第十九話『妃殿下、僕を口説く』
こうなれば、僕の関わる事は少なかろう。
僕はメーコちゃんが脱ぎ捨て、鎮座するザスモーのヘッドセットを頭に被るとシステムを立ち上げ……パラシュートの現在位置を確認しておく。パラシュートが吊り下げていた、マーカードローンの保管カプセルを回収するためだ。
エクエスと、帝国のお姫様であるというクラウディアは、共に偉い立場の人なのだし、僕のようなタダの通りすがりの人間などいなくても話は進むだろう。とりあえず今回使用した道具の回収を始めることにする。
付近に降下していたパラシュートを回収。
僕が地上に降りる前から準備していたそれの下にはマーカードローンを格納するための長方形型のカプセルがある。
「……こうしてみると、なんだかスイカとかメロンの専用包装紙みたいだ。……マーカードローン、RTB」
所属基地への帰還を意味するReturn To Base。僕の命令に従い、細かなローター音を響かせながらドローンたちが帰還する。
中央にカメラを内臓したそれは、なんとなく骨組みのみで作ったボールのような形状だ。僕が基礎を組み立て、細かなところを全てモモが一人で手がけてくれたドローンは所定の位置に付くと、ローターをカットし、すぽん、と収まる。
その上から蓋を被せてロックを掛けなおす。
と、そんな風に回収作業にいそしんでいた僕の横顔に視線が突き刺さる。見れば、赤いドレスに身を包んだ豪奢な美少女であるクラウディア様が僕をじっと見ていた。
「……さて。ギュスターヴ殿やメーコ殿への補填は後でしっかり行わせていただくとして。
そなた、シオンでよいのか?」
「ああ、うん。初めまして、殿下。僕の名前はシオン=クーカイ。正体不明の人物Xだ」
「ここまで堂々と正体を明かす気のない名乗りなど初めて聞いたぞ?!」
貴人相手では無礼と怒られそうな台詞だという自覚はあったけど、彼女は驚いた後は、特に気にした様子もない。帝国初代皇帝の血筋は皆細かいことを気にしない性格なのだろうか。
クラウディア皇女はずい、と僕のほうに一歩進み出てくる。
「エクエス様とお話をしなくていいのか?」
「細かな折衷はヴァレンがやってくれる。余以上にこういう事は手抜かりがないのでな」
「僕、妖しい奴だという自覚があるんだけど」
この銀色の頭髪が帝国の初代皇帝と全く同じで、下手をすれば不敬罪に当たるかも知れないという事はギュスやメーコちゃんに教えてもらった。そんな僕に何でか距離が近いぞこの人。
僕は一歩後ずさった。身を屈め、下から僕の顔を見上げる眼差し。なんだか居心地が悪いぞぅ……?
「あの、顔が近い……よ?」
「珍しいゆえに間近に寄って吟味したいのだ。まつ毛も銀か。本当に初代様と同じく、頭髪全てが銀色であるのだなぁ……」
彼女はそう言いつつ、視線を別の方向に向けた。そこにはメーコちゃんが脱ぎ捨て、膝を突いて鎮座するザスモーの姿がある。
「ああ、髪の毛の色を確かめていたのか。僕はてっきりハーレムに入れるだけの容色をしているのか吟味してるのかと思ったよ」
「もちろん、それもしておるのだ。シオン=クーカイ。そなた、我がハーレムに来ぬか?」
僕の冗談交じりの言葉に、しかしクラウディア皇女は微笑んだまま大変な事を言ってくる。
後ろでギュスを除くエクエス嬢とメーコちゃんが『なぁっ?!』と驚いたような声をあげてきた。
「あ、あかんよぅ、シオンくんはまずお母はんに会わせて、きちんと命を助けてもろたお礼をせなあかんのにぃ」
「メーコがよければそなたも我がハーレムの一員にしてやってもよいぞ?」
