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異世界空中活劇!  作者: 八針来夏
第二章『連合編』
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第八話『それは違うよ』

 連合首都であるガランシュー。

 現在の僕は報奨金に手をつけなければ、都心の一等地にお屋敷を構えて左団扇な生活を送れたが、生憎と前世からそんなものには興味がなかった。

 新しいものを。

 より早く、より巧みに空を飛ぶ機械を作りたい。

 その胸の奥底から湧き上がる情熱はたかが一回死んだ程度で終わる訳がなく、結局僕はスヴェルナ商会の社員寮の一つをお借りして生活をしていた。

『むぅ~!! シオンくん、なんでウチと一緒のお部屋で生活するのはいやなんよぅ!!』などとメーコちゃんがお怒りであったが、そんな事言われても。

 オマケにメーコちゃんは今の台詞を社員全員の前で言ったりしたので僕のスヴェルナ商会内での仇名は『若旦那』である。




 ……ヤバイ! もしかしなくとも外堀埋められてる?!





 さすがに大陸を二分する『連合』の首都ガランシューは人通りが多い。

 様々な国籍、人種の人が視界のあちこちに広がっており、また沿道では店先に野菜や魚、肉類などを切り分けて威勢のいい掛け声と共に打っていたりする。

 

「さー、どうぞどうぞ! 凍結の魔道具で、はるばる海岸からガランシューまで新鮮なままやってきた牡蠣だよ! 熱々の牡蠣にレモンをかけてどうぞ!」

「一つお願いします」

「毎度ありー!」

 

 硬貨と引き換えに本日の昼食を買う。

 熱々の牡蠣にレモン汁をかけて、薄く切った固めのパンに乗せたモノを噛み締めれば、牡蠣の濃密な味わいとさっぱりした柑橘類の滴りが口の中でとろけて実に美味い。

 先日も此処を通りかかった時は、捌いたばかりの牛の臓物を醤油らしきソースと野菜で煮立てた鍋物を椀に抱えて掻っ込んだ。

 外見はまさしく屠殺現場のようにおそろしく野卑ているのだが、非常に肉の甘みが濃くて酒やら白米やらが欲しくて仕方なかった。

 天蓋領域でモモが作ってくれた食事も悪くはなかったが……やはり、彼女の作る料理は完璧な計算に基づいて作られた、肉体の成長と健康を第一に考えた献立だったのでなんとなく薄味だ。

 健康食よりも、味が濃くて体に微妙に悪い不健康食を食べたいときもあるのだ、男の子だし……。

 それにしても、こうして商店を見てみると、氷の中で鮮度を保たれたまま活け〆された魚や水槽を泳ぐ魚も見かけるのだが……前世で見かけたあの魚にお目にかかったことがない。

 意を決して尋ねることにした。


「すみませーん」

「おう、なんだい坊ちゃん」


 成人男性に対して子供扱いとは。なんと失礼な呼び方なのかと思ったが、僕はそんな気持ちを押し殺していかにも魚屋といった男性に尋ねた。


「沢山魚がありますけど、イワシはないんですか?」

「ああぁん? イワシ? ……あんな下魚が好みなのかい?」

「あれ。取ってないんですか」


 イワシ、きちんと調理すれば美味しいと思うのだけど。しかし魚屋さんは眉を寄せて答える。


「坊ちゃん。イワシは山ほど取れる。つまり一匹辺りの値段が安い」

「ふむむ」

「そのくせに、非常にアシが早い――つまり腐りやすいんだよ。漁師が取ったものをその場で捌いて食うぐらいならあるかも知れねぇが、一匹一匹が山ほど取れる安い代物を、貴重な冷凍の魔術道具なんか使って運んでも採算が取れねぇんだよ。だから悪いな、坊ちゃん。

 イワシはウチじゃ取り扱ってねぇ。……もっとも、どこの魚屋に行ってもおんなじ返答だろうがな」

「いえ。丁寧に教えてくれてありがとうございます」


 毎朝通る商店街では見ないと思っていたけど、手に入らないと思うと途端に前世で食べたイワシの味が蘇る。

 だが、魚屋さんの言葉も納得だ。


 イワシは漢字で『鰯』と書く。

 先ほど魚屋さんが言っていた通り、陸地にあげるとあっさり死んで腐敗が始まるところから『魚』に『弱い』という漢字を当てられているぐらいだ。

 

「ま、仕方ない」


 イワシは機会があった時にでも食べよう。

 そう考えて僕は進むことにした。




「し、シオン。こんにちわ」

「……ああ、うん。……こんにちわ?」


 そんな風に考えていると、エクエスが僕を見つけてやってくる。

 数日前よりフェズン公爵から僕を護衛するようにと言われたらしいのだが、どうもおかしい。

 護衛という割には着ている服は以前見たかっちりした軍服ではなく、普通に女性が着るような清楚なワンピース。

 軍人で公爵家の令嬢ともなれば気苦労もあるだろうし、別にそこはこだわりがないのだが……しかしなぜもじもじと気恥ずかしそうにして、目も合わそうとしないのだろうか……。


