第三話『僕は秘密の男』
現在、この大陸には三つの勢力が存在している。
帝国初代皇帝ことデュナンナータ=サンシメオンを祖とする『帝国』。
辺境の地で、中央からの圧力に暴発し、独立戦争を仕掛けたバルアミー公爵家を中心とした『連合』。
そして、大陸の南方、点在する島々によって形成される『群島諸国』だ。
戦力比は帝国6。連合2。その他大勢が2だ。
群島諸国はあくまで『小さな国家の集合体』でしかない。群島諸国を一まとめにすれば、確かに帝国も連合も相応に手を焼く勢力だろうけど、あの辺りは小さな勢力同士が帝国寄り、連合寄り、中立と複雑怪奇になっているらしい。
群島諸国有数の国家だったとしても、帝国の公爵家の方が財力、軍事力で圧倒しているなんてざらにあるそうだ。
そんな大陸のパワーバランスの一角を占めるバルアミー公爵家のお屋敷に招かれた訳であるけど、僕が貴族の住まいとして想像するようなお城は存在せず。ちょっと豪華なお屋敷程度の大きさであった。
もちろん中へと入る時には鎧と槍で武装した兵士が厳しい視線で周囲を監視している。
そうして。
僕、ギュスターヴ、メーコちゃん、エクエスと全員が謁見室へと招かれ、公爵と対面するのであった。
「やぁ、救国の英雄諸君。初めまし……て」
しばらくの待ち時間扉を開けて入ってきたフェズン=バルアミー公爵を見て、僕が最初思ったのは『……エクエスのお父さん……にしては似てない。それに若いなぁ』という印象だ。
貴族的な、威圧感交じりの高貴さは薄い。どちらかというと酒場で安酒をかっくらってバカ騒ぎしているのが似合っていそうな、陽気なお兄さんといった風情である。
フェズン公爵は諸手を広げて歓迎の意を示し――僕のほうを見て一瞬言葉を失った御様子。はて、僕の顔になんか書いてる?
「……こりゃ失礼。一瞬見とれていたよ。なぁ我が娘エクエスよ、この麗しいご令嬢を紹介していただけんかね?」
「義父上。少年ですよ」
フェズン公爵はその言葉に真顔になると、僕のほうに視線を向けて言った。
「シオン=クーカイ君だったね。君に良く似たお姉さんか妹さんか存在しないだろうか。いや、従兄弟とかでもいい、いっそ君の母君と不倫でも」
「ち・ち・う・え?」
そう言ってる間にエクエスに頬を抓られるフェズン公爵。
そういやメーコちゃんが僕の顔を見てうっとりする時が多々あったけど、僕の顔立ちは相当に整っている部類らしい。
とはいえ、『僕には帝国初代皇帝が存在しますが、恐らくあなたのご先祖様です』と馬鹿正直に答えるわけにもいかない。
そんな風に考えていると、ひょろ長い執事服の男性……牛蒡に手足が生えたような男性が代わりに頭を下げてくる。
「元連合騎士ギュスターヴ殿、メーコ=スヴェルナ殿。そして、シオン=クーカイ殿。
……このたびはエクエス様の任務達成にご尽力いただき感謝いたします。よくぞ、連合の危機をお救いくださいました」
「いやいや頭を上げてください、ノザルス執事殿。俺は自分の仕事で連合滅亡の片棒を担ぐところだったんだ。……感謝は――そこのシオンにお願いします」
ギュスの謙遜にも、ノザルス執事は首を振る。
「シオン様にもお礼は申し上げます……連合滅亡に繋がる『地図』は表沙汰には出来ぬ話です。あなた方は救国の英雄と呼ぶに相応しいのに表立っては讃えることが出来ぬことをお許しください」
「執事が俺の言うべき感謝の全てを言い尽くしてしまった。どうしよう、娘よ」
「知りません!」
眼前で面白い会話を続ける公爵とその娘。
なんだか僕は、よく出来た姪と、遊び人の父親という時代劇でありそうな図式を思い描いてしまったのだった。
「さて。では報酬の件に移ろう。十分な金額に加えて口止め料という意味も含まれている。
『地図』の存在は口外せぬようにお願いしたい」
そんな風に考えていると、公爵の言葉で使用人の一人が台車で何かを運んでくる。
金銀細工で華麗な装飾が施されたソレはファンタジーでよく見かける『宝箱』という奴だ。かちゃり、と開けば、それぞれ小分けにされた布袋があり、早速それを手に取ったメーコちゃんが、『うわはぁ……』と感嘆の声を漏らしている。
「凄い数の金貨やわぁ……」
「『地図』が帝国の主戦派に渡り、再度の侵攻を招いた場合はこの金貨より遙かに膨大な財貨と人命が空費されたであろうよ。
それを思えば、はした金とさえ言ってもいいさ」
フェズン公爵は、さ、遠慮なく受け取りたまえ、と言ってくれる。
僕はそれを聞き……これは好機かもしれないと思った。
「フェズン公爵。僕の報酬は別のものに変えていただいてよろしいでしょうか?」
「ん? 別のものか。俺の一存で決められるものなら良いが。何かな?」
一歩進み出る僕に、公爵は面白そうな目を見せてくる。
それはそうかも。メーコちゃんの言葉が正しければ、あの布袋の中身は相当量の金額が入っている。それを蹴ってでも優先するべき事など、庶民の立場では想像もできないはず、と思っているのだろう。
僕は言う。
「まず僕の出自や経歴に対してはどうか質問をご遠慮くださいますよう」
「……分かった。連合の盟主、バルアミー公爵の名において、君の出自や過去に対し、何一つ詮索はしない。……これでいいかな? なんなら血判状でも押そうか?」
「いえ。貴族の方がひとたび口にした約束を覆すはずがないと信じています。ここにいる全員が証人でしょう」
よし、言質ゲットだぜ!!
そう思いながら僕は……<ムーンボウ>から持ち出してきた資産の詰まった袋を放り出したのであった。
「それで二つほど人の紹介をお願いしたいのです」
「ふむ」
「僕の資産なのですが。実はこれ……相当に古い金貨でして。きちんと正しい査定をして現在流通しているものに換金してくれる、信頼のできる商人を紹介していただきたいのです」
「それでは……失礼いたします、シオン様」
テーブルの上に差し出した金貨袋を、ノザルス執事が恭しく受け取り、中身を広げてみる。
ざらざらざら~と……小さめの金貨が雪崩をうって転がり落ち、金貨同士がこすれあう音にメーコちゃんが嬉しそうな顔で声をあげた。
「ひええぇ?! なんやのんシオンくん、その大量の金貨はぁっ、もしかしてウチとの結婚資金なん?」
「なぜそうなる」
メーコちゃんの何かと色恋沙汰に結びつけるその感性は何とかならぬものだろうか。
そう思っていると、ノザルス執事は僕に断わりの言葉を向ける。
「失礼ながら……鍍金でないか、確認をしてよろしいでしょうか?」
「素性を明かせないと明言した男の金が本物であるか、疑うのは当然の事ですよ。ご遠慮なく」
金貨に手を伸ばすノザルス執事。
「ほぉ……古代王国期の金貨ですね。これほど保存状態が良い金貨ははじめて拝見します。
古代王国期の後期に鋳造されたものはなかなか見つからぬのですが、これほど纏まった数となると……んん?」
そうして表を確かめ、裏面を確認しようとして……なんか執事がくぐもったような声を出す。
「……だ……存在抹消刑が……施されていない?!」




