第十四話『やさしいあなた、そうなってもいい』
「お姉ちゃんはお腹が空いたらでてくるのでほおっておきましょう」
などと、妹の割には余り姉を心配していない朗らかな笑みを浮かべるマルカさんさんのご相伴に預かることとなる。
適度に脂身の入った肉を、炭火で熱された鉄板の上に乗せる。肉の脂身の染み出た鉄板に大目の水と砂糖、そして醤油らしきソースを注げば……黒い液体が沸騰して、腹の減る食欲をそそる香りと、くつくつと茹でる音をたちのぼらせていく。。
「うわぁ、お砂糖は貴重やのに……」
「大事なお客様を歓待するんですから。気にしないでください。群島諸国でできた砂糖黍の砂糖が、わたしたちの食卓にあがるのは平地の人達のおかげでもあるんですから」
米が欲しい。
前世のすき焼きを彷彿させる料理の具合に腹がぐぅぐぅと不平不満をこぼし始める。
肉が出来上がると共にこの辺で取れる茸、野草の類を放り込み、水を注ぎ、砂糖と醤油らしきものを掛けまわして蓋をして茹で上げる。
特に圧倒的なのは……肉の量。多分昼頃に仕留めた獲物、猪らしき肉はこれでもか、といわんばかりに投入され、甘辛く煮立てられた山ほどの肉は見ているだけで涎が口いっぱいになってくる。
音も香りも暴力的に食欲をそそる。
米が欲しい。
あとできれば生卵も。
「平地の人からすると、お野菜の量が少なくて驚かれるかも知れませんね」
男の子としてはガッツリ肉を食えて嬉しいけれどもね。
エクエスが言う。
「高地人の方々が住むこの付近一帯は、木々の繁殖力が強いために畑が作れないのでしたか」
ミルカさんは木々を削って作った菜箸で材料を混ぜ合わせながら頷いた。
「はい。……木々はとても硬くて。一本を斧でなんとか切っても、すぐに生えてくるんです。
地下茎で繁殖するから苗木の段階で伐採も難しく、根に畑をあらされるために、お野菜は山菜を積んでくるか、平地の人との交易で得てくるんです。新しい家族が増えても、家にも限りがあるし、家を作ろうにもすぐに木が突き上げてくるし、悩みはやっぱり尽きませんね」
植生は竹や蓮に似ているのか。狩猟生活が悪いわけじゃないが、畑を作れないのは大変だな。
僕は頷きながら、前に配られたものを見た。薄く焼いたナンを思わせるパンの上にこんもりと乗っかる甘辛く煮た肉と野菜の山だ。
「それでは、この地の恵みと我々をこの地に導いてくださった蜥蜴爺へ感謝を……」
お祈りの言葉に僕も目を閉じ感謝を捧げる。
腹が減る。もう限界だ。
だが。
(……米じゃないんかー!!)
いや、おいしいのはおいしいのだ。それは間違いない。
僕は食器代わりのぱりぱりになった熱いナンの端をちぎってそれで肉の山を一抓み挟んで、そのまま口の中に放り込んだ。
美味いのだ。下手をすれば生臭さに成りかねない獣の野趣溢れる旨みが見事に調理されている。血抜きと下拵えが丁寧に施されているからだろう。
前世の猪肉を思い出させる肉の旨みとそれを受け止めるナンの相性は抜群で、いくらでも食べられそう。
そうして肉を食べ終われば、染み出た肉汁を吸ったナンを頂く訳だがこれもまた馬鹿に美味い。
すき焼きを食べ終えた後の汁をご飯にぶっかけて食べるのと同じ類の美味さ。濃密な肉汁を吸ったナンは甘辛くて肉の旨みをしっかりと吸い込んでいて、舌が楽しい。
家の主が貴重な砂糖を使って饗してくれた、客をもてなすための食事。おいしくないわけがない。
ただ僕は……すき焼きにはお米派だし、生卵を解いて食べたい派であった。
今度、米を探そう。
ナンのおかわりをもらいながら、心からそう思ったのである。
「ううっ……」
「あ。お姉ちゃん」
ルコッチャの長身が部屋の壁から目だけ出して食卓を物欲しげに見つめている。
しかし僕と目が合うと、『ぴゃあっ』と声を上げて逃げ出してしまった。
「ううん。ちょっと席を外そう」
「ああ。ではわたしも」
「ウチはお邪魔せんようにしとくねぇ」
流石に凄く失礼な事を言ってしまったルコッチャの前で食事を続けるのは気まずい。食事も終わったので僕は早めに広間から移動する事にした。
華美さはないが、隙間風など微塵もない古代王国の遺産である木の上の家は、外見よりずっと広い。それぞれ一人ひとりに部屋を割り当てるほどの余裕があり、僕はその一室を宛がわれた。
部屋に入る。
「で。何か話したい事があるの? エクエス」
「少し……堪えました」
用意された寝台に腰掛ける僕。そんな僕の膝の上に……頭を乗せるエクエス。まるで母親が耳掃除するような感じの姿勢だ。
「こら、近い」
「弱っている女に優しくするぐらいはしなさい」
むぅ。
僕は言葉に困った。
確かに族長のボアレス様から話を受けた時から、ずっとエクエスはつらそうな様子だった。
