第五話『仕事の話』
「めぇぇぇぇぇぇぇこぉぉぉぉぉぉぉ~~!!」
「お母ぁはあああぁぁぁぁぁぁぁぁ~~ん!!」
時と場所は変わって。
僕とギュスターヴ、そしてメーコちゃんの三名は、連合首都ガランシューに隣接するグラナダ湖の水辺に建造されたスヴェルナ商会へと到着し。
その敷地で僕とギュスターヴは、母と娘の感動の再会のシーンの背景役をやるのであった。
メーコちゃんは、相変わらず綿毛みたいな白いふわふわ髪をふわふわ揺らしながら、門扉に仁王立ちした赤いショートカットの小柄な女性が広げる両手の中へと飛び込んでいく。
「うひょおおおおおおおぉぉぉぉ」
「きゃああああぁぁ~~~~~~」
そのまま勢いよく抱きついた娘を受け止めきれずにゴロゴロ転がるショートカットの糸目の女性……カルサ=スヴェルナは、ぎゅううっと娘のメーコちゃんを抱き締めて地面を転がり、転がり終わると娘の髪にかかった砂を跳ねてやる。
そうして抱きついて娘の存在をしっかりと確かめた後――僕の隣に立つギュスターヴに、つまり、彼女、カルサ=スヴェルナは自分の弟に薮睨みの視線を向けた。
「このアホ、ドアホ! ウチがどんだけ心配したとおもっとるねん!」
「面目次第もねぇ、悪かった、姉さん……この通りだ……」
ギュスは姉の娘であるメーコちゃんの命を危機に晒した事には何の弁明もせず、膝を突き、頭を地面に付け、土下座して謝罪する。
弟の土下座に怒り心頭に達していたはずのカルサ女史も舌鋒を反らされ……困ったようにがしがしと頭を掻いて言った。
「……メーコから手紙は来たで。アンタ、今度から真っ当な運送業をやるっちゅうのはホンマか」
「ああ。今回の件でもう懲りた」
「……ならええ。で、ダーリンはどないするねん? ええよ。一発しばいたり。メーコを危険に晒したんや、姉のウチが許すで」
ダーリン?
僕がカルサ女史の視線を辿っていくと……スヴェルナ商会の入り口を開けて一人の男性がやってくる。
大きい。小山のような巨漢だ。角ばった体はハンマーや鋳型で鋳造したかのような筋肉で覆われていて。顎からは見事な髭が生えている。ファンタジー世界にいるドワーフを長身巨漢にしたらこんな感じになるのではないかと思わせる男性であった。
だけれども厳つい顔立ちとは裏腹な小さい瞳には、優しさが浮かんでいる。
彼……ダナン=スヴェルナは妻のカルサの言葉にゆっくりと首を振る。そうして、その小さな目が僕を見つめた。軽く頭を下げられる。
これは、お礼を言われているのかな? と考える僕に、夫の代弁をするようにカルサ女史が言う。
「あ~、いきなり家庭内の事に巻き込んで堪忍や。ダーリンはあんさんにお礼を言うとるねんけど、あんまり口が達者やあらへんねん。
……君がメーコの言うてたボーイフレンドやな。うわぁ、ダーリンほどやぁないけど、確かにイケメンや」
「ど、どうも。シオン=クーカイです」
僕の言葉にカルサ女史は笑顔で頷いていたけども、糸目から覗く瞳に真摯な色を浮かべ、笑顔を消して頭を下げてくる。
「あい。カルサ=スヴェルナと、ダナン=スヴェルナや。娘と弟の命を助けてくれたっちゅう話は聞いてるで。こんな弟やけども、血の繋がった肉親はもうコイツだけやねん。夫ともども感謝してるわ」
そう言いつつカルサ女史は、商会の戸を指差す。
その時既に彼女の顔には、商談を潤滑にするかのような快活な笑顔が浮かんでいた。
「さ。なら中に入って続きの話をしよか。
……何でも飛翔船の大口発注の話があるって、フェズン公爵様からじきじきのお達しやからな」
スヴェルナ商会は、夫婦経営のようだった。
陽気で饒舌な妻のカルサ=スヴェルナが外部からの発注を請け負ったり、職人達のスケジュールや細々とした雑事を取り仕切る商業部門を統括し。
そして無口で職人気質なダナン=スヴェルナは、飛翔船の開発、整備など製造部門を取り仕切っているそうだ。
「おう、ギュス。お茶煎れて来いや」
「へ~い」
商談用の部屋に招かれると同時に、カルサ女史は弟のギュスに横暴な命令を下し。ギュスもまた嫌がる訳でもなく、勝手知ったる他人の家と言わんばかりに戸棚からお茶を用意してくる。熱の魔術を組み込んだ魔術道具が湯を沸かす間、僕はスヴェルナ夫婦の前のソファに腰を降ろした。
「さて。大口契約の話やちゅうけど。どの規模の船をご入用なんやろ?
