第十七話『きみのことなんて、全然好きじゃないんだからねっ///』
そんな風に話していると……ミルカさんは、大きく目を見開いて……ぽつりと呟いた。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん。今の全部聞いてたよね?
こんなに優しい人初めて見た……お姉ちゃん、シオンさんの事、絶対に逃がしちゃダメだよ……?」
どういう意味なの? と尋ねようと思った僕の目の前で――ミルカさんが、先ほどから妙に静かな簀巻きから降り、縛っていた縄を解いた。
はらり、と解けた布団の中には……ルコッチャが真っ赤に潤んだ目で僕を見つめていた。
そしてゆらりと立ち上がり、僕を見つめる。
その色気の溢れる呼吸。ついさっきまで簀巻きにされて息苦しさでハァハァと熱っぽい声をあげているに違いない。今の台詞を聞いて胸がキュンとときめいたからからじゃない。頼むからそうだと言ってくれ。
僕を見つめる視線が愛しさで濡れているのは彼女が小さくて可愛い男が好きな性癖だからだ!
頼むからそうだと言ってくれ! 本気の本気だと思わせる目で僕を見るんじゃない!
僕は先手を打って明言しておくことにした。
「いいか、ルコッチャ! ミルカさんから頼まれたけれど、僕はルコッチャの事なんか全然好きじゃないんだからな!!」
下手なツンデレか。僕は叫んでから自分の台詞をそう反省した。
「わ、わたしシオンのこと、今ので『かわいい、すき』から『すきすきだいすき!』なった! わたしシオンの事大好きっ!!」
「人の話を聞けよ!!」
正面から否定したというのにルコッチャの言葉はまるで躊躇いがない。
次の動きは雌豹のように初動が舐めらかで、僕は彼女の抱きつきを、相手の顔面に腕を伸ばして防ぐ。
けれども野獣を相手どってきたルコッチャの身体の素早さは想像より早い。僕の手を持ち上げて近づいてくる。そのまま胴に抱きつかれ……ぐい、と持ち上げられてしまう。ちくしょう、屈辱だ!
「シオンはとっても優しい。あなたが優しいのが嬉しい。ふわふわする」
「落ち着け、馬鹿。……僕は言ったろう。ミルカさんには悪いが、君と結婚する気はない」
「う~……」
巨大な肉食動物に懐かれるのはこんな感じなのだろうか。
ルコッチャは機嫌よさそうに僕の頬に自分の頬を擦り付け、そのままばたんと一緒にベッドの横になる。
困ってしまって僕はミルカさんに助けを求めた。
「み、ミルカさん」
「お姉ちゃん。離しちゃだめだよ?」
「ん!」
しかし僕が何か言う前にミルカさんは、長年の胸のつかえがとれたかのような晴れ晴れとした笑顔を浮かべて退出してしまった。
ルコッチャは……ぐりぐりぐり、と頬を擦り付け、柔らかな胸を押し付けてやたら煩悩を刺激する仕草を続けてくる。お世辞にも常識はなく、童顔で、小さくて可愛い子が好きという色々問題のある蛮族だったが、しかし困ったことに女の肉だけはこれでもかというぐらいに豊かでやたらと煩悩を刺激してくる。
「シオン……シオン」
まるで子猫が母猫に甘えるような声。
体が密着するけれども、彼女の声には艶めいたものがない。
何と言うか、好意を抱かれてはいるが、その好意を現す手段が、ハグとキス止まりなんじゃないかと僕は思った。
……触れてくる体付きは細く強靭に引き締まっている。絡みつく腕も足も、しなやかな筋肉に覆われていた。剣鉈を扱わせれば驚くべき腕前であるというのは……船の中でレグルスさんとキスカさんの話で聞いている。
そうなるために、どれだけのものを犠牲にしたのだろう。
両親の早逝という不幸を前にして。それでも妹二人をどうにか正式な結婚式を挙げられるぐらいに頑張ってきたのだ。
