第十三話『ヌレギヌなのに!』
高地人のお家は、毛皮を纏った山奥とは思えないほどにハイテクである。
生い茂る木々の上に設置された家々。安定性を高めるためにワイヤーが張り巡らされており、バランスを保つようになっている。
木々の上にある家から地上に降りるには専用のエレベーターがあるのだが……身体能力に優れた彼ら高地人はわざわざエレベーターを待つなどせず、建物の三階くらいある高さから平気な顔でジャンプして着地していた。
そんな訳で、僕らはルコッチャに招かれ、彼女の自宅へとお邪魔することになった。
「ここがわたしのおうち!」
「お姉ちゃんっ! もう帰ってきたって聞いたけど、本当だったのねっ!」
家の扉が開く音と共に中から小柄な少女がでてきた。先ほどの族長が言っていた、ルコッチャの妹であるミルカなのだろう。姉の背丈を縮めて何歳か幼くしたような、笑顔の似合う可愛らしい子だった。
ミルカは僕らを見て軽く会釈する。
「初めまして、ミルカと申します。姉がお世話になっています。
……族長からお話は伺ってます。どうか我が家と思っておくつろぎください……ね?」
視線が僕の顔を捕らえた辺りでミルカさんの声が止まる。
そして姉であるルコッチャと客人である僕との間を、視線を行き来させながら……言った。
「……あの、ええと」
「シオン=クーカイといいます」
「あ、はい。シオンさん、お姉ちゃんが何か変な事を言ったりしませんでしたか? こう言ってはなんですけど……シオンさん、凄く姉好みのタイプなんです……」
「それは……い、いえ……その」
言うまでもなく初対面の時からルコッチャの言動は変であった。
目の前のミルカさんのために、町で拾った僕をお婿さんとして拾って帰ろうとしたのだから、発言も行動も極めつけに変である。
しかし流石にご家族の前で、そんな事を言うのは気が引けるので、僕は目を逸らして言葉を濁した。
「お姉ちゃん!」
「え? うん。なぁに、ミルカ。ミルカのために可愛いお婿さんを連れてきた」
「……せっかく言葉を濁したのに、ルコッチャ自身で言っちゃったか」
僕の言葉とルコッチャの考えなしの自白でおおよその事は察したのだろう。
ミルカはまなじりを吊り上げて怒った。
「お姉ちゃんのばかっ!」
「ええっ?! でも、わたしの勘はいつも百発百中って知ってるよね? わたしの勘が言ってるの。このシオンは小さくて可愛い。とても良いお婿さんになる……!」
「……なんでそんな期待をされているんだ」
僕は思わずぼやいた。
僕や隣で顔を見合わせているメーコちゃんとエクエスを無視して姉妹の口喧嘩は続く。
「そんな事言って……!! 確かにもう結婚したマルカお姉ちゃんは、恋人のアルシムさんとはお姉ちゃんに紹介されて付き合いだして、結婚してからは凄く優しい旦那さんって惚気てくれるけど……そもそも、わたし前お姉ちゃんが紹介したアルシムさんの弟の、アゼルさんと、その……お、お付き合いしてるの!! 期を見て式をあげるのっ!」
「えええぇぇぇぇ~~~~!!」
ルコッチャが驚愕の色を浮かべて驚く中、一応当事者? であるはずの僕は黙って姉妹喧嘩の様子を眺めるしかない。
そろそろ家の中にお邪魔したい……。メーコちゃんとエクエスが『いつ入れるんかなぁ?』『あくまで客分ですので家主のご許可を待つべきです』と話す声が聞こえる。
妹が気づかない間に結婚したい相手を決めていた事に驚いたのか、ルコッチャはびくんっと体を跳ねさせると……なんだか申し訳なさそうな目で僕を見た。
こ、こっち見んな。
「ううっ、ごめんね? シオン……可愛いお嫁さん用意できなくて……ごめんっ……」
「……頼んだ覚えは一度もないから気にしなくていいよ……」
「か、可愛くないお嫁さんなら今すぐ用意できるよ?」
「自分を指差しながらさりげなく売り込もうとするなよ……ちゃんとかわいいよ、ルコッチャ」
「はうっ」
「あ、あの……姉が大変失礼をいたしました。キュンキュンときめいている姉に代わってお詫びします]
「もう終わったことだし別に良いよ……」
そんな風にお話を続けていた僕らだったが……流石に玄関先での長話の流れを変えたいと思ったのか、エクエスが手を上げる。
「あ。あの。ところで……家主の方にご挨拶をしたいのですが?」
「え?」
意味が分からないという様子で、エクエスの言葉に首を傾げるミルカさんとルコッチャの姉妹。
エクエスは言葉を続ける。
「こちらの火蜥蜴の氏族の方は年上から順々にご結婚をなさると聞きました。
それならルコッチャにも旦那さんがいらっしゃると……」
「ううううっ~……」
低く呻くような声に、これはいけない、と僕は本能的に察した。
ルコッチャは……まだ若い。僕より年上ではあるだろうけど、十分結婚適齢期のはずだ。
だが、この火蜥蜴の氏族という共同体では、本当に結婚適齢期なのだろうか? ルコッチャの妹たちのうち、姉のほうは既に結婚をしていて、妹のほうであるミルカさんのほうも既に結婚を考えている男性がいるという。どちらも彼女より遙かに若いのに。
しかしルコッチャの反応はどうみても夫がいる女性のそれではない。つまり、結婚していない自分に強い引け目を感じている可能性が大なのだ。
そんな彼女の様子を知ってか知らずか、エクエスは礼儀正しい反応のまま……火に油を注いでいく。
「あ……きっと出かけている狩人の中に、ルコッチャの旦那さんがいたのですね。失礼しました」
「ううううっ~……!!」
エクエスの絵に描いたような慇懃無礼に僕はむしろ感心した。ルコッチャのマフラーに隠れた唇から、ねこさんの唸り声のような不平不満の声がする。、
とはいえ、一概に責める訳にも行かない。エクエスは彼ら火蜥蜴の氏族の風習に詳しかったのだから、ルコッチャはもう既婚者だと思い込んでいたのだろう。
それに対してメーコちゃんは火蜥蜴の氏族の風習には詳しくなかったから、ルコッチャが結婚していない事をおかしいとは思っておらず。
前世を持つ僕は、結婚に対してそこまで焦る必要はないのだと思っていた。だからこそエクエスに言う。
「こら、エクエス。そんな風に行き遅れなんて言うんじゃ……」
「……はずか、はずかしい……いじめないで、うああああぁぁぁぁあ~ん!!」
だが、まるで僕の発言こそが真のトドメであったと言わんばかりにルコッチャは大きな声を上げて家の中に入ると――そのまま家の中の部屋の一室に飛び込んでいって……がちゃん、ばたん、と音を立てて部屋に閉じこもってしまったのである。
僕は、ちょっと黙った。
振り向くとエクエスとメーコちゃんが、ケガラワシイものを見る目つきで僕を見ている。
「……おい、待て。ルコッチャを言葉でいじめていたのはエクエスであって、僕はいじめるつもりでは……」
「シオンくんのアホ」
「そ、そうです、これはすべてシオンがいけません」
「あ?! エクエスてめぇ僕一人にルコッチャを傷つけた全責任をおっかぶせて自分は知らんぷりをする気だな!?」
公爵令嬢とも思えない卑劣な目論見に僕は思わず抗議の声をあげたが、しかし家主側のミルカさんさんまで僕に微笑みの裏に隠れた怒りの眼差しを向けては抵抗できるわけもなく。
僕は30分ほど正座させられてお叱りを受けるのであった。




