実な取引を行う機会を賜りますよう、お願いいたします」
僕も、エクエスも深々と頭を下げる。
ボアレス族長は……少し悩んでいるようだった。
理性では鋼木さえもスパスパと切断できるメタルセイバーは欲しい。
だが、今まで憎悪していた相手が謝罪したとはいえ……すぐさま尻尾を振るかの如く、話を受けるのもこの老人の矜持を傷つけるのだろう。
損得勘定をはじき出せる理性か、貴族に対する憎悪の感情か、彼がどちらを優先するかにかかっている。
「……我が火蜥蜴の一族は、貴族や平地人とは取引をせぬ!」
「ッ!!」
だからこそ、その決断の言葉に、僕やエクエス、レグルスさんたち平地人の全員が驚きで目を見開く。
それはメタルセイバーの驚異的な伐採力を見て感動していた高地人たちにとっても意外だったのだろう。口々に族長へと思い直すように声をあげた。
「ただし……ルコッチャ!」
その雷のようなボアレス族長の叫びは、まるで全ての問いかけに対する返事のようで、里随一の狩人の名を呼んだ。
呼ばれれば――木々が軋み、しなり、樹木を足場として飛猿の如き疾風の勢いでルコッチャが飛んできて、ボアレス族長の前で跪く。
「族長様、お呼びですか?」
「このルコッチャが申すには、シオン殿。貴方は長男ではなく、継ぐ家もない……そう仰ったそうですな?」
「はい」
そういや初対面の時の会話で、そんな言葉を交わした気もするね。
「つまり、貴方は貴族ではないという事か」
「そういうことになります」
ボアレス族長は僕の言葉になんでか満足そうに頷く。
「シオン殿。先ほどミルカより話は聞いた」
「はい……?」
何を意味するのか良く分からない僕は鸚鵡返しに聞き返し。
「そこなルコッチャと婚姻を行った場合に限り、我が火蜥蜴の氏族は、我が身内としてシオン=クーカイ殿、貴殿個人を親族と遇し、岩塩の交易を認める」
「……え」
僕は思わぬ展開に呻き声を喉奥から搾り出した。
ちょっと待て。ちょっと待って!! 何で連合の危機を救うために足を運んだこの里でお嫁さんを貰わなきゃならないんだ!!
「……うう。うう……」
とりあえずそう叫び声をあげようとした瞬間……エクエスが小さく、苦し気な声を溢す。
今ここの瞬間で否定しないと人生の全てが決定づけられそうなタイミングであるけど、しかし気になって思わずそっちを向く。
エクエスはなんだか眉間にしわを刻み、まさに苦渋の表情を浮かべていた。
なんなんだ。人生を左右する難問に直面しているのは僕で彼女ではないだろう。
「……とてもいやです。シオンの傍に新しい女が増えるのはとても好ましくありません……国の一大事とはいえそういう事をするのはいやですが……。
シオン……」
エクエスがなんだか据わった目で僕を見ている。おしおきとはなんだか心ときめくが、なんなんだ。
彼女は僕に頭を下げると、僕の唇に指をあてる。
「……シオン。後でおしおきを受けます。ですからどうか……ルコッチャをお嫁さんにしてください」
「ん……(なんで)? んん……?!(あれ?!) んんー……?!(しゃ、喋れない?!) …………んんー!(こらーエクエス!) ……………………!!(なにをしたんだ!!)」
エクエスの指から発される魔力が、僕の唇を上下にふさいで離れる事を邪魔する。
そのせいで何を叫ぼうともくぐもった声にしかならない!!
そうして僕が両手をあげて抗議の意思を身振り手振りで示そうとするのをごまかすように、エクエスが叫んだ。
「感極まって咽ぶシオンに変わりわたしが返答いたします! 誠にありがたい話、受けさせていただきます、とのことです!」
「うむ」
やめてぇ! 既成事実を築かないでぇぇぇぇ?!
ちょ、ちょっと待ってってエクエス! 僕はルコッチャの事は、敬意を感じるが、同時に嫌いだと明言していたのに!