「……シオン、本日は少し恥ずかしい話をします」

「恥ずかしい話?」


 なにやら意を決したような彼女に、僕は首を傾げる。

 エクエスとの間にある、恥ずかしい話。

 ああ、と納得したように僕は頷いた。


「おじさーん、さっきの牡蠣もう一つお願いしまーす」

「毎度ありー!」


 商品を受け取ると、不思議そうに首を傾げるエクエスに差し出した。

 彼女は意味が分かりません、と言いたげな目こそしたものの、素直にぱくついた。もぐもぐと食べ終えて、僕を見る。


「……あの、どうして奢ってくれたのですか? シオン」

「え? 恥ずかしい話だろ? ハラペコエクエス様。おなかが空いたのでご飯の無心に来たんじゃ……」

「違いますよ?!」


 顔を真っ赤になって叫ぶエクエス。その顔の赤らめ方は羞恥によるものではなくて怒りによるものであった。

 そう言ってから背を向け地面にうずくまってぶつぶつ呟く。


「そうですそうです……どうせシオンにとってはわたしは食物を浅ましく貪り咀嚼する卑しき食人鬼(グール)も同然の存在なんでしょう……」

「おーい」


 僕の台詞の何がそんなにご不満だったのだろう……?

 首を傾げる僕を恨めしげに睨むエクエスであったが、溜息一つ突くと、立ち上がった。


「少しお時間をいただけますか、シオン」

「いいよ。何の話なんだ」

「少し歩きながら話しましょう」

「ああ。食べながら話すためのおやつはいる?」

「いりません!! もう、シオン。貴方はいじわるです、初対面があんなに恥ずかしい姿だからと言って、わたしが年がら年中飢えているみたいに……!!」

 

 ぷんぷんとお怒りのエクエスの隣に並びながら僕らは食後の腹ごなしついでに歩き始めた。




 だが結局、屋台から漂う魚の揚げ物に卵のソースを絡めたおやつをぱくついている辺り、やはりはらぺこキャラとしか思えないエクエス。

 僕の何かもの言いたげな視線から目を逸らしつつ、ソースを頬につけたシリアス台無しな顔に、いまさら手遅れな感じの真剣な表情を浮かべて言う。


「義父のフェズン公爵から話は伺っています。シオン、貴方の作っている飛翔船(バードシップ)はとても優れているとか」

「……僕だってまさか推力が280パーセント向上するなんて思いもしなかったよ……」


 僕は本心を呟いた。

 この世界での魔導機械と僕の世界の技術、組み合わされば性能が向上するとは思ったけど、ここまで派手で劇的なものなど、どうして予測できるか。

 

「義父は貴方がとても有用な人物であると考えています。……その、ゆえにどうにかして貴方を連合に繋ぎ止めようとしています」

「ふむ」


 確かに僕の頭の中には前世で獲得し、今生でモモに教わった様々な技術が詰まっている。

 それを独占、あるいは他者に渡すまいとするならありえる話だ。

 だがそこまで来ると、エクエスは自分の両手を絡めもじもじする。


「……貴方と仲良くなれと言われました。その……だ、男女の関係になれるなら、なってくれないか、と」

「へぇ」


 僕はなんとなしに呟いた。

 前世でも何度か経験がある。優秀な技術者をどうにかして引き抜きたければ金か女か。

 だが……僕のそんな台詞がご不満なのか、エクエスはかなりムッとした表情で僕を睨んでくる。


「……なんで怒ってるの?」

「少しは狼狽したりしてくださらないと女として複雑な気持ちになるのです!!」

「そんな事言われても」

「こう見えてもわたしは美しい、是非妻にとも誘われることがあるのですよ? 貴方はご自分の幸運を少しは自覚なさってはいかがですか?」

「僕としては、エクエスはハラペコキャラとして頭に焼き付いているせいで、親愛の対象になっても恋人関係になるかと問われると、ちょっと……その……ごめん」

「くぅぅぅっ……」


 初対面の時に僕の作った兎のスープを盗み食いした事を思い出し、がっくりと膝を突いて羞恥の呻き声を挙げるエクエスであった。

 すまないが自業自得だ。君のハラペコキャラには弁護の余地がない。


「そもそもエクエスって僕の事、別に好きじゃないだろ?」


 僕の言葉にエクエスは少し困ったように、なんと答えるべきか考えていたようだけど……最終的には頷いた。


「……はぁ、まぁ、シオンはとても綺麗で美しいと思いますよ、それは本心です」

「ありがとう」

「実力は確かに背中を任せるに足る優秀な戦士です」

「うん」

「好ましい少年と思っています。ですが」


 僕と彼女はそのまま近所のベンチに隣通しで腰掛けて話を進める。


「貴方は、その……強烈すぎるのです。

 貴方は、強い。生身での戦闘はわたしを凌ぐ上に技術者としても超一級。けれども……優れすぎた人が隣にいると、わたしは心に劣等感を自覚するのです」


 僕は少し沈黙する。

 今生の体術や魔術は僕がモモとの修練によって獲得した。

 しかし天蓋領域によって生み出されたハイスペックの肉体に加え、技術者としての知識は前世の知識ゆえだ。

 だから僕は能力に関して相当に下駄を履かせてもらっている。


「シオン。貴方は重要人物になるでしょう。今から護衛代わりにわたしを傍につける義父の判断が間違っているとは思いません。

 けれども、獅子を守る兎など滑稽なものではありませんか。シオンはわたしよりずっと優れた魔力を持っているのに」


 そんな事はない、戦闘力なんて魔力量だけで決まるものじゃない――と、そう返答しても。僕の唇より発された言葉というだけで説得力はないだろう。

 どうすれば、後ろ向きな気持ちのエクエスを励ましてやれるのか、と思っていたその時、第三者の声が響いた。


「おう、エクエス……探したぜぇ?」

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