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異世界空中活劇!  作者: 八針来夏
第二章『連合編』
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第二話『これからの事』

 連合の主導的立場にあるバルアミー公爵家当主、フェズン=バルアミー公爵は今年29歳になる。

 一見すると貴族に似つかわしくない飄々とした風貌。中肉中背で威圧感は微塵もなく、存在するだけで人々の襟元を正させるような厳しさはなかった。しかし相手に警戒をさせない好ましい『緩さ』を持ちつつ、気遣いに長けており、それゆえにか……『この人を助けてやらねばならない』と思わせるものがあった。

 その彼の横に立つのは、『まるで牛蒡(ごぼう)に手足の生えたような』と陰口を叩かれるノザルス家令であった。

 バルアミー公爵家は大勢の陪臣を抱える有力貴族ではあっても、元々は地方領主でしかない。帝国に反旗を翻した独立勢力であっても、要職を務めるものはいまだに『執事』と称される。

 ただし内実は立派に国事を司る宰相の立場であるため、フェズン公爵は『政治執事』『内政執事』『軍事執事』などと、そのままな二つ名を与えて職務に当たらせていた。

 そしてノザルス政治執事は『牛蒡(ごぼう)のよう』などと陰口を叩かれる縦方向にひょろりとした貧相な外見とは裏腹に、主人の信頼に足る、実に優れた能力の持ち主だった。

 

「で、旦那様。軍の縮小に関してですが」


 フェズンは頷き、窓の外を見やる。

 小高い丘に建てられた館からも、市外で人々が正式な休戦を喜ぶ歓声が響いており、誰も彼もが平和を待ち望んでいたことを感じさせた。

 今や民衆全てが軍縮によって、父が、夫が、息子が、家に帰ってくると信じて疑っておらず。また生活も楽になると思っているのであろう。

 軍縮はもう必然に近い判断だった。


「ああ。常備軍五千はそのまま維持。それ以外は退職金を与えて故郷に返す事となるだろう。

 退職金の金額は適切なものとするように。……一年、二年は働かずに食べていける程度の金額を。新しい人生をはじめる準備期間を凌げる程度の額をだ。あんまり金を与えすぎて、一時的にせよ無生産者を大量に作るほどの余裕はないからな」


 こくり、とノザルス執事は頷く。


「志願して常備軍へと編入されたものには?」

「その人には一階級の昇進を認め、軍団ごとに半年ずつの休暇を与えて、その後は訓練の後で、群島諸国との海路の健全化に勤めてもらおう」

「……は?」


 ノザルス執事は主人の意向が分からず首をかしげる。

 南方の群島諸国の海路には、確かに海賊が出没している。しかしそれらは現在の海上部隊でも対処可能な領域であり、いまさら増員が必要とも思わなかったのだ。

 だが主人の意図を察して、政治執事である彼は顔を顰めた。


「実戦部隊に配備し、兵士の錬度を高い水準に保つためですな。旦那様は……そう遠からぬうちに、帝国と再び戦争になるとお考えですか?」

「実に楽しくはない想像だ。外れてくれと思っている。ただ歴史と言う奴は割りと予想の斜め上ばかりにかっ飛ぶもので……なにより、帝国の現皇帝ベサリウス公を私は直接見知っている」


 フェズンは嘆息を漏らして……一時期、交渉の為に訪れた帝都の日々を思い出した。

 膨大な物資を輸送する巨大な鉄道。貴族街に配置された魔力柱は、帝都に住む貴族一人が生活の為に膨大な魔力を使う事を許された富貴の証だった。

 その中でも特に壮麗な――皇宮に住まう男は、どうしようもなく飢えていると……フェズンの脳裏に刻みつけられていた。

 

「ベサリウス皇帝……当時は皇太子だったか。愛想や愛嬌を母親であるベアトリス様の腹の中に忘れてきたようなお人だったよ。

 筋骨隆々で背丈は見上げるほど。剣士としても飛び切りの傑物だった。それでいて猪武者とは程遠い。政治にも長けていた」

「……そのような傑物であるなら、いまさら帝国と連合の戦争に利益などないと理解なさるでしょう?」


 いや、と首を振るフェズン公爵。

 

「あの人は性根が武人だった。問題の解決には地味で根気のいる政治仕事ではなく剣に訴える性格でな。恐らくは……50年前の帝国と連合の戦争の時期に生まれていれば、王族でありながらも前線に立つ尚武の人と名を残したであろうよ」


 ままならないものだ、と公爵は溜息を溢した。

  

「あの御仁が平民か、ただの貴族であればよかった。そうであったなら、冒険者として孤剣一つでも名を挙げる事が出来ただろう。

 50年前に生まれればよかった。激しい戦争の時代であったなら、武勲を上げる機会に恵まれただろう。

 ベアトリス様の兄上や弟君が生きていれば良かった。そうすれば皇族唯一の男児、皇太子という立場に縛られず、家を捨てることができるだろう。

 ……だが、そうはならなかった。

 あの御仁はベアトリス代理皇帝の息子であり帝位を継ぐ立場だ。自分が皇帝位の椅子を蹴り飛ばせば、帝国の統治が乱れる事を熟知していなさった。そうと知って皇帝位を捨てられるほど無責任でもなかった。

