第十六話『だまされた!』
僕は……しばらく黙った。
唐突な話だけども、ミルカさんの瞳を見る限り冗談で言っていることではない。
「……とりあえずどうしてそんな事を言うのか、事情を伺っても?」
「はい」
ミルカさんは頷いて答えた。
「……わたしと上のマルカお姉ちゃん、そしてルコッチャお姉ちゃん。3人姉妹だったわたし達は、幼くして両親を亡くしました」
それは……ある程度予想はできたことだった。
結婚して独立したという次女のマルカ。末の妹のミルカ。末の妹がまだ十五歳ならご両親が存命していてもおかしくはない。
だがミルカの顔に浮かぶ悲しみの影から、病か不慮の事故か、不幸が襲ったことは想像に難くない。
「お姉ちゃんは……多分、戦う才能がある人でした。
狩人として子供の頃から両親の手伝いをしていたけれども、亡くなった後は二人がいなくなった穴を埋めるように懸命に」
「うん……」
僕は頷く。
「……この火蜥蜴の氏族の慣例では、15歳になったら本人の希望を聞くか、両親や親戚が良いご縁を探してきて、成人の儀式と結婚式を同時に行うんです。わたしも……あと少ししたらアゼルと結婚するの」
「それは素晴らしい。おめでとう」
「ありがとうございます。
……でも、ルコッチャお姉ちゃんは、自分が一家の長なのだから、自分がお父さんとお母さんの代わりなのだから……結婚する暇なんかないって言って、狩人の仕事ばかりをするようになったんです」
あるいは……両親を失った悲しみを誤魔化すように、職務に励んだのかも知れない。
ミルカは言葉を続ける。
「ルコッチャお姉ちゃんの生き甲斐は……マルカお姉ちゃんとわたしを、可愛い花嫁さんにするって事になったんです」
「それで、か。……確かにルコッチャが言ってたよ。婚活のために町に下りてきたって。……僕は最初ルコッチャ自身の婚活だと思ったけども、妹さんのためだったわけだ」
「……あんなに、頑張らなくても良かったんです」
ミルカさんは俯き、悲しそうに呟いた。
「結婚する時はちゃんと嫁入りのための引き出物や結納品を納める必要があります。
両親のいないわたしたちの家は、蓄えがなかったから、正式な結婚式を挙げる事ができない……けれども、ルコッチャお姉ちゃんはそれはダメって言って……気づけば、大人顔負けの狩りの腕前でマルカお姉ちゃんの式を挙げるお金を貯めたんです。
でも、家を守るのが女のだと思ってる大人も多くて、普通の狩人よりも獲物を狩る腕利きのお姉ちゃんを悪く言う人も多くて。お姉ちゃんは里では孤立しているんです。
その頃にはお姉ちゃんは結婚する相手のあてもなくなってました。
……お金がない家のために『花嫁さらい』の風習だってあるのに。わたしも、マルカお姉ちゃんも、ルコッチャお姉ちゃんの負担になるぐらいなら式も結納品もなくていいって言ったのに。それだと肩身が狭くなるからって……」
「あ、そうか。火蜥蜴の氏族では誘拐婚の風習が残っているのか」
僕はなるほど、と膝を打った。
誘拐婚……と聞くと、かつての僕は女性の人権を侵害する非道な強制結婚を思い出す。
しかし本来の意味での誘拐婚はもっと違っている。
物語でみんなが大好きな『意に沿わぬ政略結婚の相手を嫌い、恋人が花嫁をさらっていく』というのも一種の誘拐結婚だ。
それに誘拐結婚の本来の目的とは、ミルカさんのような経済的に困窮した人の救済手段でもある。
ある一組の男女がいるとする。
彼らはお互いに愛し合ってはいるものの、どちらの家も貧しく結納金や親族を呼んでの華やかな宴を催す余裕などない。
そういう場合、二人の友人たちが仲介役を勤めて、お互いが愛し合っている事を再確認するのだ。
そして段取りを合わせて、花婿側は花嫁を攫っていく。
花嫁側の親族が花婿側に押しかけ、そこで両親同士が相談を交わしてお互いの仲を認めるという形に落ち着かせる。しかし事情が事情なので式は開かない……。
……たぶん。そんな感じだったと思う。
本来の誘拐婚とは、経済的に困窮した人が、それでもどうにかして結婚を認めてやろうという親心から生まれたものだ。
女性の人権を侵害する残酷な誘拐婚と、本来の誘拐婚。一番大きい差は『当事者同士が望んでいるかどうか』だろう。
そういう本来の誘拐婚がこの世界にもあって僕はちょっと安堵した。
それは貧しくとも、どうにかして愛し合う子らを結婚させてやりたいという親心から始まっているのだから。
「お姉ちゃんには、幸せになって欲しいんです」
「……そうだね」
「お姉ちゃんは、わたしとマルカお姉ちゃんが幸せになるのが、わたしの幸せって言うけど。
それは……わたしもマルカお姉ちゃんも同じなのに」
僕は頷いた。
幸せの形とは人それぞれだろう。自分一人が幸福になれば後はどうでもいい、というような利己的な幸せもあれば、愛するものが幸せであるなら、自分がどうなってもいいと言い切るような幸せもある。
お互い家族同士、思いあっているのが分かる。
しかしである。
「それはわかった。ミルカさんがルコッチャの幸せを願うのは当然の話だと思う。僕も微力ながらお手伝いさせてもらおう。
……けど、どうして僕に娶ってくれなんて話になるんだ」
ミルカさんはこほん、と咳払いし……僕に耳打ちした。