妹のために懸命に働いてきた彼女が幸せになる相手として僕を選んだのであれば……僕もまた、きちんと回答する必要があるのではないか。
とりあえず般若心経を唱えて煩悩を退散させながら答えた
「……ルコッチャ」
「んぅ」
「本当にお疲れ様。ご苦労様。二人の妹さんは君のおかげで、立派に花嫁さんになって幸せになる。
もうそろそろ君だって花嫁さんになってよかろうよ」
僕を、期待でキラキラした目で見るな。
「……だがな、ルコッチャ。僕は君の事があんまり好きではない」
「うぐぅ……!」
ルコッチャから胸を刺されたような苦悶の声がする。
「あんまり好きではないけど、君のその妹のために頑張ってきたこれまでの事には敬意を表する。凄いことだと思う。
君が幸せになるためには可能な限りの手を貸すつもりだ」
「じゃあ今から結婚式!」
僕は、おちつけと彼女の頭を撫でる。
これが僕より6つも年上の女性とは思えないぐらいの直接的な好意の表し方だった。
「ただ、僕は仕事がある。僕にはどうしてもやりたい望みがあって、その望みを叶えるためには個人的な幸福にかまけている暇は正直あまりない」
「じゃあ、その仕事がおわったらシオンはわたしと結婚する」
「……その時に、君がまだその気であったなら、な」
僕の回答はしょせん先延ばしである。
とはいえ、僕とて将来がどうなるかなど見通せはしない。ルコッチャが僕以外の思い人を見つけるならそれはそれでよし。
ここでがつんと拒絶する事ができればよかったが、しかしあからさまに僕への好意を伝える人を無碍にすることも心苦しかったのだ。
ルコッチャはそのまま、するりと僕の傍を離れてニコニコしながら部屋の扉へと出ていく。
「じゃあね、シオン。嫌いにならないでね……」
「うん」
ばいばいと手を振って部屋を出るルコッチャを見送りながら僕は考えた。
まったく大勢から好かれたいと思う人の心が分からない。
人間たった一人の愛でさえ溺れるほどに深いのに、複数人からの好意を欲しがるなど。友情でとどまっているならいい。けれども複数から愛される事はいずれ誰かの愛を切り捨てなければならない。
僕はそのまま布団を被って眠ることにする。首都ガランシューを出て、その途中でレグルスさんたち冒険者を助け、ワイバーンと交戦し、そして最後にはこの騒ぎである。
疲れた、眠ろう……そう思って布団を被った僕は――しばらくしてから目を覚ました。
「………………女のにおいがする!!」
なんかムラムラしてくる!
そういえばこのお布団は先ほどまでルコッチャが簀巻きにされていた奴ではないか!!
このまま布団を被って眠ってはなんだか性欲を持て余す気がするので、胸元に被せる程度にしておいて再度眠りに付くことにした。
おまけ
「ところでミルカさん」
「はい。なんですか、シオンさん」
「鳥の羽を頭に付けたボアレス族長や、キツネ耳をフードに縫い付けたルコッチャみたいに、頭に獣の体を付けるのは、どういう風習なんだ?」
「ああ、あれですね。体に獣の部位を付けるのは、『その獣の能力が我が身に宿りますように』という願いを込めてつけるんですよ」
「ふんふん」
「ボアレス族長は鳥の羽を付けていますよね。あれは『鳥のような広い視野を持ちたい』という意味なんです」
「なるほど。指導者らしい望みだよね」
「他には兎耳とかつける人もいます。『兎のように臆病で用心深く』という願いを込めて、って事になります」
「ああ。じゃあルコッチャは?」
「キツネ耳です。キツネは狡猾、利口という意味なんです」
「ふむ」
「お姉ちゃんが頭にキツネ耳を付けるのは……『もう少しかしこくなりたい』って意味なんです」
「ああー……うん、まぁ。改めようとする意志があるだけ、きっとマシだよ。……たぶん」