ここで岩塩鉱床の採掘に必要な交渉は、公爵令嬢として生活していたエクエスにかかっている。これが失敗する事は許されないのに……族長ボアレス様の気持ちは頑なで容易には受け入れられそうにない。
エクエスは僕の膝の上で頭を乗せて、しばらくのあとで口を開いた。
「……バルギス男爵領は……」
「うん……」
「わたしの……生家です。あなたが以前倒したドライゼンも、あの家の縁者でした。
今は、わたしの歳の離れた兄が爵位を継いでいたはずです。
……子供の頃の記憶は少なくて。母はわたしを産んだけど。……産後の肥立ちが悪く、亡くなったそうです。
……神君の血がより強く発現した証である、この銀色の髪がなくとも……父はわたしを捨てたかもしれませんね。愛する妻を殺した死因を、愛する事ができないのも無理はありません」
僕は何もいう事ができずに、エクエスの頭をゆっくりと撫でる。
彼女はそれを拒絶するでもなく、ただくすぐったげに目を細めた。
「……近隣の山々は豊富な鉱山資源を持っていたけど、バルギス男爵領は公爵領の中では珍しい、けっこうな広さを持つ食料の生産地帯だったんです。ただ……鉱物資源で豊かだった他の家に比べると豊かとは言えず。いつも周囲の家に対して『なんでうちの家だけが貧しい』と不満を持っていたんですよ」
「その劣等感が……世間知らずの高地人への不平等な取引だったのかもね。他の家は豊かなのだから、自分も不正で少しぐらい儲けてもいいだろうという悪心が芽生えたのかも」
「ええ。土地は広かったから、良い肥料でもあればもっと豊かになれたかもしれませんが」
ふぅ、と小さな声を溢すエクエス。
「公爵家からの支援もありました。けれども……わたしは生家がそんな風に、山の人を騙しているようなことをしているとは知りませんでした……」
「フェズン公爵はその事を?」
「……どうでしょう。ボアレス族長は平地の人に強い不信を持っているようでした。話しても無駄、と思っているかもしれません」
「なんにせよ、不正に関しては報告の要があるな」
そう考えていると……エクエスの手が伸びて僕の頬を抓る。拗ねたような眼差しが僕を見上げた。
「……何をするんだ」
「どうしてこう……あなたはムードや雰囲気のない言葉しか使えないのでしょう。
わたしのようなきれいな女と二人きりなのに。もう少し……もっとこう、つまりシオンが悪いのです」
「なんて絵に描いたようなワガママなんだ……」
僕は溜息一つと共に答える。
「……君は、実父を処断するきっかけを掴んだのかもしれない。
大義親を滅す。公爵令嬢としては断固として処断するべきかもしれない。けども、産みの親を破滅させるかもしれないことが君を苦しませている」
エクエスは黙った。
「……育ての親ではないけど、産みの親である人を、破滅させるかもしれない。
……そんな気持ちが、一杯で。動揺しているんだ。無理もない」
「シオン」
「うん」
エクエスは、僕のお腹のほうに顔を向けると、両手を回してぎゅーっと抱きついた。
僅かに、肩が震えている。
「優しくしてください、シオン」
「……ああ。大丈夫だよ、エクエス」
父親の不正を掴んでしまい、親子の情愛と、公人としての責務の板ばさみになった女の子を無碍に突っぱねるなど僕にはできない。
僕は、前世の子供の頃、母がそうしてくれたように、そして今生の子供の頃、モモがそうしてくれたように、彼女の背中を優しくさすった。
「僕は君の手助けをする。ボアレス族長に岩塩鉱床を認めさせる方策は思いついた。
ただ、僕には君の産みの親に関しては何もできない。……ただ、一緒にいてあげるだけしかできない。そんな程度の僕でいいなら、一緒にいるよ」
「……シオン」
エクエスは、心労の疲れでか、少しずつ眠そうな声を漏らした。
けれども、ふ、と笑う。
「先ほど……『優しくしてください、シオン』と言いましたけど」
「うん?」
「とても優しいあなたとなら……そういう事になっても……良かっ……たの……に……」
……しばらくして穏やかな寝息が聞こえてくる。
僕は彼女を起こさないように、ふとももの変わりに枕を入れて頭の位置をずらさないように気をつける。
彼女の体をベッドの中央にやってから、シーツを被せ、毛布を着せてやった。寝間服の着替えまでは専門外だから服に皺が付くことまでは責任が持てない。
「おやすみ、エクエス」
僕はそう言って外に出、ゆっくりと扉を閉めて。
彼女の言葉、『優しくしてください』と『そういう事になっても』という言葉はどういう意味だったのかと考えて。
ぼっ、と燃えるように真っ赤になった自分の顔を自覚しながら、元の大広間に戻るのであった。