けれどもエクエスの卑劣なだまし討ちで僕は反論の言葉を上げることさえ許されない。
エクエスの立場からすれば、申しわけないが……連合の塩不足解消のためなら、僕を新婚生活に突き落とすぐらいなんでもないのだろう。
僕個人も、火蜥蜴の氏族から引き受けた荷物をそのままバルアミー公爵家へと流すことに異論はない。
しかし結婚だって?! 僕は顔が真っ赤に染まって耳まで熱くなるのを感じた。
前世を含めても結婚した事なんてない。
心臓の弱かったかつての僕は、いつ死んでもいいようにと遺書は歳ごとに更新していたし、そんな僕は恋人も妻も作らず、飛行機を作ることに心血を注いでいた。
だから結婚は前世も含めて初めてだ。
「あの……シオン、本当にごめんなさい。その……」
「……」
自分の行動の酷さを自覚しているのだろう。エクエスは僕の唇から指を離すと土下座せんばかりの申し訳なさそうな表情を浮かべる。僕はエクエスの頭をごつん、とちょっと強めに叩くと視線を別に向けた。
ルコッチャは族長の言葉にびくん、と身を震わせ――けれども口元を隠す両手からこぼれた笑顔は嬉しそうに緩んでいた。
族長は彼女を見る。その目は僕やエクエスに見せるものとは違い、大変に優しげだった。
平地人に対して軽侮や憎悪こそ持ってはいるが、身内に対しては大変に穏やかで優しいことが伺える。慈父のような目でルコッチャの頭に触れた。
「お前の両親……ゾズマとファサリの二人が狩りの最中、命を落とした時、胸が張り裂けんばかりの悲しみだった。
あんなに幼い娘であったお前が、両親の代わりに妹二人の面倒を見るという言葉に二人から受け継いだ甘えることを許さぬ誇り高さを見た。
……ルコッチャ、我が娘よ。父ならぬ身では、お前の願いはこんな形でしか手助けしてやれなかったが……どうか幸せになっていることを願っているぞ」
そうして、ボアレス族長は僕を見て――笑った。
「シオン殿、罠に嵌めたような形で申し訳ない。親馬鹿者と笑ってもらって結構」
結婚を認めるエクエスの返答に、高地人の人々はこれで思うままに木々を伐採できると大声で喜び。
その歓声の最中でボアレス族長の言葉がはっきり認識できたのは、望んだ相手の耳元にのみ声を届ける伝音入密の魔術に他ならない。
ルコッチャは僕を見る。
相手の選択肢を奪った上での結婚の強要に、僕が怒っていないか不安で仕方ないのだろう。
老いて腰が曲がり、自分よりも小さくなってしまった族長の影から僕をちらり、ちらりとのぞき見ている。目にちらちらと浮かぶ不安の色。
ああもう、そんな捨てられた子犬みたいな目をするんじゃない!
僕はつかつかとルコッチャに歩み寄る。びくり、と震えた彼女はそのまま逃げだして、今度は同じくやってきた妹のミルカさんの背に隠れた。相変わらず身長も横幅もルコッチャのほうが大きいのでまるで隠れていないのだが。
「君は嬉しいのかいやなのかどっちなんだ」
「う、嬉しくて変になりそうなの」
接近する僕に対して怯えるルコッチャであったが、流石に新しい隠れる相手を発見することはできなかった。ミルカさんが姉の大きいお尻を押して『どうぞどうぞ』と差し出したからである。
とにかくこんな状況ではまともに会話さえできやしない。
僕はルコッチャの手を引いて歩き、周囲に人影のいない場所まで連れて行った。
流石にあんな会話の後で、追いかけてきて聞き耳を立てるという下世話な真似は誰もしなかった。
「ルコッチャ」
「あ。うん」
「僕は先も言ったとおり、君に恋愛感情はない。君に対してあるのは……まだ憐憫だけだ。君を愛する保障などないぞ。僕が誰を好きになるかなんて僕自身にさえ分からないんだ」
なんだか、罪悪感が疼く。
告白をしてくれた相手にお断りの返事をするのもこんな気持ちなのだろうか。
だが、嘘の答えはしてはならない。ひどくとも、傷つけようとも、すっぱりと答えておくことが、せめてもの誠実さだろう。
「あ、あなたを好きになったのはわたしの勝手。あなたがわたしを好きになっていないのも、あなたの勝手。
できるのは好いてもらえるように頑張るだけ」
僕は、小さく呼吸をした。
「僕の答えは昨日の夜と変わらない。僕にはやりたい事があって個人的な幸福にかまけている暇はあまりない。
それでもいいなら。いつか結婚するかも知れないと多少意識をする程度の、ただの友達あたりからはじめよう」
「は……はい」
そうして僕は……連合と帝国の戦争を回避するため、エクエスのお供をする中で何でか嫁候補を一人手に入れてしまうのであった。
そんなつもりは、なかったのに。




