第十二話『ぬぐい難い不信』
『よぉし、高地人の里が見えた。……ルコッチャ、エクエス様、彼らの里で動きがある。接近してくる飛翔船を警戒しているんだろう。ハッチを開く。交渉を頼むぜ』
ギュスターヴの言葉と共に、予定外の人員で一杯になった格納庫のハッチが開放される。
白銀嶺を纏ったエクエスはルコッチャを抱きかかえ、先に降下制御で先行。
少し時間が経過し、エクエスからの念話が聞こえてくる。
『……話が付きました。シオン、皆さんを降ろしてかまいませんよ』
そしてザスモーを身に纏った僕は……。
「はーい。一列に並んでくださいねー。一人ひとり降下制御で降ろしていきまーす」
と、一列に並んだ冒険者チームの皆さんに魔術を掛けていくお仕事だ。もう男が飛翔甲冑を纏っている事は隠しても仕方ないし。
最後の一人を送り終えて、準備完了。
「で、ギュス」
『流石に着陸スペースがないからな。俺は一時帰還するぜ』
「ああ。すまない」
「ほんなら叔父さん、ウチも降りておくからねぇ?」
『風邪引かないようにしろよ』
そう言いつつ僕はメーコちゃんをザスモーの腕に抱えてゆっくりと縦横無尽号から身を躍らせる。
脚部スラスターを軽く噴出し、森の中へと緩やかに降下していく。
「……森が濃い。それに……なんだ、これ」
「初めて来た人は驚くって聞いたけど、確かに凄い光景やねぇ」
メーコちゃんも僕も少しの間驚きを隠せない。
非常に濃い森の中……その木々の枝の上に、家が建っている。
……高地の濃密なマナによって原住生物が凶暴であることは道中のアクシデントでいやというほどに実感した。地上で生活するのが危険ということは分かる。だが……そう、木々の上に立てられている家屋の全てが……今まで見たこともない金属でできていた。
例えて言うなら山奥の秘境で贅を尽くした高級ホテルを見つけたのと同種の驚き。
とんでもないほどの場違い感だ。
「こちらです、シオン!」
そうしていると……木々の上に作られた大きな広場でエクエスが手を振って呼んでいる。
僕はザスモーをそちらに降着させてメーコちゃんを降ろした。
ルコッチャが前に進み出て丁寧に一礼する。
「いらっしゃい、シオン。ここが火蜥蜴の氏族の里。さ、早速小さくて可愛いお婿さんを見つけてきたと妹に紹介する」
「後にしてくれ」
「……シオンくん。それは後なら話を聞くつもりがあるってことなん?」
メーコちゃんが怖い顔をしてかなりムッとした様子で睨みつけてくる。それを意識的に見ないようにしながら目を背けると……僕は不可解なものを見た。ルコッチャを見る男性の狩人の眼が、なにやら不快げな色を帯びている。何か罪人でもみるような、嫌な目だった。
どういう事かと思ったが、周囲の狩人たちが膝を突いて敬意を示す姿に習い、僕も膝を突いた。
その敬意を受ける相手、この広場にやってきた大きな獣の皮と鳥の羽で象った冠の老人に視線を向ける。
ルコッチャを初めとする周囲の高地人たちが恭しく一礼するところを見れば……彼がこの集落のまとめ役であることは明らかだった。さすがに空気を呼んでメーコちゃんも口を噤んでくれる。
「古代王国の英雄、『蜥蜴爺』に導かれし我が火蜥蜴の村落にようこそ。
わしはこの一族の長、ボアレスと申すもの……平地の民の長、フェズン殿の書簡、確かに拝見いたした」
「フェズン公爵の娘、エクエス=バルアミーと申します。……ボアレス様、このたびは時間を割いていただきありがとうございます。
……初代フェズン公が火蜥蜴の氏族の方々に、山奥を貴方がたの自治領と認めている事は存じております。
ですが、此度は我が一族の危機。どうか採掘をお認めいただきたく……」
だが……ボアレス老人はエクエスの言葉を制するように手を掲げて発言を押し止める。
「……それで? それで何を対価にお支払いいただけると?」
「え?」
「我々は貴殿らの事を尊重してまいりました。そちらの冒険者の方々が参る時も宿を貸し、食事を与え、すべて物々で交換してまいりました」
「それはもちろん……相応の対価を」
「この山奥で、使い道のないお金を支払われても困る」
エクエスは、思わず言葉に詰まった様子。
僕は、ボアレス老人の言葉に込められた不快の意志に気づいた。
この方は……低地の人々に対していい雰囲気を持っていないのが分かる。
「平地の民は信用ならぬ」
「なぜ……そう思うのですか?」
「我々は半年前までは、比較的近い位置にあるバルギス男爵領と交易をしていた」
ん? 聞かない名前だけど誰のこと?