メーコちゃんにもあっさりと粉を掛けてくるクラウディア皇女殿下だが、当然彼女の保護者であるギュスターヴが、顔見知りであるらしいヴァレン老に噛み付くように怒鳴り声をあげた。
「可愛い姪にいきなり色魔の毒牙が迫ってるじゃねーか! ヴァレン老! あんたきちんと姫さんの手綱を握れよ!」
「すまない、ギュスターヴ殿。うちの皇女殿下はただの好色ではない。かなりの好色なのだ。とめても無駄だろう」
「いつの間にか余は忠実な臣下に匙を投げられておった!! 仕方ないのじゃ、仕方ないのじゃ、余は美しいものが好きである!」
かなりのショックを受けた御様子のクラウディア殿下であるが、これはどう考えても自業自得である。
見捨てたくなるヴァレン老の気持ちは分かるんだけども。僕は答える。
「意外な事が一つあるんだ。クラウディア様。……あなた、さっきから僕やザスモー、ドローンのことを尋ねないんだね」
その言葉にクラウディアは、ふむ、と呟いた。
「本心を言おう。知りたい。そなたの事はもちろん、あの見慣れぬ皇帝専用機の如き銀色の重量級飛翔甲冑の事も、凧の親戚のようであって似て非なる、『どろーん』なるものの事をな。恐らくは……そなた以外の全員が、余と同じ事を考えておる。
で、教えてといったら教えてくれるのか?」
「悪いな。企業秘密だ」
僕としては、航空機械に関する知識はもちろんのこと、ザスモーやドローンは身を守り、そして様々な物事を有利に運ぶのに使える手駒だ。簡単に種明かししていいものではない。ただ、彼女はその言葉に特に気落ちした様子もない。だろうな、と言いたげな納得を顔に浮かべていた。
「事情があるのであろう。何かがあるのだろう。そなたは力がありそうだ。単純な物理力、戦闘力はもちろんだが、それらとまた次元の違う力が。
義侠心にも溢れておる。損得で動く類の男ではあるまい。そうでも無ければ四対一の勝負など行わず逃げるであろうしな。
そして余は見知らぬ誰かの為に行動できる、美しき馬鹿者が好きである。
おまけに美少年であるしなぁ、正直たまらぬ。そなたを手元に置きたい」
「おや? 男の子と分かった?」
「そなたに助けられた部下から聞いたのだ」
クラウディアは舞台演者のように一歩引くと、くるりとその場で一回りする。
「容姿の秀麗さゆえにそなたを手元に起きたいと思ったのではない。あいにくとこの世で一番の美貌は鏡を見ればそこにある」
……傲慢にも取れる台詞だが、実に似合っている。僕はそう思った。彼女の溢れ出んばかりの自信が体の中から光となって、可憐な容姿を更に内面からまばゆく輝かせているかのようだ。
「損得では動かぬなら金にも転ぶまい。暴力と権力で服従を迫れば、そなたはあの飛翔甲冑で余から逃げるであろう。
何より余自身、そういう手口を好かぬ。ならばどうにかしてそなたの関心や信頼を得なければならぬ。そなたとお近づきになりたいのだ」
「……姫様、僕を口説いてるのか?」
「この顔も体も、男の子の動揺を誘えるという点は有利よな。ふふふ。暗がりでもそなたの赤らむ顔と恥じらいに震える唇が見えるぞ」
……やばい。やばい。なんかこう他人を篭絡する事に関しては僕の百倍上手いぞこの姫様。
一歩二歩、後ずされば、彼女はそれ以上追いかけることも無かった。僕は、僕自身の心臓に『おちつけー、おちつけー』と囁きながら呼吸を整える。
「……そう簡単に攻略できると思うな」
「攻略? まるで城を相手取るような言葉を使うのだな。しかし人の心を城砦に例えるとはなかなか上手い比喩である。余も真似しよう」
そういうと、彼女はにんまりと笑った。
「そなたの心の城砦は、いずれ余に攻略され、陥落され蹂躙されるのだ」




