第十七話『戦(下)』
さぁ、どうするか。
体内に循環する魔力を活性させ、怪力、俊敏を発動する。
僕はまだ小柄で、体格に恵まれているとはお世辞にも言えない。魔力の助けなければ魔兵という凶悪な捕食者には抗し得まい。
殺アアアアアァァァァ!!
「言葉を理解する知性は無くとも、威嚇する術は知っているか、獣め」
魔兵の爪牙をロッドで受け流し、身を捻り、包囲されないように動き続ける。
動ける。走れる。そして戦える。軽口を叩けるほど余裕のある心肺機能が僕の体には備わっていた。
かつて前世では絶対に不可能だったことができる。今の僕の健康な肉体は、健康な心臓がやりたい事の後押しをしてくれた。
鋭く重い魔兵の爪は、へたな全身鎧程度なら鋼ごと切り刻む威力がある。深く踏み込みはしない。僕は相手の攻撃を避け。
「ッ!」
軽く掌を触れさせ、即座に回避行動! 身を横に投げ出し、別方向から振るわれる魔兵の爪を避け、ロッドを地面について棒高跳びの要領で飛び上がり、距離を離した。
「こっちが一手でしとめようとしたら、他の奴から2手攻撃が飛んでくる。めんどくさい!」
僕は、一撃で相手を仕留める威力の技や魔術を持っていたが、恐らくはその隙に他の2体が僕を狙うだろう。一匹を犠牲にして一人を殺す。仲間の損耗を前提にした、魔獣ならではの冷酷な連携、野獣の戦術だ。
ザスモーとマーカードローンの攻撃で生き残った6体中、3体の魔兵は皆僕一人を狙っていた。
果たしてそれが、『一番弱そうな奴を始末してまず数を減らす』という、知性の足りない魔獣の癖に戦術の基本に忠実だからなのか。あるいはこの身に漲る膨大な魔力量を嗅ぎつけ、再び強力な魔力砲撃をされる前に始末しようという考えだからなのか。
知りたくもあったが、質問しても答えてはくれまい。
魔兵の口蓋から覗く牙は、獲物を捕食するよりも相手を噛み殺すために作られたような剣呑な形状で、話すよりも殺すことのほうが得意そうな歯並びをしているからだ。
「いつまでも黙っていると思うなよ!」
もう一度、掌を魔兵に触れさせる。無詠唱呪文。
奴らの面倒さは動きの俊敏さもあるが……先ほど見せた『共食い』の魔術もある。
例え一匹を仕留めたところで、奴は仲間の死体を捕食して瞬時に傷を癒してくる。可能ならば一撃で3体全てを始末せねばならない。
ギュス、エクエスがそれぞれ自分に襲い掛かってきた奴を始末したところで、僕は最後の一体に魔術を仕込み終える。
「磁性連鎖拘束、連鎖起動」
ぱちん、と指を弾くと同時に発動する仕込み。
同時に、魔兵の動きが鈍くなる。まるで魔兵同士の肉体が目に見えない強靭な鎖で縛りあげられたかのようだ。
「どんな金属であろうとも磁力を帯びる事からは逃れられない。全身を鎧で装甲されたのが仇になったな?」
先ほどからの仕込み。それは相手の五体に帯磁をさせ、タイミングを合わせて一気に魔力を流し込み、奴らの体を磁石でがんじがらめにすることだった。
如何に俊敏であろうと、強大な磁力からは脱出できない。魔兵はそれでも四肢をばたつかせ逃げようともがくが……もはや死に体。まるで鋼と肉体はひとたまりになってのたうち回るかのようだ。
とどめを、刺す。
右腕を前に、左を後ろに。矢をつがえ、弓を引き絞るかのような動作。魔術を丹田から沸きあがらせ、ザスモーの射撃で消耗した魔力の不足を、意地の力で全身の細胞から搾り出し、最後の一撃の準備にかかる。
「開け、イオンと異音の道。唸りをあげて捻れよ、雷神の威勢と威声!」
左と右、その両腕の間に蓄積される雷鳴の矢。
「走れ怒槌、神鳴る力! 雷鳴光砲!」
瞬間、夜闇を吹き飛ばすほどの膨大な光量が爆発する。
至近距離で雷がはじければこうなるだろうと思える轟音。膨大な紫電の巨槍が解き放たれ炸裂する。
鉄製の鎧では雷撃には無力。凄まじい電熱は魔兵の肉体を貫通し、地面へと突き刺さり爆発する。
空気が焼け焦げる臭い。鉄が高温で熱され鼻を突く異臭。肉が焼け焦げ、魔兵の眼球が沸騰しているかのようなぶすぶすとした不気味な音が響いた。全身の肉体、血液が沸騰した魔兵はそのまま糸の切れた人形のようにゆっくりと崩れ落ちていく。
「シオン!」「シオン!」
僕の名前を呼ぶ声が二つ響き渡り……こちらへと近づこうとする二人を無視し……魔術を維持したまま、再び矢を引く弓の如き構えで、両腕の間に形成する魔術砲門に電光を蓄積していく。
魔兵が、殺戮にしか役に立たない危険な生物兵器であることは、みんなの言葉から分かっていた。
だとすると……戦場を俯瞰できる安全な距離から魔兵の仕事を監視する人間がいるはずだ。戦闘が始まって途中から感じていた僕は――その気配に魔術の狙いをつける。
「10秒待つ」
「いやいや待て待て! 手助けをせなんだのは悪かったが、余も主犯へ追っ手を差し向け、援護しようと今ようやく到着したばかりなのだ!」
その途端、響き渡るのは……エクエスと同年代と思わしき女性の声。
金色の髪の中にある、一房の銀髪。赤いドレスの似合う豪奢な印象の美少女がそこにいる。あとおっぱいおっきい。傍には壮年の男性が一人、恐らくは側近なのだろう。彼は主らしい彼女を背中に庇いながら前に進み出ている。
……誰? この人。
「クラウディア?!」「ヴァレン辺境伯?!」
「おや? ……良く見ればエクエスではないか?」「ギュスターヴ殿か」
僕の後ろにいたエクエスとギュスの二人は、女性と老人の二人に対して名前を呼び。
「お知り合い?」
こくこくと頷く彼らに、僕はようやく魔術を解いたのだった。




