第壱話『到着』
ごぅん、ごぅん、ごぅん、と空気を揺らす魔術機関の振動が耳の奥底まで響き渡る。
視線を遥か彼方に向ければ遠方には都市が見えた。
その中でひときわ特徴的なものがある。
前世の記憶で近いものを挙げるとするなら――細長いキノコだろうか。
円柱状の柱の頂点に左右に広がった笠のような装置がある。そんな僕の視線に気づいたのだろう。僕の髪の毛を楽しそうに弄っているメーコちゃんが話しかけてくれた。
髪は魔術による偽装が行われている。他の人には黒髪に見えるはずだ。
帝国でも連合でもおにいちゃんこと神君は、深い敬意を持って語られている。無用の騒動を回避するためには必要な措置だった。
先日もギュスターヴに『じゃあ、もし僕が銀色の髪の毛のままでいたらどうなる?』と尋ねると、彼はしかめっ面をしたまま『まず、帝国であれば不敬罪で斬首。連合なら……子供を一ダースほど作れと言われるんじゃないかね?』と真顔で答えた。
僕も腎虚にはなりたくないので、隠さざるを得ないだろう。
「あれは魔力柱って言うねんよ?」
「なるほど」
僕は納得の頷きを返す。
この世界では、マナは高い位置に移動しようとする特性がある。
そして電気に変わる基幹エネルギーがマナであるとすれば、都市の膨大なマナの消費をまかなうための塔が建造されるのも当然のことだ。
羨ましい。電力供給の為に原発やら何やらを作っていた僕の前世よりも物凄いエコである。
ただ、疑問はある。
「でも凄くぶっ壊しやすそうな形してるよね?」
「せやねー」
メーコちゃん、あっさりと頷いた。おい、アレは都市のエネルギーを賄う魔力装置じゃないのか、ぶっ壊したら大変な事になる代物じゃないのか。
だがそんな僕の疑問に気づいてか、メーコちゃんは答えてくれる。
「せやけども、シオンくん。軍隊の目的ってなんやと思う?」
「そりゃ占拠して統治する事だろう? ……ああ」
その辺で僕も理解した。
もし敵が侵略して略奪して殺戮して都市を灰にする事が目的な、世紀末に存在しそうな後先の事を考えない無法者のモヒカン軍団であるならば魔力柱が破壊される恐れもあるだろう。
しかし侵略して統治して自国領に組み込むつもりのある帝国も馬鹿じゃない。
あれほど巨大な建造物を破壊してしまえば……確かに制圧は楽になるかもしれないが、統治するという事は住民の生活に責任を持つことでもある。そして破壊してしまった場合は、再建するのにどれほど膨大な金額を必要とするのか。
のちのちの手間を考えるなら、破壊しないほうがいいに決まっている。
そう考える僕の前で、ゆっくりと飛翔船が降下を始めていく。
……前世でよく乗った旅客機の高度よりも低い位置を飛行する大型の飛翔船は、エクエス嬢をはじめとするVIPを乗せるために用意された御座船だ。
周囲から歓待と歓迎の声が、魔術機関の稼働音さえをも凌駕して聞こえてくる。
空に目を向ければ、魔女騎士が編隊を組んで演技飛行を行い歓迎を示してくれている。
「はじめての、大都市か」
「ウチの両親にも案内するからねー」
「う? うん? ……うん」
メーコちゃんの言葉がなんだか意味深に聞こえたが、僕はとりあえず頷いた。
『連合』首都であるガランジュー。
その隣にはなみなみと水を湛えた湖があり、山間の盆地を埋める耕作地帯に農業用水を提供しているのだろう。
そして湖の用途はどうもそれだけではないらしい。僕の乗る飛翔船が速度を落とし、ゆっくりと湖目指して降下を開始していた。
「なるほど……本当に船なんだな」
ギュスやエクエスの乗っていた船に降着輪がなかった事もこれで理解できる。僕が着陸には滑走路が必要という固定観念に囚われていたけど、彼らにとっては膨大な水こそが空を飛ぶ船を地面に降ろす手段だった訳だ。
ざばあああっ、と船の舳先が水面に埋まると同時に水が跳ね上がり、光を孕んでまるで輝く水の衣のように広がっていく。
「わはぁー!!」
「綺麗やろぉ? 晴天の日の飛翔船の着水は、遠くから来た旅人も振り返る美しさなんよ?」
感動と感嘆。その双方に心を満たされた僕はバカのように口を開いて声をあげる。
地上へと降り立ったあの日から四日近くを経て、ようやく僕は人が大勢住まう都市へと足を踏み入れる事に成功した。




