第六話『ものづくり』
この連合首都ガランシューに来るまでの間、僕は飛翔船に対する理解を深めていた。
まず飛翔船は水上での着陸を前提としていること。
どうも古代王国期の人々は、連合のある大陸東部の鉱物資源を運び易くするために大昔のうちから農業用の貯水池や魚の養殖場も兼ねた湖を用意していたらしい。そのため飛翔船がとても使い易い。
ではなぜ陸路は発達しなかったのだろうか?
一つは連合の土地が、帝国初代皇帝の時代に化外の地と呼ばれていたように険しい地形ばかりで、道路を整備して交通の便を良くする事が困難だった。
もう一つは……整備された道路は敵の侵略の速度も速めるというデメリットがあったためだ。
調べてみるとフェズン公や、その先代も貯蓄を切り崩して街道の整備を行おうとしたそうだが、街道整備で一番メリットがあるはずの市民自身から中止を求められたそうだ。戦争の恐怖はこんな形にも残っている。
しかしだ。
当然ながら近くに飛翔船の発着場として使える湖を持たない村落は、魔物の脅威があり、なおかつ平坦とは程遠い危険な山道を通るしかない。
そして僕は技術者であり、技術者の使命とは人々の暮らしをより便利で快適に、安全にすることだ。
連合は帝国と休戦した。街道の整備も始まるかもしれない。だがそれはすぐではない。
僕の頭には前世で培った技術の蓄積があり、それを用いれば人々を助けることができる。
……ま、それがどこかで巡り巡って僕の利益になるかも、という期待ぐらいはしているけどさ。
天蓋領域に再び赴くには大金が必要であり、大金を稼ぐにはやはり組織力に頼る以外にないのだ。
僕の設計図を見たダナンさんは重々しく口を開いた。
「垂直離着陸機能は、実現不可能な技術と言われている」
「それはなぜ?」
「浮遊の魔術では、危険が大きいからや」
横合いからカルサ女史が変わって説明をはじめてくれた。
地面の上にゆっくりと船を着陸させようとした人間は僕が初めてではないらしい。
最初の頃、彼らは浮遊の魔術で船を浮かせて、地上には錨を降ろして固定させようとした。しかし重量を軽減させるという事は風の影響をモロに受ける。ちょっと強風が吹くだけで地面や近くの建物に激突する事から、垂直離着陸は不可能とされてきたらしい。
僕は首を振った。
「この船は浮遊を使いません。推進力の噴射角度調節で船体を空中静止させます」
「不可能だ」
「なぜ」
「それには四機のエンジンを可動式にしなければならないが、二つ問題がある。
可動式のエンジンを支える事ができる軽くて強靭な合金の存在。そしてコンパクトで高出力なエンジンが必要だ」
僕は頷いた。
やはりダナン技術者は優秀だ。僕の設計図を見て、紙面上の不備を看破した。
「……な、なんやメーコ。あんたの連れてきたこの子、ウチの旦那と専門分野できっちり話できてるやん……」
「ふええぇ。シオンくんがますます謎めいてるわぁ……」
後ろでカルサ女史とメーコちゃんがなんか話しているが、気にしない。
見識ある人なら、こっちの設計図の意味も重要性も理解してくれるに違いない。そう思いつつ新手の設計図を出す。
「どうぞ。……軽くて強靭なガン○ニウム……もとい無重力合金の鋳造法と、新型エンジンの設計図です」
「……な、なんやこのけったいなエンジンの形は。前方に風車がくっ付いとる」
「空気流入口です」
隣から覗き込んできたカルサ女史の言葉に答えると、彼女もメーコちゃんも、『え……えあ?』などと首を捻っている。そんな母娘とは対照的に、ダナンさんは設計図に火がつくかと思うほど熱心に注視してくれている。
「効果を聞きたい」
「導かれた空気は魔導機械の持つ、制御された爆発の燃焼をより効率化させます」
「竈に息を吹き込むと火の勢いが激しくなるのと同じ理屈か」
僕はこくりと頷く。
ていうかさ。こっちの世界に転生して思ったんだけど、なんで空気流入口さえないのに空を飛ぶ出力が実現できるのさ……。
いや、それもまた魔力万能主義の弊害だ。魔術で物事を解決するのが唯一にして至高という考えが一般的過ぎて……創意工夫が制限されているのかも。
だがそれでも、これが世界に蔓延する魔力至上主義に一石を投じることになってくれれば。
……ダナン氏はしばらく設計図とにらめっこを続けていたが、ある程度してから視線を僕に向ける。
瞳には強い熱情。その眼差しは僕にも経験がある。他者の素晴らしい発想と技術に触発され、体の内側を激しい情熱の炎が燃え盛っている火の付いた目だ。今すぐ槌を持ち鋼を叩きたいという創作意欲で疼いているのが分かる。
「……とても、面白い」
「初対面の相手の設計図をダーリンがダメだしもせずに褒めたとか、初めてやな。うん、ダーリンが太鼓判を押すとこ見るとホンマに不備のない設計なんやろう」
そこまで言ってから、スヴェルナ商会を取りきしる女番頭は水で唇を湿らせる。
「せやけど、や。何せウチらもこんな新型エンジン開発は初めてで技術の蓄積があらへん。相当の試行錯誤が必要になるで。制作費の見積もりはかなり高くなる」
カルサ女史の言葉も、またもっともな事だ。ま、僕の書いた設計図は、前世で先達の技術者が創意工夫を重ねて築き上げた偉大な蓄積に基づいているので失敗はないと確信している。
……とはいえ、前世のことなんて話せないし、カルサ女史の考えも実に良く分かる。なので僕は頷いてお茶を汲んできたギュスターヴに目で合図する。
「おうよ、姉貴。コレがシオンの出す出資金だそうだ」
どすんっ、と重々しい音と共に、ギュスターヴが金貨の詰まった袋をテーブルの上に置いて見せた。
先日ノザルス執事を通じて換金してもらった金貨の山。現在ではもう二度と見つかるまいと思われていた存在抹消刑を逃れた希少な金貨があったため、かなり色をつけてもらったらしく今の僕はちょっとした資産家である。
その全資産を一気に叩き付けた訳だ。いつ、いかなる時代であっても新しい技術の開拓には潤沢な資金が必要で、夢の実現のためならば惜しむものはない。
戦闘機開発には三つの障害がある。
音の壁。
熱の壁。
そして最大最強、永遠に打倒困難な最も恐るべき障害。
金の壁を突破するためならば、惜しむ金など一銭もない。
「やろう、カルサ」
「……だ、ダーリン。珍しいやん。ダーリンが仕事の受注の決断を自分でやるなんて」
「俺がお前に受注を任せるのは、職人達の体調を俺たち自身よりも正確に把握しているからだ。
だが……新しい技術に触れる機会なんて金を払ってでも経験したい事なのに、金を貰える上に新しいものを作れるんだ。……こう、若造だった頃の興奮を取り戻した気持ちなんだ」
カルサ女史は言葉数少ない夫の言葉に折れたかのように溜息を付きながらうなずいた。
手を差し出してくる。握手が契約締結を意味するのは前世も今生も同じことだった。握手を交わす。
「よし……分かったで。スヴェルナ商会はアンタの描いた設計図を実在の品に変える事に全力を注ぐ!!」
「ありがとうございます!」
手を放し。受諾の言葉の後に、僕は丁寧に頭を下げるのだった。




