第四話『知らない方が、胃にやさしい』
「んん? もしかしてレアものでしたか?」
執事さんの言葉の意味を理解し、僕は尋ねた。
存在抹消刑なら僕の世界にも該当するものがある。
良く聞くのは古代ローマ文明。あの時代では、発行された硬貨などに功績ある人物や時の皇帝の横顔を刻んだりするのが主流なのだけど、その功労者や皇帝が大変な罪を犯した時、硬貨から罪人の顔が削られたり、記録から消し去られたりする。抹消された人物としては暴君ネロやカリグラが有名だ。
という事は、僕の持ってきた奴は全て存在抹消刑による削除から逃れたものだったのかな?
「削られた部分はどのようなデザインであったのか、議論の的でしたが……過去の歴史家がその著作で触れていた通りの形です」
「もしかして、査定金額があがりますか?」
「……国宝になります」
「…………」
僕は黙った。
おいちょっと待て、何で国宝になるんだ。
「この貨幣に刻まれた人物は大魔術師グラーヴィオ。王国滅亡期の人物で、硬貨に顔が刻まれることが許されるほどに優れた人物でしたが、彼自身一流の魔術師でありながらも、肉体を鍛え、格闘の技術を研鑽する事を推奨した異端中の異端の人物だったのです」
ああ。
古代王国が魔術を何より重視していたことは、モモと話していた事からも分かる。硬貨に顔が刻まれることが許されるほどに優れた人物が、『魔術だけじゃなく格闘技もやろうぜ!』とか言い出したから、権威を大いに損ねる、と判断されたんだろう。
僕の持っていた金貨が存在抹消刑を免れた理由もわかった。多分ムーンボウを天蓋領域に飛ばす際、ある程度の財貨は積んだのだろう。その時期はまだ存在抹消刑が執行されていなかったのだ。
しかし、魔術だけでなく格闘も相応に鍛えよう、とは。なんだかモモと気が合いそうだ。
「有名な人なんですか?」
「はい。彼が構築した格闘術はどれも素晴らしいものでした。しかし奥義の一文に『魔術に頼るな』と残してしまったがゆえに……」
「ああ。『魔術に頼るな。素早く腕、手、肘で戦うべし。常にできる限りのことをし、相手の杖やダガーを奪い、相手を打ち、腕を折り、動きを封じ、投げ飛ばすべし』でしたっけ」
僕は懐かしさのあまり即答していた。
魔術に頼るな。それはモモにダガー術を教わった時、まず真っ先に教わった秘訣の一つらしかったからだ。
だがそんな言葉を受けてノザルス執事は……なんか震えてる。
もしかして、やっちゃった?
「……いえ。尋ねますまい」
「えーと。なんかこう、すみません」
僕はほっとしながらも頭を下げる。
主人であるフェズン公爵が『詮索をしない』とはっきり約束した以上、公爵に仕える執事が分を弁えずに質問する事はできなかったのだろう。
しかし、ノザルス執事は物凄く質問したさそうに指を震わせて一歩下がった。
執事のそんな反応を生まれてはじめてみるのだろう。フェズン公爵は目を丸くしながらも……答える。
「とりあえず……金額の査定を行わせて換金させる。ノザルス。少し下がれ」
「は……はっ」
茫然自失という言葉が相応しい状態のノザルス執事であったけど、それでも礼を失することはなく頭を下げて部屋の中から離れていく。
「さて。では……第二の要望を聞こうか」
「はい。僕に飛翔船設計の許可と、優秀な技術者のご紹介をお願いします」
僕の言葉にフェズン公爵は、苦笑気味の笑顔を浮かべた。
「それも問題はない。正しく決められた税金を納めた上で、設計図が優秀であれば作られるだろう。
資金力についても、ノザルスがあんな顔をしていたのだから十分な額が渡される。
そして優秀な技術者とのコネクションだが……君は自力でそれを解決している。
……困ったな、君に対する報酬の話をしているのに、まるで恩を返せていない」
んん?
飛翔船設計に必要なコネを僕が既に持っている?
どういうことかしらん? と思っていたら、相変わらずほわほわ綿毛みたいな雰囲気をしたメーコちゃんが僕の正面に回りこんだ。
「えへへー」
「うん。どうかしたの? メーコちゃん」
「ウチの姓は『スヴェルナ』なんよ」
ニコニコするメーコちゃんの肩を叩きながら、ギュスが言葉を続ける。
「俺の姉こそが、国内最王手の飛翔船製造業者、スヴェルナ商会の主人『カルサ=スヴェルナ』で。
……この子の父親こそが、国内で一番の飛翔船技術者、『ダナン=スヴェルナ』なんだよ」
フェズン公爵は救国の英雄であるシオン=クーカイらが退出した後、義理の娘であるエクエス=バルアミーと、政治執事であるノザルスの三人を再び招いた。
一番の理由はバルアミー公爵家に仕えて久しいノザルス執事の様子が明らかに普通ではなかったから。
彼は牛蒡みたいと揶揄される顔にハンカチを当ててしきりに汗を拭い、平静からは程遠い様子であった。
忠実な執事の狼狽した様子に、エクエスが寄り添い心配そうに声を掛ける。
「どうしたのです? ノザルス。いつも義父上をたしなめる貴方がそんなに驚いた様子で……」
「義娘よ、その言い方だと俺がいつもたしなめられているように聞こえるじゃないか……」
ノザルス執事は首を横に振った。
「ああ違うのです、お嬢様」
「ノザルス?」
「彼は、『魔術に頼るな』という一文の後、丁寧に教えをそらんじましたな……!」
「え、ええ」
執事の力の入った言葉に怯みながらも、エクエスは答えた。
「あれもまた……『ダガー』の継承者に伝わる秘伝なのです! 魔術師殺しの技、ダガー術を教わる際に伝えられ、しかし失われたはずの全文すら諳んじて見せた!
良いですか?! 存在抹消刑で消滅したはずの、大魔術師グラーヴィオの顔が刻印された金貨を持ち、なおかつ失われたはずのダガー術の秘伝の要訣を答えた、ああ……まるで、まるで古代王国期を生きた人間が現れたようなものです!」
そう言い切ると、ノザルス執事は、そのひょろ長い体には似つかわしくないほどに激しい気迫を漲らせてフェズン公爵を睨みつけた。
「つまり、生きた……生きた考古学的資料の塊のような少年なのに……!
質問が許されれば、今まで歴史の謎とされてきた秘密を答えてくれそうな人物なのに……!
君が誰ですか、という質問をしたくてたまらないのに……『詮索しない』と、旦那様が約束してしまったために……!! ためにぃっ……!!」
「その……なんかすまん」
つまり知的欲求を満たす気持ちと執事として職責に忠実であろうとする気持ちが彼の内面でぶつかり合ったわけなのだろう。
申し訳なさそうに謝るエクエスは思った。
(……これで、シオンが髪の色全てデュナンナータ初代皇帝陛下と同じ、銀髪であると知ったらどうなるのでしょうね)
もちろん……忠勤な執事をこれ以上興奮させるような発言は控えるのであった。