 男として名を挙げたいと思っても、戦争の機会はない。

 ならば皇帝位の権限を持って戦争を起こし、英雄となりたいと思っても……帝国内における和平派最大の重鎮は……未だ強い発言力を持つ母親である先の代理皇帝ベアトリス様だ」


 喉を潤すために、公爵は茶を口に含ませる。


「……だが、ベアトリス様は現在72歳。若い頃は魔女(ヘクセ)として名を馳せたお人だ。若かりし日に鍛えたゆえか、いまだに老女とも思えぬお元気さだがな。3年は生きておられるだろう。4年も問題はあるまい。だが5年は……危ういかも知れない。

 そしてベサリウス皇帝は今年で41歳。十年待ったところで51歳。男が野心を捨てるにはまだまだ若い」

「……まるでベサリウス皇帝の心理を見てきたかのように話されるのですな?」

「ああ。本人から聞いたのさ」


 主人の何気ない一言に、ノザルス執事はぎょっとしたように目を剥いた。


「連合と帝国は戦争をしていると言っても、国交はある。帝都に行った時に俺の歓待をしたのが当時皇太子で、20歳かそこらのベサリウス殿だった。

 当時の俺はまだ8歳ほどの子供で……色々と話してくれたよ。なんだか、可哀想な御仁だな、と思ったものだ」

「……お言葉ですが、旦那様」

「ん?」

「確かにベサリウス皇帝陛下は立場に雁字搦めで、歴史に名を残す戦いへの願望に蓋をされた可哀想なお方かも知れませぬ。

 ですが、一私人の名誉欲によって戦争を強要される帝国民と、そんな連中に攻め込まれる我が連合の民衆のほうが、ずっと可哀想だと思います」


 フェズン公爵は、ノザルス執事の否定しようのない実に真っ当な意見に……笑い一つ浮かべることなく、重々しげに頷いた。


「まったくだ」




「では旦那様はどなたが帝国の舵を取っていただくのが、我が連合にとって有益とお考えですか?」

火炎旗(ファイアフラッグ)の魔女、クラウディア皇女だな。間違いない」


 フェズン公爵の返答は熟考熟慮の結果ではなく、もう選択肢がそれ以外存在しないという即答であった。

 ノザルス執事もそれは同意なのか、頷く。


「今回、色々と帝国側で手を回してくれたとも聞く。クラウディア皇女は和平派のベアトリス代理皇帝の寵愛を得ているし、彼女の若い時期を知る有能な軍人を中心に支持を集めているという。とはいえ、また女性による統治は如何なものかと嘴を挟むやからも多かろう。

 淫乱で好色と噂されているのも不利に働くな」

「クラウディア皇女直属の私設部隊、通称愛人騎士団(ハーレムナイツ)でしたか」


 どこをどう好意的に見ても公共良俗に反している組織名にノザルス執事は顔を顰めていたが、フェズン公爵は面白そうに笑って見せる。


「バカにするもんじゃないぞ? ……あれは貴族が優遇される帝国内部で、生まれに関係なく優秀な人材を手元に引き込むための方便でしかない。愛人騎士団(ハーレムナイツ)の実体は、貴族たちによる差別で不遇を囲っていたところを、彼女に出世の機会を与えられた職能集団だ。

 皇帝の娘であり、ベアトリス代理皇帝の寵愛厚き皇女が身びいきで愛人を送り込んだなら、貴族を優先する組織も一先ずは仕事をさせるしかない。……そして実際に使ってみれば、クラウディア皇女の愛人殿は実に有能な訳だ。

 ……当たり前だ。実に有能な人物のみを選定しているんだからな。そうやって送り込んだ愛人が百人近くもいるから、彼女が途轍もない多淫(ドスケベ)だという評価に繋がっているわけだが……今や彼女に帝国内部の情報を伝えるネットワークを作っている」


 フェズン公爵は答え、壁に立てかけられた時計の針を見る。公爵のスケジュール管理も職務の一つであるノザルス執事も頷いた。


「そろそろエクエス様達との謁見のお時間です」

「ああ」


 頷くと席を立ち、謁見室への道を、靴音を立てて歩き出す。


「エクエス様には感謝してもし足りませぬな。『地図』が帝国の好戦派に渡った時の事を考えると震えが止まりません」


 ノザルス執事の身の震えは演技ではない。

 もし地図が敵の手に渡ればこの国は帝国の軍靴に踏み躙られただろう。フェズン公爵は頷いて言った。


「さ、会いに行こうか。救国の英雄に」

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