第九話『いきなりの言葉』
「貴方……ドライゼンですか? なんの用です」
エクエスの声には姿をあらわした巨漢への驚きと……明確な嫌悪が含まれていた。
ドライゼン、そう呼ばれた男。数日間着たきり雀のままのよれよれになったシャツ、剃刀を当てていないせいでぼうぼうに無精ひげの生えた――肉厚の巨漢だった。腰には一振り剣を帯び、昼間から酒を飲んでいたのか、目元が赤らみ酒気で視線がふらついている。
筋のよろしくない酒場でくだを巻いているのがお似合いの……正直あまりお近づきになりたくない人種だ。
「お前に頼んだぁ……推薦の件に決まってんだろうがよぉぉぉ! 婚約者相手になんで職の口利き一つやらねぇんだてめぇはよぉ?!」
「婚約者だぁ?」
僕は思わず素っ頓狂な声をあげていた。
もしこの男がきちんとした身なりと、丁寧な挨拶と対応をしてくれれば『すみません、お邪魔虫は退散しまーす☆』と姿を消しただろう。だが二人は親しい間柄には見えない。目の前のこの酔漢と、公爵令嬢のエクエスがどう見ても釣りあうとは思えない。
「あんだ……この餓鬼ぃ」
「彼は関係ありませんし、そもそも貴方との婚約など生まれる前に交わされた『昔の』両親の口約束です。
それでも足りなければ断言しておきましょう。……貴方と結婚する気はないし、貴方を今の義父に推薦する気もありません!」
「てんめえぇぇぇ!!」
元々自制心の足りない男だったのか、ドライゼンは腰の剣を抜いた。周囲の人々から凶漢に対する悲鳴が響き渡る。
ただ、意外だったのは――剣を抜いて構える姿が意外にも様になっていたこと。刀身も丁寧に手入れがなされている。剣に熱心に取り組んでいるのは本当のようにも見える。
なのにどうしてこんな振る舞いをするのか――いや、違うか、と僕は考え直した。
この男には……もはや縋るものが剣しか存在していないのだ。剣で他者より秀でる事ができなければ、自尊心を保つことができないのだ、と直感した。
だけれども同情する気になれる訳もない。
僕はエクエスを庇うように一歩前に出る13歳の平均より小柄な僕は、エクエスよりも背が小さいけれども……まぁ、その、なんだ。そう言うのは男の仕事だ。
「ドライゼンさんだったな? あんたは剣に自信があるからフェズン公爵に直接仕える騎士になりたいと言うんだな?」
「そうだ! 俺ぁ強いんだぞ、なのに他の奴ら、あいつやあいつはどいつもこいつもオレの剣に嫉妬して雇ってくれやしない!!」
僕は心の中でひっそりと考えている。
連合と帝国との戦争は正式に終わりを迎えた。そして戦争が終われば指導者がまず着手するのは軍事費の削減になるだろう。
もちろん一定の軍事力は維持し続けるだろうが……真昼間から酒を飲んで白昼で剣を抜く人をわざわざ雇いたい人はいるまい。
「だからコネ使って何が悪いってんだよぉ!!」
「僕もコネを使うのが悪いとは思わない」
「んん?! シオン、ナニを言ってるんです!」
後ろでエクエスが叫び声を上げている。
「だけども、コネで得られるのはきっかけだけ。そこで仕事を勤め上げられるかどうかは、その人の能力と誠実さに掛かっている。
昼の最中から酒を飲んで、女の人に恫喝まがいの口利きを強要し、拒絶されるや否や剣を抜くような男を、彼女が何で父に推薦などできるか!
