第十八話『心の決着』
クラウディア、クラウディア。口の中でそのお名前を反芻する。
僕はその名前に聞き覚えがあった。先日メーコちゃんから聞かされていた神君の血筋。そしてエクエス嬢から教えられたある種の色魔。
「クラウディア=サンシメオン皇女殿下であらせられますか?」
「うむっ!」
胸を張る彼女。乳と態度のでかい彼女の堂々とした返答に僕は頷き、言葉を続ける。
「貴方が話に聞く、男好きで女好きなクラウディア皇女殿下?」
「……エクエス。そなた、そこな美少年に余の事をどんな風に教えたのであるか?」
「真実を言ったまでですよ?」
「貴方が話に聞く、街中を練り歩くとその色欲の毒牙から子供を守るため、年頃の息子や娘を隠されるクラウディア皇女殿下?」
「…………」
「睨まないでくださいまし、怖いから!! そこのシオンが適当にアレンジしているだけです!」
僕が適当な事を言うとクラウディア皇女はかなりムッとした目でエクエス嬢を見つめていた。
「怒るに決まっているであろう、エクエス! 余のハーレムは身分が低くとも有為な若者を老若男女を問わず集めるための、ただの方便なのであるぞ!」
「では、そこのシオンには手を出さないですよね?」
「美少年は大好物である!」
そんな二人を尻目に言う。
「とりあえず、ギュス」
「お? おう」
僕は少し後ろのギュスターヴに声をかけた。
「かわいいメーコちゃんを隠そう」
「おう!!」
「ふええぇ、なんやのんシオンくん、ウチのこといきなり可愛いやなんてぇ~」
「待てぇいそなたら! 余は確かに可愛い女の子も男の子も共に大好きではあるが、そこまで見境のない人間ではないぞよ!!」
「じゃあクラウディア様は僕をハーレムに誘わないよね?」
「えっ……――」
クラウディア皇女の反応は、子供が大好きな玩具を取り上げられたかのような落胆の感情がはっきりと浮かんでいた。
そんな言葉を聞けば、僕とメーコちゃんは貞操の危機にある事がわかる。
後ずさった僕を見て、彼女が傷ついた顔をしていたけれども僕は悪くないだろう。大変な美少女で胸も大きい彼女はエクエスも顔見知りの様子ではあったが……僕は油断しない。何せ彼女は魔兵を少し離れた位置、俯瞰できる距離にいた。
下手をすれば、僕らを抹殺しようとして魔兵をけしかけた黒幕が彼女かも知れないのだ。
だが、そんなクラウディア皇女に代わって話すように、ヴァレン老と呼ばれた老人が進み出る。
「失礼。クラウディア皇女殿下の陪臣を務めるヴァレンと申すものです。……主に代わり、誤解を解いておきたい」
「……どうぞ、お話しください、ヴァレン老」
「ありがとうございます」
まぁこの真面目な空気を纏うおじいさんが『うちの皇女殿下はただの好色ではない。かなりの好色なのだ』とか面白いことを話すわけないよな、と好意的に見ることにした。
彼は深々と腰を折ると話し始める。
「……我々帝国軍は、連合との和平調印に向けて準備を進めていました。
しかし帝国にも……そして連合にも、和平の反対派、戦争の継続を望む勢力が存在します。
『地図』の事はご存知で?」
「大丈夫、シオンにも、ギュスにも、わたしが伝えています」
ヴァレン老の言葉にエクエスが答えた。
「我が帝国の陸軍指揮官であるザンクトは……その戦争継続派との繋がりがありました。
ギュスターヴ卿。そのザンクトこそ、貴方が『荷物』を渡すはずの相手でした。ゆえにこそ、私は兵を使い……
「ヴァレン!!」
老臣の言葉を嗜めるようなクラウディア皇女の言葉。鞭のような鋭い怒りの声に、しかし、彼は最後まで言葉を続ける。
「ギュスターヴ殿。貴殿を船もろとも撃沈する事を命じたのです。帝国を戦争継続に傾けさせる情報を隠匿するために」
「あんた……あんたほどの男が?! 白旗を上げた相手を殺すほどに落ちぶれたか?!」
「過分な評価をありがとう。……だが必要だった。戦場から身を引いた引退した騎士を、なんの罪もないお嬢さん諸共に殺すことが。非道という自覚はある。だが後悔はない」
ギュスターヴが驚きと怒りを声に滲ませ、身を一歩乗り出すのも当然のことだ。
自分を殺せと直接命じた相手が、殺意をはっきりと認めたのだから。だが、そこにクラウディア皇女が言葉を続ける。
「貴殿の勇名は余も存じている。胴体着陸の達人、騎士ギュスターヴ殿。
民間人の船、それも白旗に等しい三つの信号弾を出した船を完膚なきまで破壊するように配下の魔女に命令したのはこの余である。和平調印の事もあるゆえ、すぐに、とは行かぬが補填を行いたい。……もちろん命を奪われかけた怒りはそう簡単に収まらぬとは思うが」
「殿下っ!」
今度はヴァレン老がクラウディア皇女を責めるような声をあげた。
その反応から……僕は二人がお互いを庇いあっている事を察する。
あの時、船を破壊しようとした魔女の意図はこれで裏づけが取れた。
彼女らは帝国を戦争継続へ向かわせないために、確実に地図を始末するつもりだったのだろう。ここで手を抜けばもっと大勢の人々が戦禍に巻き込まれ、人生を狂わされ、苦しみにのたうち回る破目になる。それを考えれば仕方ないのかもしれない。
だが……ここで彼女と老臣を弾劾する権利を持つのは……僕ではない。
「ギュス。メーコちゃん。……どうするのかは、二人で決めてくれ」
僕がいなければ、実際に殺されていたであろうギュスターヴとメーコちゃんのみが、クラウディア皇女に罰を与えるべきだ。そう考えて僕は一歩引いた。
ギュスターヴははっきりと困惑しているようだった。
自分自身の命はおろか、メーコちゃんの命さえも冷酷に奪おうとしていた憎むべき敵。
だが、その一見卑劣な行為にも道理があると知り、怒りのまま復讐の剣を振るうべきか、許すべきか、迷っているようだった。
「叔父さん……ウチの事はええよ。許したげたらええの」
「メーコ……だが」
「ええよ。叔父さんはもうこれから先は……裏家業の密輸業者やなくて、まっとうな商売に精を出すやん。
そんなら……人を傷つける事はしたらあかんし。めでたい門出の日を血で穢すのは悪いやん」
そう言ってメーコちゃんはにっこり笑う。
「それに、叔父さん。ウチは商人やから復讐より実利のほうがええよ。
頑張って賠償金を沢山搾り取ろうなぁ」
「さすが姉貴の娘だよなぁ」
わしゃわしゃとメーコちゃんの頭をなで繰り回すギュスに、僕は内心安堵の溜息を漏らした。