娘と弟の命の恩人さんが相手やし、なるべく割引したいところやけども、モノがモノなんで流石にタダとは言えへんねん。堪忍な?」
「えへへ。お 母はん、心配せんでええよぉ? シオンくんは物凄いお金持ちなんやから、支払い能力は保障するで?」
「マジか?! よっしゃ流石ウチの娘やで! イケメンなだけやなくて大金持ちとか男見る目あるわー!!」
そして僕の隣のお席にはなぜかメーコちゃんが片手を掴んで座っている。
うーむ。この前世の関西弁を思い出させる母と娘の傍にいると妙なテンションに巻き込まれそうである。
だがきちんとお伝えしないと。
「いえ。今回設計図をお持ちしました。この図面どおりのものを作って欲しいんです」
「……あん?」
あ、カルサ女史の糸目になんとなく不快げな光がチラついている。
僕は少しビビりつつも、筒の中に丸めた設計図を引っ張り出した。
「それはウチんとこのスヴェルナ商会の作った飛翔船にご不満があるちゅう事かいな」
「え? いいえ。僕は御社がこの連合で一番優れた船を作る技術があると伺っただけです。それがたまたまメーコちゃんの実家だっただけのこと」
なんか僕に対する視線が怖い。オーダーで注文をする事に何かいやな記憶でもあるのかしら?
……などとこの時の僕は思っていたのだが、実はその予想が半ば正解だったりする。
飛翔船を注文するのは大店を構えた商人か貴族に二分されるわけなのだが、その中の更に少数の貴族は自分で使う飛翔船の設計に 頓珍漢な注文をつける事があるのだそうだ。もちろん製作、修繕の統括者であるダナン氏は技術者の観点から、やんわりと改修案を提示するのだが、それを侮辱と受け取る変な特権意識の持ち主がいたりするらしい。
後で知ったのだが、僕も金をもったどこかの貴族のぼんぼんであるのかと思ったのだとか。
何でだ?! と言えば『あんたみたいなイケメン、数代に渡って別嬪の嫁さんもらった貴族にしか見えへんやん』という事だったらしい。イケメンは得と言うが、今回ばかりは悪い方向に働いたようであった。
とにかく、この時の僕は誠心誠意話すしかないと思っていた。
「設計図を持ってきました。ご確認ください。
そして専門家の観点から見て不具合がありましたら、是非指摘をお願いします」
自分自身ではカンペキと思った設計図も、他人から見ると大きな穴があったりするかも知れない。
複数人の視点から確認する事は優れた機械を作る際に必要な事だ。
僕の言葉に、カルサ女史は、おや? と首を捻り。
ダナン氏は僕の設計図を受け取ってくれる。
「ほー、確かに……ウチらに変な難癖つけてきた貴族とは様子が違うみたいやな。どうや、ダーリン」
「……面白い」
「お、お父はんが喋った! どんだけ凄いのを書いたん、シオンくんは!!」
実の娘であるメーコちゃんがダナンさんの肉声を聴いて驚いているのを見ると、もうちょっと話してあげなさいと思ってしまう。
設計図を熱心に眺めるダナンさんに言う。
「僕がこの国に一番必要だと思ったもの。
平坦な陸地があればどこでも着陸、離陸が可能な垂直離着陸機能を搭載した飛行機械。
それを用いた迅速な配達業務を行おうと思っています」