そう思った僕だが……エクエスの顔が、くしゃりと歪んだことから……恐らくそれなりに見知った相手の事だと察しが付いた。
「この山の木々は、高密度のマナで生まれ育ったために実に強い繁殖力を持つ。斧で斬っても斧が刃毀れし、必死になって畑を作っても根が養分を吸い尽す。
だからこそ畑を作れぬ我々の主食は、獣の血肉を除けば山で取れる山菜や木々の実。交易の場合では、山では得られぬ野菜や小麦、果実、香辛料などを主に交換していた。……そんな状態が何年も続いていたが、半年から少し後、山奥に来た太った商人がこういったのだ。
『貴方達は騙されている』と。商売をするなら一つの相手ではなく、大勢の商人がいる首都で、大勢の商人が付ける値段の中から一番高値で買ってくれる相手と取引するべきだ、と忠告をしてくれたのだ。
実際にそうしてみて……とても驚いたものだ。バルキス男爵と絶縁するのも当たり前だろう」
「……それは」
「平地の民の長の娘よ。山で生きることは実に厳しいことなのだ。嘘偽りは許されない。わたしは、嘘つきを信じない」
「ボアレス様、待ってください……それはバルギス男爵一人が……!」
「貴族は嘘を付くものだ。……そうだろう? 先代のバルギス男爵の実の娘である貴女が、生家を庇っているとなぜ言い切れない」
ん?! と僕は思わず目を見張った。以前エクエスに教えては貰ったが、ボアレス老人の言葉が正しければ――そのバルギス男爵家が幼い頃のエクエスを、公爵家の養子に出した家だという事になる。
だが、余りに予想だにしなかった指摘に、エクエスは身を震わせていた。
「……ど、どうして?! それをご存知なのですか?! その事は生家の人間と公爵家の一部のものにしか教えられていないはずなのに……!!」
「先ほども言った太った商人が教えてくれた。『平地人の姫君がここにくるかもしれない。だが、彼女は生家を庇うような事を言うかも知れない』とな。
あの太った商人のいう事は正しかった。我々は山の民、誠実さに欠け、能力も劣った平地人と接するなど血の穢れぞ……」
「待ってください。ボアレス様」
ボアレス老人がなんだか差別発言っぽいことをした気がするが今はいい。
僕は思わず反射的に発言を求めて声を上げていた。
「その商人の名は?」
「カマスのラゴン。……そう名乗っていた」
なんてことだ。
僕は敵の商人の、想像よりも遙かに長い視野に思わず舌を巻く。
連合を経済的に苦しめる恐るべき商人、ラゴンは数ヶ月前から仕込みをしていたのだ。高地人に、平地人への不信感を煽らせる。話を聞くと実際にバルキス男爵は不正を働いていたようだし、不信を植え付けることは簡単だったろう。人の心を変えるのに、真実ほど強いものはない。
ボアレス老人は言う。
「岩塩の採掘は許さぬ。貴族は嘘つきだ。
……とはいえ、もう夜も近い。宿を用意させるゆえ、今宵はそちらで休まれるがよかろう。
レグルス殿。キスカ殿。貴方がたの宿も別に用意させておる。今日はそちらへ」
がっくりと項垂れた様子のエクエスは容易には立ち上がれず。
「あ、あの、ちょ、長老様。……わ、わたしの家でいい?」
「……ああ。姉のほうのマルカも輿入れし、妹のミルカしかおらぬのだったな? 人が多いほうがミルカも喜ぶであろう。そうなさい。ただ外からの客だ。失礼のないように」
こっくりと頷くルコッチャは――そう言うと、取り残された形の僕、メーコちゃん、項垂れたままのエクエスに言う。
「……さ、用件は済んだし。妹に紹介!」
「……忘れてた!」
そうして僕ら三人はルコッチャのおうちにお邪魔するのであった。