「お姉ちゃんは今年で……ごにょごにょ」
「へぇ。でもそのくらいなら探せばいいお婿さんにめぐり合えるんじゃ?」
……いや、背が高いとは思っていた。豊満とも思っていた。しかし顔は童顔で、振る舞いも子供っぽいところが抜け切れてないので、エクエスと同じぐらいの年齢だと思っていたのだが。
そんな僕の反応に、ミルカさんは『我が意を得たり』といわんばかりに膝を打つ。
「そう、それです。『十分に結婚適齢期じゃないか』と思う感覚が必要なんです」
「んん?」
首を捻る僕。
「はっきり言うと、今の話を火蜥蜴の氏族の男性に話したら『ないわー』的な顔をされるんです。
この一族ではお姉ちゃんは年増なんです」
「ああ……結婚の平均年齢が低いから、もう行き遅れ扱いになってしま……あの。ミルカさん。さっきから簀巻きが激しく暴れているんだけど?」
「気のせいです」
まるで僕とミルカさんの会話内容に全力で抗議するかのごとく、簀巻きがぎったんばったんと大きく跳ね踊っている。
しかしミルカさんは、僕の疑問を一刀両断するかのような躊躇いのない口調で答えた。
そしてお尻を簀巻きの上に乗せて暴れ馬を駆るように押さえ込んでいく。
「今のが理由の一つ目ですよ、シオンさん。お姉ちゃんは火蜥蜴の氏族では多分結婚できません。それにお姉ちゃんの狩りの腕前を妬んでいるような男と結婚しても、きっと幸せにはなれません!」
「その辺は納得できるけど。……それは火蜥蜴の氏族以外の男性なら誰でもいいのであって、僕でなきゃならない理由にはならないよ?」
僕の言葉に、ミルカさんはいいえ、と首を振った。見込まれたもんだな。
「ええとですね。……お姉ちゃんはえっちなんです」
「……あの、変態を妻に押し付けられるのは真剣に困るんですけど」
冷静になった僕は真顔で答えた。あと簀巻きさっきから簀巻き、ホント何が入って中で暴れているの……?
おかしい。最初の頃はルコッチャの悲しい生い立ちや結婚できない理由から始まってなんとなくしんみりした空気だったのに、今はどうしようもないぐだぐだな空気が充満しているぞ? どういうことなの……。
「お姉ちゃんは自分が背が高い反動なのか、小さくてきれいな子が好きなんです」
「へぇ」
「つまりシオンさんのような男の子が好みなんです」
「……」
僕は多少げんなりしながら先を促した。ミルカさんは言う。
「シオンさん。……シオンさんは胸が大きい女の人が好みですよね?」
「なぜだ! なぜその秘密を知っている!!」
図星を指された僕は大いにうろたえながら叫んだ。
そんな僕を前にミルカさんは『簡単な推理です』と知的な笑顔を浮かべて答えた。
「お姉ちゃんはシオンさんみたいな可愛い子を見ると挙動不審になります」
「マジかよ!」
「そんな挙動不審なお姉ちゃんが『抱き締めていい?』と言ったにも関わらず、シオンさんはOKしました。
うすらでかく、不審人物のように呼吸を荒げるお姉ちゃんの『抱き締めていい?』と言う言葉に許可を出す。……お姉ちゃんの外見で一部の性癖の人に刺さる部分なんて胸の大きさしかありません。だからシオンさんは大きい胸の女の人が好きだという結論に至りました!」
「僕が巨乳派だというのは否定しないがちょっと待て! 色々待て!!」
僕は、がるるる、と唸りながら叫んだ。
頭の中に繰り広げられる、ルコッチャとの初遭遇シーンの思い出。
僕は彼女が不安で震えていただけだと思っていたのに……実際は好みの男の子を見つけて興奮で震えていただけだと言うのか!!
なんてこった、騙された!!
「いいか、ミルカさん! 僕はルコッチャとの結婚なんかお断りだ!!」
その言葉に、ミルカさんは、ええっ?! と驚きの表情。
「ど、どうしてですか?」
僕は腹立ちを抑えるために、意識して呼吸を繰り返しながら答えた。
「……僕がルコッチャを初めて見かけたのは、連合首都のガランシューでならず者に絡まれていた時だった。
一緒にいたエクエスは、ルコッチャを平地人よりも優れた高地人だから手助けなんか必要ないと言ったんだ。
それでも、白刃に取り囲まれた彼女に怪我はないか、と話しかけただけだ」
「……お姉ちゃんがそんな事になっていたって、聞いていませんでした」
「家族に余計な心配を掛けまいとしたんだろう。そこは責めないでやってくれ」
床に座りつつ、僕は言う。
「……僕と話していた時、ルコッチャの指先が震えていたんだ」
「え?」
「確かに、ルコッチャはあんなならずもの相手なら問題なく片付けられただろう。
けれども……人間に悪意を向けられるのは、獣を相手にするときよりも、もっとずっとキツイはずだ。
震えている指先がとても可哀想だと思った。彼女に必要なのは、『もう大丈夫だよ』と優しく肩を抱いて抱き締めてやることだと思った。どうにかしてその震える指先を止めてあげたいと思った。
だから『抱き締めていい?』と尋ねられたら……僕はいいよ、と答えたんだよ。
それだけの、話だ」
それが。
震える彼女を宥めてやろうと思って、善意から抱き締めることを許したというのに……本当は『小さくて可愛い男の子が好きで性的に興奮していただけ』というのが真実だったなんて!!
よくもだましたぁぁぁぁぁぁぁぁ!
だましてくれたなアアァァァァァァァァ!!