頭を冷やせ、馬鹿者!!」
「て……てんめええぇぇぇ……!」
激怒で顔に青筋を立てるドライゼン。
如何にも激怒の兆候のようであったが、彼の激怒に更に油を注ぐように、遠巻きにして一部始終を固唾を飲んで見守っていた人々から爆発的な歓声が上がる。
「よく言った坊主!」
「剣抜いた男相手に見事な啖呵だったぜ!」
「あらまぁ顔が綺麗なだけじゃなく性根まで座ってんのねぇ、娘の恋人にでもなってくれないかしら」
「おう坊主、気に入った、コイツはオマケだ、食いねぇ食いねぇ!」
先ほどの売店のおじさんがくれるサービスの牡蠣をエクエスに押し付けていると……僕は自分の顔にべちり、と何か柔らかいものがぶち当たるのを感じた。抓んで拾い上げれば、手袋。見れば、手袋を投擲したドライゼンが血走った目で僕を睨んでいる。
「決闘だ!!」
「ドライゼン……貴方は!」
エクエスが気色ばんだ顔で怒りの声を上げる。周囲からも手袋を投げて決闘を要求する男にブーイングの嵐となる。
周囲の人たちが憤るのも無理はない。成人したばかりの13歳程度の僕と、巨漢のドライゼンの間には大きな体格差がある。実際に戦いともなれば一方的な試合になると思われたのだ。
いい機会かもしれない。
この地上の剣術に対して僕の習得したダガー術がどの程度実践的なのか……実地試験で試すことにしよう。ダビデとゴリアテみたいな結末にしてやる。
それになにより……エクエスが、このドライゼンという男に辟易しているのは一見して分かった。なら決闘に勝った際の報酬は決まっている。
僕は投げつけられた手袋を手に取った。
「よし、分かった。決闘を受け入れよう」
「は……?」
恐らくは申し込んだ当の本人であるドライゼン自身が僕の回答を意外に思ったのだろう。阿呆のように大口を開けてぽかーんとした表情を見せている。
「あんたが勝てば、バルアミー公爵にエクエスが口利きしてくれるだろう。だが! 僕が勝ったら、二度と彼女には近づくな、いいな!!」
「な……な、な」
ドライゼンは少しの間、口をぽかんと開いたままだったが……次第にことの意味を理解して怒りで震え始める。
何せ胸の高さにも満たない小柄な餓鬼が、自分に対して堂々と宣戦布告をしたのだ。どう考えても僕が負ける勝負だ――そう、本来の実力を知っているエクエスと僕を除いて。
「返事はどうしたぁ!! 自分から勝負を挑んで勝手に怯える腑抜けかお前はぁ!!」
「が……餓鬼ぃ!!」
「場所は公爵家の練武場、本日の正午からでよろしいですね!」
また剣を抜きかねない激昂した様子のドライゼン。その注意を逸らすようにエクエスが決め付けるように声をあげる。
「……よし、分かった、小僧てめぇ逃げるんじゃねぇぞ!」
さすがに自制の欠ける男でも、自分から言い出した決闘を適当に誤魔化すわけもなく、どすどすと乱暴に足を踏み鳴らしながら去っていく。
僕は、小さく息を吐いた。
前世では喧嘩など考えも出来ない人間だったけども、ギュスとメーコちゃんを助けるための空戦と、魔兵どもの群と戦った経験が僕に度胸をつけていた。戦場では初陣が一番危ないという言葉を思い出す。それは言い換えれば、初陣を切り抜ければ以降はマシになるという事でもある。
「なかなか肝が据わってるじゃねぇか、あの少年!」
「公爵家のお座敷でやるのか、早速見れる場所でも探しに行こうかね」
「それにしてもいずこのお嬢様だ? ま、いいや。ご夫人の為に戦うのは男子の本懐だよな」
などと様子を見守っていた人々から声が掛かる中、僕はエクエスから手を引かれてその場を後にする。
手を引かれて連れて行かれた先は、余り周囲の人がいない場所。
彼女は僕を見つめて――なんと言えばいいのか本人自身にさえ良くわかっていない様子だった。
「その……シオン。どうしてあのようなものの決闘を受けたのですか?」
「挑まれたからさ。僕の体術が、体格のある相手にどれぐらい通用するか実戦で確かめてみたかった、というのが一つ」
「……他にも理由があるのですか?」
僕は頷いた。
「エクエス、さっき僕は言ったじゃないか。貴方はハラペコキャラの印象が強すぎて恋人関係だなんて想像できないって。けれども、君は親愛の対象ではある。なら、君がならず者に絡まれて困っていたなら助けたいんだ」
「ふぇっ?!」
「君の事を守りたい。それが理由じゃ不満かな?」
「そ、そそ、その……なんなんですか、いきなり!」
エクエスは、僕の言葉にびくんっと背筋を跳ねさせ、顔を真っ赤にする。
あわわわ、と唇を震わせ落ち着かない様子で周囲を見回し、震える瞳で僕を見つめる。顔を手で隠し『どうしましょう』『いきなり不意打ちです』とか小さくて聞き取りにくい声でブツブツと呟いている。
「……なんで赤くなってるの? 風邪?!」
「~~!! なんなんです、なんなんですかもう! あんな恥ずかしい事をいいながら何で平気なんですか!! もう! とにかく! とにかく場所の準備をしてきます! いいですね!!」
まるで会話はここまでと打ち切るようにエクエスは大きい声を挙げて足早に走り去っていく。
今の発言の何がそんなに影響を与えたのか分からず、僕は首を傾げるのであった。




