蠢動
そこは、光も差さぬ場所だった。
歴史を感じさせる石造りの回廊には、魔力で光を灯す特殊な明かりが昼も夜もなく照らし続けている。
かつては……大勢の人々が参列する巨大な空間だったのだろう。だがこの地下回廊全てに満ち溢れているのは、怨念めいた意志であった。
そして、その怨念の根源ともいうべき男とも女ともつかぬ人物に、数名の男が平伏する。
男達は、地上での権勢を示すかのような豪奢な衣服を身に纏い。
二人の少女は 地底の底に不釣合いである、大空を飛ぶために設計されたはずの飛翔甲冑を身に纏って守衛の如く立っている。
だが、上座に立つ主と思しき男に対しては、誰もが恭しく膝を折る。
男女が崇めるその人物は――本来、皇帝にのみ許されるはずの銀色の服を身に纏っていた。
地上であれば、皇帝一族に対する冒涜として死刑に処されるであろう行為を咎めるものは、しかしこの地下にはいない。
皇帝のみに許される銀色を服として身にまとう。それは大陸を統治する帝室への強烈な不遜と冒涜の意志を示すものであり、それを咎めるものは一人もいない。彼らは地上の権力を破壊せんとする一団であった。
大陸を支配する権力を、もう一度我が手に握ろうとする、亡国の妄執が実体を成したかのようなもの達。
現在の皇帝を引きずり降ろし、自らが大陸の支配者たらんとする、『結社』。
「報告せよ」
上座に座る男の声は、特に厳しくもなかったが、特に優しくもなかった。
己が前に立つ全てを等しく道具として見ていない、全てに対し、等しく無関心な意志がそこにはある。
男達は答える。
「『帝国』と『連合』は和平が成りました」
「ザンクトは……口ほどにもなくしくじったようです。先ほど死亡したとの報告が」
「魔兵数十体を貸し出してやったが、しょせんそこまでの男か」
「いかがなさいますか……魔王陛下」
地上であれば帝位を僭称するに等しい銀の服の人物。
ありとあらゆる魔導の技を極めたという意味であり、またかつての王国民ほぼ全てを殺戮する機構を築き、そして躊躇うことなく実行した悪逆非道の男。
その呼び名は、二重の意味で『魔王』だった。
「瑣末な小物を失った事はもう良い。……我が『王国』無き後、大陸の王者の如く振舞う『帝国』と、飛行機械技術を持つ『連合』をより一層噛み合わせる策は失敗した。
ま……歩みは遅くなるが、構わぬ。わしは五百年待った。いまさら十数年を待とうとも大差ない。
ベルグン」
「はっ」
「海蛇と、光獣を授ける。海行く船を、空行く飛翔船をことごとく撃ち落し、『群島諸国』と『連合』の通商を断て。塩がなければ、どんな民衆も悲鳴をあげるものだ」
「無益な殺生は望むところ。大地に血をたらふく吸わせましょう。……希望を申し上げるなら、自分自身の手で殺したいところですが」
「殺人鬼め、計画の支障にならぬなら遊ぶ程度は許してやろう」
ベルグンと呼ばれた男は、口角を吊り上げて亀裂のような笑みを浮かべる。
「ラゴン」
「ひひ、儲け話ですか?」
「帝国との物流を独占し、塩の値を吊り上げて連合の富を吸い上げろ。なるべく苛烈にな」
「寄進の量をまた増やさせていただきます。魔王陛下。これからも儲け話をお願いしますよ」
「せいぜい、良い商売相手であり続けよう。おぬしは、わしを売った方が儲けになると思えばそうするのだろう?」
「当たり前じゃないですか、魔王陛下」
「相変わらず鼻の曲がるような銅臭のする男よ……だが俗物も突き抜ければ小気味良いわ」
ラゴンと呼ばれた頬肉のだぶついた男は周囲の殺気にも臆する様子も見せず、また自らの貪欲さを恥じるでもなく誇らしげに胸を逸らした。
同時に一人の男が進み出る。膝を突き、恭しく礼拝する。
「貴君は此処に来るのは始めてであったか?」
「帝国の公爵位を得ております。バウンリップと申します、陛下。初めて御意を得ます」
少しでも地上の権勢に携わる人間であったなら、その言葉に目を剥くであろう。
帝国の中でも屈指の大貴族。そんな大身の身分の男が、帝位を冒涜する銀色の衣の『魔王』に平伏していると知れば、どれほどの混乱が巻き起こるか。
バウンリップ公爵は言葉を続ける。
「我が公爵領に存在する人食い山に新たな鉱床が見つかりました。
資源の含有量も豊富で、多大な収益が見込まれます。
……ですが、鉱山で働く人間の数、特に狭いところで使う子供の量が足りておりません」
「正式に和平がなった現在では戦乱の隙間を縫って人を集めにくくなる、と。よい。手配しよう」
魔王は頷くと、視線を男の一人に向ける。
「奴隷商に手を回せ。優先して子供を買い、バウンリップ公爵家に回せ。
それと共に群島諸国の未開地域にて人狩りを許す。まぁ帝国も連合も群島諸国に泣きつかれ、そのうち動くだろう。
手を引くタイミングは貴様に任せよう。……ハイネージュ、プリスカ」
「はい、魔王陛下」「……ご用件は」
その声に反応したのは、瘴気めいた邪気に溢れる地下に似つかわしくない、飛翔甲冑を纏った涼やかな少女二人の声。
「人狩り艦隊に同行し、手伝ってやれ」
二人の少女のうち……瞳に勝気さを湛えた少女は、目に楽しみを浮かべ。
もう一人の少女は奴隷であった時代を思い返し、今はもうない首輪を撫でるように指で喉をなぞった。あるいはそれは、奴隷であった少女に自分と同じ境遇を作れという残酷な命令を与える魔王への『お前の喉笛を掻っ切る』仕草であったかも知れない。
魔王本人はそれを見たはずだが……あるいは下僕の内に秘めた反抗心さえも面白がっているのか、特に咎めることもない。
「他は命のあるまで待機せよ。……よし、解散を許す」
大勢の男女は深深と頭を下げると……潮が引くかのようにその場を後にする。
暗黒の領域の中。魔王と呼ばれた人は小さく溜息を漏らした。
「……帝国の貴族どもに特権意識を植え付け、飛行機械の製作を禁じた。
それでも『連合』が古代王国の施設を発見し飛行機械の製作を始めたのは誤算であったが」
魔王は天井を見上げる。大地を突き抜けた遙か彼方、天蓋領域へと思いを馳せる。
「……我が王国最後にして最大の遺産……ムーンボウ。あれこそ、本来は大地を睥睨する我が玉座。
そして何より、天蓋領域より地上の全てを破壊しつくす支配の杖たる夜明けの槌……。
それを手に入れさえすれば世界全てを手に入れるなど、容易い。
待っているがいい。モモ」
なお、シゴール山の由来。
作者
『鉱山夫が生きては帰れない過酷な環境ってなんて名前がいいだろう?』
↓
作者
『死=終わり=もうゴールしていいよね』
↓
作者
『死ゴール』
↓
作者
『シゴール山』




